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食いついた、と義妹は笑っていた
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「それにしてもミッシェルったら王太子殿下がいらっしゃってるのに何をやっているのかしら? 王太子殿下より優先することなんて何一つ無いでしょうに」
「それは後でミッシェルに聞くとして、じゃあ王太子殿下は今何をしているの?」
「応接室にお通しして旦那様が応対しているわ。その後はミッシェルが来るのをお菓子をつまみながら待つんじゃないの?」
「……閣下が?」
猛烈に嫌な予感がしてきた。わたしは一旦練習を中断して応接室へと向かう。舞踊の練習着のまま汗も拭わず廊下を早足でかける姿に行き交う使用人達が驚きをあらわにするけれど構わない。
応接室の前までやってきて、扉越しに耳を傾ける。後から追いかけてきた母がハンカチで額から流れる汗を拭きながら乱れた呼吸を整える。そしてわたしに一体どうしたと聞こうとして、直後に深刻な面持ちになり手で口元を覆った。
「え、まさか。嘘でしょう?」
「しっ。静かに」
部屋の中からは……やっぱり声が聞こえてくる。二人分、けれどどちらか一方は明らかに男性や男子のものではない。そしてソレをわたしは聞き慣れている。時折大きな感嘆の声があがってくることから、会話は弾んでいるようだ。
わたしは扉を叩いてから相手からの許可が返ってくるのを待ち、やがて入室する。そして目の当たりにした光景に絶句。頭を抱えたくなった。
中では王太子とポーラが仲良く同じソファーに隣同士で座っていた。肩と肩が触れ合う近さではなかっただけマシ……いや、それでも婚約関係にない男女の距離感ではない。下町では許される親しさも、この貴族社会では常識外れも良いところだろう。
「あ、お姉ちゃん。そんな慌ててどうしたの?」
ポーラはわずかに首を傾けて、この状況がいかにマズイか分かっていない様子で訪ねて……いや。ポーラがそんな何の考えもせずに大胆な真似をする筈がない。現状で許される限界まで歩み寄った、だから何も悪くない、との確信があるのだろう。王太子が咎めないのがその証拠だ。
「ポーラこそどうしてここに?」
「え? だってお義姉様がいつまで経ってもいらっしゃらないんだもの。王太子殿下をずっとお待たせするわけにはいかないでしょう? だからあたしが代わりにお話相手になっているのよ」
「それはミッシェルから頼まれたの? それとも閣下からの指示?」
「ううん。勿論自分で判断してよ。いつまでも王太子殿下を放っておくお義姉様が悪いのよ」
わたしは思わず部屋の壁際に控えている公爵家の使用人達を睨んでしまった。申し訳無さそうに視線をそらすかうつむく辺り、彼女達も王太子が拒絶しないものだから何も言えなかったようだ。それは反対側の壁際で待機する王太子の護衛も同じで、これではただのカカシの方がまだ役に立つ。
「百歩譲っても向かい側の席に座ればいいでしょう。それじゃあ馴れ馴れしいよ」
「王太子殿下に聞いて許されたからこうしてるんだけど」
わたしは王太子を睨む……のを何とかこらえて彼に視線を移す。王太子は爽やかな笑顔を崩さないまま静かに頷いた。それは開き直りなどではなく一片たりとも過ちを犯していないとの自信にあふれていた。
「彼女を悪く言わないで欲しい。許可を出したのは私だ。君の懸案はもっともだが彼女はきちんと己をわきまえている。未来に妹となる令嬢との交流の範囲に収まっていたことはこの場の全員が証人だ。心配は要らないよ」
「それでも婚約者である上の妹への不義理ではないでしょうか?」
「無論ミッシェルを蔑ろにする気はない。ミッシェルを不快にさせるようなら改めよう。むしろ気分を害してくれるのなら嬉しいな」
「……そうですか」
成程、あくまで団らんの範疇だと二人は言い切るつもりか。絶妙に近寄ったポーラの手並みを褒めるべきか、八方美人な王太子の能天気さを罵るべきか。どのみち当事者が問題視しない以上、わたし達がいくら苦言を呈しても耳の右から左に抜けていくだけだろう。
力なく部屋から出たわたしと母は廊下でばったりとミッシェルと遭遇した。彼女は全く慌てた様子もなくやってくるものだから、わたしは今のやりとりを細かく説明する。するとミッシェルは不快で顔を歪めるどころかほくそ笑んだではないか。
「王太子殿下がそう仰るのでしたらそうなのでしょう。大事にするまでもないわ」
「ミッシェルは怒らないのか? 他の女が婚約者に近寄ってるのに」
「何に対して? 私達の縁談は向こうから望まれたもの。契約の遵守を強要するほどの情はまだ無いわ。契約の破綻に繋がりそうなら注意しましょう」
「それだと遅い。呑気に構えていたらポーラが王太子殿下に取り入っちゃう。ミッシェルはポーラの手練手管を知らないから悠長なこと言ってられるんだ」
「あぁ、これまでもそうやって男を乗り換えて成り上がってきたから、だったかしら? 可哀想にね。王太子殿下もそのうち捨てられるのかしら?」
「ミッシェル!」
わたしの憤りをよそに彼女は横を通り過ぎ、王太子の待つ部屋へと入ろうとし、
「釣り人ってこんな感覚なのかしらね」
などと言い残して姿を消した。
わたしは呆然と、母は愕然としながら部屋の扉を眺める他なかった。
「それは後でミッシェルに聞くとして、じゃあ王太子殿下は今何をしているの?」
「応接室にお通しして旦那様が応対しているわ。その後はミッシェルが来るのをお菓子をつまみながら待つんじゃないの?」
「……閣下が?」
猛烈に嫌な予感がしてきた。わたしは一旦練習を中断して応接室へと向かう。舞踊の練習着のまま汗も拭わず廊下を早足でかける姿に行き交う使用人達が驚きをあらわにするけれど構わない。
応接室の前までやってきて、扉越しに耳を傾ける。後から追いかけてきた母がハンカチで額から流れる汗を拭きながら乱れた呼吸を整える。そしてわたしに一体どうしたと聞こうとして、直後に深刻な面持ちになり手で口元を覆った。
「え、まさか。嘘でしょう?」
「しっ。静かに」
部屋の中からは……やっぱり声が聞こえてくる。二人分、けれどどちらか一方は明らかに男性や男子のものではない。そしてソレをわたしは聞き慣れている。時折大きな感嘆の声があがってくることから、会話は弾んでいるようだ。
わたしは扉を叩いてから相手からの許可が返ってくるのを待ち、やがて入室する。そして目の当たりにした光景に絶句。頭を抱えたくなった。
中では王太子とポーラが仲良く同じソファーに隣同士で座っていた。肩と肩が触れ合う近さではなかっただけマシ……いや、それでも婚約関係にない男女の距離感ではない。下町では許される親しさも、この貴族社会では常識外れも良いところだろう。
「あ、お姉ちゃん。そんな慌ててどうしたの?」
ポーラはわずかに首を傾けて、この状況がいかにマズイか分かっていない様子で訪ねて……いや。ポーラがそんな何の考えもせずに大胆な真似をする筈がない。現状で許される限界まで歩み寄った、だから何も悪くない、との確信があるのだろう。王太子が咎めないのがその証拠だ。
「ポーラこそどうしてここに?」
「え? だってお義姉様がいつまで経ってもいらっしゃらないんだもの。王太子殿下をずっとお待たせするわけにはいかないでしょう? だからあたしが代わりにお話相手になっているのよ」
「それはミッシェルから頼まれたの? それとも閣下からの指示?」
「ううん。勿論自分で判断してよ。いつまでも王太子殿下を放っておくお義姉様が悪いのよ」
わたしは思わず部屋の壁際に控えている公爵家の使用人達を睨んでしまった。申し訳無さそうに視線をそらすかうつむく辺り、彼女達も王太子が拒絶しないものだから何も言えなかったようだ。それは反対側の壁際で待機する王太子の護衛も同じで、これではただのカカシの方がまだ役に立つ。
「百歩譲っても向かい側の席に座ればいいでしょう。それじゃあ馴れ馴れしいよ」
「王太子殿下に聞いて許されたからこうしてるんだけど」
わたしは王太子を睨む……のを何とかこらえて彼に視線を移す。王太子は爽やかな笑顔を崩さないまま静かに頷いた。それは開き直りなどではなく一片たりとも過ちを犯していないとの自信にあふれていた。
「彼女を悪く言わないで欲しい。許可を出したのは私だ。君の懸案はもっともだが彼女はきちんと己をわきまえている。未来に妹となる令嬢との交流の範囲に収まっていたことはこの場の全員が証人だ。心配は要らないよ」
「それでも婚約者である上の妹への不義理ではないでしょうか?」
「無論ミッシェルを蔑ろにする気はない。ミッシェルを不快にさせるようなら改めよう。むしろ気分を害してくれるのなら嬉しいな」
「……そうですか」
成程、あくまで団らんの範疇だと二人は言い切るつもりか。絶妙に近寄ったポーラの手並みを褒めるべきか、八方美人な王太子の能天気さを罵るべきか。どのみち当事者が問題視しない以上、わたし達がいくら苦言を呈しても耳の右から左に抜けていくだけだろう。
力なく部屋から出たわたしと母は廊下でばったりとミッシェルと遭遇した。彼女は全く慌てた様子もなくやってくるものだから、わたしは今のやりとりを細かく説明する。するとミッシェルは不快で顔を歪めるどころかほくそ笑んだではないか。
「王太子殿下がそう仰るのでしたらそうなのでしょう。大事にするまでもないわ」
「ミッシェルは怒らないのか? 他の女が婚約者に近寄ってるのに」
「何に対して? 私達の縁談は向こうから望まれたもの。契約の遵守を強要するほどの情はまだ無いわ。契約の破綻に繋がりそうなら注意しましょう」
「それだと遅い。呑気に構えていたらポーラが王太子殿下に取り入っちゃう。ミッシェルはポーラの手練手管を知らないから悠長なこと言ってられるんだ」
「あぁ、これまでもそうやって男を乗り換えて成り上がってきたから、だったかしら? 可哀想にね。王太子殿下もそのうち捨てられるのかしら?」
「ミッシェル!」
わたしの憤りをよそに彼女は横を通り過ぎ、王太子の待つ部屋へと入ろうとし、
「釣り人ってこんな感覚なのかしらね」
などと言い残して姿を消した。
わたしは呆然と、母は愕然としながら部屋の扉を眺める他なかった。
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