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器ならざる者たち
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「─続いて、世紀の発見とされた、カクー遺跡でのミイラ発見に関する捏造疑惑です」
「トエル大学は発見者であるライカ教授が現在行方不明であると発表し─」
さびれた酒場。
テレビではニュースが流れている。
ようやく酔いが回ってきたというのに、不愉快極まりない。
飲むのはやめ、店を出ることにした。
会計の際、店主が私の顔をじろじろ見てきた。
女1人で、珍しいと思ったのか。
それとも気づいたのだろうか。
私があのニュースの当事者だと…
2年前、私の名前は世界中に轟いた。
カクー遺跡で、いわゆるUMAと思われるミイラを発見したのだ。
その功績で私は教授という地位と名声を得た。
『29歳美人考古学者、世紀の発見』
当時はそんな記事まで出たものだ。
だが、万事そううまくはいかなかった。
検査の過程で、ミイラの捏造疑惑が浮上したのだ。
まだ疑惑の段階とはいえ、私に向けられる目は一転して厳しいものになった。
本当に…気づかなければいいものを。
そもそも、私は考古学に興味など一切なかった。
歴史の浪漫とやらも、全く響かない。
ただ今回のネタを思いついたので、それを実行するための「役」として演じたにすぎない。
全ては、私の存在を誇示するための手段なのだ。
今回の失踪は雲隠れ…ではなく調査が目的だった。
カクー遺跡でミイラを仕込んだ時に発見した石盤。
そこにはある書物の情報と、在処が記されていた。
『現世総覧』
いわゆるアカシックレコードと呼ばれる、この世の『全て』を記した書物とのことらしい。
興味を持った私はこの石盤を持ち帰り、それがあった場所にミイラを仕込んだ。
故に、この石盤のことは私しか知らない。
3日後。
飛行機を乗り継ぎ、私はボー山脈の麓にいた。
カクー遺跡から200キロ離れたこの場所こそ、石盤が示す『現世総覧』の在処だ。
石盤を頼りに、本の場所を探す。
数時間後。
私は雪で隠れた洞窟を発見した。
中に入ると、意外に温かい。
洞窟は広くはないが、奥の方に続いているらしい。
進んでいくと、部屋のような場所にたどり着いた。
中は過ぎ去った年月のため荒れているが、祭壇のようになっている。
数々の壁画と装飾品が彩る部屋の中央に、それはあった。
台のようなものに置かれた一冊の本。
本はガラスのような透明のケースの中にあり、荒れ果てた部屋とは反対に良い状態で保存されている。
「おや、お客さんかね」
私がケースを取ろうとした時、後ろから声が聞こえた。
驚き振り向くと、1人の老人が立っていた。
敵意はないらしく、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。
「いや、あの、怪しい者では」
「そう焦りなさんな。久しぶりの客だからね」
「ちょっと、話をしようじゃないか…」
老人はここに1人で住んでいるようだ。
言葉や、体格を見るにこの近辺の出身ではないようだが、もうこの洞窟に長く住んでいるという。
私は老人と話しながら、時々本の方を気にしていた。
「あれが、気になるかね?」
老人は急に尋ねてきた。
私が答えに窮していると、老人は笑いながら答える。
「いや、分かっておるよ」
「…だがね、あれは読まない方がいい」
老人は急に真面目な顔になった。
「あれは人の身に余るものよ」
「お嬢さん、悪いことは言わん、あれのことは忘れて帰りなさい」
老人の口調は、一切おどけていなかった。
鬼気迫るものさえ感じたほどだ。
私は、頷いて見せた。
「そうか、そうか」
「それがいい。お嬢さんは若くて綺麗だから、他にも道はあるじゃろうて」
「今は吹雪いておるから、少し休んで行きなさい」
老人はまたニコニコとした顔に戻り、
外の様子を確認するため後ろを向いた。
その隙に、私は手頃な石を握り、老人の頭目掛けて振り下ろした。
「やっと片付いたわね」
老人が動かないことを確認して、ケースを開ける。
本をバッグに詰めて外に出ようとした時、私は閃いた。
このままこの本のことを発表しても、結局疑惑は晴れない。
それなら、この本の知識を元に稼いだ方がいいのではないか?
評論家。
コンサルタント。
占い師でもいい。
私は洞窟に戻り、本を開いた。
脳内に、情報が溢れてくる。
宇宙の謎、歴史の真実、生命の起源と行く末。
その全てが理解できる。
ありとあらゆる事象が簡単な算数のように感じられ、脳内に蓄えられていく快楽に酔う。
そうしていると、急な頭痛に襲われた。
「あうぅ…あ、頭が…割れ…」
その間も、知識の流入は止まらない。
もういい、もういらない、そう叫んでみたが無駄だった。
やがて、体が渇いていくような感覚がやってきた。
手を見ると、急激に萎びていく様子が見てとれた。
シワシワと水分が失われ、シワだらけになっていく。
筋肉量が減り、細くなった指からは指輪が抜け落ちそうだ。
そして、垂れ下がる髪にも変化が起きていることに気づく。
手に取って見ると、明らかに潤いがなくなっており、ストレートだったものが若干うねっている。
美しい金色は、色褪せて灰のように白くなっていった。
どれだけの時間うずくまっていたのだろうか。
ようやく、頭痛が治った。
この手はなんだ?
この白い髪は?
体が重たい。
痛む体を引きずって、バッグの方に向かう。
鏡を取り出し、自分の状態を確認する。
「そ…そんな…こんなことって」
「違う…私じゃない…私はこんなおばあちゃんなんかじゃ…!」
鏡で確認した私の顔は、元の美しさを失っていた。
深いシワが刻まれ、頬はたるみ落ちてしまいそうだ。
シミまでできている。
事態が飲み込めず困惑している時に、老人のうめき声が聞こえた。
「うぅ…お、お嬢さん…その姿は」
「…読んでしまった…ようだね…」
ハアハアと荒く呼吸をしながら、私を見つめている。
その目には、私に対する憐れみが感じられた。
「おじいさん…これは、一体何が…」
「…適応だ…」
「全ては…器の問題なのだ…」
「君は自分を誇示したいと願っていたようだね…。だが、それにかなうだけの器を持ってはいなかった…」
「そこで…君は嘘で固め名声を得た。
…しかし、それも崩れ去った。結局は、名声を得る器でなかったということだ…」
「その点では、この本は有情だよ…。
器ならざる…我々のような…凡百の者でさえも、器に仕立ててくれる」
「知識を受け止めきれない我々が、この本の知識量に適応した結果が、この老いた姿なんだ…」
「もう一つ…適応の結果、君も長命になっているはずだ」
「儂もこの姿になって…もう何年経つか覚えていない…」
「次に来る人間が、こんな目に遭わないように…したかったんだが…」
「救いを、待ちなさい」
それだけいうと、老人は息を引き取った
老人の言葉が、脳内で無限に再生される。
こんな老人の体では、山を降りることもできない。
私は、ずっとここで過ごすのか?
こんな老いさらばえた姿で…何年、いや、何百年も…?
嫌だ。嫌だ。
自然と溢れてきた涙と共に助けてと叫んでみたが、誰にも届かなかったようだ。
洞窟には、私の啜り泣きだけが響いていた。
あれから、どれだけの時間が流れただろうか。
今日はやけに昔の夢を見た。
内容は私がここに来た日のことだった。
老人が遺した杖を眺めながら、未来の様子を垣間見る。
私が死ぬまで、あと500年もあるようだ。
それまではこの洞窟で、微睡んでいることにしよう。
今日も、救いは現れないのだから。
完
「トエル大学は発見者であるライカ教授が現在行方不明であると発表し─」
さびれた酒場。
テレビではニュースが流れている。
ようやく酔いが回ってきたというのに、不愉快極まりない。
飲むのはやめ、店を出ることにした。
会計の際、店主が私の顔をじろじろ見てきた。
女1人で、珍しいと思ったのか。
それとも気づいたのだろうか。
私があのニュースの当事者だと…
2年前、私の名前は世界中に轟いた。
カクー遺跡で、いわゆるUMAと思われるミイラを発見したのだ。
その功績で私は教授という地位と名声を得た。
『29歳美人考古学者、世紀の発見』
当時はそんな記事まで出たものだ。
だが、万事そううまくはいかなかった。
検査の過程で、ミイラの捏造疑惑が浮上したのだ。
まだ疑惑の段階とはいえ、私に向けられる目は一転して厳しいものになった。
本当に…気づかなければいいものを。
そもそも、私は考古学に興味など一切なかった。
歴史の浪漫とやらも、全く響かない。
ただ今回のネタを思いついたので、それを実行するための「役」として演じたにすぎない。
全ては、私の存在を誇示するための手段なのだ。
今回の失踪は雲隠れ…ではなく調査が目的だった。
カクー遺跡でミイラを仕込んだ時に発見した石盤。
そこにはある書物の情報と、在処が記されていた。
『現世総覧』
いわゆるアカシックレコードと呼ばれる、この世の『全て』を記した書物とのことらしい。
興味を持った私はこの石盤を持ち帰り、それがあった場所にミイラを仕込んだ。
故に、この石盤のことは私しか知らない。
3日後。
飛行機を乗り継ぎ、私はボー山脈の麓にいた。
カクー遺跡から200キロ離れたこの場所こそ、石盤が示す『現世総覧』の在処だ。
石盤を頼りに、本の場所を探す。
数時間後。
私は雪で隠れた洞窟を発見した。
中に入ると、意外に温かい。
洞窟は広くはないが、奥の方に続いているらしい。
進んでいくと、部屋のような場所にたどり着いた。
中は過ぎ去った年月のため荒れているが、祭壇のようになっている。
数々の壁画と装飾品が彩る部屋の中央に、それはあった。
台のようなものに置かれた一冊の本。
本はガラスのような透明のケースの中にあり、荒れ果てた部屋とは反対に良い状態で保存されている。
「おや、お客さんかね」
私がケースを取ろうとした時、後ろから声が聞こえた。
驚き振り向くと、1人の老人が立っていた。
敵意はないらしく、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。
「いや、あの、怪しい者では」
「そう焦りなさんな。久しぶりの客だからね」
「ちょっと、話をしようじゃないか…」
老人はここに1人で住んでいるようだ。
言葉や、体格を見るにこの近辺の出身ではないようだが、もうこの洞窟に長く住んでいるという。
私は老人と話しながら、時々本の方を気にしていた。
「あれが、気になるかね?」
老人は急に尋ねてきた。
私が答えに窮していると、老人は笑いながら答える。
「いや、分かっておるよ」
「…だがね、あれは読まない方がいい」
老人は急に真面目な顔になった。
「あれは人の身に余るものよ」
「お嬢さん、悪いことは言わん、あれのことは忘れて帰りなさい」
老人の口調は、一切おどけていなかった。
鬼気迫るものさえ感じたほどだ。
私は、頷いて見せた。
「そうか、そうか」
「それがいい。お嬢さんは若くて綺麗だから、他にも道はあるじゃろうて」
「今は吹雪いておるから、少し休んで行きなさい」
老人はまたニコニコとした顔に戻り、
外の様子を確認するため後ろを向いた。
その隙に、私は手頃な石を握り、老人の頭目掛けて振り下ろした。
「やっと片付いたわね」
老人が動かないことを確認して、ケースを開ける。
本をバッグに詰めて外に出ようとした時、私は閃いた。
このままこの本のことを発表しても、結局疑惑は晴れない。
それなら、この本の知識を元に稼いだ方がいいのではないか?
評論家。
コンサルタント。
占い師でもいい。
私は洞窟に戻り、本を開いた。
脳内に、情報が溢れてくる。
宇宙の謎、歴史の真実、生命の起源と行く末。
その全てが理解できる。
ありとあらゆる事象が簡単な算数のように感じられ、脳内に蓄えられていく快楽に酔う。
そうしていると、急な頭痛に襲われた。
「あうぅ…あ、頭が…割れ…」
その間も、知識の流入は止まらない。
もういい、もういらない、そう叫んでみたが無駄だった。
やがて、体が渇いていくような感覚がやってきた。
手を見ると、急激に萎びていく様子が見てとれた。
シワシワと水分が失われ、シワだらけになっていく。
筋肉量が減り、細くなった指からは指輪が抜け落ちそうだ。
そして、垂れ下がる髪にも変化が起きていることに気づく。
手に取って見ると、明らかに潤いがなくなっており、ストレートだったものが若干うねっている。
美しい金色は、色褪せて灰のように白くなっていった。
どれだけの時間うずくまっていたのだろうか。
ようやく、頭痛が治った。
この手はなんだ?
この白い髪は?
体が重たい。
痛む体を引きずって、バッグの方に向かう。
鏡を取り出し、自分の状態を確認する。
「そ…そんな…こんなことって」
「違う…私じゃない…私はこんなおばあちゃんなんかじゃ…!」
鏡で確認した私の顔は、元の美しさを失っていた。
深いシワが刻まれ、頬はたるみ落ちてしまいそうだ。
シミまでできている。
事態が飲み込めず困惑している時に、老人のうめき声が聞こえた。
「うぅ…お、お嬢さん…その姿は」
「…読んでしまった…ようだね…」
ハアハアと荒く呼吸をしながら、私を見つめている。
その目には、私に対する憐れみが感じられた。
「おじいさん…これは、一体何が…」
「…適応だ…」
「全ては…器の問題なのだ…」
「君は自分を誇示したいと願っていたようだね…。だが、それにかなうだけの器を持ってはいなかった…」
「そこで…君は嘘で固め名声を得た。
…しかし、それも崩れ去った。結局は、名声を得る器でなかったということだ…」
「その点では、この本は有情だよ…。
器ならざる…我々のような…凡百の者でさえも、器に仕立ててくれる」
「知識を受け止めきれない我々が、この本の知識量に適応した結果が、この老いた姿なんだ…」
「もう一つ…適応の結果、君も長命になっているはずだ」
「儂もこの姿になって…もう何年経つか覚えていない…」
「次に来る人間が、こんな目に遭わないように…したかったんだが…」
「救いを、待ちなさい」
それだけいうと、老人は息を引き取った
老人の言葉が、脳内で無限に再生される。
こんな老人の体では、山を降りることもできない。
私は、ずっとここで過ごすのか?
こんな老いさらばえた姿で…何年、いや、何百年も…?
嫌だ。嫌だ。
自然と溢れてきた涙と共に助けてと叫んでみたが、誰にも届かなかったようだ。
洞窟には、私の啜り泣きだけが響いていた。
あれから、どれだけの時間が流れただろうか。
今日はやけに昔の夢を見た。
内容は私がここに来た日のことだった。
老人が遺した杖を眺めながら、未来の様子を垣間見る。
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