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終幕の結婚式
7
喧騒が残響となって遠ざかっていく。あれほどまでに憎悪と混乱、そして驚愕に満ちていた大聖堂はいつしか静寂を取り戻し始めていた。衛兵たちに連行されていくルネアの最後の絶叫も、彼女の一派であろう者たちの抵抗の叫びももう聞こえない。事の成り行きを見守っていた列席者たちも退出し、ただ、広大な空間にもとの神聖な空気がゆっくりと満ちていく。
――わたしの視界にはただ一人、祭壇の前に佇むシュロトの姿だけ。漆黒の礼服は先ほどまでとは違う意味で彼の存在感を引き立てていた。まるで長い戦いを終えた騎士のように。
どれほどの時間が流れたのだろう。ほんの一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。凍りついていたはずの心臓が、今は激しく鼓動を打っている。彼の口から紡がれた「リリーナ・スフレ」という名前。そして「世界で愛する人はただ一人」という言葉。
ゆっくりと彼がこちらを振り返った。あの晩餐会の夜とは違う、どこまでも優しい眼差しが戻っていた。
足が自然と彼の方へと動いていた。最初はゆっくりと一歩一歩確かめるように。彼との距離が縮まるにつれて、抑えきれない感情が溢れ出し、ほとんど駆け寄るようにして彼の元へ――。
「シュロト……っ」
言葉にならない想いが胸いっぱいにせり上がり、息が詰まってしまう。彼が力強くわたしの体を腕の中に閉じ込めた。その体温と香りが現実感を伴ってわたしを包み込む。その温もりが強張っていた心と体を解きほぐしていく。夢なんかじゃない。本当に現実なんだ――。
「リリーナ……!」
わたしの肩に顔を埋めるようにして、彼もまた名を呼んだ。わたしも彼の背中に腕を回し、ありったけの力を込めて抱きしめ返した。互いの鼓動が、まるで一つのリズムを刻むように重なり合うのを感じる。
どれくらいそうしていただろう。祭壇の前に二人きり。ステンドグラスからこぼれる光が祝福のシャワーのようにわたしたちに降り注いでいる。もう周りの目も、嘲笑も、侮蔑も何一つない。ただ彼とわたしだけがいる。
やがてシュロトがゆっくりと体を離し、わたしの両肩にそっと手を添えて真剣な眼差しで見つめた。
「リリーナ……すまない。本当にすまなかった……」
搾り出すようなその声に彼がいかに悩み、どれほど心を砕いてきたのかが伝わってくる。
「君にこんなにも辛く耐えがたい思いをさせてしまうとは……。この計画を遂行するためとはいえ、僕のやり方はあまりにも過酷すぎた。毎晩、毎晩だ。君の悲しむ顔が目に浮かんで……眠れない夜を過ごした。君を守りたくて……その一心で始めたはずだったのに……」
途切れ途切れに紡がれる彼の言葉に、わたしの胸は張り裂けそうだった。あの晩餐会での彼の冷酷な態度。その仮面の下にはこんなにも深い苦悩が隠されていたなんて。わたしはただ裏切られたと思い込み、絶望の淵に沈むことしかできなかった……。
「いいえ……」
わたしは首を横に振る。涙が止めどなく頬を伝って流れ落ちていく。でもそれはもう悲しみの涙ではなかった。
「いいえ、シュロト。あなたはわたしを守るために……。こんなにも大きな命懸けの危険を冒して、たった一人で戦っていたのね……。真実を告げられない苦しみをずっと一人で抱えて……」
――わたしの視界にはただ一人、祭壇の前に佇むシュロトの姿だけ。漆黒の礼服は先ほどまでとは違う意味で彼の存在感を引き立てていた。まるで長い戦いを終えた騎士のように。
どれほどの時間が流れたのだろう。ほんの一瞬のようでもあり、永遠のようでもあった。凍りついていたはずの心臓が、今は激しく鼓動を打っている。彼の口から紡がれた「リリーナ・スフレ」という名前。そして「世界で愛する人はただ一人」という言葉。
ゆっくりと彼がこちらを振り返った。あの晩餐会の夜とは違う、どこまでも優しい眼差しが戻っていた。
足が自然と彼の方へと動いていた。最初はゆっくりと一歩一歩確かめるように。彼との距離が縮まるにつれて、抑えきれない感情が溢れ出し、ほとんど駆け寄るようにして彼の元へ――。
「シュロト……っ」
言葉にならない想いが胸いっぱいにせり上がり、息が詰まってしまう。彼が力強くわたしの体を腕の中に閉じ込めた。その体温と香りが現実感を伴ってわたしを包み込む。その温もりが強張っていた心と体を解きほぐしていく。夢なんかじゃない。本当に現実なんだ――。
「リリーナ……!」
わたしの肩に顔を埋めるようにして、彼もまた名を呼んだ。わたしも彼の背中に腕を回し、ありったけの力を込めて抱きしめ返した。互いの鼓動が、まるで一つのリズムを刻むように重なり合うのを感じる。
どれくらいそうしていただろう。祭壇の前に二人きり。ステンドグラスからこぼれる光が祝福のシャワーのようにわたしたちに降り注いでいる。もう周りの目も、嘲笑も、侮蔑も何一つない。ただ彼とわたしだけがいる。
やがてシュロトがゆっくりと体を離し、わたしの両肩にそっと手を添えて真剣な眼差しで見つめた。
「リリーナ……すまない。本当にすまなかった……」
搾り出すようなその声に彼がいかに悩み、どれほど心を砕いてきたのかが伝わってくる。
「君にこんなにも辛く耐えがたい思いをさせてしまうとは……。この計画を遂行するためとはいえ、僕のやり方はあまりにも過酷すぎた。毎晩、毎晩だ。君の悲しむ顔が目に浮かんで……眠れない夜を過ごした。君を守りたくて……その一心で始めたはずだったのに……」
途切れ途切れに紡がれる彼の言葉に、わたしの胸は張り裂けそうだった。あの晩餐会での彼の冷酷な態度。その仮面の下にはこんなにも深い苦悩が隠されていたなんて。わたしはただ裏切られたと思い込み、絶望の淵に沈むことしかできなかった……。
「いいえ……」
わたしは首を横に振る。涙が止めどなく頬を伝って流れ落ちていく。でもそれはもう悲しみの涙ではなかった。
「いいえ、シュロト。あなたはわたしを守るために……。こんなにも大きな命懸けの危険を冒して、たった一人で戦っていたのね……。真実を告げられない苦しみをずっと一人で抱えて……」
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