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20 ナズナの便箋
しおりを挟む地面に這いつくばったまま封筒を開けようとしてうまくいかず、引きちぎろうとしている姿を見ていた。
これが、本当にわたしの父さん?
お腹を空かせていたら、自分のお芋を分けてくれて。
母さんに叱られたら、膝に乗せて大魔導師さまのお話をしてくれて。
勉強ができずに落ち込んでいたら、大丈夫だよって言ってくれた。
「なんだこれは、読めないぞ!!」
怒り狂ったように叫んでから、手に持った便箋を引き裂こうとする姿を見て、叫びそうになった。
時の番人さまがくれた手紙なの、やめて。
わたしの父さんはそんなことしない。
「あなた」
「なんだよ」
「お芋が蒸し上がりましたよ、いりませんか?」
「やっとか、遅いぞイデアル、腹が減って死にそうなんだよっ!」
玄関扉に挟まったあと、強引に体を押し込んで見えなくなる父さんを見送る。
地面に落ちていた、ぐちゃぐちゃの便箋にわたしが手を伸ばす前に、姉が拾い上げた。
「あら、本当に読めないわ」
ゴミね、捨てましょ、と言い出した姉をわたしが睨む前に、母さんがその手から便箋を引き抜いた。
「いつまでも子供みたいな真似をしてないで、婚家に帰りなさい!」
「な、なによ、ちょっとふざけただけじゃない」
ぶつくさと文句を言いながら去っていく姉を見て、息をついた。
幼い頃から、姉はやけにわたしに突っかかってくる。
六歳も歳が離れているのに、どうしてだろうと今なら思える。
「はい、読めなくてもネラ宛でしょ」
「ありがと……あっ」
「どうしたの、って、まあ」
土がついてぐちゃぐちゃ、ウニョウニョと何かの模様のようなものが書いてあった便箋の残骸。
それがわたしの指が触れた途端に動いた。
アイロンをかけたように、ピシッと便箋がまっすぐに伸びると、角に小さな花の箔押しが入っているのが見えた。
便箋そのものは白だけど、金のラインが流れるように入っているのはお皿やカップと同じ。
時の番人さまがこんなに可愛い便箋を用意したってことだよね。
便箋に見惚れている間に、するすると踊るように紙の上を青と銀の線が踊り、そして、短い文章へ変わって止まった。
いつの間にか銀の小花が散った便箋には、汚れた跡はない。
「これナズナの花じゃない、少し心配になるけれど大事にはされてるのね」
「えっ?」
大事にされてる。
わたしが。
誰に?
もう一度手紙に目を落とす。
文章の内容は変わってない。
もう動かないようだ。
青い文字を見て、いつも使っていたきれいな青いインクを思い出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~
ネラ・ズトラツィム、君を迎えにいくよ
どうか僕を怖がらないで
本当の心を受け取って
大魔導師、時の番人ツョヴィェク
~~~~~~~~~~~~~~~~~
ナズナ?
それってどんな花?
食べ物以外に興味のなかったわたしに、花がどうとか言われても。
首を傾げているわたしに、母さんが笑顔を向ける。
見たことのない穏やかさで。
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