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馬を駆る元悪役令嬢
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「それより、今はイサベルの話なんてどうでもいいじゃないですか」
「それもそうだな」
さて、今私達は馬を駆って草原を走っている。決して休日の逢瀬ではなく、クラブ活動で取り組んでいる馬術競技会の活動の一環だ。普段は学園敷地内を走らせるだけだが、たまに町から出て広々とした平野を駆け回るようにしているのだ。
初めは馬に乗るのが精一杯だった私も今ではそれなりに走らせられるようになった。それまではレオノールだった頃を通してもただ乗っているだけだったけれど、自由に駆け回れることがこんなにも素晴らしいなんて、想像以上だった。
「馬ってこんなに早く走れるんですね!」
「本気を出せばもっと早く走れるぞ。ただ人が全力疾走するのと同じであまりもたないんだがな」
「んもう、ジョアン様ったら。こういう時は嘘でも女性の意見に頷くものですよ」
「そんなの知るもんか。俺は俺の言いたいように言う」
受ける風が気持ちいい。左右の景色が流れるように通り過ぎていく。それに目線が高くてとても遠くまで見通せる。林に入れば木々の間を縫うように素早く動くし、倒木を飛び越える時なんて天高く跳ね上げられそうだった。
「しかし、馬術競技会とやらは男女の比率が偏っているな」
「それはまあ女性には好まれないでしょうね。移動に使うにしろ馬車ですし、直接乗るにしても横乗りぐらいでしょう」
避けられる一番の原因はやはり跨ぐ必要がある点か。女性が乗馬用のズボンを穿くなんてあり得ない。家の領地で乗り回していても王都では品良く自粛するのが常だ。淑女なら自分の手を煩わせずに人を使うべし、との考えが蔓延っているのもあるだろう。
なもので馬術競技会に参加する女子生徒は数える程度だ。内訳は陰口上等とばかりに度胸ある地方出身の貴族令嬢や私と同じ平民階級の子が半々。私を含めて物好き、変り者だとの評判だが、社交界と無縁な私の知ったことではない。
「それにしてもジョアン様が飛び入り参加するなんて驚きです。どうしてですか?」
「建前と本音のどっちが聞きたい?」
「じゃあ建前から」
「生徒会長として各クラブ活動がどのような活動をしているかを把握しておきたくてな。こうして不定期に抜き打ちで監査してるわけだ」
「ああ、各会に分配する活動費の査定の参考にするんですか」
「よく分かってるじゃないか」
それはまあ、レオノールだった頃はジョアン様の片腕として学園内予算を取りまとめていたから。
「で、本音は?」
「カレンがどんな感じで活動に取り組んでいるのか確認したかった」
「えっ? わたしを気にかけてくださっているんですか?」
ジョアン様は見事な手綱さばきで平野を駆け回る私と並走している。彼が連れてきた馬は王宮で飼っている個人所有のもの。シミ一つない絹のような白さの馬は見惚れるぐらい美しい。肉付きも逞しく格好よく、王者の馬なんだと威厳すら感じられた。
私よりはるかに長く乗馬経験を積んでいるジョアン様ならもっと速く疾走させられただろうに、彼は片時も私の隣から離れようとしなかった。だからこうして乗馬自体を楽しみながらもお喋りに花を咲かせられているのだ。
「なんだ、嬉しくないのか?」
「いえ、とても光栄ですけど、わたしって単なる王宮勤めの使用人ですよ。ジョアン様が気に掛けるような女じゃあ……」
「それを判断するのは俺だ」
戸惑うしかない。レオノールだった頃から通じてもここまでジョアン様が気にかけてくださったことなんてなかったものだから。
「……じゃあ進言しますけど、わたしに構っていないでレオノール様とのお時間をもっと作った方が良いです。これじゃあ私の方がジョアン様との付き合っている時間が多くなっちゃってますって」
「俺は別にそれで構わん」
私の指摘をジョアン様はバッサリと切り捨てる。
一体私の何が彼の気を惹きつけるのだろうか。やはりイサベルに生まれ変わったせいなのか? かつてレオノールはあんなにジョアン様のために自分を磨いて、彼の力になり、寄り添おうとしていたのに。
何もしてない今の私にばかり夢中になるのは……あまりにレオノールが報われない。
「止めてください。はっきり申し上げますと……迷惑です」
「だろうな。自覚はある」
「だったらどうして私を困らせるんですか?」
「そんなの決まっているだろう。カレンが気になっているからだ」
こんなの嘘だ。悪夢に決まっている。
「……もう結構です」
これ以上一緒にいたくなくて私は手綱を振るい、ジョアン様を引き離した。彼なら簡単に追いつけるはずなのだけれどそうはしてこなかった。さすがに私の気持ちを酌んでくれた……と思いたい。
ジョアン様、貴方は残酷な方だ。
私を一度殺しておいてなおも私を振り回す。
「それもそうだな」
さて、今私達は馬を駆って草原を走っている。決して休日の逢瀬ではなく、クラブ活動で取り組んでいる馬術競技会の活動の一環だ。普段は学園敷地内を走らせるだけだが、たまに町から出て広々とした平野を駆け回るようにしているのだ。
初めは馬に乗るのが精一杯だった私も今ではそれなりに走らせられるようになった。それまではレオノールだった頃を通してもただ乗っているだけだったけれど、自由に駆け回れることがこんなにも素晴らしいなんて、想像以上だった。
「馬ってこんなに早く走れるんですね!」
「本気を出せばもっと早く走れるぞ。ただ人が全力疾走するのと同じであまりもたないんだがな」
「んもう、ジョアン様ったら。こういう時は嘘でも女性の意見に頷くものですよ」
「そんなの知るもんか。俺は俺の言いたいように言う」
受ける風が気持ちいい。左右の景色が流れるように通り過ぎていく。それに目線が高くてとても遠くまで見通せる。林に入れば木々の間を縫うように素早く動くし、倒木を飛び越える時なんて天高く跳ね上げられそうだった。
「しかし、馬術競技会とやらは男女の比率が偏っているな」
「それはまあ女性には好まれないでしょうね。移動に使うにしろ馬車ですし、直接乗るにしても横乗りぐらいでしょう」
避けられる一番の原因はやはり跨ぐ必要がある点か。女性が乗馬用のズボンを穿くなんてあり得ない。家の領地で乗り回していても王都では品良く自粛するのが常だ。淑女なら自分の手を煩わせずに人を使うべし、との考えが蔓延っているのもあるだろう。
なもので馬術競技会に参加する女子生徒は数える程度だ。内訳は陰口上等とばかりに度胸ある地方出身の貴族令嬢や私と同じ平民階級の子が半々。私を含めて物好き、変り者だとの評判だが、社交界と無縁な私の知ったことではない。
「それにしてもジョアン様が飛び入り参加するなんて驚きです。どうしてですか?」
「建前と本音のどっちが聞きたい?」
「じゃあ建前から」
「生徒会長として各クラブ活動がどのような活動をしているかを把握しておきたくてな。こうして不定期に抜き打ちで監査してるわけだ」
「ああ、各会に分配する活動費の査定の参考にするんですか」
「よく分かってるじゃないか」
それはまあ、レオノールだった頃はジョアン様の片腕として学園内予算を取りまとめていたから。
「で、本音は?」
「カレンがどんな感じで活動に取り組んでいるのか確認したかった」
「えっ? わたしを気にかけてくださっているんですか?」
ジョアン様は見事な手綱さばきで平野を駆け回る私と並走している。彼が連れてきた馬は王宮で飼っている個人所有のもの。シミ一つない絹のような白さの馬は見惚れるぐらい美しい。肉付きも逞しく格好よく、王者の馬なんだと威厳すら感じられた。
私よりはるかに長く乗馬経験を積んでいるジョアン様ならもっと速く疾走させられただろうに、彼は片時も私の隣から離れようとしなかった。だからこうして乗馬自体を楽しみながらもお喋りに花を咲かせられているのだ。
「なんだ、嬉しくないのか?」
「いえ、とても光栄ですけど、わたしって単なる王宮勤めの使用人ですよ。ジョアン様が気に掛けるような女じゃあ……」
「それを判断するのは俺だ」
戸惑うしかない。レオノールだった頃から通じてもここまでジョアン様が気にかけてくださったことなんてなかったものだから。
「……じゃあ進言しますけど、わたしに構っていないでレオノール様とのお時間をもっと作った方が良いです。これじゃあ私の方がジョアン様との付き合っている時間が多くなっちゃってますって」
「俺は別にそれで構わん」
私の指摘をジョアン様はバッサリと切り捨てる。
一体私の何が彼の気を惹きつけるのだろうか。やはりイサベルに生まれ変わったせいなのか? かつてレオノールはあんなにジョアン様のために自分を磨いて、彼の力になり、寄り添おうとしていたのに。
何もしてない今の私にばかり夢中になるのは……あまりにレオノールが報われない。
「止めてください。はっきり申し上げますと……迷惑です」
「だろうな。自覚はある」
「だったらどうして私を困らせるんですか?」
「そんなの決まっているだろう。カレンが気になっているからだ」
こんなの嘘だ。悪夢に決まっている。
「……もう結構です」
これ以上一緒にいたくなくて私は手綱を振るい、ジョアン様を引き離した。彼なら簡単に追いつけるはずなのだけれどそうはしてこなかった。さすがに私の気持ちを酌んでくれた……と思いたい。
ジョアン様、貴方は残酷な方だ。
私を一度殺しておいてなおも私を振り回す。
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