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起①
「カミーユさん。今の貴女は何も出来ないただの小娘に過ぎません。まずはこれまでの考えを改める所から始めなくてはなりませんよ」
出会い頭に強烈な一言を浴びせられた私はしばらくの間、何も言う事が出来ませんでした。
それが新しく家庭教師となったオルガ婦人との出会いでもあり、私の人生の転換期でもあったのです。
□□□
私、カミーユは名門侯爵家の娘として生を受け、何一つ不自由の無い生活を送ってきました。女性ながら侯爵家の当主として手腕を振るっていたお母様、入り婿ながらお母様を支えてきたお父様、屋敷に勤める使用人の皆さん。領地の市民も明るく毎日を過ごしていましたし、私は幸せな未来が待ち受けていることを信じていました。
そんな当たり前だった、しかし実は奇跡のようだった日々が硝子細工のように脆かったと知ったのは幼少期の頃でした。
お母様が流行りの病気で天に召されてしまい、突如として終わりを迎えたのです。
侯爵家の跡継ぎは私でしたが、まだ未成年なこともあって後見人だったお父様が当主代理を務めることとなりました。喪に服していた一年間でお母様の葬儀と埋葬、侯爵としての引継ぎを終え、お母様がいなくなってしまった生活もようやく落ち着いてきました。私も心の整理が出来て、ようやく前向きに生きていこうと思えるようになったのです。
「カミーユ。お前の新しい母親と妹を紹介しよう。ララとジャネットだ」
「……は?」
「今日からこの屋敷で住むことになった」
そんな、ようやく取り戻した平穏がただの幻想だった。それを他ならぬお父様に思い知らされたのです。
後から得た情報で補足すれば、お父様はお母様に隠れて愛人を作っており、あまつさえ愛人との間に娘まで作っていたのです。それも私が生まれたすぐ後に。
愛人や隠し子の存在を侯爵だったお母様に隠し通せるわけがありません。お父様はお母様が調査しきる前に自分から白状し、愛人と隠し子の生活費は自分の懐から出し、決して侯爵家や私には関わらせないことを固く誓いました。入り婿なのに愛人を作ること自体が間違っているのですが、最低限の分別はあったようです。
まあ、それもお母様が亡くなったことで約束を果たす義務はなくなった、などとお父様は世迷言を仰って覆してきたのですがね。
愛人と隠し子をさも当然のように侯爵家の屋敷に招き入れようとしたお父様を家令のアルセーヌは咎めたそうですが、お父様は頑として聞き入れなかったそうです。自分が侯爵家の当主なのだから言う事を聞け、などと怒鳴られたとのこと。アルセーヌもそれ以上お父様を止める事が出来ず、申し訳なかったと後日私に謝罪してきました。
「ララよ。今日からこの屋敷で世話になるわ。よろしくね、カミーユ」
「はい、これからよろしくお願いいたします」
継母となった女性は私から見てもたいそう美しく、現れた途端に屋敷に大輪の花が咲いたように華やかになりました。お母様も美しかったですがどちらかと言えば触れるのが畏れ多い印象を覚えたものです。継母は逆に人を惹きつけるような美貌と身体つきをしており、お父様はこの魅力に悩殺されたのだなあ、と子供ながらに思いました。
「どのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」
「母と呼ぶようになさい。もっとも、最初のうちは割り切れないでしょうから名前でもいいけれどね」
「わかりました。ではそのように」
「ジャネット。新しい姉に挨拶なさい」
継母に促された異母妹となるジャネットはとても可愛らしかったです。その明るさはお母様を失って沈み込んでいた私からしたら眩しいばかりでした。侯爵家の娘として育てられた私にたじろぎもせず、むしろ自分の方が素敵だとの自信に満ちていました。それは彼女の微笑みにも表れていて、不思議と信頼感と安心感が芽生えました。
「初めましてお姉さま。ジャネットよ。これから仲良くしていきましょうね」
「ええ、こちらこそ。何か分からないことや困ったことがあったら遠慮なく言って下さい」
「もちろん! いろいろと頼りにさせてもらうわ。あ、いきなりお姉さまって呼んじゃったけど、よかった?」
「問題ありません。新しい家族が出来て私も嬉しいですよ」
混乱、戸惑い、不安、不満。あらゆる負の感情を飲み込んで、私は微笑みの仮面を被りきりました。荒波を立てれば継母や異母妹を愛していたお父様が何をするか分かったものではありませんでしたから。
私は押し付けられた新しい家族を否応なく受け入れざるを得なかったのです。
出会い頭に強烈な一言を浴びせられた私はしばらくの間、何も言う事が出来ませんでした。
それが新しく家庭教師となったオルガ婦人との出会いでもあり、私の人生の転換期でもあったのです。
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私、カミーユは名門侯爵家の娘として生を受け、何一つ不自由の無い生活を送ってきました。女性ながら侯爵家の当主として手腕を振るっていたお母様、入り婿ながらお母様を支えてきたお父様、屋敷に勤める使用人の皆さん。領地の市民も明るく毎日を過ごしていましたし、私は幸せな未来が待ち受けていることを信じていました。
そんな当たり前だった、しかし実は奇跡のようだった日々が硝子細工のように脆かったと知ったのは幼少期の頃でした。
お母様が流行りの病気で天に召されてしまい、突如として終わりを迎えたのです。
侯爵家の跡継ぎは私でしたが、まだ未成年なこともあって後見人だったお父様が当主代理を務めることとなりました。喪に服していた一年間でお母様の葬儀と埋葬、侯爵としての引継ぎを終え、お母様がいなくなってしまった生活もようやく落ち着いてきました。私も心の整理が出来て、ようやく前向きに生きていこうと思えるようになったのです。
「カミーユ。お前の新しい母親と妹を紹介しよう。ララとジャネットだ」
「……は?」
「今日からこの屋敷で住むことになった」
そんな、ようやく取り戻した平穏がただの幻想だった。それを他ならぬお父様に思い知らされたのです。
後から得た情報で補足すれば、お父様はお母様に隠れて愛人を作っており、あまつさえ愛人との間に娘まで作っていたのです。それも私が生まれたすぐ後に。
愛人や隠し子の存在を侯爵だったお母様に隠し通せるわけがありません。お父様はお母様が調査しきる前に自分から白状し、愛人と隠し子の生活費は自分の懐から出し、決して侯爵家や私には関わらせないことを固く誓いました。入り婿なのに愛人を作ること自体が間違っているのですが、最低限の分別はあったようです。
まあ、それもお母様が亡くなったことで約束を果たす義務はなくなった、などとお父様は世迷言を仰って覆してきたのですがね。
愛人と隠し子をさも当然のように侯爵家の屋敷に招き入れようとしたお父様を家令のアルセーヌは咎めたそうですが、お父様は頑として聞き入れなかったそうです。自分が侯爵家の当主なのだから言う事を聞け、などと怒鳴られたとのこと。アルセーヌもそれ以上お父様を止める事が出来ず、申し訳なかったと後日私に謝罪してきました。
「ララよ。今日からこの屋敷で世話になるわ。よろしくね、カミーユ」
「はい、これからよろしくお願いいたします」
継母となった女性は私から見てもたいそう美しく、現れた途端に屋敷に大輪の花が咲いたように華やかになりました。お母様も美しかったですがどちらかと言えば触れるのが畏れ多い印象を覚えたものです。継母は逆に人を惹きつけるような美貌と身体つきをしており、お父様はこの魅力に悩殺されたのだなあ、と子供ながらに思いました。
「どのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」
「母と呼ぶようになさい。もっとも、最初のうちは割り切れないでしょうから名前でもいいけれどね」
「わかりました。ではそのように」
「ジャネット。新しい姉に挨拶なさい」
継母に促された異母妹となるジャネットはとても可愛らしかったです。その明るさはお母様を失って沈み込んでいた私からしたら眩しいばかりでした。侯爵家の娘として育てられた私にたじろぎもせず、むしろ自分の方が素敵だとの自信に満ちていました。それは彼女の微笑みにも表れていて、不思議と信頼感と安心感が芽生えました。
「初めましてお姉さま。ジャネットよ。これから仲良くしていきましょうね」
「ええ、こちらこそ。何か分からないことや困ったことがあったら遠慮なく言って下さい」
「もちろん! いろいろと頼りにさせてもらうわ。あ、いきなりお姉さまって呼んじゃったけど、よかった?」
「問題ありません。新しい家族が出来て私も嬉しいですよ」
混乱、戸惑い、不安、不満。あらゆる負の感情を飲み込んで、私は微笑みの仮面を被りきりました。荒波を立てれば継母や異母妹を愛していたお父様が何をするか分かったものではありませんでしたから。
私は押し付けられた新しい家族を否応なく受け入れざるを得なかったのです。
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