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店にまで押しかけてきました

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 ボニーは、妙な男たちにからまれたことを店主に報告しなかった。

 報告している暇がなかった、というのが事実に近い。店に戻ったボニーに対し、「配達に半日もかけてんじゃねぇ。《嵐》の来る時刻ぐらい計算に入れとけ……」から始まる店主の猛然たる叱責が降り注ぎ、その後もたて続けに仕事を言いつけられたので、落ち着いて話をしている暇などなかったのだ。
 そのうちボニーも報告するのがおっくうになってしまった。命を狙われたわけじゃなし。因縁つけられるぐらいは大した問題ではない。

 翌日の夕方。ボニーはひとりで店番をしていた。

 大陸横断鉄道の列車が駅に到着したので、店主は貨物の引き取りに行ったのだ。

 店内に客の姿はない。傾きかけた太陽が店内を黄色く染め上げている。静かな、けだるいひとときだ。

 チリンチリン、という鈴の音と共に扉が開いた。砂まみれの黒い帽子をかぶった長身の男が入ってきた。

「いらっしゃい!」

 言いかけた言葉をボニーは途中で飲み込んだ。

 男は武装している。フロンティアなので、ガンベルトを巻いて来店する客は決して珍しくはないが、銃に手をかけてこちらを睨み据えるその男の殺気はあからさま過ぎた。どう見ても買物に来たという風情ではない。

「昨日は俺の弟分たちを、ずいぶん可愛がってくれたらしいな」

 店の真ん中辺りに両足を開いて立ち、よく通る声で、その長身の男は呼ばわった。

「そっちがその気なら、もう説得なんて生ぬるい真似はやめだ。実力行使をさせてもらうぜ」

 ボニーの反応は純然たる条件反射だった。勝手に体が動いていた。
 男の言葉が終わらないうちに、常人離れした身軽な動作で、ひょいとカウンターを乗り越えた。

 カウンターの陰には店主の護身用のパルスガンが隠してある。

 ボニーはそのパルスガンを手にとり、少しためらった。商品を壊したら店主がどれだけ激怒するか、ふと頭をよぎったのだ。慣れた仕草でコントローラを操作。立ち上がり、ろくに狙いも定めずに、発砲した。

 轟く銃声。右肩を撃ち抜かれた男はよろめき、苦悶に顔を歪めながらくず折れた。インパクトレベルをミニマムに抑えたので、弾は男の体を貫通するには至らなかった――だから店の商品には被害はない。しかし男の戦闘力を奪うことには十分成功していた。

 血のにじむ傷口を押さえ、男は呻いた。

「信じられねぇ。いきなりぶっ放すか、ふつう!?」

「銃をちらつかせながら人を脅しておいて、そういう言い草はないんじゃない?」

 ボニーはパルスガンを構えたまま油断なくカウンターの陰から歩み出た。相手から銃を奪い、自分のベルトに差し込んだ。

 傷ついた男は、ショックのため蒼白になった顔で、床に倒れた姿勢からこちらを無力に見上げている。その姿勢からなおも言いつのった。

「わかったぞ。おまえ、さては、カズマに雇われた用心棒だな。ふだんはドジな店員のふりをしてるが、実は腕ききのガンマンだってわけか」

 ボニーは少なからず傷ついた。 

「『ふり』じゃないわよ。悪かったわね、ドジな店員で。それより、大体あんたら何者なの? 何が狙い?」

 そのとき。彼女の背後から空気をびん、と震わせる力強い声が響いた。

「その男を放してやれ、ボニー。出血多量でくたばられたら迷惑だ。話なら、俺がしてやる」

 店主だった。
 裏口から店内に入ってきたらしい。カウンターの奥に腕組みして立ち、彼らを睥睨している。

 ボニーは銃口を下ろした。男は肩の傷を押さえ、大急ぎで姿を消した。

 話の前に床の血を掃除しろ、と言われてボニーはバケツとモップを取りに行かなければならなかった。



 少し時刻は早いが「閉店」の看板を出した店内。

 店主は石像のごとく不動の姿勢でカウンターの奥に直立している。
 ボニーは男が汚した床を掃除していた。ひどく腹が立っているのに、それでも店主の命令に従わずにはいられない自分が不本意だった。

「おかしいと思ったのよ。雑貨屋の店番の仕事だっていうのに、銃の腕を見てから雇うなんて言うから……」

 ボニーはモップをかける手を止めて、店主を睨みつけた。

「ねえ、教えてよ、ボス。あたしのこと、初めから、用心棒代わりに使うつもりで雇ったの? もしそうなら今すぐ辞めさせてもらう。あたしは正直でまっとうな仕事をしたいの。もう、誰かに利用されて戦うのはまっぴらなのよ」

「馬鹿にするな。俺には用心棒など必要ない」

 店主の返答はこれ以上ないと言うぐらいきっぱりしており、その視線はいささかも揺るがなかった。

 ボニーの怒りは戸惑いに変わった。

「じゃあ、なんで……?」

「自分の身ぐらいは自分で守れる店員が欲しかったんだ。この一月というもの、雇っても雇っても店員が辞めていく。クリヤキンの子分に脅されて、な。もう十人近い。実際に痛めつけられてケガした奴もいる。仕事もろくに覚えないうちに次々と店員に辞められたのでは、俺もかなわないからな。その点、おまえぐらいの腕があれば大丈夫だろうと思って……」

「誰なの、クリヤキンって」

 うっかり話にひき込まれたボニーは床のバケツを倒した。汚水が素早く床のフローリングに広がっていく。

 このアホ、間抜け、ドジ、おまえの目はガラス玉か、に始まる果てしない店主の罵声と後始末で会話はしばし中断したが、落ち着いたところで店主が語ったのは、次のような話だった。


 ――未開の地が広がるフロンティアでは、開拓した分だけが自分の土地だ。

 苦労して家を建て、開墾し、畑や農場を作る。そうして築き上げたものはすべて自分のものとなる。
 多くを所有できる者もいれば、少ない土地しか持てない者もいるが、それはその人間の力次第だ。他の者より多く働ける力強い者、あるいは勤勉な者が多くの土地を手に入れるのであり、その事実に不平を抱く人間はいない。

 大自然というやつは過酷なまでに公平なのだ。
 フロンティアの女神はちっぽけな人間どもに、その力量に応じた分け前しか許してくれない。

 ところがここスミルナのようにある程度開拓の進んできた星になると、妙な連中が出没するようになる。厳しい労働に耐える力もないくせに、他人が苦労して開拓した土地を、金を払って買い占めようとする連中だ。

 クリヤキンというのが、まさにそういった連中の一人だった。
 半年前にナザレ・タウンに流れてきたクリヤキンは町の人々に対して土地を買い取ると申し出たのだ。

 クリヤキンが代金として呈示したという金額を聞いて、ボニーは首をかしげた。

「……よくわかんないけど。それってまあまあの額なんじゃないの? こんな、周りに何もない、荒れ果てた土地の値段にしては」

「それは考え方による」

 店主はおごそかに答えた。

「この星で家を建てる……それがどれほど大変な事か、想像してみろ、ボニー。何もかも吹き飛ばしちまう《嵐》が一日に三回もやってくるんだぞ。
 柱を立てるなど論外だ。土台を作って、速乾性の特殊漆喰でその上にひとつひとつブロックを積み重ね、壁を築いていくんだ。途中で《嵐》が来たら作業は中断だ。近所の家に避難させてもらうか、近所に家がない場合には強化プラスチック・シートをかぶって地面に伏せているしかない。
 ブロックの積み方が悪いと、何時間もかけて築いた壁が一回の《嵐》であっという間に吹き飛ばされる、なんてことはざらにある。プラスチック・シートごと吹き飛ばされて大怪我する奴だって少なくはない。
 家一軒建てるだけで命がけなんだ。体力と不屈の意志、そして幸運に恵まれなきゃあできるもんじゃねぇ。まして畑や牧場を作ろうと思えば何か月もかかる。……ここに住む者はみんなそういう思いをして、自分の土地を切り開いてきたんだ」

 そこで店主はちょっと言葉を切って、

「いくら金を積まれたって手放せるもんじゃねぇ。おまえにだってそれぐらいはわかるだろう」

 店主の静かな気迫に圧されて、ボニーは神妙にうなずいた。

 しかしクリヤキンは、この地域の土地をすべて所有下に収めることに異様な執念を燃やしていた。土地を売ることを拒否した人々に対して、子分のチンピラを送り込んで嫌がらせを重ねた。

 圧力に耐えかねて、土地を手放して去る人々も出てきた。

 今もまだクリヤキンの要求に抵抗しているのは、町の南端に寄り添うように建つ「カズマの店」を中心とする商店群と、郊外にあるいくつかの農場――最も古くからこの土地に住みついている人々だけだ。

 そういった人々に対するクリヤキンの攻撃は執拗をきわめた。
 毎日のようにチンピラが店や農場へ乱入してきて、暴れたり備品を壊したりした。

「俺はこのナザレ・タウンの自警団の団長だ。騒ぎを起こす連中は放っておけねぇ。それで何度かクリヤキンの子分どもを叩きのめしたことがあるんだ」

 店主はこともなげに言った。

「それ以来、連中もちっとはおとなしくなったがな。いずれにせよクリヤキンにとっては俺がいちばん目ざわりなんだ。それで、うちの客や店員を脅しては営業妨害をしてくる、というわけさ」

「なんでボスを直接狙わないの? そんな遠回しなことしなくたって……」

「俺が強いからだ。クリヤキンの飼ってる程度のチンピラじゃあ、俺にはかすり傷ひとつつけられねぇぜ」

「うっわ~、強気だなー……」

 ボニーは半ばあきれてつぶやいた。

 いくらヘマをやらかしても首を切られなかった理由がようやくわかった、と思った。店主には、従業員を選んでいられない事情があったのだ。それがわかって安心すると同時になんとなくがっかりした。

 今このナザレ・タウンに居を構えている人々の大半はクリヤキンから土地や建物を借りているのだ、と店主は説明した。
 真のフロンティア精神を持っている人々は、もはやこの町には寄りつかない。大陸にはいくらでも未開の土地があるのだから、わざわざこんな面倒な町に住む必要はないのだ。

 店主がカウンターの陰から細葉巻を取り出した。点火器を派手に鳴らして火をつけ、悠然と煙を吸い込んだ。銀河連邦加盟国のほとんどで喫煙は法律によって禁じられていたから、それはフロンティア独特の光景だった。
 ボニーが興味をひかれて眺めていると、もうもうたる煙の向こうから、

「それで、どうする」

という店主の声がした。

「……どうするって、どういう意味?」

「これでおまえにも事情が飲み込めたわけだ。この店で働いてる限り、クリヤキンとのいざこざと無縁ではいられないってこともな。おまえも立場を決めなきゃならねぇ」

 ボニーは店主を見返した。世間の辛酸を舐めつくしてきたような、タフで無骨な顔を。
 店主はどれぐらい強いのだろう。本当に、町のごろつきなど歯牙にもかけないぐらい強いんだろうか。それを見きわめてみたいと、ふと思った。

 ボニーは胸を張り、タフに見えると自分で思っている笑みを浮かべた。

「ここを辞めて、あたしにほかの勤め口がみつかると思うの? ボスが従業員を選べないのと同様、あたしだって雇い主を選んでる余裕はないのよ♪」

 店主は一瞬きょとんとした表情になった。

「このドアホ! そんなの偉そうに言うことか! 自慢じゃなくて反省しやがれっ!!」




 夕闇迫る閉店間際の時刻。店内に客がいない時、店主はよく店の外のポーチに立って葉巻をくゆらしながら往来を眺めていることがあった。
 ボニーは店内から、ガラスの扉ごしに、夕陽に赤く染め上げられた店主の後ろ姿を見やった。
 四角く大きい背中だった。

「……『フェンリル』防砂シートが切れかかってるよ。さっき倉庫を探してみたけど、在庫もないみたいだった」

 扉を押し開け、ポーチに立つ店主に向かってそう報告すると、店主は振り返って「おまえも、やるか」と葉巻を差し出した。ボニーは驚いたが、未知なるものに対する好奇心が勝ちを収めた。ポーチへ出て行って葉巻を受け取り、火をつけて、おそるおそる吸い込んでみた。とたんに刺すような煙が気管に容赦なく流れ込んできた。ボニーは咳こんだ。店主は無遠慮な笑い声をたてた。

 二人はしばらく、ポーチに並んで立ち、葉巻をふかしながら赤い町並みを眺めていた。ボニーの方は、涙がにじむぐらい咳こみながらではあったが。

 東の空に闇が忍びこみ始めている時間帯だというのに、人の往来が激しい。大陸横断列車が駅に停車中なので、そちらへ向かう人が多いのだ。五頭ほどのダグルを綱でつないで引いている初老の男が、店主に向かって軽く手を上げた。店主も挨拶を返す。

 ダグルは四足歩行型の草食の温血動物だ。皮膚はプラスチックのように堅く、足が異様に短くて重心が低い。顔の左右に垂れ下がっている、まるで鳥の翼のように長く幅広い耳が特徴的である。厳しい砂漠の気候に完全に適応した体のつくりだった――足をたたんで地面にぴったり体をつけ、大きな耳で眼と鼻を覆うようにして《嵐》をやり過ごすのである。
 ダグルはヴァイシャという町にある食肉市場まで鉄道で運ばれる。食肉としての用途だけではない。叩きつける砂と乾燥した気候に耐えるため堅く進化したその皮膚は、様々な製品に加工される。ヴァイシャはそういった加工業で潤っており、ダグルの皮製のベルトやブーツはここスミルナでは人気の商品だった。

 黙々と駅まで引かれていく家畜の群れを眺めながら、店主がふと重い口を開いた。

「……おまえ、若いくせに、人を撃つとき全然気負いがないな。『こんな事にはもう飽き飽き』みたいな撃ち方をしやがる」

 ボニーは店主の横顔に鋭い視線を投げた。

「あ、こないだの話? ……見てたんだ」

 店主はうなずいた。

「裏口から入ろうとしたら、ちょうどおまえがパルスガンをぶっ放すところが目に入ってな」

「あれは、その、適当に撃ったからよ。威嚇射撃ってやつ? べつに当てようとは思ってなかったのよ」

「そうじゃないだろう。……おまえ戦争帰りだな。おそらくは、元反乱軍ってとこか。違うか?」

 ――反乱軍。聞き慣れたはずのその単語が、今はこんなにも遠いものに思える。

 ボニーの声は自分で思っていたよりも大きく響いた。

「詮索はやめてよ。どうでもいいでしょ、昔のことなんて?」

 店主の岩のような顔は、いささかの揺るぎも見せなかった。ボニーの憤慨を真正面から受け止め、ひどく穏やかな口調で、

「悪かった。つい……な。フロンティアじゃ過去の話は厳禁だと、わかっちゃあいるんだが」

 素直に謝られるとは思ってもみなかったのでボニーが言葉に詰まっていると、店主はひどく悪役めいた狂暴な笑みをひらめかせた。

「だが過去ってやつは、長い手を持ってるものよ。覚えておきな、ボニー。逃げ切れるのはよほど運のいい奴だけだ――あるいは、よほどのしたたか者か、な」

 風に冷たさが混じり出し、東の空に気の早い星がまたたき始めた。彼らは店内に戻って閉店の準備を始めた。店主はカウンターの奥で売上げの計算をし、ボニーは店内の片づけと掃除にかかる。

 カウンターのそばの床にモップをかけながら、ボニーは店主に話しかけた。

「そう言えば、ボスはこの町の自警団の団長だって言ってたよね。あたしも入れてよ、自警団」

「入ってどうする。おまえには戦う理由がないだろうが……守るべき家や土地があるわけじゃなし」

「えーっと、その……何か役に立てるんじゃないかと思ってさ」

 ボニーは口ごもった。店主が戦うところを見てみたい。本当はどれぐらい強いのか、この目で確かめたい。単に動機はそれだけだったからだ。しかしそんな事を口にするわけにはいかない。

 ガラにもないこと言うんじゃねえ、と店主の返事はにべもなかった。

「俺が自警団の用事ででかけていく時、店の番をする人間が必要なんだ。おまえを雇ったのは、そのためだ。よけいなことは考えずに自分の仕事に専念しろ。まだ仕事だってまともにこなせやしねえんだからな」
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