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承②
「カミーユ。お前に縁談を用意した。我らの家に接した領地を持つ伯爵家のクロヴィスだ。嫡男の兄に負けず劣らず優秀だと聞いている。いずれ侯爵になるお前の力になるだろう」
オルガ先生の授業を受け始めて程なく、お父様は私に縁談を用意してきました。
何も知らなかったら素直に受け入れたでしょう。しかし良からぬ可能性を教えられてから疑うことを知りました。お父様がそのクロヴィスという方を薦めるのには何か裏があるのではないか、と思っていた方がいいですね。
なお、この縁談は事前にララ母様から聞いています。お父様はララ母様と私の関係が良好だなんてつゆにも思っていないようで、初めて聞かせたとか思っているのでしょう。確かに心構えしていなかったら驚いていたかもしれませんね。
「まずはお会いしてみます。どんな人柄かをこの目で見たいのです」
「……そうか」
お父様はあからさまに不機嫌さをあらわに憮然としました。頭ごなしに決定事項だと押し付けてこないのは、ララ母様が賛成も反対もしなかったからです。ララ母様曰く「家同士のためとはいえ馬鹿は侯爵家に要らない」と。
ララ母様から私の縁談の話を聞いた場にはオルガ先生もいましたけど、先生は一瞬だけでしたが嫌悪……いえ、憎悪が顔に滲み出ていました。すぐさま取り繕うように水に口を付けたので、気づいたのは正面にいた私だけだったでしょう。
「初めましてご令嬢。僕がクロヴィスです」
お見合いの場となった侯爵家のお屋敷にやってきたクロヴィス様は爽やかな方でした。礼儀正しくて私が退屈しないよう様々な話題を提供してくださり、贈り物も私の好みに合わせた花束をくださりました。
婿入りして侯爵家の一員となった暁には、とクロヴィス様は未来についても語ってくれました。こちらの事情もよく調べていたらしく、私の言葉にも耳を傾けてくださり、とても聡明な印象を覚えました。
「クロヴィス様ですね! わたし、カミーユお姉さまの妹のジャネットっていいます!」
これならこの縁談はお受けしてもいい、と決めたその時でした。ジャネットが許可も得ずに部屋へと入ってきたかと思ったらいきなり自己紹介をし、クロヴィス様の隣に座ったのです。
しばし唖然としてしまいましたが、この無遠慮さは許容出来ません。すぐさま咎めようとしたのですが、その前にクロヴィス様が微笑まれてジャネットに会釈します。そう、クロヴィス様はジャネットの接近を是としたのです。
「これはこれは。僕はクロヴィス。君のお姉さんの婚約者になる者だ」
「クロヴィス様みたいな素敵な人がお兄さまになるんだと思ったらとっても嬉しいです!」
「そう言ってくれると僕も嬉しいな。そうなれるよう僕も努力するよ」
「お待ちしてますね、クロヴィスお兄さま!」
結局クロヴィス様との顔合わせは半分以上がジャネット付きになり、ジャネットとの語り合いの方が盛り上がっていたとの印象を覚えました。これではどちらとのお見合いだったか分かったものではありません。
失望と呆れを味わいながら笑みを顔に張り付かせてクロヴィス様を見送ります。彼の姿が見えなくなったところで思わずため息が漏れてしまい、静かな怒りをジャネットへと向けようとしましたが……馬車を睨みつける妹に私は驚いてしまいました。
「ジャネット?」
「わたし、アイツ嫌い」
吐き出された言葉には明確な嫌悪……憎悪が入り混じっていました。
それはまるでオルガ先生が一瞬だけ見せた激情のようで……。
「さっきの見た? ちょっと甘えただけですぐにわたしばっか気にかけちゃってさ。ああいう男は誰にでも優しくするから、ちょっと気持ちを傾かせたらすぐになびいてくれんじゃない?」
私はしばらく目を見開いて瞬きしながらジャネットを見つめるしかありませんでした。
「もしかして、クロヴィス様を試したの?」
「あの調子じゃあわたしがちょーっと攻略に本気になったらコロッとものにできちゃいそうなんだけど」
「……。ええ、そうですね。今日だけでもあの方のことが充分に分かりました」
確かにクロヴィス様は優しかったです。きっと婚約すれば私を大切に扱ってくれるでしょう。しかし、ジャネットが言うように他の女性が気になってしまったらきっと私は蔑ろにされるでしょう。そしてその他の女性がジャネットだったら、私はすべてを失ってしまうかもしれません。
ジャネットはそんな破滅の未来を最初のうちから示してくれたのです。これは私への嫌がらせでも女性としての優越感でもなく、本気で私を気にしてくれているのだと分かります。クロヴィス様への失望より私はジャネットの心が嬉しくてたまりませんでした。
「ありがとうございます、ジャネット。おかげで助かりました」
「どういたしまして。あ、でも礼なら先生にも言っておいてよね」
「どうして? もしかしてオルガ先生がジャネットに助言したのかしら?」
「ううん。直接は聞いてない。ただ……クロヴィス様との縁談の話をした時の様子がおかしかったから」
成程。私と同じようにジャネットもまた先生から違和感の嗅ぎ取ったのですね。
ララ母様やジャネットに道を指し示しましたし、先生は本当に素晴らしいです。
……少し先回りしすぎではないか、との疑問には蓋をしましょう。
その日の夜、私はお父様に縁談は断ることを伝えました。
自分の思ったとおりにしない私に苛立ったお父様は若干怒気に言葉を荒げていかにこの縁談が素晴らしいかを滔々と語りましたが、中身がない言葉の羅列だったので記憶に留める価値もありません。
「いかに先方の家との繋がりが重要で、伯爵様と親密な間柄とはいえ、婿入りする本人の素質が無ければ話になりませんわ」
「そうよお父さま。あの人、絶対にいつかお姉様を悲しませるわ」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
まさかララ母様とジャネットからも反対されるとは全く思っていなかったらしく、歯ぎしりしながらもお父様はご自分が画策した縁談を断るしかなくなりました。低い小声で撤回を告げたお父様に対し、私達三人の女は目配せで喜び合いました。
オルガ先生の授業を受け始めて程なく、お父様は私に縁談を用意してきました。
何も知らなかったら素直に受け入れたでしょう。しかし良からぬ可能性を教えられてから疑うことを知りました。お父様がそのクロヴィスという方を薦めるのには何か裏があるのではないか、と思っていた方がいいですね。
なお、この縁談は事前にララ母様から聞いています。お父様はララ母様と私の関係が良好だなんてつゆにも思っていないようで、初めて聞かせたとか思っているのでしょう。確かに心構えしていなかったら驚いていたかもしれませんね。
「まずはお会いしてみます。どんな人柄かをこの目で見たいのです」
「……そうか」
お父様はあからさまに不機嫌さをあらわに憮然としました。頭ごなしに決定事項だと押し付けてこないのは、ララ母様が賛成も反対もしなかったからです。ララ母様曰く「家同士のためとはいえ馬鹿は侯爵家に要らない」と。
ララ母様から私の縁談の話を聞いた場にはオルガ先生もいましたけど、先生は一瞬だけでしたが嫌悪……いえ、憎悪が顔に滲み出ていました。すぐさま取り繕うように水に口を付けたので、気づいたのは正面にいた私だけだったでしょう。
「初めましてご令嬢。僕がクロヴィスです」
お見合いの場となった侯爵家のお屋敷にやってきたクロヴィス様は爽やかな方でした。礼儀正しくて私が退屈しないよう様々な話題を提供してくださり、贈り物も私の好みに合わせた花束をくださりました。
婿入りして侯爵家の一員となった暁には、とクロヴィス様は未来についても語ってくれました。こちらの事情もよく調べていたらしく、私の言葉にも耳を傾けてくださり、とても聡明な印象を覚えました。
「クロヴィス様ですね! わたし、カミーユお姉さまの妹のジャネットっていいます!」
これならこの縁談はお受けしてもいい、と決めたその時でした。ジャネットが許可も得ずに部屋へと入ってきたかと思ったらいきなり自己紹介をし、クロヴィス様の隣に座ったのです。
しばし唖然としてしまいましたが、この無遠慮さは許容出来ません。すぐさま咎めようとしたのですが、その前にクロヴィス様が微笑まれてジャネットに会釈します。そう、クロヴィス様はジャネットの接近を是としたのです。
「これはこれは。僕はクロヴィス。君のお姉さんの婚約者になる者だ」
「クロヴィス様みたいな素敵な人がお兄さまになるんだと思ったらとっても嬉しいです!」
「そう言ってくれると僕も嬉しいな。そうなれるよう僕も努力するよ」
「お待ちしてますね、クロヴィスお兄さま!」
結局クロヴィス様との顔合わせは半分以上がジャネット付きになり、ジャネットとの語り合いの方が盛り上がっていたとの印象を覚えました。これではどちらとのお見合いだったか分かったものではありません。
失望と呆れを味わいながら笑みを顔に張り付かせてクロヴィス様を見送ります。彼の姿が見えなくなったところで思わずため息が漏れてしまい、静かな怒りをジャネットへと向けようとしましたが……馬車を睨みつける妹に私は驚いてしまいました。
「ジャネット?」
「わたし、アイツ嫌い」
吐き出された言葉には明確な嫌悪……憎悪が入り混じっていました。
それはまるでオルガ先生が一瞬だけ見せた激情のようで……。
「さっきの見た? ちょっと甘えただけですぐにわたしばっか気にかけちゃってさ。ああいう男は誰にでも優しくするから、ちょっと気持ちを傾かせたらすぐになびいてくれんじゃない?」
私はしばらく目を見開いて瞬きしながらジャネットを見つめるしかありませんでした。
「もしかして、クロヴィス様を試したの?」
「あの調子じゃあわたしがちょーっと攻略に本気になったらコロッとものにできちゃいそうなんだけど」
「……。ええ、そうですね。今日だけでもあの方のことが充分に分かりました」
確かにクロヴィス様は優しかったです。きっと婚約すれば私を大切に扱ってくれるでしょう。しかし、ジャネットが言うように他の女性が気になってしまったらきっと私は蔑ろにされるでしょう。そしてその他の女性がジャネットだったら、私はすべてを失ってしまうかもしれません。
ジャネットはそんな破滅の未来を最初のうちから示してくれたのです。これは私への嫌がらせでも女性としての優越感でもなく、本気で私を気にしてくれているのだと分かります。クロヴィス様への失望より私はジャネットの心が嬉しくてたまりませんでした。
「ありがとうございます、ジャネット。おかげで助かりました」
「どういたしまして。あ、でも礼なら先生にも言っておいてよね」
「どうして? もしかしてオルガ先生がジャネットに助言したのかしら?」
「ううん。直接は聞いてない。ただ……クロヴィス様との縁談の話をした時の様子がおかしかったから」
成程。私と同じようにジャネットもまた先生から違和感の嗅ぎ取ったのですね。
ララ母様やジャネットに道を指し示しましたし、先生は本当に素晴らしいです。
……少し先回りしすぎではないか、との疑問には蓋をしましょう。
その日の夜、私はお父様に縁談は断ることを伝えました。
自分の思ったとおりにしない私に苛立ったお父様は若干怒気に言葉を荒げていかにこの縁談が素晴らしいかを滔々と語りましたが、中身がない言葉の羅列だったので記憶に留める価値もありません。
「いかに先方の家との繋がりが重要で、伯爵様と親密な間柄とはいえ、婿入りする本人の素質が無ければ話になりませんわ」
「そうよお父さま。あの人、絶対にいつかお姉様を悲しませるわ」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
まさかララ母様とジャネットからも反対されるとは全く思っていなかったらしく、歯ぎしりしながらもお父様はご自分が画策した縁談を断るしかなくなりました。低い小声で撤回を告げたお父様に対し、私達三人の女は目配せで喜び合いました。
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