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最終話.真聖女の"元"親孝行
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エリオット王国の再興を見届けた私たちはグリゼルダ皇国へと帰国した。
英雄の凱旋とでも言うべきだろうか。
民衆は沿道に溢れ、私の名を熱狂的に叫んでいた。
「フィーナ様! 我らが真聖女!」
「国を発展させてくださり、ありがとうございます!」
かつて『幽霊令嬢』と蔑まれた私が今や『真聖女』――――。
私は馬車の中から皆に手を振る。
グリゼルダ皇国の王宮では皇帝陛下直々の叙勲式が執り行われた。
「フィーナ・セレスティア。そなたの叡智と勇気は混乱の極みにあったエリオット王国を救い、我がグリゼルダ皇国との永続的な礎を築いた。その功績は計り知れない。ここに皇国最高位の『星辰大勲章』を授与する」
ずしりと重い勲章を胸に飾り、私は深々と頭を下げた。
式典の午後、私はグリゼルダ皇国の自室のバルコニーでロイエルと二人、ゆったりとティータイムを過ごしていた。琥珀色の紅茶が金の縁取りのカップで静かに揺れている。
「それにしても、見違えたな。君は」
ふとロイエルが懐かしむように目を細めた。
その眼差しがかつての私を映し出す。
「最初に会った頃は今にも壊れてしまいそうなガラス細工のようだった。それが今や、一国を、いや、二つの国を動かすほどの存在になった」
「ふふ……今の私があるのは、あなたが私を見つけて手を差し伸べてくれたから」
私はゆっくりとポケットに手を入れた。指先に触れるのは、掌に収まるほどの小さな金属製の魔力計。ロイエルに気づかれないよう、テーブルクロスの下でそっとそれを取り出し、数値を見る。
これは国家護持結界と常にリンクしており、特定の魔力パターンの吸収率をリアルタイムで表示する機能が組み込まれている。
淡い光を放つ盤面に幾つかの数値が浮かび上がる。主動力源であるグランフェルドからの供給量は「99.98% ‐ 安定」。そしてその下に小さく表示されたもう一つの項目。
『ガディウス・セレスティア』――私を「我が家の恥」と断じた元父の名。彼は魔術師の家系でありながらも、魔力は凡庸そのもの。それを微弱ながらも着実に、そして強制的に吸い上げられ続けていることをその数値は示していた。
国の新たな平和の礎として再稼働させた『国家護持結界』。
表向きはグランフェルドの魔力を主動力とするクリーンなシステムへと改良したと発表した。もちろんそれも事実。ただ一点だけ……誰にも気づかれぬよう、私は結界の根幹プログラムにほんの少しだけ手を加えておいた。優秀な魔術師たちの目すら欺いて組み込んだ私だけの秘密。
新たに一つのターゲットを指定し、その魔力パターンを永続的に探知・追跡する機能を。
そして、その探知範囲を全世界にまで拡張するささやかなアップデートを。
たとえ世界の果てに逃げようとも、この結界は彼を見つけ出し、その生命力ごと魔力を吸い上げ続ける。私が長年味わってきた、あの地獄のような苦しみを今度は彼が味わう番。
セレスティア伯爵はあの後どうしただろう。
どこか遠い国へ逃れたのだろうか。セレスティア家の名誉を再興させようと、無様にあがいているのかもしれない。あるいはすべてを失い、どこかの路地裏で酒に溺れているのか。
どこで何をしていようと構わない。
これから彼を待っているのは原因不明の絶え間ない倦怠感。
骨の芯まで凍えるような悪寒。
意識が浮上すると同時に襲ってくる頭蓋を掻き乱されるようなめまい。
医者にかかっても首を傾げられるだけ。
「過労でしょう」「気の持ちようです」とでも言われ、誰もその苦しみを理解してはくれない。やがて周囲からは同情を引くために病弱を装っているのだと疎まれ、孤独のうちにゆっくりと衰弱していく。
私が味わった絶望と孤独をそっくりそのまま、終わりのない日常としてプレゼントしてあげるのだ。それこそが私の彼に対するかつてできなかった最大限の『親孝行』というものだろう。
「フィーナ? どうかした? 何だかとても嬉しそうだ」
ロイエルの声にはっと我に返った。
いけない。喜びが顔に出てしまっていたらしい。
「いいえ、何も。ただ、こうしてあなたと過ごす穏やかな時間が本当に幸せだと、改めて感じていただけよ」
心の中で一人遠い空の下にいるであろう哀れな男に思いを馳せた。
――今頃どこかで見知らぬ天井を眺め、体の不調に首を傾げている頃でしょうか。
お気の毒なこと。
あなたも私のように、ただの「病弱」で済むと良いですわね。
元お父様。
紅茶の表面が祝福するようにキラキラと輝いていた。
私の新しい人生の門出と、誰かの終わらない地獄の始まりを祝して。
英雄の凱旋とでも言うべきだろうか。
民衆は沿道に溢れ、私の名を熱狂的に叫んでいた。
「フィーナ様! 我らが真聖女!」
「国を発展させてくださり、ありがとうございます!」
かつて『幽霊令嬢』と蔑まれた私が今や『真聖女』――――。
私は馬車の中から皆に手を振る。
グリゼルダ皇国の王宮では皇帝陛下直々の叙勲式が執り行われた。
「フィーナ・セレスティア。そなたの叡智と勇気は混乱の極みにあったエリオット王国を救い、我がグリゼルダ皇国との永続的な礎を築いた。その功績は計り知れない。ここに皇国最高位の『星辰大勲章』を授与する」
ずしりと重い勲章を胸に飾り、私は深々と頭を下げた。
式典の午後、私はグリゼルダ皇国の自室のバルコニーでロイエルと二人、ゆったりとティータイムを過ごしていた。琥珀色の紅茶が金の縁取りのカップで静かに揺れている。
「それにしても、見違えたな。君は」
ふとロイエルが懐かしむように目を細めた。
その眼差しがかつての私を映し出す。
「最初に会った頃は今にも壊れてしまいそうなガラス細工のようだった。それが今や、一国を、いや、二つの国を動かすほどの存在になった」
「ふふ……今の私があるのは、あなたが私を見つけて手を差し伸べてくれたから」
私はゆっくりとポケットに手を入れた。指先に触れるのは、掌に収まるほどの小さな金属製の魔力計。ロイエルに気づかれないよう、テーブルクロスの下でそっとそれを取り出し、数値を見る。
これは国家護持結界と常にリンクしており、特定の魔力パターンの吸収率をリアルタイムで表示する機能が組み込まれている。
淡い光を放つ盤面に幾つかの数値が浮かび上がる。主動力源であるグランフェルドからの供給量は「99.98% ‐ 安定」。そしてその下に小さく表示されたもう一つの項目。
『ガディウス・セレスティア』――私を「我が家の恥」と断じた元父の名。彼は魔術師の家系でありながらも、魔力は凡庸そのもの。それを微弱ながらも着実に、そして強制的に吸い上げられ続けていることをその数値は示していた。
国の新たな平和の礎として再稼働させた『国家護持結界』。
表向きはグランフェルドの魔力を主動力とするクリーンなシステムへと改良したと発表した。もちろんそれも事実。ただ一点だけ……誰にも気づかれぬよう、私は結界の根幹プログラムにほんの少しだけ手を加えておいた。優秀な魔術師たちの目すら欺いて組み込んだ私だけの秘密。
新たに一つのターゲットを指定し、その魔力パターンを永続的に探知・追跡する機能を。
そして、その探知範囲を全世界にまで拡張するささやかなアップデートを。
たとえ世界の果てに逃げようとも、この結界は彼を見つけ出し、その生命力ごと魔力を吸い上げ続ける。私が長年味わってきた、あの地獄のような苦しみを今度は彼が味わう番。
セレスティア伯爵はあの後どうしただろう。
どこか遠い国へ逃れたのだろうか。セレスティア家の名誉を再興させようと、無様にあがいているのかもしれない。あるいはすべてを失い、どこかの路地裏で酒に溺れているのか。
どこで何をしていようと構わない。
これから彼を待っているのは原因不明の絶え間ない倦怠感。
骨の芯まで凍えるような悪寒。
意識が浮上すると同時に襲ってくる頭蓋を掻き乱されるようなめまい。
医者にかかっても首を傾げられるだけ。
「過労でしょう」「気の持ちようです」とでも言われ、誰もその苦しみを理解してはくれない。やがて周囲からは同情を引くために病弱を装っているのだと疎まれ、孤独のうちにゆっくりと衰弱していく。
私が味わった絶望と孤独をそっくりそのまま、終わりのない日常としてプレゼントしてあげるのだ。それこそが私の彼に対するかつてできなかった最大限の『親孝行』というものだろう。
「フィーナ? どうかした? 何だかとても嬉しそうだ」
ロイエルの声にはっと我に返った。
いけない。喜びが顔に出てしまっていたらしい。
「いいえ、何も。ただ、こうしてあなたと過ごす穏やかな時間が本当に幸せだと、改めて感じていただけよ」
心の中で一人遠い空の下にいるであろう哀れな男に思いを馳せた。
――今頃どこかで見知らぬ天井を眺め、体の不調に首を傾げている頃でしょうか。
お気の毒なこと。
あなたも私のように、ただの「病弱」で済むと良いですわね。
元お父様。
紅茶の表面が祝福するようにキラキラと輝いていた。
私の新しい人生の門出と、誰かの終わらない地獄の始まりを祝して。
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