ないものねだりはズルですか

夏ノ内リウ

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錦里美織

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 痛々しい音につい目を瞑るが一向に周囲がざわつく気配がないので薄く目を開けてみると、そこには校門の手前で倒れている自転車とまるで新体操選手のような美しい背筋で立つ女の子がいた。といっても、私と同い年くらいか。ひとまず怪我をしていないようでほっと胸をなで下ろす。
 大丈夫ですかって声をかけたほうがいいのかな。自転車、私が運びましょうかって言ったほうがいいのかな。
 今まで社会というものを遮蔽して生きてきたので何が正解かわからず呆然と立ち尽くしていると、例の女の子がこちらへ向かい力強く歩いてきた。…怒っているのだろうか。そりゃあ怒るよね、私がここにいたばかりに自転車を乗り捨てなければならなくなったのだものね。あ、すごく目がぱっちりしてる。可愛い。…じゃなくて。

「あ、あの、すいませ」
「ありがとう!」
「…え」

 あり、が、とう。ARIGATOU?思ったよりも高い声で放たれた、小説の中だけだと思っていた5文字のひらがなに心が踊らされる。そんなこと、初めて言われた。

「あなたがいなかったら、私全然前に気付かずに校門に突進してた。本当に助かった!」
「いえ!寧ろ私がいなければ自転車はこんなことには」
「例えあなたがいなかったとしたらこの自転車は今の倍酷いよ」
「えっと…」
「ああ!そうね"あなた"じゃ失礼かな。名前何て言うの?」
「あ、真知音葉、です!」
「まっちーか!可愛い!」

 マシンガントークに気圧される間も無くトントン拍子にあだ名が付けられてゆく。あだ名なんて、夢みたいだ。

「私、錦里美織。にっしーでもみおりんでも何でもいいよ!」
「じゃあ美織ちゃんで…」
「ちゃんって!可愛い!」

 ことあるごとに可愛い可愛い、というところ、もっともらしい女子高生に見えた。

「2年生…でいいんだよね?」
「は、はい!転入してきましたです!」
「あははは!"してきましたです!"もう、そんなに緊張しなくていいのに」
「はい!?」

 声が裏返って余計に美織ちゃんの笑いを誘ってしまい、穴があったならこの先10年は入りたくなるくらいには恥をかいた。華々しい公立生のスタートがこんなものでいいのか。

「まあ、私も同じ2年の転入生だし。よろしくね?」
「……はい!」
「あはは!すごく嬉しそう!」

 もしや友達?これは友達ができたと思っていいのか?

「あの、そういえば自転車は…」
「あっちゃー!忘れてた!こりゃ、修理かな…」
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