【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン

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8.嵐の予感

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その頃、王都の宮殿では国王陛下主催の食事会が和やかに開かれていた。
主賓席にはアッシュ王太子とその隣で幸せそうに微笑むイリス。そして、セレスティア伯爵夫妻が同席していた。フィーナ・セレスティアという王家と伯爵家の「重荷」が取り除かれたことを祝う内輪の宴。

「ふむ、これでようやく王家の威信も保たれるというものだ。アッシュよ、良き判断であった」

厳格な国王が満足げに頷くと、王妃も上品に微笑んだ。

「本当に。あのような『出来損ない』が王太子妃になるなど、考えただけでも身の毛がよだつことでしたわ。それに引き換え、イリスのこの輝くような艶やかさ。これこそが次代の国母にふさわしいお姿ですわね」
「勿体なきお言葉です、王妃陛下」

イリスははにかみながらも、恍惚とした表情を見せる。
「本当にお姉様にはお気の毒なことをいたしましたけれど……これも全て国の未来のため。我が家の恥をこれ以上晒すわけにはまいりませんでしたから」

その言葉を引き取るように、イリスの母である伯爵夫人が胸元に手を当ててため息をついた。
「ええ。あの子がいなくなったことで、ようやく我が家にも平穏が訪れましたわ。今頃、あの瘴気渦巻く地で自分の愚かさを噛み締めていることでしょう」

彼らの会話にフィーナへの気遣いは欠片もなかった。
目障りな害虫をようやく駆除できたかのような空気感―――。

アッシュはイリスの方を向き、自信に満ちた声で言った。
「イリス、これからはお前が私の隣でこの国を支えるのだ。お前の『聖女』としての力があれば我がエリオット王国は永遠に安泰だろう」
「はい、アッシュ殿下!このイリス、身命を賭してお役に立ってみせますわ!」


―――その時だった。
晩餐会の談笑を突き破るように、重い扉が勢いよく開かれた。

「申し上げます! 緊急報告にございます!」

ずぶ濡れになった近衛兵が息を切らしながら転がり込み、その場で膝をついた。和やかだった空気が一変する。

「無礼者! 何事だ、その無様な姿は!」

王が不快げに眉をひそめて兵士を怒鳴りつけた。

「はっ! 申し訳ございません! しかし一刻を争う事態にございます! 連日の長雨により、王都南部のティリス川が氾濫! 堤防が一部決壊し、下流の村々が洪水に見舞われております!」

「なにぃ!?」
セレスティア伯爵が思わず声を上げた。

王は手にしていたワイングラスをゆっくりとテーブルに置くと、動揺を押し殺した声で言った。

「うろたえるな。堤防は我が治世の間に強化させた万全のもののはず。すぐに水も引くだろう。騒ぎ立てるでない」

その言葉は周囲を落ち着かせるためか、あるいは自分自身に言い聞かせるためか。
アッシュもまた父王に同調し、イリスに余裕の笑みを見せた。

「父上の仰る通りです。心配ないイリス。ただの少し大きな水たまりのようなものでしょう。私が騎士団を派遣させます」

その言葉を待っていたとばかりに、イリスはぱっと顔を輝かせた。

「まあ、民が苦しんでいるのですね! 大変ですわ! 私もすぐにご一緒いたします! 私の治癒魔法と精霊様のお力があれば、きっと皆様をお救いできますわ!」

「うむ、さすがは聖女だな」
王は満足げに頷き、もはやこの話は終わりだと言わんばかりに食事の再開を促した。

兵士は何か言いたげに唇を噛み締めながら退室していった。

王妃が訝しげに問い返す。
「フィーナですわ! あの不吉な出来損ないの呪いに違いありません! あの子は昔から、自分の周りに不幸を振りまいておりました! 私たちの気を引くためにわざと病弱を装い、同情を誘おうとする狡猾な娘だったのです!」

目の前の厄介な現実から逃避したい彼らにとって、それは非常に都合の良い「答え」だった。

「なるほど……追放された腹いせに、最後の呪いを国にかけていったというわけか」
アッシュが憎々しげに呟く。
全ての責任を押し付けることで彼の心はいくらか軽くなった。

「まったくどこまでも迷惑な女だ。だがそれも長くは続くまい。あの瘴気渦巻く『見捨てられた地』ではあのような欠陥品、ひと月ももたず朽ち果てるだろう」

国王は兵士が持ってきた凶報と目の前の豪華な食事を見比べ、煩わしそうに手を振った。

「……もうよい。食事を続けるぞ。せっかくの料理が冷めてしまう」


再び席に着いた彼らは何事もなかったかのように食事を再開した。
「フィーナの呪いか……くだらん。我が国には聖女イリスがいるのだ。些細な呪いなど、彼女の光の前ではすぐに消え去るだろう」
アッシュが虚勢を張るように言った。

セレスティア伯爵もそれに追従する。
「左様でございます! 我が娘イリスは本物の聖女。出来損ないの姉とは格が違います。この程度の災厄、きっとすぐに乗り越えてみせましょうとも」

彼らは再びグラスを掲げ乾杯する。
自分たちの選択は間違っていなかったのだと、互いに確認し合うように。
しかし窓を叩く雨音は一向に弱まる気配を見せなかった。
それどころか嵐の到来を告げるかのように、風が唸り声を上げ始めていた。
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