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毒ガス噴出の要因

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  この村を調査してわかったことや確認できたことは、

  ①外部からの力の働きかけはなかったということ。

  ②死には直結していないが鉱山からの毒ガスによって村人は体をむしばまれつつあったこと。

  ③異世界から来た少女が湖の精霊から精清水を作る精霊力を授かったこと。

「ただ、ガスから受ける害悪は異世界女の精清水で浄化することができたっていうが……」

  にもかかわらず、そのあと村人は死んでいったという。

  この依頼を完遂して金を得たいところだけど、解決の糸口が見つからない。

「そもそもオレは頭脳労働派じゃないんだ。頭を捻ったって答えを導き出せるもんでもない」

  頭を抱えて愚痴を吐いたラドルはそれで思考を切り替えて宿屋に戻る。簡易食を食べてから風呂を済ませ、ベッドに入ったところで彼は考えを改めた。

「もしかしたら超常的な力じゃなくて、単に村の中でのいざこざだった? またはらかの理由で廃村はいそんにしようとする者の仕業。痕跡が残りづらい即効性の毒を村人の誰かが盛ったとか。それなら精清水では対処できない」

  もしそうならラドルにそれらを探る手立てはない。しかし、この考えだと村民がいなくなって四ヶ月も経過した今も、なにか手を加えた様子がないことを考えれば、村に付加価値があって手に入れようとしたわけでもないのだろう。

「湖の精霊が原因でなかった時点でオレが取り扱う依頼じゃなくなったな」

  ラドルはそのまま宿でひと晩あかした。

  次の日、依頼の条件に三日間の滞在があるため、無駄だとは思いながらもう一度だけ村の中を調べて回った。

  サルサが買い取った依頼であり、調査や滞在条件を確認する村民もいないため、三日間の滞在という調査過程は関係ない。二日で打ち切っても問題ないのだが、ラドルは夕方まで念入りに村を調べる。しかし、やはりなにも見つけることはできなかった。

  最後の晩も異変はなく朝を迎えたラドルだったが、鉱山から発生するガスで苦しむ湖の精霊のことが頭の片隅で引っかかっていたため、まだ帰路につかず椅子に座っている。

「……状況くらい見に行ってみるか」

  なにか手立てはないかと考えた結果、鉱山の様子を見に行くことにした。

  村を出て森に入り精霊の湖をぐるりと回った向こうに、毒ガスが噴出する鉱山がある。その山の名はベネフィー。この名はラドルの住むデッケナー王国領土側での名であり、山の向こうの国では別の名で呼ばれている。

  標高はそれほど高くない。歩いても三十分で中腹に辿り着く。そこからさらに十分登ったところが鉱山の入り口だ。

  その入り口に到着するあいだも有毒なガスは流れていたが、ラドルは風の魔術によって上空から空気を吹きおろし、新鮮な空気を取り込んでいたため問題なかった。しかし、洞窟内ではそうはいかない。

  魔族が持つ解毒と排出作用は生物的な毒性には強くても、鉱物的な毒性には十分な効果を得られない。ラドルであっても長時間の滞在は体に悪影響を及ぼす。

  洞窟の入り口を破壊して穴を塞いでしまえばガスの噴出を止められるのではないかと考えていたラドルだったが、それは甘かったと思わされる。

「これは酷でぇ」

  鉱山の入り口があったであろうその場所には直径三十メートルほどの穴が開いていた。有毒なガスはその穴に満たされ、とどまることなくあふれ出している。

「崩落が原因か」

  鉱山ではありがちな事故ではあるが、その規模があまりに大きい。ラドルは毒々しいガスで先が霞むその穴に踏み入った。

  外界の空気を内部に送りこむ大きな扇風機構のカラクリの残骸が岩に埋もれている。崩落してすり鉢状になった穴の先に比較的平らな場所があった。どうやらここは採掘場の起点となる場所だったのだろう。工具や機材が埋もれているのが見える。

  その場には強い魔力の残滓があった。崩落した採掘場のこの場所に魔力を感じるのは鉱石の中に魔力を蓄積する性質が強い物が存在するからだ。

(崩落の原因はここでの戦いか?)

  その魔力の痕跡からここで戦闘があったのだとラドルは推測した。

  見渡せば切り裂かれた岩や焼けこげた岩がいくつか見える。この場からさらに深い場所へラドルは降りていった。

  ガスのせいで空が見えなくなったであろう深さまで下りて来たところで比較的平らな場所にたどり着く。足元は岩だらけですり鉢状の最低部に大きな横穴があった。その穴の先は広い空間があるとラドルは感じた。

  夜目が利くラドルでも奥が見通せない。目には見えないがその先には異質な魔力を発するなにかがあるようだ。

「仄かにあふれろ力の片鱗、ファイム=ペイルライト」

  式句を使って『魔法』から一部の効果を顕現させるのが『魔術』。ラドルは火の魔法から光の力を抽出して手のひらに出現させ、その光を横穴に向かって投げこむ。

  飛んでいく魔術で作った光源は横穴を照らして進んでいくが、照らされて見えたのは広い空間の岩壁だけ。特にこれといったモノは確認できず、光は遠のいていき見えなくなった。

  ガスの出どころはこの穴の向こうであることは確認した。そして、この穴は採掘場の崩落によって繋がったものであり、その崩落の原因は戦闘による可能性が高い。魔力の残滓と岩の状態から、戦ったのは冒険者の上級ランクを超えた強さの闘士であろうとラドルは予想した。

「異世界人の仕業か? そいつがここでなにかと戦った」

  調べてみたが獣人や魔獣の死骸もその痕跡もないようだ。素材として持ち出したにしても月日が経ったとはいえ、この場はわずかな死臭も感じられない。

  ただのガス漏れってわけじゃないのかもしれないと思いながら採掘場にやってきたラドルだったが、その予想は当たってしまったようだ。

「こいつはなかなかキツイな」

  この場の毒の強さに、さすがのラドルも体が変調をきたし苦しさを感じ始める。

「とてもじゃないがオレひとりで塞げる規模じゃない」

  むやみに力を使えば洞窟が崩れて穴は広がり、大量のガスが一気に噴出してしまうことも考えられる。手に負えないと判断して、急ぎこの場をあとにした。

  大穴から出てきたラドルは再び風の魔術によって気流を操作し、胸いっぱいに清浄な空気を吸い込んだ。普段なにも考えずに吸っている空気のありがたみを感じながら、念入りに深呼吸をしてから採掘場で得た情報を整理する。

  採掘場での激しい戦いが崩落を招き、ガスの充満するあの穴を開けてしまった。その穴の先になにがあるのかは不明だが、異質な魔力を発するモノがある・・。あるいはいる・・。そして、この状況は個人の力ですぐにどうこうできるものではない。ということを確認できた。

「となると……、あの場で戦った者が誰なのか、なんなのかってのを調べてみるか」

  ラドルはサンフィード村の調査結果をサルサに報告するために家に戻った。
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