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03 謎の黒い布塊

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 それから毎朝、赤銅アカガネ兵士団の兵士食堂に黒い布が日参するようになった。

 初めの頃は構えて緊張していた兵士たちだったが、黒い布はその異様な存在感と周囲への威圧を、三日目以降はやめてくれたため、誰もが次第に慣れていった。
 団長の独り言も相変わらずだというのに。

 ちなみに、謎の魔術兵も黒い布塊も兵士なので、食堂の利用に問題はない、と判断されている。


「そうか、それは自分も好きだ」
 蒸しても美味しいです
「なるほど」

 団長の独り言にも、兵士たちは慣れてしまったのだ。
 見慣れてくれば、黒い布はうなずいたり、左右に首を振る動きをしているようにも見える。
 震えているだけかもしれないが。

 ただ、震えているのだとしても。
 生きているのかもしれない。
 生きているらしい。
 そう感じられることは、安心をもたらした。

 その頃にはほとんどの赤銅兵士団の兵士たちが、真っ黒い布=なんかすげー天才って言われてる魔術兵、と認知していた。
 布の奥に呼吸も鼓動も匂いも感じられないので、中になにがいるのか、生き物なのかすら分からないが。

「戦場で食べる保存用の燻製肉も悪くない」
 明日、お勧めを持って きても良いですか?
「ほう、楽しみにしている」
 好みはありますか?
「肉ならなんでも食う」
 なるほど、お肉ですね

 兵士たちが団長の独り言に意識を向けた時には、何事か約束がされた後らしかった。
 団長の険しい顔は通常営業であっても、その口調がとても楽しげに聞こえたのは、気のせいではないのだろう。





 翌朝。
 普段通りの食堂の風景の中で、黒革に包まれた震える黒く細い手が、布のヒダの下から両手で余る大きさの革袋を取りだし、それを団長が受け取った。

 昨日お話しした、お勧 め燻製肉です、どうぞ
「ありがとう、スル」
「っ!」

 突然、布の下にいるなにかが動揺を外に見せて、ゆらりと布の塊が揺れる。
 まるで嬉しくて、感動して、震えたように。

「次は戦場で会えると良いが」
 私も出向しますので、 会えると思います。  燻製肉の袋に長期品質 保持の魔術を刻んであ りますので、いつでも お好きな時にどうぞ
「なるほど、それではこれは楽しみにとっておくことにしよう」
 はいっ、私にできる事 はこれくらいしかあり ませんが、いつも団 長閣下を見守らせて 頂きたく存じます!
「いつも見ていてくれてるのは知ってる、部下たちを守ってくれることに感謝こそすれ、許可を求める必要はない」
 そんなことは、あの っ、絶対に団長閣下 を守ってみせます!

 ゆら、と揺れた黒布がその場で消えた後、珍しく団長がため息をつき、そして目元を大きな手で覆った。
 話し相手がいない状態で声に出すことはなくても、ひどく動揺していた。

 毛深い顔は赤面しても見えず、顔を隠す必要はないとしても。
 思わず顔を隠さずにはいられなかった。

 (普段は気弱そうなたどたどしい口調のくせに、こんな時だけ「絶対に団長閣下を守ってみせます」って、いっくらなんでも男前すぎるだろうがよぉ)と。

 こうして、不器用な二人は、少しずつ歩み寄っていた。

 
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