土人形は魔弾で死なず

千楽 斐才

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1.邪神が庇護する種族

15 粘りを前に希望は断てず

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 王女の責任といえば、他の人はとても息苦しく感じるかもしれない。
 けれど私はこの地位を恨んだことは一度だってない。

 苦難ばかりが目の前に広がって、後悔ばかりが後に残ったけど、この地位でなければ立ち向かえなかった。
 この高さからでしか見えない未来があった。その未来には皆の笑顔があった。

 それを実現するために、私は王女に生まれたのだ。
 その未来へ向かうために、私は邪神に魂を売ったのだ。

「だから、ごめんなさい」

 私は既に監視塔に入り込んでいた。スライムの体は隠れるに便利だったから、簡単にここまで来れた。
 金網をすり抜け、物影に同化し、荷物の中に紛れて、馬車の下に張り付いて。
 そうして、私は荷からくすねたナイフを持って、監視塔の最上階に居た。

 ここに来るのは連絡技師しかいないから。顔も名前も知らなくても、その情報は知っていたから。
 だから今、信じられない、と言う顔をしながら首から血を流しているのは、技師さんだ。

「……」

 喉を裂いたから声は出ない。物音を立てないよう、倒れる彼を支えながら床に寝かせる。
 これで誰にも気づかれない。騒ぎになる前にあと少し、殺しておきたい。
 スライム族が生き残る可能性はごく僅かで、可能性を上げるためには死体が足りない。

「本来、私達は動物を殺さずとも生きて行けたのに」

 一体どうしてこうなったのか、考える前に梯子を上がって来た人の首を切る。
 その人の体が落ちないよう、手で支えて、これでまた音を防げる。

 と思ったのは勘違いで、その下にもう一人。
 登ろうとする人族と目が合った。

「へ?」
「……」

 呆気にとられる人を前に、コッソリ動くのはもう無理だった。
 人族の体を離して、梯子と人の体の隙間を滑り込んで、その人の目に切っ先を差し込む。

「ギャァアアアア!」

 絶叫と、人の体が転げ落ちる音。確実に気付かれた。
 ここからが正念場。気を引き締めないと。
 物音に釣られて敵が来る。何処からか。

 右に窓、左と正面に扉。後ろは何も無い。
 正面の扉は外に続く。左の扉は休憩室……の人は殺したはず。

「正面」

 開く前に寄って丁度、戸を押し開けたその手を引っ張る。

「なッ!?」

 その首にナイフを突き立てる。けど不意打ちにはならなかった。
 寸前、手で防がれてしまった。
 手のひらは貫通したけど、動脈まで届かない。喉にも到達していない。
 声が、消せない。

「す、スライムだ! 敵襲だ!! 早グッ」

 ああ、もう情報が伝わった。ここに敵がいっぱい来てしまう。
 とにかく、扉の開閉に邪魔な死体を引き込んで、扉を閉める。
 でも籠城には不利だ。ここは木製で銃弾なんか簡単に貫通してしまう。

「きゃっ」

 早速、窓ガラスを割って、弾が飛んで来た。木箱の陰に隠れて身を縮めないと。

「隊長! いました! 監視塔の一階ですっ! 窓から死体が見えます!」

 足音がどんどん集まって来る。ここを囲んでいるみたいだ。
 それはいけない。私は、いや私達は本来戦う事なんて出来ない種族なのだ。

 人は武器を使うけど、武器が無くとも拳がある。硬い皮膚と骨を鈍器にして抗える。
 でも、私達には骨が無い。硬い皮膜もない。殴っても叩いても、相手を倒せない。

 だからナイフを使うしかないのに、これじゃ、どうしようもない。

「た、隊長! 敵が! 襲撃です!」
「知ってる。スライムだ。もう囲ん」
「違います! 正門付近に居るんです! 門を壊して塞いで!」
「何!? そっちもスライムか!?」
「いえ、分かりません! 分かりませんが……化物です!」
「なんだそれは!? 要領の得ない報告はするな!」
「でも化物なんです! もう何人も殺されて! 殺したのに死ななくて!」

 フシナさんだ。騒ぎに合わせて動き出してくれた。
 このタイミングだ。ここしかない。

「なるほど、報告に合った奴だな。ここを手早く終わらせるぞ。……何やっとる。構わんっ撃て!!」

 背中が急に熱くなって……爆風に飲まれる。
 この爆発、監視塔ごと私を殺そうとしている。

 監視塔を破壊するなんて、本当に焦っているみたい。
 その証拠に、砂埃が消える前に手が伸びて、私の体が引っ張り出される。
 見上げれば、突きつけられた幾つもの銃口。そして、遠くで発砲音が続いている。

「もう貴様に構ってる場合ではなくなった」

 隊長であろう人が私の頭に銃を突きつける。
 きっと散弾だ。スライムにはそれが一番効くと思われているから。
 それにこの目は……悪意と敵意に満ちている。殺したくて堪らなそうに見える。

「恐らく賭けに出たのだろうが、所詮、些末な命だ。そんな命を賭けても何も助けられん。だから全て諦めろ。暴れ回ってる奴の情報を全て吐け」
「私はまだ、賭けをしていません」
「なら、どうしてここに来た? 自殺か?」
「賭けと言うのは、ここぞと言う時にするものです」

 そして、今がその時。
 フシナさんに貰った欠片は既にタイミングを察知した時に口に含んでいた。
 それを飲み込めば、体がカッと熱くなる。

 確か最悪の事態になったら、目論見が外れたら、私は死ぬ。
 欠片に土が寄り集まって、私の体に微粒子が侵食し、生命活動を阻害するらしい。
 でも……微粒子が私の生命活動を阻害しない場合、奇跡が起こる。

 全身に微粒子が拡散すればそれが私達の皮や骨の代わりになる。
 それに伴い、体積が膨張するとともに身長が伸びる。
 肥満になるかも知れないと言っていたけど、それは無さそうだ。

「生きて、る……」

 奇跡はなった。二メートルを超えた視界から、頭二つほど低くなった敵を見る。
 これなら、行ける。フシナさんが一番期待しているブツリ現象も起きている。

 確信を持って、隊長の銃口に手を伸ばす。
 攻撃と思われたのか、発砲は直ぐに行われた。
 私に向けられた銃口の全てが火を噴いた。

「これは……痛い」

 なのに、私の体は砕けなかった。
 体が弾ける感覚はする。痛みもある。
 でも衝撃は……体の奥まで届かない。

 弾けるのは体表だけ。それと共に、弾も砕け散っている。

 フシナさんの言った通りだ。水と土を適切な割合で混ぜると、衝撃を受けた時に物凄く固くなる不思議な素材が出来る。
 それは片栗粉でも再現出来て、異世界では防弾の防具に転用する研究すら行われている、まさに最新技術だと言っていた。

「ダイラタンシー、でしたっけ」

 体を見ていたら、銃弾を受けて飛び散った体表がフシナさんの核によって勝手にくっ付いていく。
 それと同じくして、私達の生来の再生力であっという間に修復されていく。
 多少の不快感はあるけれど、それを上回るくらい、凄い。

「これがブツリ現象。私達の新しい可能性」
「これは……あの化物か。いやしかし……」

 敵隊長の声で、思い出す。感動している時間なんてなかった。
 私は生きる為にこの賭けに乗ったのではないのだから。
 私は仲間を助けるため、この基地の人々を皆殺しにする為に力を得たのだから。

「すみません皆さん。死んでください」

 そんな私の質問に対して銃弾が雨の様に襲ってくる。痛いけど、とても不思議だ。
 今の私ならそれを耐えられる。反撃だって出来る。それが本当に不思議だった。

 拳を握って、狙いを見据える。
 背中をくっつけるように肘を後ろへ。

 フシナさんは、この体は急な運動量の変化で硬化する、と言っていたけれどもっと噛み砕いても教えてくれた。
 単純な事だと言っていた。奇跡が起きたらもう、後はタイムアタックだと。

「敵が逃げる前に、思い切り殴ればいい」

 見よう見まねで殴った。それだけなのに貧弱だった体はしっかり硬化して、人族を殴り飛ばせた。
 拳の先から何かが砕ける感触。これも不思議な、初めての感触だった。戸惑いを覚えるほど生々しくて、呆気ない感触。
 でもこの感触で確信した。私はこの基地を蹂躙できる。

「た、隊長……っ」
「嘘だ。これがスライムな訳がない」

 唖然とする人も、現実逃避する人も、叩きのめす。
 銃弾の雨を掻き分けて、人の頭を掴み投げ飛ばす。
 突貫しようする人は叩き潰した。
 逃げようとする人には隊長を投げつけた。

 私の前に敵は居るけれど、敵じゃなかった。銃で抵抗来る様子が健気なほどに。
 それも私が敵の中に分け入ってしまったなら、誤射を恐れて撃てなくなるみたいだ。

「くそぉぉぉ!」

 必然的に剣での攻撃が来るけれど……切り付けられても全く痛くない。
 突き刺す攻撃もゆっくりと入っていくだけで、平気だ。
 そうしている間に間に頬を叩けば、それだけで崩れ落ちる。

 きっと絶望的な光景に見えるに違いない。
 以前はスライムが虐げられる側だったのに、今や人族がその立ち位置になっていた。

「に、逃げろ! 逃げろぉぉぉ!」

 それはいけない。逃げる人の後頭部を掴んで、建物へ投げてみる。
 骨組みと布だけで出来た簡素な建物は容易に崩れて、近くの馬が数頭、暴れ出した。
 それで敵の動きが一瞬遅くなって、追いついた。

「なるべく早く、効率的に」

 一人一人に手間をかける時間は無い。出来るだけ手早く手軽に殺さないと。
 先ず、頭を砕くよりも首の方が早い。首を狙おう。
 次に拳でなくとも指や掌だけで充分殺せる。力みを捨てて、早く振り抜こう。

 でもまだ駄目。手をしならせるように、手で払う様に。体の動きはもっと洗練出来るはず。
 もっと速く、もっと鋭く、もっとしなやかに。

「私達の本質は、水だもの」

 この特質、この現象、全てを使えば可能な筈。いいえ、可能でなくとも何とかする。
 いつか見た早瀬の様に、全てを押し流し、道を見出して見せる。
 私達が生き残る道を。
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