元悪役令嬢なヒロインはモブキャラになり損ねる

福留しゅん

文字の大きさ
12 / 70

邪視殺しを買う元悪役令嬢

しおりを挟む
 店員は慌てながら店の奥へと駆け出していく。店員が「師匠!」と呼ぶ声を境に扉が閉まり、静けさが戻った。

 しばらくすると無精ひげを生やして頭に布を撒いた中年の男性がのっそりと奥から現れた。職人らしき彼は私と店員に渡した紙とを何度も見比べる。その眼差しはとても真剣なもので、私の奥まで確認するかのように観察していた。

「夫人が嬢ちゃんにコレをあてがってこいって言ったのか?」
「ご主人様をご存じなんですか?」
「知らねえ職人なんざモグリだろ。嬢ちゃんも知ってるだろ? 夫人は昔王宮勤めだったって」
「あ、はい」
「あの人は贅沢を凝らす他の貴族連中と違って機能美に拘ってて……って今はそんな話は関係ねえか。少し検査するけど時間はあるか?」
「大丈夫です」

 それから私は目に光を当てられたり小さな絵が何なのかを聞かれたりした。最後の方は硝子だったり水晶だったり色々な物を見比べたり。一通りの検査が終わると職人は工房の奥へと姿を消した。

 店員だと思っていた男性は職人の弟子らしく、あんなにも真剣だった師匠は初めてだと語った。彼が言うには王国有数の貴族が相手だろうと興味をそそらない仕事への態度はそれなりらしい。そんな職人を本気にさせる程の案件だとはとても思えないのだけれど。

「ほれ、出来たぞ」

 しばらくすると職人が眼鏡を手に戻ってきた。彼は眼鏡を弟子に押し付けて掛け眼鏡にする調整はお前がやれと述べ、再び工房へと戻っていく。弟子は私の顔を確かめながら耳にかける紐を調整する。

 出来上がった眼鏡をかけた途端、世界がはっきりとした。試しに店内に立てかけられている表を見るときちんと文字が読み取れる。こんなにも鮮明だったなんて、と思わず感動で打ち震えた。

「それで、お代金なんですが……」
「これで足りますか?」
「……! はい、充分です」

 恐る恐る支払いを切り出した店員に私は先生に渡された布袋を差し出す。中身を確認した弟子は金貨の枚数を数え、数枚ほどのおつりを私に返した。あんなにたくさんあったのにこれだけになるなんて。眼鏡って贅沢品だったのか。

「ソレ、特殊なレンズを使っているのでとても高価なんです。くれぐれもなくしたりしないでくださいね」
「分かりました。注意します」
「それから、寝る時とお風呂に入る時以外は普段から付けていただく方がいいかと」
「でも文字を読む以外だとあまり困ってません」
「それがお客様のためです」

 弟子はあまりに真剣に語るものだから、きっとそれが眼鏡の正しい使い方なのだろう。かけていないと視力とやらがこれ以上悪くなるのだろうか? 眼鏡をすぐ買い換えなきゃいけなくなる、なんて事態は絶対に避けたいし。

「ありがとうございました。またお越しください」

 行きと帰りで全く違った世界を堪能しながら私は先生の屋敷に戻る。先生に買っていただいた眼鏡を撫でながら顔がにやけてしまった私を行き交った人達は変質者を見る目で眺めていたに違いない。

 先生におつりを返した私は感謝の言葉を述べてから報告に移った。眼鏡をかけた私の瞳を見つめた先生はどういうわけか安堵の吐息を漏らす。こんな高価なものでなければ矯正出来ない私の目に何か異常があったのか、と聞くと……、

「カレンの眼には邪視が宿っているかもしれなかったから」

 と、衝撃の事実を口にした。

「邪視、ですか?」
「意識的に使っていないから効果は薄いようだけれど、相手に好印象を抱かせるようね」

 眩暈がした。身体がよろけた。
 何とか椅子に掴まって倒れるのだけは防ぐ。

 私が、人を誑かしている?

 いや、考えればその可能性もあるんだった。レオノールだった頃にイサベルだった娘は本当にイサベルだったのかカレンだったのか不明だ。だからイサベルである私が人を惹きつける何らかの手段を持っていてもおかしくはない。

「その眼鏡は邪視を遮断する効果があるわ。邪視殺し、とでも言っておきましょう。あそこの職人がソレをカレンに作ったのなら、カレンは邪視持ちなんでしょうね」
「あ……え、わ、たしが……」

 理解が追い付かない。理解したくない。

 これまでお母さんを介護する私達に近所が優しかったのも、ジョアン様もご存じだった先生の屋敷で働けているのも、運命の巡り合わせとか私が上手く機会を掴んだとかじゃなくて、もしかしたらこの眼のおかげだったんじゃあ……。

 歯を震わせて泣きそうになった私の頭を先生は優しくなでてくれた。そして先生はかけていた自分の眼鏡を指で軽く叩く。

「コレ。老眼用の眼鏡なんだけれど、同じく邪視殺しよ」
「……え?」
「王家の方々に近かった頃の護身用よ。種類の違う邪視の効果を完全には防げないそうなんだけれど、少なくともカレンの邪視の影響は受けていないわ。安心なさい」
「先生……!」

 私は思わず先生に抱きついた。安堵からなのか喜びからなのか冷静には分析出来ない。ただただ私は泣いてしまった。先生はそんな私を抱き締めてくれた。先生はとても温かかった。

 ……先生が息を引き取ったのはそれから数日後のことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢な眠り姫は王子のキスで目を覚ます

永江寧々
恋愛
五歳の頃、父親に言われた『お前は今日から悪役令嬢になりなさい」という命令で決まったティファニーの人生。 幼馴染である公爵令嬢のマリエットが『ヒロインになりたい」と言い出した事で『ヒロインには悪役令嬢が必要なの』という余計な言葉を付け足したせいでティファニーがその犠牲となった。 あれから十年間、ティファニーはずっとマリエットのために悪役令嬢を貫き通してきた。 すぐに眠ってしまう奇病を持つティファニーが学校でお咎めなしでいられるのは莫大な寄付をするマリエットの父親の後ろ盾あってのこと。拒否権などなかった。 高校に入ってマリエットが遊び人と名高いグレンフェル家の次男、コンラッド王子と婚約するという噂が流れた事でティファニーは解放も近いと歓喜していたのだが、休憩がてら眠っていたティファニーにキスをした男がいた。 コンラッド・グレンフェル王子だ ファーストキスだったのにとショックを受けるティファニーに『責任でも取ろうか?」と無責任な言葉を吐き、キスをした理由について『寝顔が好みだった」と言う王子に怒り狂うティファニーは二度と関わりたくないと願うが王子から迫ってきて…… 自分の人生を取り戻すためにマリエット専属の悪役令嬢を貫きたいティファニーだが、何故か王子にキスをされると必ず目を覚ましてしまう謎に頭を抱えるもあまりにも理不尽なマリエットに我慢ならず、反応を窺いながらの悪役令嬢ではなく相手の事などおかまいなしの本物の悪役令嬢になることを決めた。 「お望み通りやってやりますわ。本物の悪役令嬢をね」 ※小説家になろう様にも投稿しています。 11月4日、完結致しました。 足を運んでくださいました皆様、温かいコメントをくださいました皆様、本当にありがとうございました。 心より感謝申し上げます。 もし次の作品を見かけました時は、気まぐれに足をお運びいただけたら光栄です。 本当にありがとうございました。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

悪役令嬢の断罪――え、いま婚約破棄と?聞こえませんでしたわ!

ちゃっぴー
恋愛
公爵令嬢アクア・ラズライトは、卒業パーティーの最中に婚約者であるジュリアス殿下から「悪役令嬢」として断罪を突きつけられる。普通なら泣き崩れるか激昂する場面――しかし、超合理的で節約家なアクアは違った。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

転生賢妻は最高のスパダリ辺境伯の愛を独占し、やがて王国を救う〜現代知識で悪女と王都の陰謀を打ち砕く溺愛新婚記〜

紅葉山参
恋愛
ブラック企業から辺境伯夫人アナスタシアとして転生した私は、愛する完璧な夫マクナル様と溺愛の新婚生活を送っていた。私は前世の「合理的常識」と「科学知識」を駆使し、元公爵令嬢ローナのあらゆる悪意を打ち破り、彼女を辺境の落ちぶれた貴族の元へ追放した。 第一の試練を乗り越えた辺境伯領は、私の導入した投資戦略とシンプルな経営手法により、瞬く間に王国一の経済力を確立する。この成功は、王都の中央貴族、特に王弟公爵とその腹心である奸猾な財務大臣の強烈な嫉妬と警戒を引き寄せる。彼らは、辺境伯領の富を「危険な独立勢力」と見なし、マクナル様を王都へ召喚し、アナスタシアを孤立させる第二の試練を仕掛けてきた。 夫が不在となる中、アナスタシアは辺境領の全ての重責を一人で背負うことになる。王都からの横暴な監査団の干渉、領地の資源を狙う裏切り者、そして辺境ならではの飢饉と疫病の発生。アナスタシアは「現代のインフラ技術」と「危機管理広報」を駆使し、夫の留守を完璧に守り抜くだけでなく、王都の監査団を論破し、辺境領の半独立的な経済圏を確立する。 第三の試練として、隣国との緊張が高まり、王国全体が未曽有の財政危機に瀕する。マクナル様は王国の窮地を救うため王都へ戻るが、保守派の貴族に阻まれ無力化される。この時、アナスタシアは辺境伯夫人として王都へ乗り込むことを決意する。彼女は前世の「国家予算の再建理論」や「国際金融の知識」を武器に、王国の経済再建計画を提案する。 最終的に、アナスタシアとマクナル様は、王国の腐敗した権力構造と対峙し、愛と知恵、そして辺境の強大な経済力を背景に、全ての敵対勢力を打ち砕く。王国の危機を救った二人は、辺境伯としての地位を王国の基盤として確立し、二人の愛の結晶と共に、永遠に続く溺愛と繁栄の歴史を築き上げる。 予定です……

異世界から来た華と守護する者

恋愛
空襲から逃げ惑い、気がつくと屍の山がみえる荒れた荒野だった。 魔力の暴走を利用して戦地にいた美丈夫との出会いで人生変わりました。 ps:異世界の穴シリーズです。

処理中です...