ゴミ溜めテロル

千楽 斐才

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ゴミ溜めの少女

6 供物と薪

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 マフィアが用心深いのは、本拠地の防護ぶりを見ても明らかだった。
 高い塀に鉄条網、扉は全て鉄製で、あげく空堀で囲っている。
 そんな厳重な舘が、彼等の棺桶だった。

「おい、何している」

 扉の前で見上げていたら、不意に肩を掴まれた。
 見上げれば明らかなマフィアだった。けど、勘違いという可能性もある。

「ここ、マフィアの家ですよね」
「マフィアじゃない。管理者だ」
「失礼しました。それで、その管理者はどんな名称で呼ばれてるでしょうか? ファミリーですか? 組ですか?」
「お前が知るべきことではない」
「貴方は組織の人間ですか?」
「いい加減に」

 まあ、大体黒い反応だったので、焼く。
 炎魔法は私の人差し指で弾くように炎を出せば、指を代償に炎が噴き出して、敵に当たって更に燃え盛った。
 それで、終わりだ。黒い反応を示した人は、黒くなって倒れた。

 リリィの代償魔法と炎魔術、スライムの体、そしてグランの糖魔変換。
 それらが合わされば、この火力を幾らでも使い放題。負ける気がしない。

「さて、出入り口はここだけみたいだから、手早く始めよう」

 グランから拝借した氷砂糖は袋ごとポケットに突っ込んである。
 それを齧りつつ、塀をよじ登れば、鉄条網なんて半固体の体には全く無意味だった。
 後は鉄の門に回り込んで、右腕を代償にすれば良いだけだ。

 門を掴んで、その手を代償に。鉄は直ぐにドロッと赤くなる。
 腕が燃え尽きる前に捻じってやれば、両開きの門扉が歪にくっ付く。
 強固な守りが、檻に変わった。

 もう誰も逃げられない。

「何やってんだてめえ!?」
「なんだ? 門が、燃えてる?」
「ガキが紛れ込んでるぞ」
 
 そこでやっと人がやって来たが、何もかもが遅い。
 燃え残った片腕を振って炎を飛ばせば、鉄すら歪める炎が牙を剥く。

 でも、流石マフィアだ。倒せたのは一人だけだった。
 一人は仰け反って回避し、もう一人は風で相殺したらしい。
 熱せられた空気にあおられて、表情を歪めながらも、きびきびと行動を始める。

「敵襲だッ」
「時間稼ぎしろ! 応援を呼ぶ!」

 風使いを残して、一人が舘の方に走っていく。
 そんなに急がなくても妨害するつもりはない。探す手間が省けるもの。

「……」

 残った相手も、率先して私を害する気がないらしい。
 今の内に消耗した腕を再生しながら、内の魔力を探ってみる。
 知りたいのは回復量と魔力の相関関係で、片腕を治すのにかなり使うなら、と危惧したが、単純に消耗した血肉の量に比例するようだ。
 つまり代償魔法の効果は、魔術を使う時の魔力量が増える代わりに威力が増える魔法、と考えて良いだろう。

「お前、どうして戦わない」
「……」
「口が利けないのか?」

 話す必要がないし、出来るだけ集中しておきたい。
 特に、耳をしっかり使っておきたい。
 ライラにお願いしていたことを聞き逃さないために。

「やっぱりか」

 遠くで炸裂する音、ライラがマフィアの逃亡を知らせてくれた。
 逃亡にはしばらくかかるだろう。何せ出入り口はここだけで、他は高い塀をよじ登るしかない。
 足場を作るか、壁を壊すか。後者は有り得ないか。だって仮にも防御設備だもの。頑丈に違いない。
 つまり足場を作ってよじ登る。追撃すれば絶対に間に合う。

「失礼、用事が出来ました」

 グランの攻撃を模倣し、手のひらを代償に生んだ炎を投げて目隠しをしてみる。
 だけど炎は、不思議なことに空を切った。敵が居たはずの場所に、もう何もいなかった。
 なら一体どこにと思う間に、後ろに気配を感じる。
 振り返ろうとしたけど、上からの衝撃。地面に叩きつけられる。

 衝撃の方向が示すのは、敵が何時の間にか私の斜め上に位置していたこと。
 鈍痛が示すのはその攻撃で背中からお腹まで大穴が空いたこと。
 そして倒れる私の視界には、お腹を貫通する腕。

 速攻で即死攻撃とは。これも魔術のなせる業か。

「これで、危険は」

 だけど心臓を抜かれても生きているのが、今の私だ。
 傷口から炎を噴き出せば、男の声が途切れて、遠くでもがく音が聞こえる。
 あの火勢でも、転がれば消えるのだろうか。気になるけど結果を見る時間は無い。

 空いた穴は直ぐに塞ぐ。逃亡者は直ぐに焼く。

 塀沿いに走って行けば、玄関から人がどんどん出てくる。
 ので、右手を全て使って、入り口ごと燃やす。

 火球が玄関で炸裂するのを横目に、建物沿いに裏に回る。
 すると窓から人が飛び出そうとしてきたので、それ等にも指を使った炎を飛ばし、室内に叩き返す。
 
 そして見えた光景は、質のいい服に身を包んだ中年が、木箱を足場によじ登ろうとしている光景だった。
 鉄条網は既に切られている。あのままだと直ぐに脱出されてしまう。逃げ足が速い。

「逃がさ、ないっ」

 距離は五十メートル、十分届く。
 でも右手はまだ再生中だ。
 左腕全てをこの攻撃につぎ込めば行けるか。
 いや、絶対に、届かせる。
 
 骨の髄まで代償にしてでも、特大火球を叩きつける。

「な、何だあれは!?」

 何かを聞こえたが、悲鳴にかき消された。
 誰かが身を挺して守ったのだろう、塀の手前で火球が破裂した。
 だが、左腕を食らった炎の勢い塗料は、そんなものでは止まらない。

 破裂した途端、炎の波が溢れ押し寄せて、塀に当たってうねれば、木箱は直ちに燃え尽きて、ボスが大慌てで離れていく。

 これで逃げられる心配は無くなった。安心して氷砂糖を摂取できる。
 それに少しずつ集まる足音にも、笑みが漏れる。
 このまま散り散りに逃げられていたかもしれない。それが無くなった。

「お前、一体何者だ」

 聞く暇があるなら攻撃すればいいのに、なんて思いながら腕を再生して、準備を整える。
 敵はゴミ溜めの中で一番強いだろうが、準備さえ整えれば問題ない。
 例え、どれだけ人が束になったとしても、魔術の嵐が飛びかおうと。

「奔流だな」
 
 前からは水と氷と、黒い色の風。
 後ろを見れば炎と土が混ざって雪崩れ込んでいる。

「どのくらい必要かな」

 ポケットに手を入れて、氷砂糖を幾つか飲み込む。
 ああ、糖分の過剰摂取は、あまりやらない方が良いかも知れない。
 血糖値スパイクがあるように、魔力が急に膨れ上がると、少し苦しい。

 カフェインを大量摂取したみたいに気が高ぶりすぎて、苦しい。

「直ぐに、使おう」

 両手を再生しながら、同時に犠牲に。
 代償をどんどん注ぎ込み、大火を業火に。
 力の奔流を跳ね返すほど、燃え盛る炎へ。

 爆発と奔流が衝突した。
 炎を押し込もうとする力と、それを跳ねのけようとする力。
 軍配は直ぐに上がる。
 奔流が、爆炎に飲み込まれ、焼き尽くされる。

「グッ」
「あっちぃいい!」

 跳ね返された力はそのまま、敷地中を蹂躙しているらしい。
 混乱の声が各所から、聞こえる。
 良い目隠しにもなっているようだから、先ずは塀に近い男達を狙うか

「こっち来たぞ!」
「兄貴を守れっ!」

 魔術というのは、不思議なものだ。
 こんなに距離があるのに、私の体を焼き、刻んでくる。
 でも決して雷が出る訳でなく、毒が放たれるわけでもない。

 大抵、火、水、土、風の四種。四属性というものだろう。
 そして微妙に個々で差異がある。使用者の癖があるのかも知れない。
 この魔術の癖や特徴、私の奴だけでも学習して覚えて置かないと。

「近寄らせるなぁ!」

 使用する魔力を小さくすればどうなるだろうか。
 成程、腕に纏うだけになるのか。これで叩いておこう。

「来るな! 来るんじゃねえ!」

 いや違う。このまま火力を上げる事も出来る。
 この状態の手刀はかなりいい。骨は断てないけど、肉は切れる。
 それにこれで首を握れば、あっという間に倒せる。

「仕方ねえ! ジャックごと切り刻め!」

 丁度魔術で腕を切り落とされたから、遠隔で代償に出来るか試し……ダメそうか。
 でも掴んで投げつければ、出来た。きっと本体に触れていなければ代償にならないのだろう。
 掴んで投げてもあの威力……手りゅう弾として使えるかも。
 炎を生んで投げるよりも殺傷能力が高そうだ。

「兄貴!? 兄貴ぃ!!」

 さて、今の炎で塀の方に居る集団は、みんな倒れたみたいだ。
 残るは舘から出て来た人々だけ。
 その舘ももう火の手が回っていて、どこにも行けない。

 あの怯えた表情のマフィア共が隠れる場所すら、どこにもない。

「後は、仕留めるだけ」
「ッ。全員でかかれ! 仇打ちだ!!」

 手を再生しながら、ふと思う。
 全てをねじ伏せるのはどんな気分だろうか、と。
 権力と暴力で好き勝手に振舞い、奪う気持ちはどんなものだったのか。

「サッパリ分からない」

 同じことをしてみた結果が、この感想だった。
 これを好んでやる奴の気が知れない。

 水圧が鋭く私の体を貫通する。そのお礼に敵対者を火で飲み込む。
 風の刃が私の足を断つ。その足を代償に、周辺を丸ごと火の海にする。

 その匂いも絶叫も、私の気分をグチャグチャにしていく。
 喜んでるのか絶望しているのかも分からない。
 燃やす度に、リリィの顔がチラついて、益々どうにかなりそうだ。

 殴りかかる男の顔を、酸の手で焼いて、私は何を思っているのか。
 剣を突き立てた男の頭を電気ショックで焼いて、何を感じたのか。

 全く分からない。ただ一つ言えることは

「ここには脅威がいない」

 既に退路は無いから、マフィアは窮鼠のように全力で私を殺しにかかっている。
 なのに、全く驚異とはならない。
 魔力が無くなりそうならば、氷砂糖を一齧りすればいい。それで急場は凌げてしまう。
 その氷砂糖も、この魔法の持ち主がたっぷり蓄えていたので、尽きる事は無い。

 脅威が存在しない。マフィアは私を殺せない。
 ここに居る存在全てが、詰んでいる。

「この、この化け物」

 そんな男の捨て台詞を聞きながら焼けば、全てが灰になった。
 私を支配していたものが、私から全てを奪ったものが、燃え尽きた。

「……何も無くなった」

 復讐は何も生まないと言うのは事実だったけど、しかし私には復讐が必要だった。
 未だ憎しみは燻っているけど、心に刺さったわだかまりのような物は消え去ってくれた。
 ただ……本格的に、この地獄で生きる意味が無くなったのも事実だった。
 
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