12 / 70
12.柄にもない※シオンside
しおりを挟む
アトランシアの広場を背に、俺は無言で馬を進めていた。部下たちは俺のまとう不機嫌とも苛立ちともつかない空気に触れるのを避け、ただ黙って馬を進めている。
(……馬鹿なことをした)
広場での己の行動を内心で毒づく。俺としたことが率先して毒見まがいの真似をするなど……。ルティア・ヴェルフェンの真っ直ぐな瞳に、そして民衆の猜疑心に満ちた空気に当てられ、無意識に身体が動いてしまった。
……一体、何を血迷ったのか。シオン・クレイヴァーンは常に合理性と利害のみで動く。感情に流され、衝動的に行動することなど、己が最も軽蔑する愚行のはず……。
追放された罪人のお嬢様が廃墟で市長ごっこをしている。最初はそう断じていた。早々に音を上げ、王家に許しを乞うのが関の山だろうと。だからこそ様子見がてら顔を出した。この市長が隣領である我がクレイヴァーン領にどのような厄介事を持ち込むか、事前に把握しておくために。
だが、目の当たりにしたものはどうだ。
資金も資源も持たないあの街が生き延びるための的を射た合理性―――常識外れの発想で次々と難題を突破してみせる。
そして何より彼女の眼差し。そこにあったのはこの絶望的な状況を乗り越えてみせるという、燃えるような覚悟と揺るぎない意志。
彼女は本気だ。本気で民を救おうとしている。あのスープはその信念を形にしたもの――。
そう理解した瞬間、胸の奥が変にざわついた。これまで俺の世界は損得と効率、そして領地の利益という明確な指標だけで構成されていた。感情という不確定要素は常に判断を鈍らせる邪魔なものとして切り捨ててきた。だが、今この胸を占める感情はなんだ? 苛立ちとは違う。かといって感心という言葉だけではしっくりこない。予期せぬ熱を帯びてじりじりと燻るような、経験したことのない感覚。
「……柄にもない」
思わず声が漏れた。そうだ、柄にもない。他人の動向にここまで心をかき乱されること自体が、氷血伯たる俺の流儀に反する。
それでも、思考を打ち消そうとすればするほど、鮮明に蘇ってくるものがある。椀を呷った瞬間に口内を満たした、あの深く、滋味豊かな味わい。森の香りと肉の旨味、野菜の甘みが渾然一体となり、冷え切った身体の芯まで温めるような感覚。ただ腹を満たすための糧ではない。そこには作り手の愛情と、食べる者への配慮が込められていた。
――――うまい。
あの場で思わず呟いた言葉は紛れもない本心。この瞬間も俺の舌はあの味をはっきりと記憶している。
(また……食べたい……だと?)
自分の内から湧き上がった欲求に俺は愕然とする。この俺がたかがスープ一杯にこれほどほれ込むなんて。
夕暮れに染まるアトランシアの市壁が見えた。あの荒れ果てた街が、今はまるで未知の可能性を秘めた聖地のように思える。そして、その中心にいるあの女性市長ルティア・ヴェルフェン。
……どうやら俺は厄介で面白い『事業』を隣に抱え込んでしまったらしい。
(……馬鹿なことをした)
広場での己の行動を内心で毒づく。俺としたことが率先して毒見まがいの真似をするなど……。ルティア・ヴェルフェンの真っ直ぐな瞳に、そして民衆の猜疑心に満ちた空気に当てられ、無意識に身体が動いてしまった。
……一体、何を血迷ったのか。シオン・クレイヴァーンは常に合理性と利害のみで動く。感情に流され、衝動的に行動することなど、己が最も軽蔑する愚行のはず……。
追放された罪人のお嬢様が廃墟で市長ごっこをしている。最初はそう断じていた。早々に音を上げ、王家に許しを乞うのが関の山だろうと。だからこそ様子見がてら顔を出した。この市長が隣領である我がクレイヴァーン領にどのような厄介事を持ち込むか、事前に把握しておくために。
だが、目の当たりにしたものはどうだ。
資金も資源も持たないあの街が生き延びるための的を射た合理性―――常識外れの発想で次々と難題を突破してみせる。
そして何より彼女の眼差し。そこにあったのはこの絶望的な状況を乗り越えてみせるという、燃えるような覚悟と揺るぎない意志。
彼女は本気だ。本気で民を救おうとしている。あのスープはその信念を形にしたもの――。
そう理解した瞬間、胸の奥が変にざわついた。これまで俺の世界は損得と効率、そして領地の利益という明確な指標だけで構成されていた。感情という不確定要素は常に判断を鈍らせる邪魔なものとして切り捨ててきた。だが、今この胸を占める感情はなんだ? 苛立ちとは違う。かといって感心という言葉だけではしっくりこない。予期せぬ熱を帯びてじりじりと燻るような、経験したことのない感覚。
「……柄にもない」
思わず声が漏れた。そうだ、柄にもない。他人の動向にここまで心をかき乱されること自体が、氷血伯たる俺の流儀に反する。
それでも、思考を打ち消そうとすればするほど、鮮明に蘇ってくるものがある。椀を呷った瞬間に口内を満たした、あの深く、滋味豊かな味わい。森の香りと肉の旨味、野菜の甘みが渾然一体となり、冷え切った身体の芯まで温めるような感覚。ただ腹を満たすための糧ではない。そこには作り手の愛情と、食べる者への配慮が込められていた。
――――うまい。
あの場で思わず呟いた言葉は紛れもない本心。この瞬間も俺の舌はあの味をはっきりと記憶している。
(また……食べたい……だと?)
自分の内から湧き上がった欲求に俺は愕然とする。この俺がたかがスープ一杯にこれほどほれ込むなんて。
夕暮れに染まるアトランシアの市壁が見えた。あの荒れ果てた街が、今はまるで未知の可能性を秘めた聖地のように思える。そして、その中心にいるあの女性市長ルティア・ヴェルフェン。
……どうやら俺は厄介で面白い『事業』を隣に抱え込んでしまったらしい。
23
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。
しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが──
「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」
なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。
さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。
「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」
驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。
ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。
「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」
かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。
しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。
暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。
そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。
「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」
婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー!
自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。
『婚約破棄された令嬢ですが、名も残さず街を支えています』
ふわふわ
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢コルネリア・フォン・ヴァルデン。
名誉も立場も失いかけた彼女が選んだのは、誰かに勝つことでも、名を取り戻すことでもなかった。
前に立たず、声高に語らず、ただ「判断が続く仕組み」を街に残すこと。
現場に任せ、失敗を隠さず、問いを残し、そして最後には自ら手を離す――。
名を呼ばれず、称賛もされない。
それでも街は止まらず、確かに良くなっていく。
これは、ざまぁの先で「勝たなかった令嬢」が、
静かに世界を変え、そして正しく消えていく物語。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました
ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」
王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。
誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。
「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」
笑い声が響く。
取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。
胸が痛んだ。
けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。
【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~
深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。
灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる