土人形は魔弾で死なず

千楽 斐才

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1.邪神が庇護する種族

11 敗走騎士の想う所

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 騎士の誇りにかけて、絶対に殺したと思った。
 敵の弱点を見抜き、命を懸けてそこを突いた筈だった。
 敵の表情が歪んだのを確認した。
 だと言うのに何故私は、背負われて敗走しているのだ。

「アレイス、下ろせ。私は、アイツを」
「戦えない。負けだ」
「だとしてもっやらねば……」
「無意味だ。仇花になる」
「良いだろう。私は騎士と言っても一兵卒だ。捨て駒にすればいい」

 私の家は男爵。騎士の序列で言えば一番下の層に居る。その子供ともなれば、その層の中でももっと下に存在だ。
 そして祖国ブラディアの場合、その立ち位置は殆ど雑兵と変わらない。

 そもそもわが国で男爵と言えば、戦争で一定の武勲を立てれば平民ですら成れる。故に戦争一年で雑草のように蔓延る、と揶揄されるほどだ。
 他の国では名誉なことなのだろうが祖国では所詮、こんな僻地に飛ばされるだけの、徴兵軍人と似たり寄ったりな存在だ。

「だから、私が死んでもさして戦局に影響はない。あの恐ろしい敵を打ち倒す可能性が僅かでもあるならば、賭けるべき命だ」
「僅かにも無い。お前は負けていた」
「えぇ……」

 私の覚悟をバッサリ切って来た。この人。上司に敬語も使わずに。
 いや、そもそも私がこの人の上に立つことが可笑しいのだ。
 何故なら、このアレイスは、ピアース伯爵の子息なのだから。

 アレイス・ピアース。地位があり、天才の呼び声も高いのに、私よりも軍に入るのが三年遅いと言うだけで部下になった男。
 その三年も狙撃手の訓練課程に進んだから、というものだ。

 地位も実力も私に勝るのだから、本来ならば彼が指揮を執るべきだった。
 だと言うのに、軍規に則って考えたなら、私が指揮せねばならないと言う。

「と言うか下ろせアレイス」
「戦う気か?」
「いや、私を背負っていたら体力が尽きる。馬を隠している地点まで魔力が持たないぞ」
「ベルほど強い魔法は使っていない。効果が無いと分かっていたから」
「そうか。……もしかしたらお前が指揮していたら、あの怪物を倒せたかもしれないな」

 シガラキフシナと名乗った、人型の怪物。アレは一体何だったのだろうか。
 不定形な所はスライム族に似ていた。しかし、スライム族にしては頑丈すぎる。
 それに土や泥を自らの肉とする特質も異常だ。途中から切り離した部分を活用する行動も見られた。
 何より核だ。心臓のような部分があるに違いないと考え、その通り心臓部があったのに、それを破壊されてなお動き続ける生命力。

「あれは、いずれ我が国に牙を剥く。早く倒さねば」
「俺達には対処できない。情報を持ち帰るべき」
「……ああ、だから私を抱えて走っているのか」
「切り合った時の情報は逃せない」

 成程、美しい死よりも生き恥を晒してでも国に尽くせ、と。
 全くその通りだ。それこそ、軍人だ。

「全く。その冷静な判断力を活用する為にも、古びた軍規をいい加減改正して欲しいものだ」
「古いのか?」
「教科書読まなかったのか? 軍規が制定されたのは爵位を平民にも与えるようになる、ずっと前だ。だから男爵家が伯爵家の指揮を取る異常事態が生まれているのさ」
「異常ではない」
「異常だよ。爵位はそのまま、実力に繋がるからな」

 爵位が上になれば、訓練課程の幅も厳しさも増すと聞く。
 指揮の訓練、作戦立案の訓練、あるいはより危険な任務に赴くための訓練。
 そうした厳しい訓練を、アレイスも行ってきたはずなのだ。
 彼が負うべきは私の体でなく、国の未来の筈だ。

「アレイス、さっさと私を使い潰す立場になれ。そしてあの化物を殺せ」
「了解」

 アレは次こそ倒す。国の未来を覆う暗雲になる前に。
 そして国の平和と安寧を作って見せる。
 しかし、今は……

「所で、アレイス」
「なんだ?」
「髪のモジャモジャがうざったい」
「我慢しろ」
「後、上官に対する口調を何とかしろ」
「敬語は長ったらしい。口が疲れる」
「お前……命令する立場になったらガンガン話すことになるんだが?」
「上には行かない」
「へ?」
「下のままお前を使い潰す」
「えぇぇ……」
「隊の責任を負うのはお前、前線に立つのもお前」
「えぇぇぇ……」

 そんな事を言い合いながら、少しずつ涼しくなる荒野を撤退しよう。
 大丈夫。時間はまだスライム族の敵であり、私達の味方である筈だ。
 何故ならば、あのサバンナに入った時点でスライム族の未来は無いに等しいのだから。

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