12 / 33
新たな縁談
3
しおりを挟む
数日後、シュロト様から夜会の招待状が届いた。金の縁取りが施された上質な手紙には、流麗な筆致で彼の名が記されている。それは古城で密やかに催されるカップル限定の特別な夜会への誘いだった。
<リリーナさん、もしよろしければ、僕とご一緒していただけませんか? まだ僕たちの関係は始まったばかりですが、共に楽しい時間を過ごせればと願っています。もちろん、ご無理強いはいたしません>
彼の申し出にためらいが心をよぎった。「カップル限定」――その言葉がアランとの辛い記憶を容赦なく呼び覚ます。二人で参加した建国記念の夜会、あの悪夢のような薔薇の散る夜会が脳裏に蘇った。
しかし、シュロト様の真摯な招待文を何度も読み返すうち、そんな弱気はどこかへ吹き飛んでしまう。きっと大丈夫。彼がそばにいてくれるなら、新しい一歩を踏み出せるはず。
<はい、シュロト様。喜んでご一緒させていただきます。その日を心待ちにしております>
わたしはそう返信した。爽やかなドレスを選ぼう。過去を脱ぎ捨てるように――。自分らしさを表現できるミントグリーンのドレスを仕立てることにした。それは生まれ変わったわたしへのささやかな誓いでもあった。
---
夜会当日。仕上がったばかりのドレスは光沢を湛え、肌の上を滑るように軽やか。デコルテの繊細なレースがわたしをいつもより大人びて見せ、上品な輝きを放っている。不安と期待が入り混じる中、古城の壮麗なホールへと足を踏み入れた。
シュロト様は急な執務の都合で少し遅れると、侍者を通じて連絡があった。約束の時間までまだ少しある。広間の片隅でグラスを手に彼が到着するのを待つことにした。一人でいるとどうしても周囲の視線が気になる。婚約破棄の噂は、まだ社交界の隅々にくすぶっているのだ。ヒソヒソ声が聞こえてくるような気がして落ち着かない。
「大丈夫よ、リリーナ。シュロト様がすぐに来てくださるわ」
自分にそう言い聞かせた時だった。
「あら、リリーナじゃない。こんなところでお一人ですの?」
聞き覚えのある、ねっとりとした甘い声。振り返るとそこにはやはり、アランの腕に絡みつくルネアの姿があった。彼女はわざとらしく周囲の注目を一身に集めるように声を張り上げた。
「今夜はカップル限定の夜会だと伺っておりましたけれど。もしかして、お相手の方に愛想を尽かされて、逃げられたのかしら? まあ、なんて可哀想」
その言葉に、周囲からクスクスと抑えた笑い声が漏れるのが聞こえた。顔が熱くなるのを感じる。アランは、そんなルネアを諌(いさ)めるでもなく、ただ冷ややかにわたしを一瞥した。
「ふん、……無様だな。誰かにすがらなければ、このような場にも参加できないのか? スフレ伯爵令嬢ともあろう方が」
アランは秘密基地での出来事など、初めからなかったかのように冷え切っていた。あの小屋で、震える声で問い詰めたわたし。掴んだ腕から伝わってきた、彼のわずかな動揺さえも気のせいだったのかもしれない。ほんの少しでも、何かを期待した自分がひどく愚かに思えた。
「……あなたたちにそんな風に言われる筋合いはない。わたしは待ち合わせをしているだけ」
努めて冷静に言い返す。
「待ち合わせ? 本当かしら。そのお相手とやらが本当に来るのかどうか、怪しいものねぇ」
ルネアはこれ見よがしにアランの腕にさらに強くしがみつきながら、わたしの新しいドレスを頭の先からつま先まで、まるで汚いものでも見るかのように品定めした。
「まあ、そのドレス。野暮ったいこと。以前の水色のドレスの方がまだマシ。今のあなたにはなんだか……色褪せてくすんで見えるわ。まるで、今のあなたの心境をそのまま表しているかのようで……見ていて痛々しいったらありゃしない」
悔しさと怒りで唇を噛みしめる。なぜこの厚顔無恥な女にいちいち評価されなければならないのか。
「あなたにわたしの服装についてとやかく言われる覚えはないわ。それよりも他人の不幸を肴にすることでしか、自分の価値を見出せないあなたの方がよほど哀れでみすぼらしく見えるけれど」
精一杯の皮肉を込めて言い返した。
アランが鼻でせせら笑う気配がした。
「口だけは達者になったようだな。だが、所詮はその程度だ。いつまでも過去の栄光に……いや、過去の男に執着している女の末路か。虫唾が走る」
屈辱に体が震える。このままではシュロト様にも申し訳が立たない。何か言い返さなければ――そう思った、まさにその時だった。
「おや、それは聞き捨てなりませんね、アラン殿、そしてルネア嬢」
<リリーナさん、もしよろしければ、僕とご一緒していただけませんか? まだ僕たちの関係は始まったばかりですが、共に楽しい時間を過ごせればと願っています。もちろん、ご無理強いはいたしません>
彼の申し出にためらいが心をよぎった。「カップル限定」――その言葉がアランとの辛い記憶を容赦なく呼び覚ます。二人で参加した建国記念の夜会、あの悪夢のような薔薇の散る夜会が脳裏に蘇った。
しかし、シュロト様の真摯な招待文を何度も読み返すうち、そんな弱気はどこかへ吹き飛んでしまう。きっと大丈夫。彼がそばにいてくれるなら、新しい一歩を踏み出せるはず。
<はい、シュロト様。喜んでご一緒させていただきます。その日を心待ちにしております>
わたしはそう返信した。爽やかなドレスを選ぼう。過去を脱ぎ捨てるように――。自分らしさを表現できるミントグリーンのドレスを仕立てることにした。それは生まれ変わったわたしへのささやかな誓いでもあった。
---
夜会当日。仕上がったばかりのドレスは光沢を湛え、肌の上を滑るように軽やか。デコルテの繊細なレースがわたしをいつもより大人びて見せ、上品な輝きを放っている。不安と期待が入り混じる中、古城の壮麗なホールへと足を踏み入れた。
シュロト様は急な執務の都合で少し遅れると、侍者を通じて連絡があった。約束の時間までまだ少しある。広間の片隅でグラスを手に彼が到着するのを待つことにした。一人でいるとどうしても周囲の視線が気になる。婚約破棄の噂は、まだ社交界の隅々にくすぶっているのだ。ヒソヒソ声が聞こえてくるような気がして落ち着かない。
「大丈夫よ、リリーナ。シュロト様がすぐに来てくださるわ」
自分にそう言い聞かせた時だった。
「あら、リリーナじゃない。こんなところでお一人ですの?」
聞き覚えのある、ねっとりとした甘い声。振り返るとそこにはやはり、アランの腕に絡みつくルネアの姿があった。彼女はわざとらしく周囲の注目を一身に集めるように声を張り上げた。
「今夜はカップル限定の夜会だと伺っておりましたけれど。もしかして、お相手の方に愛想を尽かされて、逃げられたのかしら? まあ、なんて可哀想」
その言葉に、周囲からクスクスと抑えた笑い声が漏れるのが聞こえた。顔が熱くなるのを感じる。アランは、そんなルネアを諌(いさ)めるでもなく、ただ冷ややかにわたしを一瞥した。
「ふん、……無様だな。誰かにすがらなければ、このような場にも参加できないのか? スフレ伯爵令嬢ともあろう方が」
アランは秘密基地での出来事など、初めからなかったかのように冷え切っていた。あの小屋で、震える声で問い詰めたわたし。掴んだ腕から伝わってきた、彼のわずかな動揺さえも気のせいだったのかもしれない。ほんの少しでも、何かを期待した自分がひどく愚かに思えた。
「……あなたたちにそんな風に言われる筋合いはない。わたしは待ち合わせをしているだけ」
努めて冷静に言い返す。
「待ち合わせ? 本当かしら。そのお相手とやらが本当に来るのかどうか、怪しいものねぇ」
ルネアはこれ見よがしにアランの腕にさらに強くしがみつきながら、わたしの新しいドレスを頭の先からつま先まで、まるで汚いものでも見るかのように品定めした。
「まあ、そのドレス。野暮ったいこと。以前の水色のドレスの方がまだマシ。今のあなたにはなんだか……色褪せてくすんで見えるわ。まるで、今のあなたの心境をそのまま表しているかのようで……見ていて痛々しいったらありゃしない」
悔しさと怒りで唇を噛みしめる。なぜこの厚顔無恥な女にいちいち評価されなければならないのか。
「あなたにわたしの服装についてとやかく言われる覚えはないわ。それよりも他人の不幸を肴にすることでしか、自分の価値を見出せないあなたの方がよほど哀れでみすぼらしく見えるけれど」
精一杯の皮肉を込めて言い返した。
アランが鼻でせせら笑う気配がした。
「口だけは達者になったようだな。だが、所詮はその程度だ。いつまでも過去の栄光に……いや、過去の男に執着している女の末路か。虫唾が走る」
屈辱に体が震える。このままではシュロト様にも申し訳が立たない。何か言い返さなければ――そう思った、まさにその時だった。
「おや、それは聞き捨てなりませんね、アラン殿、そしてルネア嬢」
116
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。
ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。
程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが…
思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。
喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___
※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)
異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》
婚約者の幼馴染に殺されそうになりました。私は彼女の秘密を知ってしまったようです【完結】
小平ニコ
恋愛
選ばれた貴族の令嬢・令息のみが通うことを許される王立高等貴族院で、私は婚約者のチェスタスと共に楽しい学園生活を謳歌していた。
しかし、ある日突然転入してきたチェスタスの幼馴染――エミリーナによって、私の生活は一変してしまう。それまで、どんな時も私を第一に考えてくれていたチェスタスが、目に見えてエミリーナを優先するようになったのだ。
チェスタスが言うには、『まだ王立高等貴族院の生活に慣れてないエミリーナを気遣ってやりたい』とのことだったが、彼のエミリーナに対する特別扱いは、一週間経っても、二週間経っても続き、私はどこか釈然としない気持ちで日々を過ごすしかなかった。
そんなある日、エミリーナの転入が、不正な方法を使った裏口入学であることを私は知ってしまう。私は間違いを正すため、王立高等貴族院で最も信頼できる若い教師――メイナード先生に、不正の報告をしようとした。
しかし、その行動に気がついたエミリーナは、私を屋上に連れて行き、口封じのために、地面に向かって突き落としたのだった……
婚約者を奪われた私は、他国で新しい生活を送ります
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルクルは、エドガー王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。
聖女を好きにったようで、婚約破棄の理由を全て私のせいにしてきた。
聖女と王子が考えた嘘の言い分を家族は信じ、私に勘当を言い渡す。
平民になった私だけど、問題なく他国で新しい生活を送ることができていた。
お飾りの側妃となりまして
秋津冴
恋愛
舞台は帝国と公国、王国が三竦みをしている西の大陸のど真ん中。
歴史はあるが軍事力がないアート王国。
軍事力はあるが、歴史がない新興のフィラー帝国。
歴史も軍事力も国力もあり、大陸制覇を目論むボッソ公国。
そんな情勢もあって、帝国と王国は手を組むことにした。
テレンスは帝国の第二皇女。
アート王ヴィルスの第二王妃となるために輿入れしてきたものの、互いに愛を感じ始めた矢先。
王は病で死んでしまう。
新しく王弟が新国王となるが、テレンスは家臣に下賜されてしまう。
その相手は、元夫の義理の息子。
現王太子ラベルだった。
しかし、ラベルには心に思う相手がいて‥‥‥。
他の投稿サイトにも、掲載しております。
婚約破棄された令嬢、教皇を拾う
朝露ココア
恋愛
「シャンフレック、お前との婚約を破棄する!」
婚約者の王子は唐突に告げた。
王太子妃になるために我慢し続けた日々。
しかし理不尽な理由で婚約破棄され、今までの努力は水の泡に。
シャンフレックは婚約者を忘れることにした。
自分が好きなように仕事をし、趣味に没頭し、日々を生きることを決めた。
だが、彼女は一人の青年と出会う。
記憶喪失の青年アルージエは誠実で、まっすぐな性格をしていて。
そんな彼の正体は──世界最大勢力の教皇だった。
アルージエはシャンフレックにいきなり婚約を申し込む。
これは婚約破棄された令嬢が、本当の愛を見つける物語。
【完結】悪女を押し付けられていた第一王女は、愛する公爵に処刑されて幸せを得る
甘海そら
恋愛
第一王女、メアリ・ブラントは悪女だった。
家族から、あらゆる悪事の責任を押し付けられればそうなった。
国王の政務の怠慢。
母と妹の浪費。
兄の女癖の悪さによる乱行。
王家の汚点の全てを押し付けられてきた。
そんな彼女はついに望むのだった。
「どうか死なせて」
応える者は確かにあった。
「メアリ・ブラント。貴様の罪、もはや死をもって以外あがなうことは出来んぞ」
幼年からの想い人であるキシオン・シュラネス。
公爵にして法務卿である彼に死を請われればメアリは笑みを浮かべる。
そして、3日後。
彼女は処刑された。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる