上 下
82 / 100
23 怒ったり呆れたり

080

しおりを挟む
 

 無事なスレクツを見て、安堵して。
 あとは報復だな、と考えていたアレス団長の怒りに、氷水がかけられた。

アクスアクセプティール母様」
「なんだい、スル?」
「お願いです、私を廃棄兵として、処分、して……ください」
「なんだって?!」

 アレス団長は、スレクツの口から出て来た言葉に真っ青になった。

 養い子が兵士になると言った時、アレス団長は「これからは愛称呼びも、母様とも呼ばないように」と告げた。
 断腸の思いに耐えながら。

 スレクツを特別扱いしていると周囲に思わせないために、守るための策だったけれど、苦しくて悲しくて寂しかった。

 アレス団長は、夫との婚姻時に子を作らない魔術契約をしている。
 いつかは必要な養子関係の話を先延ばしにしてきたのは、貴族関係のごたごたを避けるためだった。

 孤児になった赤ん坊のスレクツ・イインと出会ったのは、偶然だった。

 赤ん坊なのに魔力量が多すぎて、死んでしまう可能性が高い。
 魔力制御に長けた魔術師が、里親として見つかるまでの繋ぎとして、面倒を見る予定だった。

 ところが、スレクツに並みの魔術師では制御しきれない珍しい適性が判明したことで、なし崩しで面倒をみることになった。

 市井の魔術師の手には負えない。
 孤児院も無理。
 消去法で、帝国一の天才魔術師と呼ばれていたアレスに話が回ってきたのだ。

 初めは面倒だなと思ったけれど、毎日のように魔力制御の補助をしてやって、膝の上であやしているうちに、可愛くてたまらなくなった。

 眼球を失い傷のある顔は、庇護欲を抱く元にはなっても、幼い子供の愛らしさを無くす要素ではなかった。
 無垢な様子で甘えてくる姿に、あっという間に懐柔された。

 特注の義眼を用意してあげよう、どこに出しても恥ずかしくない作法と教養も必要だ。
 一人で生きていけるようにしてあげなくては。

 無いと思っていた母性に驚いた。

 スレクツが話せる年齢になり「あくしゅかーしゃま」と初めて呼ばれた時は、これが親の喜びなのか、と胸を押さえて崩れ落ち、夫に心配された。

 貴族らしい取り澄ました表情や、実利優先の行動からはわかりにくいけれど、アクセプティール・アレスは激情家だ。
 そして、真性の親バカだった。

 常套句〝うちの子は天才だ〟がスレクツの場合は本当に当てはまってしまうので、親バカに見えないだけで。

 久しぶりに〝母様〟と呼ばれた喜びの後に続いた言葉は、アレスを幸福の絶頂という名の崖から突き落とした。
 オンフェルシュロッケン団長の言葉を信じるなら、体は穢されてないという話だったけれど、もしかして手遅れだったのか? と絶望した。

 
しおりを挟む

処理中です...