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ゴミ溜めの少女
2 地下水道に沈む人々
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地下水道は汚泥の臭いが湿気と共に立ち上る薄暗い迷路で、元々は旧市街の排水を担っていた場所だった。
そこに住み着くスライムは堆積した汚泥を食べながら一カ月の周期で練り歩いているので、地下水道に居る住人は常に主と対角線になるように毎日移動しているらしい。
らしい、と伝聞なのは地下水道という性質のせいである。
危険地帯を興味本位で探るほど余裕ある人生ではないし、危険地帯にすむ住人とのお付き合いも無かったからだ。
そもそもここに居るのは脛に傷があるのは勿論、性格に難があるモノ、薬物に溺れた破綻者だ。
ゴミ溜めの中という裏の世界でも生きられなくなった人間、と言えば分かりやすい。
更にはそう言った方々に薬物や毒物を提供する化学者まがいの破綻者などなど、入り乱れている。
ゴミ溜めの中でもさらにカーストが低い。
マフィアですら使い勝手が悪いと見捨てる。
あるいは、マフィアが使い潰し終わった、ゴミの中のゴミ。
というか……
「人間性すらないよね」
「ぎぃっ」
殴り掛かる破綻者を電撃で痺れさせ、水路へ叩き落とす。
そのドブに落ちれば病気になるのは必至、体に傷があったなら死ぬ事もあるらしい。
経口摂取ではないので私も例外ではない。気を付けていかないと。
「い、今の奴って」
「ここの粗悪な麻薬で全身壊された人」
「マジか……」
「ここじゃ麻薬も毒物も格安で手に入るから。……まあ大抵粗悪品だけど」
「まあ、こんな環境じゃ品質は保証できないよな」
「いや品質でなくて、小麦粉とか脱脂粉乳とか混ぜたりしてるんだよ」
「マジかよ」
「もっと悪い奴だと、砂とか泥を混ぜたりしてる」
そこまで行くと水に溶かすだけですぐに分かるけど、私に襲い掛かってきた奴ならそれでも騙せる。
が、それでもまだいい方だ。あの人は殴りかかるだけの気力があった。
この薄暗がりの奥には、もっと酷い人たちがひしめいている。
私達はその痕跡を辿って、水路を進んでいる。
焚火の跡、割れた薬瓶、穴の開いた鍋、痩せた死体。
そう言ったものを辿っていくにつれて、徐々に人の気配が強くなってくる。
「ライラ、次の角曲がったら多分、破綻者だらけだから近付かないでね」
「近づいたらヤバい?」
「意識が混濁してるから平気だろうけど、万が一ね」
曲がってみれば、やはり居た。
虚ろな目を薄暗い水路の天井へさ迷わせている、人の群れ。
壁を背にベッタリ付けたり、這いずっているから掻き分ける必要は無い。
それに、きっと肩を叩いても気付きやしない。それほど終わっている。
生きた死体と誰かが表現していたけど、私にはそうは見えない。
彼等はいわば、尊厳と知性が消えた死にかけの獣だ。
震えたり呻いたりするそれを見て、ライラが私の腕をギュッと掴んでくる。
「怖いな。人をこんなのにするモノって」
「普通なら、そう思うんだろうね」
「リッカはそう思わないのか?」
「私は思う。でも濫用者は違ったって事」
ここに居れば、こんなモノにならなければ耐えきれない事など山のようにあるのだろう。
「マフィアはね、有能な奴を潰すんだよ」
「潰すって、どうして?」
「有能だったり、良い魔法を持ってると立場が逆転するかもしれないから」
この中にもきっとそういう奴がいる。
脅されて使い潰されたか。足の腱でも切られたか。
あるいは無理やり薬物を与えられ、重度の中毒者にさせられたか。
そうなれば、後は自暴自棄。日々の苦痛を出来るだけ見ないふりをする、敗者の完成だ。
でもこんな連中でも死ぬのは怖い。そのおかげで目指す場所がクッキリと分かる。
彼らの正反対の場所に、地下水路の主がいる。
今度は破綻者の巣窟から離れる様に水道を進めば、少しずつ人通りが減っていく。
と同時に比較的普通の服装で、マトモにこちらを見る人増えて来た。
しかし、こちらを見る目が増すごとに嫌な気配も増えてくる。
彼らは破綻者ではないが、タガが外れている。
常識、良心、そう言ったものがとことん欠落して、自分の利益だけの事を考えている。
私達の内臓を売ればどれだけ食い繋げるか、と計算しているに違いない。
「おい、どこ行くんだ?」
遂に通り過ぎた人から話しかけられた。
止まってはいけないから、腕にしがみつくライラを引っ張る。
「スライムの所」
「……ああ、そうか。達者でな」
そういうだけで、その人の口調が弱弱しくなる。
それが大層不思議なのか、ライラからの視線を感じた。
チラッと伺えば、しがみついたまま見上げてきている。
なんか、妹を持ったみたいだ。頭を撫でてやりたい。
「スライムの所に行くって事は、もう自殺しに行くって事だから」
「そう、なのか。でも何であんな顔を?」
「明日は我が身だからだよ」
自身の境遇と重ね合わせてその苦痛を想像する。
共感性が欠如し切った私達でも、その程度は出来る。
「さて、ちょっとここで買い物をしようか」
「買い物?」
「毒を買ってスライムを毒殺するんだよ」
「……スライムって毒で死ぬの?」
「やりようによっては死ぬでしょ?」
だって物理法則が完全にない世界ではないもの
ただし相手は全身消化液の化物であり、タンパク毒や細菌は消化するはずだ。でなければこんな汚物まみれの所を住処にはしない。
なので狙うなら金属系の無機毒か、何だったら塩とかでもナメクジみたく萎びるかも知れない。
でも、私はその中で最も有効そうな毒を見定めている。
「今回はシアン化化合物の毒を使う」
「しあん……」
「バラ科の種子に含まれる毒物だよ」
「へぇ」
推理系のアニメや小説でたまに出てくるものだから調べたことがある。
あの毒は、自身に毒性はないらしい。ただし、消化される過程で毒物を発生させるのだ。
何でもかんでも消化するスライムにはピッタリな毒ではないか。
「まあ、毒の作用が私の思ってるものと違ったらお手上げだけど」
「そうなったらどうするんだ?」
「消化されながら消化する、地獄のフードファイトが開催されるね」
スライムを飲みながらスライムに溶かされる。最悪内外から消化されて、骨の欠片も残らない。
とはいえ、マフィアに生きたまま解剖されるよりはマシな死に方だ。
あの死に方は、本当にろくでもない。
ライラも一枚噛んでいるのだから、気張って行かないと。
でないと彼女もナマス切り、二人で仲良く魚の尾頭付きがごとく盛り付けられるだろう。
「お前、凄いな」
丁度見ていたから視線が合った。
「何が?」
「いや、死ぬかもしれないのによくやるなぁって。私だったら怖くて逃げてるぜ」
「私も怖いし、そこまで凄くないんだけどね」
ここまでやっているのは本当に切羽詰まってるからで、こんな地獄に居なければもっと安穏と暮らしていただろう。
次の授業は何だとか、バイトの時間まで何処で暇をつぶそうかとか。
「もっと気楽に生きたかったよ」
「それは私も同感だ」
「というか、もっと楽に生きたい。自堕落に」
「それも同感だ」
そんな若人の悲哀を聞いてくれる人など、ここに居る訳がない。
皆、死なないように必死に人を蹴落とし、蹴落とされないように頑張っている。
人様に気を使うなんて余裕は、ここでは贅沢品だった。
そこに住み着くスライムは堆積した汚泥を食べながら一カ月の周期で練り歩いているので、地下水道に居る住人は常に主と対角線になるように毎日移動しているらしい。
らしい、と伝聞なのは地下水道という性質のせいである。
危険地帯を興味本位で探るほど余裕ある人生ではないし、危険地帯にすむ住人とのお付き合いも無かったからだ。
そもそもここに居るのは脛に傷があるのは勿論、性格に難があるモノ、薬物に溺れた破綻者だ。
ゴミ溜めの中という裏の世界でも生きられなくなった人間、と言えば分かりやすい。
更にはそう言った方々に薬物や毒物を提供する化学者まがいの破綻者などなど、入り乱れている。
ゴミ溜めの中でもさらにカーストが低い。
マフィアですら使い勝手が悪いと見捨てる。
あるいは、マフィアが使い潰し終わった、ゴミの中のゴミ。
というか……
「人間性すらないよね」
「ぎぃっ」
殴り掛かる破綻者を電撃で痺れさせ、水路へ叩き落とす。
そのドブに落ちれば病気になるのは必至、体に傷があったなら死ぬ事もあるらしい。
経口摂取ではないので私も例外ではない。気を付けていかないと。
「い、今の奴って」
「ここの粗悪な麻薬で全身壊された人」
「マジか……」
「ここじゃ麻薬も毒物も格安で手に入るから。……まあ大抵粗悪品だけど」
「まあ、こんな環境じゃ品質は保証できないよな」
「いや品質でなくて、小麦粉とか脱脂粉乳とか混ぜたりしてるんだよ」
「マジかよ」
「もっと悪い奴だと、砂とか泥を混ぜたりしてる」
そこまで行くと水に溶かすだけですぐに分かるけど、私に襲い掛かってきた奴ならそれでも騙せる。
が、それでもまだいい方だ。あの人は殴りかかるだけの気力があった。
この薄暗がりの奥には、もっと酷い人たちがひしめいている。
私達はその痕跡を辿って、水路を進んでいる。
焚火の跡、割れた薬瓶、穴の開いた鍋、痩せた死体。
そう言ったものを辿っていくにつれて、徐々に人の気配が強くなってくる。
「ライラ、次の角曲がったら多分、破綻者だらけだから近付かないでね」
「近づいたらヤバい?」
「意識が混濁してるから平気だろうけど、万が一ね」
曲がってみれば、やはり居た。
虚ろな目を薄暗い水路の天井へさ迷わせている、人の群れ。
壁を背にベッタリ付けたり、這いずっているから掻き分ける必要は無い。
それに、きっと肩を叩いても気付きやしない。それほど終わっている。
生きた死体と誰かが表現していたけど、私にはそうは見えない。
彼等はいわば、尊厳と知性が消えた死にかけの獣だ。
震えたり呻いたりするそれを見て、ライラが私の腕をギュッと掴んでくる。
「怖いな。人をこんなのにするモノって」
「普通なら、そう思うんだろうね」
「リッカはそう思わないのか?」
「私は思う。でも濫用者は違ったって事」
ここに居れば、こんなモノにならなければ耐えきれない事など山のようにあるのだろう。
「マフィアはね、有能な奴を潰すんだよ」
「潰すって、どうして?」
「有能だったり、良い魔法を持ってると立場が逆転するかもしれないから」
この中にもきっとそういう奴がいる。
脅されて使い潰されたか。足の腱でも切られたか。
あるいは無理やり薬物を与えられ、重度の中毒者にさせられたか。
そうなれば、後は自暴自棄。日々の苦痛を出来るだけ見ないふりをする、敗者の完成だ。
でもこんな連中でも死ぬのは怖い。そのおかげで目指す場所がクッキリと分かる。
彼らの正反対の場所に、地下水路の主がいる。
今度は破綻者の巣窟から離れる様に水道を進めば、少しずつ人通りが減っていく。
と同時に比較的普通の服装で、マトモにこちらを見る人増えて来た。
しかし、こちらを見る目が増すごとに嫌な気配も増えてくる。
彼らは破綻者ではないが、タガが外れている。
常識、良心、そう言ったものがとことん欠落して、自分の利益だけの事を考えている。
私達の内臓を売ればどれだけ食い繋げるか、と計算しているに違いない。
「おい、どこ行くんだ?」
遂に通り過ぎた人から話しかけられた。
止まってはいけないから、腕にしがみつくライラを引っ張る。
「スライムの所」
「……ああ、そうか。達者でな」
そういうだけで、その人の口調が弱弱しくなる。
それが大層不思議なのか、ライラからの視線を感じた。
チラッと伺えば、しがみついたまま見上げてきている。
なんか、妹を持ったみたいだ。頭を撫でてやりたい。
「スライムの所に行くって事は、もう自殺しに行くって事だから」
「そう、なのか。でも何であんな顔を?」
「明日は我が身だからだよ」
自身の境遇と重ね合わせてその苦痛を想像する。
共感性が欠如し切った私達でも、その程度は出来る。
「さて、ちょっとここで買い物をしようか」
「買い物?」
「毒を買ってスライムを毒殺するんだよ」
「……スライムって毒で死ぬの?」
「やりようによっては死ぬでしょ?」
だって物理法則が完全にない世界ではないもの
ただし相手は全身消化液の化物であり、タンパク毒や細菌は消化するはずだ。でなければこんな汚物まみれの所を住処にはしない。
なので狙うなら金属系の無機毒か、何だったら塩とかでもナメクジみたく萎びるかも知れない。
でも、私はその中で最も有効そうな毒を見定めている。
「今回はシアン化化合物の毒を使う」
「しあん……」
「バラ科の種子に含まれる毒物だよ」
「へぇ」
推理系のアニメや小説でたまに出てくるものだから調べたことがある。
あの毒は、自身に毒性はないらしい。ただし、消化される過程で毒物を発生させるのだ。
何でもかんでも消化するスライムにはピッタリな毒ではないか。
「まあ、毒の作用が私の思ってるものと違ったらお手上げだけど」
「そうなったらどうするんだ?」
「消化されながら消化する、地獄のフードファイトが開催されるね」
スライムを飲みながらスライムに溶かされる。最悪内外から消化されて、骨の欠片も残らない。
とはいえ、マフィアに生きたまま解剖されるよりはマシな死に方だ。
あの死に方は、本当にろくでもない。
ライラも一枚噛んでいるのだから、気張って行かないと。
でないと彼女もナマス切り、二人で仲良く魚の尾頭付きがごとく盛り付けられるだろう。
「お前、凄いな」
丁度見ていたから視線が合った。
「何が?」
「いや、死ぬかもしれないのによくやるなぁって。私だったら怖くて逃げてるぜ」
「私も怖いし、そこまで凄くないんだけどね」
ここまでやっているのは本当に切羽詰まってるからで、こんな地獄に居なければもっと安穏と暮らしていただろう。
次の授業は何だとか、バイトの時間まで何処で暇をつぶそうかとか。
「もっと気楽に生きたかったよ」
「それは私も同感だ」
「というか、もっと楽に生きたい。自堕落に」
「それも同感だ」
そんな若人の悲哀を聞いてくれる人など、ここに居る訳がない。
皆、死なないように必死に人を蹴落とし、蹴落とされないように頑張っている。
人様に気を使うなんて余裕は、ここでは贅沢品だった。
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