世界は平和ですか?Ⅱ

ふえん

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034話 アルシェですか?勇者さま。②

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「そんな・・・」

簡単な事じゃない!

一言だ。たった一言、言うだけで、、いい。

なのに、、、

その一言が出て来ない。

アルシェの心が思考を否定するのだ。





「んっ・・・朝?、、、」

朝だ。

もう朝なのだ・・・なのに・・・

アルシェは喜ばしい筈の現状が、、納得出来ない。

フェンは私と勝負をしたのだ。

『明日の朝までにアルシェの気持ちが変わるかどうか』で、だ。

私を屈服させる為に、どんな酷い事をするのか?、させられるのか?

、、必ず耐え抜いてみせる!と、覚悟を決めていたのに・・・。


、、、、朝だ。、、朝なのに、、、


何も、、なかった。


何もしなかったのだ、フェンは。


勇者フェンは私を抱き締めて、私の話を聞いてくれただけだった。

敢えて、された事を言えば『妹達には何時もしてるよ?』と、おやすみのキスをほっぺにされた事くらいしか無い。

後は私を優しく抱き締めて、『好きだよ。』と何度も繰り返し伝えるだけだった。

自分の命が懸かってるのよ?

なのに、、何で?

命を守る為に、もっと、、こう、、必死に、、何だってして当然じゃない!

私だって、自分の命が懸かっていたら、信念に背く様な事以外なら何だってする。

それこそ、必死に足掻く事だろう。

それなのに、最後には優しく頭を撫でながら、、

「おやすみ。アルシェ、、、」

と、言ったきり、何もしないまま眠りに就いたのだ。

、、、

、、、、


そして、朝、フェンは起きるなり、私を抱き締めたまま聞いたのだ。

「アルシェ、昨日から気持ちは変わったかな?」

は?・・・逆に聞きたい!

私に何もしていないのに『何か変わった』と思える自信は何処どこから来てるの?、と。

フェンは私が答える覚悟を決める時間すら与えてくれない。

いや、本当に覚悟を決めなきゃなのはフェンの方の筈なのに・・・

なぜ私が、、一言答えるだけの私が覚悟する時間が足りないなんて思うの?

昨日から既に決めていた事じゃない!

一言だ。、、一言、言えば勇者フェンを殺せるのだ。

『気持ちは変わらない』、『お前を殺す!』と。

私が言えば、この世から勇者フェンという存在を消せるのだ。

消える?・・・勇者フェンが?

それは、、、

私に『大丈夫だよ。』と言ってくれたフェンが居なくなるという事。

優しく『好きだよ。』と言ってくれたフェンが居なくなるという事。


「アルシェ、僕を殺したい?」

優しく語り掛けるフェン。

・・・何を、、何でそんなに平然として『殺したい?』なんて聞けるのよ!

圧倒的に優位なのはアルシェの方の筈だ。間違いない。

なのに、なぜかアルシェの方が答えに追いつめられ、迷い、、悩んでいる。

決めたじゃない!勇者を倒して、、殺して、皆の、、一族の仇を取るのよ!!


だが、アルシェの心はそうは言っていないのだ。

『フェンが私に何をしたって言うの?』

・・・何もしてない・・・いや、私の命を助けてくれた。

『傷だらけの私の事を綺麗だって言ってくれて、好きだって言ってくれた人だよ?』

・・・そんなの分かってる! だって嬉しかったんだから。

『じゃあ何で『殺す!』なんて言うのよ!』

・・・そんなの仕方ないじゃない!

・・・仕方・・・ない?


私は『仕方なく』フェンを殺したいの?

違う!・・・私、、本当は誰も殺したくなんて・・・っ!!

なんで?・・・今、、私、、殺したくない…なんて…思って…た?

幾ら強がっても、アルシェの心は動いていた、、動かされていたのだ。

それは、『殺したい』から『殺したくない』に変わったのではなく、、、

アルシェに生まれた気持ちは『フェンの』という第三の選択肢、、思いだった。


負けた、、、

私は勝負に負けたんだ。

こんな気持ちに、、思ってしまったら、、

もうフェンに『殺したい!』なんて言えない。

どう言い訳してみても、昨日の気持ちとは明らかに違う気持ちが在る。

「くっ、、」、、アルシェは負けたのだ。


ふぅ。・・・終わりね、、、。

負けたと言うのに、何故かサッパリした気持ちなのだ。

それに、少し『ホッ』っとした気持ちも。

思ってしまったのだ。

フェンを殺さずに済んで良かった、と。

「私の負けよ!・・・さぁ、殺しなさい!勇者フェン!」

言うと、アルシェはベットから降り、フェンの方を振り返り、両手を広げ、目をつぶる。


・・・私の事、好きって言ってくれた人に殺されるなら・・・


死ぬ時くらい、、良いよね?、、、最後の我が儘だ。

アルシェはその時を待つ、、だが、、、

「どうして!!」

『ビクッ』フェンの鋭い声にアルシェの肩が跳ねる。

恐る恐る目を開けると、、フェンが怒ってる?、、、何で?

「何で皆、僕に、、僕に殺して・・・なんて言うんだ!」

アルシェは思う。

そんなの、、そういう約束での勝負だったからに決まってるじゃない!

フェンも命を賭け、!、と宣言しての勝負だったのだ。

それも、始める前からのに・・・。

それでもフェンは勝負をしてくれて、、そして、のだ。

負けたのだ。

他に支払うべき物も無いのだから、取り決め通り、命を差し出すのが当然だろう。

なのにフェンは何が気に入らないというのだろうか?

それに、『皆、僕に…』って、、前に私の様にフェンに『私を殺して』と頼んだ誰かが居たのだろうか?

「アルシェ!!」

『ビクッ』、、二度目の肩が跳ね上がる。

「は、はい。」

「僕は言ったよね?勝負に勝っても負けてもアルシェ、君をを殺さない!って。」

「なのに何で?、、何でそんな事、言うのさ!」

フェンが怒っているのを初めて見た、、いや、の?

確かにフェンは言っていた、、そして、私は聞いていた。

でも、あの時は勝負前。

私を油断させる為の甘言だとしか思えなかったのだ。

「でも!、私は命を賭けると言ったのよ!それは嘘じゃない。、、本気よ!」

アルシェも引き下がらない…また目を閉じて、フェンが殺してくれるのを待っている。

人間相手に嘘を吐くなんて嫌なのだ、、許せないのだ。


フェンは自分が許せなかった。

好きな子に、、好きな女性に、また『私を殺して』なんて言わせてしまったのだ。

・・・ミヤに続きアルシェまで。

あんなに後悔し、二度とこんな事、言わせるもんか!と、誓った筈なのに…。


「早くして!、、私も恐い…の…」

小さく、、今にも消え入りそうな声でアルシェに催促されてしまう。

違う!!、、こんなの違うよね?

何でアルシェが恐い思いなんてしなきゃいけないの?

フェンもベットから降りる。

『ビクッ』フェンが床に足を着き、立ち上がる音でさえ、アルシェには怖くて堪らないのだろう。

フェンはアルシェに静かに近付くと、抱き締めた。

そして言う。

「大丈夫。大丈夫だよ。」

また、、また私にそんな言葉を、、でも!

「止めて! 離して!・・・私を殺して!」

「本気なの?」

「本気よ! 約束は絶対に守るわ!!」

「じゃあ、、、いいんだね?」

「ええ!!」

確かに迷いも無く、のだけれど、、、

だけど、アルシェの身体は震えているのだ。

当然だ。これから自分は殺されるのだから。

怖くない訳がないのだ。

抱き締めたまま、フェンはアルシェに告げる。

「じゃあ、アルシェ。君の命は僕が貰うよ?」

「ええ。いいわ。」

「確かに貰ったよ。もうアルシェの命は僕の物だよ。」

「うん♪」

アルシェの返事は身体の震えに反して、嬉しい様な、甘える様に明るかった。

フェンは続けて言う。

「・・・じゃあ、、ね、、駄目だよ。」

「えっ?」、、何が?

「アルシェ、僕は君を殺さないし、君は死んじゃ駄目。」

「何で!、、何でそんな!!」

「何で、じゃないよ。アルシェの命は僕の物になったんだから、どうしようと僕の自由だよ。」

「僕の物なんだから、勝手に死んじゃ駄目だよ。」

「そんな…私は命を賭けたのよ!…約束は守らなきゃ…」

「だから、約束を守ってよ、アルシェ。」

「・・・?」

「アルシェ、言ったよね?」

「『私は命を掛ける!!』って。」

「そうよ!、、だから、、」

「そして、こうも言ったよね?」

「・・・?」

「『後は好きにすればいいじゃない!!』ってさ。」

「・・・!!」

「だから僕はアルシェを『好きにする』よ。」

「どうにでもするよ?、、だって僕の好きに出来るんだから。」

「だから・・・死んじゃ駄目。」

「そ、そんなの、、、」

「あれだけ約束を守るって言ってたのに、アルシェは約束守れないの?」

「・・・・」

「アルシェ!…アルシェは今日から僕の物なんだから、僕の傍に居るんだ!いいね?、、命令だよ♪」

「・・・・」

「アルシェ、返事は?」

「・・・・はい。」



アルシェは思う。

何よ!・・・こんなの命令でも何でもないじゃない!

『傍に居るんだ!』って、、調、『傍に居たい』って、私が思った、、望んだ事じゃない!

何なのよ!!

、私を殺しもせず、じゃない!

自分の命を賭けてまで、、、フェンは一体、何をやってるのよ!

納得いかない。

私は負けたのよ?

なのに・・・私の願いばかりが叶うなんておかしいじゃない!

叶う願いは、勝負に勝ったフェンの願いであるべきだ。

フェンの、、願い?

・・・叶った、、の?

フェンは言っていたのだ。

私を抱き締めながら『好きだ』と言い、僕が勝ったら『』と。

そして、フェンは勝ったのだ。・・・約束は約束だ。

私は命を、、自身を賭けて勝負して、負けたのだ。

フェンが私を『僕の物だ』と言うなら、私はフェンの物なのだ。

そして『死んじゃ駄目だ。』と言うなら、従わなければならない。


ズルい!・・・アルシェは思う。

アルシェはのだ。

また、、人間に。

結局、アルシェが勝っても負けても、アルシェの為にしかならない勝負だったのだから。

勝負の前から全てのだ。

フェンも勝っても負けても、最初から私に何かするつもりなど無かったのだ。

人間は、、フェンはズルい!

何よ!…私が勝って『殺したい』って言ったらどうするつもりだったのよ!

私の為に死ぬつもりだったの?

まだ、出逢ったばかりの私なんかの為に?

・・・馬鹿げてる!大馬鹿だ、、フェンは。

・・・そんなに・・・私の事が好きだとでも言うの?

人間なんて嫌いよ!

私達をばかり・・・。

今だって・・・

何よ!、、嘘をいて騙しておいて・・・それがだなんて、、ズルいよ、、

私の人間に対する恨みをフェンは一身に受けて、、命懸けで私の気持ちを晴らさせてくれたのだ…

そして、また私の命を…死ぬ事を望んだ私の命を、、私から奪ってまた救ってくれたのだ。

もう私は、私の物ではない。

私の命、、心も身体も勇者フェンの物になったのだから。

フェンは私をどうするつもりなのだろう?

どうする?…どう使う?…何をする?…何をさせる?

今までのアルシェなら、自分が自分の物でなくなったりしたら…多分、、絶望した事だろう。

だけど・・・今はなぜか大丈夫な、、嬉しい気さえするのだ。

何の根拠も無い。

私が棄てようとした命。

それを拾い上げ、僕の物だと言い、守ってくれたのは・・・フェンなのだ。

私を綺麗だと言い、好きだとも言ってくれた・・・フェンなのだ。

命を棄てるつもりのアルシェ自身より、かえって安全で安心とも言える。

フェンは命令してくれた。

『僕の傍に居て。』と。

居て、、いいんだよね?

私の持ち主、フェン、、がそう言うなら、良いんだよね?


内心、分かっている。

フェンは命令してのだ。

アルシェの気持ちなど関係無いという事にのだ。

私は『持ち物』なのだから、言われた事には従わなければならない。

そう。たとえ、憎い人間の命令でも聞かなければならないのだ。

フェンが命令したなら従わなければ・・・

どんな命令でも、だ。

それは・・・

『幸せになれ』と命令するなら幸せにならなければだし、、

『楽しく暮らして』と言うなら、楽しく暮らさなければ、、なのだ。

アルシェが一族の皆に後ろめたさを感じる必要は無いのだ。

何せ、アルシェが望んだ事ではなく、命令されてなのだから…。

と、いうていを取ってくれているのだ、フェンは。


フェンも思っている。

人間と幸せに暮らすなんて蛇人族の仲間達に対してアルシェが申し訳なく思うかもしれない。

なら、、、



アルシェに聞いた施設での生活、、今までの生活を考えればアルシェはもう十分、頑張って来たのだ。

もう、、アルシェは誰にも気兼ねする事なく、静かに幸せに暮らして良い筈だ。


誰でもない!、、僕が命令したのだ。


、、『』と。


アルシェはそれに従っているだけだ。


大丈夫。アルシェ、、・・・よ。











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