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プロローグ
2 記憶の錯誤
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*
何も無い。見た限りでは言える感想は、この程度のものだった。
簡単に何も無いと言ったが、詳しく説明するなら光も無く、風も無く、今自分が立っているのは、土の上なのか違うのか、或いは浮いているのか、色々と分からない事づくめ。
さらには、黒い墨で塗りたくったようなこんな場所に何故居るのかさえも
「久々」
目の前には、いつの間にか女の人が居た。光が無いはずなのにその人の姿は陰りが無く、しっかりと捉えることができた。
「見たところ大凶ではないらしい」
その人は辺りを見回しながらつぶやく
声をかけたくなった。 が、声が出ない。まるでこの前のような感覚だ。
この前のような感覚…?この前って…
「 お い 」
こちらから声を掛けたかったが、先にあちらから声を掛けてきた。
だが受け答えができない。そう戸惑っていると、
「お前の考えは筒抜けだ。無駄な頑張りはしなくてもいい」と、言う。
無駄とは酷い言い方だ。
「手短に済ますつもりだ。いいか、今から痛みに悶えることになるかもしれんが、何も考えるな、肩の力を抜け、すぐ終わる」
そういうといつの間にか自分と女性との間にあった、数メートルはある距離が、画面が切り替わるようにぱっと無くなった。一瞬だった、瞬間移動のようだった。
まさにそれなのかもしれないが。
「見たものをそのまま思考する性分のようだな」
面倒だな、というと彼女は右手で僕の首をつかみ、締め付けた。堪らずにあがいたが、動きが鈍く、抵抗にならない。そうしていると彼女の余った左手が僕の顔に、のびてきた。
「筒抜けと言っただろう。小煩いのは嫌いだ」
顔を下からなぞるような動作をする、そして右目の前で止まった。
嫌だ。
この意味を理解した。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。やめろ!
首の締め付けが強くなると一瞬にして意識が遠のいた。繋ぎ止めようとは思わず、むしろこのまま手放したくなった。
死への恐怖に近いだろう。
屈してそのまま堕ちた。
*
「 …っ 」
目覚めの悪い朝だった。
体表の毛穴という毛穴から汗が噴き出て、身につけた衣服に居心地の悪さを感じている。
僕は夢を見た。
それは不可解だったが、一つ分かる事がある。自分の右目を片手で覆う。
夢でありながら、何故か針の先で軽く突かれたかの様な痛みが残っている。
そう…あの夢の中で僕は恐らく…
だが夢だった。
何だろうか。
夢であったと分かった今、何故まだ寒気が止まらないのか。
身体を起こし、寝床から出る。朝だ。学校への身仕度をしなくてはいけない。夢うつつの僕は、毎度毎度この朝の目覚めパターンを繰り返す度に、億劫な気持ちになって、意識が釈然としないのだ。
まあ、歯を磨いている内に調子は戻るのだが…
にしても思い出せば思い出す程、変わった夢だった。
良かった、現実ではなくて、
《いやそうではないぞ 》
ん?
《そもそもあれは現実との境目が曖昧でな、今に至っては現実に違いないから、それに対しては安心とやらを噛み締めていい》
ははぁ、しかし……どうも……やはり…
僕は幻聴が聴こえるまでにストレスが溜まっていたとは…
確かに学校へ行くのは大儀であるが、しかし休む訳にはいかないと、個人的に強く意識している。だから面倒な気持ちは割り切っていた筈だったが、僕はどうやら、自分自身を過信していた様だ。
《これは現実に違いない安心していいと言っただろうに》
何だか知らないが、右側から声を掛けられている感覚がする…
まるで僕のすぐ真横に立っていて、話し掛けてきた様な…… だがそこには何者の姿は無く、この部屋の自分以外は居ない。ましてやこんなに、たおやかな女性の声は、この家の住人の誰も持っていない。
冷や汗が出て、またも居心地の悪さを感じる。同時に気味の悪さも相成って最悪の気分だった。
《私はここに居(い)る。しかし姿がないだけだ。お前にしか声は届かず、そういうお前は私に対し、声が要らない》
幻聴は言う。
《宜しく…ああ、あと今日はいい朝だ、そこまで気温も高くない、昼になれば雨になるから気温もさほど上がらんぞ。これからお前に居座るが、愉しくやろうな?》
愉しくやろうとはいったい…
誰が僕と…?
*
幻聴は言う。
《外に出るのは良いな。見てみたい 》
(身体がないのに見るとか見ないとか、おかしくないか?)
こうして心の中で言葉を形にすると、その塊を受け取って、幻聴とは意思疎通が効く。
言葉を形に…とは、具体的に言うと心の中で他人に言い聞かせる様な風にして言葉を紡ぐ。
心の中、人に話し掛けているつもりで呟くだけで伝わるそうだ。
《私は曖昧な存在だ。だから私に、適切な表現なぞあったものでは無い》
(あっそ)
今日中に病院でも行こうかな…
*
「はぁ…」
「元気がないな、気に食わない事でもあったか?」
ここは我が校の18つある内の6つ目、他と比べりゃ、こじんまりとして見える私立銘軸橋高校第六校舎。
の、ある教室だ。
その教室の窓際の一番後ろ側に僕の席はあり、この席の目の前に座る腐れ縁に声を掛けられた訳だが、
「いや、大丈夫だ。何もない」
「そうか?まあそう言うならそうか」
他人のプライベートに土足で足を突っ込む奴じゃないお蔭で、変な説明を披露し、晴れて変な奴認定を喰らわなくて済んだ。
「にしても災難だったな」
「………何が?」
何が、と言ってはぐらかすと、おいおい、と、言いたげな顔をしてはまた問い掛けてくる。
「お前、第5校舎であの時授業を受ける予定で、朝向かったろ?」
「ああ、そうだ。でもこうして今、着席しているのが答えだろ?」
この答えが、ご所望ではなかったらしい。横に首を何度か振って、
「 そうじゃない。何がおこったんだ? 」
「………は?」
おかしくはないか?この質問は、
あれだけの事があった。死者もいたんじゃないか?それなのにこの質問……
そうだ。
何故、僕はこうして平然として日常的な生活に戻っている?
妙な悪寒が走る。あんな事があって、僕はどこかのベットで目を覚ました…しかし、記憶では、朝また家で目を覚ました自分がいる。
何故だ?あの日の差す白い部屋から、所変わった自分の部屋で朝を迎えたのなら、その部屋を出て自分の部屋に帰るまでの記憶がある筈、だが無い。
それまでの空白は何処に行った?
頭の中に存在する筈の記憶が無い事に気付く。
そうだ……これを聞かなきゃならない。
「第5校舎で………何が…あったんだ?」
「え、不審者の侵入じゃなかったのか?怪我人が居て、病院送りの奴もいたみたいだな」
不審者なんてもんじゃなかったぞ!?
何かがおかしい、今自分が置かれている状況が一番おかしい。
今こうして平穏な生活に戻っているのが、寧ろ不安に感じられた。
その時、
【第6校舎、久園 未来、職員室、担任の所まで。繰り返す。第6校舎……………】
放送が僕の名を呼んだ。
何も無い。見た限りでは言える感想は、この程度のものだった。
簡単に何も無いと言ったが、詳しく説明するなら光も無く、風も無く、今自分が立っているのは、土の上なのか違うのか、或いは浮いているのか、色々と分からない事づくめ。
さらには、黒い墨で塗りたくったようなこんな場所に何故居るのかさえも
「久々」
目の前には、いつの間にか女の人が居た。光が無いはずなのにその人の姿は陰りが無く、しっかりと捉えることができた。
「見たところ大凶ではないらしい」
その人は辺りを見回しながらつぶやく
声をかけたくなった。 が、声が出ない。まるでこの前のような感覚だ。
この前のような感覚…?この前って…
「 お い 」
こちらから声を掛けたかったが、先にあちらから声を掛けてきた。
だが受け答えができない。そう戸惑っていると、
「お前の考えは筒抜けだ。無駄な頑張りはしなくてもいい」と、言う。
無駄とは酷い言い方だ。
「手短に済ますつもりだ。いいか、今から痛みに悶えることになるかもしれんが、何も考えるな、肩の力を抜け、すぐ終わる」
そういうといつの間にか自分と女性との間にあった、数メートルはある距離が、画面が切り替わるようにぱっと無くなった。一瞬だった、瞬間移動のようだった。
まさにそれなのかもしれないが。
「見たものをそのまま思考する性分のようだな」
面倒だな、というと彼女は右手で僕の首をつかみ、締め付けた。堪らずにあがいたが、動きが鈍く、抵抗にならない。そうしていると彼女の余った左手が僕の顔に、のびてきた。
「筒抜けと言っただろう。小煩いのは嫌いだ」
顔を下からなぞるような動作をする、そして右目の前で止まった。
嫌だ。
この意味を理解した。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。やめろ!
首の締め付けが強くなると一瞬にして意識が遠のいた。繋ぎ止めようとは思わず、むしろこのまま手放したくなった。
死への恐怖に近いだろう。
屈してそのまま堕ちた。
*
「 …っ 」
目覚めの悪い朝だった。
体表の毛穴という毛穴から汗が噴き出て、身につけた衣服に居心地の悪さを感じている。
僕は夢を見た。
それは不可解だったが、一つ分かる事がある。自分の右目を片手で覆う。
夢でありながら、何故か針の先で軽く突かれたかの様な痛みが残っている。
そう…あの夢の中で僕は恐らく…
だが夢だった。
何だろうか。
夢であったと分かった今、何故まだ寒気が止まらないのか。
身体を起こし、寝床から出る。朝だ。学校への身仕度をしなくてはいけない。夢うつつの僕は、毎度毎度この朝の目覚めパターンを繰り返す度に、億劫な気持ちになって、意識が釈然としないのだ。
まあ、歯を磨いている内に調子は戻るのだが…
にしても思い出せば思い出す程、変わった夢だった。
良かった、現実ではなくて、
《いやそうではないぞ 》
ん?
《そもそもあれは現実との境目が曖昧でな、今に至っては現実に違いないから、それに対しては安心とやらを噛み締めていい》
ははぁ、しかし……どうも……やはり…
僕は幻聴が聴こえるまでにストレスが溜まっていたとは…
確かに学校へ行くのは大儀であるが、しかし休む訳にはいかないと、個人的に強く意識している。だから面倒な気持ちは割り切っていた筈だったが、僕はどうやら、自分自身を過信していた様だ。
《これは現実に違いない安心していいと言っただろうに》
何だか知らないが、右側から声を掛けられている感覚がする…
まるで僕のすぐ真横に立っていて、話し掛けてきた様な…… だがそこには何者の姿は無く、この部屋の自分以外は居ない。ましてやこんなに、たおやかな女性の声は、この家の住人の誰も持っていない。
冷や汗が出て、またも居心地の悪さを感じる。同時に気味の悪さも相成って最悪の気分だった。
《私はここに居(い)る。しかし姿がないだけだ。お前にしか声は届かず、そういうお前は私に対し、声が要らない》
幻聴は言う。
《宜しく…ああ、あと今日はいい朝だ、そこまで気温も高くない、昼になれば雨になるから気温もさほど上がらんぞ。これからお前に居座るが、愉しくやろうな?》
愉しくやろうとはいったい…
誰が僕と…?
*
幻聴は言う。
《外に出るのは良いな。見てみたい 》
(身体がないのに見るとか見ないとか、おかしくないか?)
こうして心の中で言葉を形にすると、その塊を受け取って、幻聴とは意思疎通が効く。
言葉を形に…とは、具体的に言うと心の中で他人に言い聞かせる様な風にして言葉を紡ぐ。
心の中、人に話し掛けているつもりで呟くだけで伝わるそうだ。
《私は曖昧な存在だ。だから私に、適切な表現なぞあったものでは無い》
(あっそ)
今日中に病院でも行こうかな…
*
「はぁ…」
「元気がないな、気に食わない事でもあったか?」
ここは我が校の18つある内の6つ目、他と比べりゃ、こじんまりとして見える私立銘軸橋高校第六校舎。
の、ある教室だ。
その教室の窓際の一番後ろ側に僕の席はあり、この席の目の前に座る腐れ縁に声を掛けられた訳だが、
「いや、大丈夫だ。何もない」
「そうか?まあそう言うならそうか」
他人のプライベートに土足で足を突っ込む奴じゃないお蔭で、変な説明を披露し、晴れて変な奴認定を喰らわなくて済んだ。
「にしても災難だったな」
「………何が?」
何が、と言ってはぐらかすと、おいおい、と、言いたげな顔をしてはまた問い掛けてくる。
「お前、第5校舎であの時授業を受ける予定で、朝向かったろ?」
「ああ、そうだ。でもこうして今、着席しているのが答えだろ?」
この答えが、ご所望ではなかったらしい。横に首を何度か振って、
「 そうじゃない。何がおこったんだ? 」
「………は?」
おかしくはないか?この質問は、
あれだけの事があった。死者もいたんじゃないか?それなのにこの質問……
そうだ。
何故、僕はこうして平然として日常的な生活に戻っている?
妙な悪寒が走る。あんな事があって、僕はどこかのベットで目を覚ました…しかし、記憶では、朝また家で目を覚ました自分がいる。
何故だ?あの日の差す白い部屋から、所変わった自分の部屋で朝を迎えたのなら、その部屋を出て自分の部屋に帰るまでの記憶がある筈、だが無い。
それまでの空白は何処に行った?
頭の中に存在する筈の記憶が無い事に気付く。
そうだ……これを聞かなきゃならない。
「第5校舎で………何が…あったんだ?」
「え、不審者の侵入じゃなかったのか?怪我人が居て、病院送りの奴もいたみたいだな」
不審者なんてもんじゃなかったぞ!?
何かがおかしい、今自分が置かれている状況が一番おかしい。
今こうして平穏な生活に戻っているのが、寧ろ不安に感じられた。
その時、
【第6校舎、久園 未来、職員室、担任の所まで。繰り返す。第6校舎……………】
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