魔王と魔女と魔竜は悪役令嬢になりたい

福留しゅん

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授業⑥・魔竜はその正体を明かす

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 ヴァルプルギスの突然の宣言に一同は騒然とした。恋の諍いなどではない、もっと深刻な事態に発展する初動を垣間見たような気分に襲われた。突き付けられた当のレオンハルトは何も語らずただ静かにヴァルプルギスを見つめ続ける。

 貴族に生まれた者は男女共に家の更なる発展のために務める定めを負う。男なら領地運営や有事での武勲で、女なら良家に嫁いで実家との繋がりを結ぶか優れた夫を迎え入れるか。共通するのは子を育んで家を存続させる事こそが何よりもの使命だった。
 だが神聖帝国では貴族における男女の婚姻はよほど家の階級差が無ければ男の尊厳を立てるものと認識されている。夫が不貞を働こうと妻は寛大に許してなお家を守るものとして、妻が不義を働けば夫を裏切ったとして侮蔑させる。
 淑女は貞淑であれ、全てはその考えに尽きた。

「あいにく私はお前のような弱い男に何の興味も無い」

 だから令嬢から子息に婚約破棄を迫るなど前代未聞。男性側に大罪を犯したような不始末でもなければ到底認められない。何故なら婚約は貴族の家と家との繋がりをもたらす契約。個々の些細な問題など黙殺されるべきだから。

「父上やザイフリート伯には私の口から申し入れておく。ザイフリート家の男はヴァルツェル家の娘が嫁ぐに値しないとな」
「お待ちを、ヴァルプルギス」

 言いたい事を言い終わったヴァルプルギスが踵を返そうとして、レオンハルトに呼び止められる。彼は笑顔をしまい込んで真剣な顔つきに変えていた。既にヴァルプルギスはレオンハルトに何の感慨も抱いていないようで、無表情に彼を見つめる。

「レオンハルト、私は何も語るなと言った筈だぞ」
「……っ。確かに私には貴女に反論する資格など無い。現に私は一方的に負けたのだから」
「分かっているなら何故呼び止める? 私はもうお前には何も期待していないのに」
「だがそれで結論付けるにはまだ早い。そうは思いませんか?」

 ヴァルプルギスは軽く呻って、成程と頷いた。

「確かに今後お前が腕を上げて私を凌ぐかもしれない。そこまでは考えが及ばなかったな」
「ヴァルプルギスを失望させてしまったのは大変申し訳なく思います。貴女がここまで強くなっているとは……いえ、これも言い訳ですね。全ては私が弱かったせいなのですから」
「そうだな。その潔さは好ましく思う」

 ヴァルプルギスはレオンハルトに相対しながらも観衆と化した周囲に視線を逸らせた。するとその中の一人、ユリアーナが身体を過剰に反応させた。深刻な面持ちで唇を固く結んだ彼女はヴァルプルギスを睨みつける。
 そんな様子を確認したのか、ヴァルプルギスは再び自分の婚約者だった者を見据えた。

「いいだろう。先ほどの言葉は撤回して保留にする。私を見返す程に精進しろ」
「機会を与えて下さって感謝します」
「だがそうは待てない。お前が学園を卒業するまでの間に私に示してみろ」

 一年、その言葉をアーデルハイドとジークリットは重く受け止めた。何故なら予言の書に綴られる物語の期間は丁度一年。それまでにヒロインはいずれかの攻略対象者と結ばれて大勝利。逆に悪役令嬢は断罪の上でその悪意と正体に見合う凄惨な最後を遂げるのだから。
 二人は確信した。ヒロインのユリアーナを意識しているそぶりといい、攻略対象者に抜擢されて不思議ではない殿方相手の序盤での大立ち回りといい、ただの令嬢がする行為ではない。明らかにこの先を知っての選択を取ったのだ、と。

「分かりました。この折れた剣に誓って必ず」
「そうか。まあ、頑張れ」

 ――ヴァルプルギスは悪役令嬢である。
 それもまた別の予言の書を読んだ……。

 ■■■

「ヴァルプルギス・フォン・ヴァルツェル。呼ばれて参りました」
「堅苦しい社交辞令は無しだ。先ほどレオンハルトに見せたままで良い」

 放課後、アーデルハイドはジークリットと共にヴァルプルギスを応接室に呼び出した。教室や他の空き部屋では誰に聞かれるか分かったものではなく、生徒会に申請を出して学園の応接室の借用した。無論、当日の手続きには生徒会長こと皇太子ルートヴィヒの意向も働いたが。
 応接室の扉がノックされてヴァルプルギスが淑やかに来訪する。ソファーでくつろいでいたアーデルハイドは恭しく頭を垂れた彼女に向かい側に座るように促す。上座も下座も無い位置取りだった。

「そうか。そう言うならそうしよう」

 静かに腰を落ち着けたヴァルプルギスの前にお茶とお茶菓子が用意される。従事するのはジークリット。ヴァルプルギスは「自分でやる」と申し出たものの、「どうぞお構いなく」とジークリットにやんわりと拒否されてしまった。

「しかし学園は贅沢だな。いくら客人を迎え入れる部屋であっても上流貴族の屋敷と何らそん色ないぞ」
「この学園には他国からの留学生もいらっしゃいますからねえ。なめられないよう国の威信をかけているのでしょう」
「むう、そうなのか? 何も芸術性を否定する気は無いが、わたしはどちらかと言うと機能美の方が好ましく感じるのだがな」
「それは人それぞれでございましょう。贅沢を凝らした空間で満足する方もいらっしゃいます」

 アーデルハイドは更に盛られた菓子を摘まんで口に入れる。「美味だ」と笑顔で舌鼓を打つと「自信作です」とジークリットは微笑んだ。二人の様子を眺めるだけだったヴァルプルギスもジークリットに促されてようやく菓子と茶に手を伸ばした。

「それで私を呼び出して何の用だ、と言いたい所だが、目的は把握している」
「ほう?」
「――私が悪役令嬢か。それを問い質す為だろう?」
「うむ、その通りだ」

 和やかな交流もそこそこに、ヴァルプルギスは単刀直入に切り出した。アーデルハイドも別段驚きはせず素直に認めた。ヴァルプルギスはアーデルハイドとジークリット、二人の悪役令嬢を交互に見据え、軽く呻った。

「成程、どうやら未来を記した書物は複数あるようだな。それも個別の展開で」
「話が早いのは助かります。ヴァルプルギスさんのお相手はやはりレオンハルト様ですか?」
「ああ。そう言うお前達の相手は皇太子ルードヴィヒと大魔導師マクシミリアンか? ヒロインが悔しがっていたぞ」
「仰る通りでございます。ああ、ヒロインさんをぎゃふんと言わせるためにわたくし達は奮闘していますので何よりですねえ」
「それでだヴァルプルギスよ。先ほどの顛末は脚本を覆すためのものか?」

 それはヴァルプルギスが己の婚約者をあえて突き放し、彼の心を逆に惹いた出来事。
 あの後レオンハルトは明らかにやる気に満ち溢れており、授業を終えて去っていく彼の背中からは凄まじい気迫が感じられた。これまで戦闘とは無縁だった何人かの令嬢が軽く悲鳴を挙げる程に。
 ヴァルプルギスは特にしてやった満足感を出さず、静かに紅茶に口を付けた。

「ああ。本来ならヴァルプルギス辺境伯令嬢はレオンハルトに負けている。レオンハルトは己の婚約者の成長を微笑ましく思うがそれだけだ。むしろ健気に武器を振るうヒロインを気にする最初のきっかけになる筈だった」
「あー。貴女様が完膚なきまでに叩きのめしたせいでレオンハルト様はヒロインさんを気にかける余裕を失ったわけですか」
「言うのは簡単だが実行に移すとなると大変だ。人間は男女で身体能力に差があるし、そなたとレオンハルトでは体格差も酷かったからな」
「だが実際に勝ったのは私だ。それは覆しようもない事実だな」

 アーデルハイドはやや身を乗り出した。そして腕を突き出して目の前のヴァルプルギスを指差す。

「そなた、ヴァルプルギス嬢ではないな?」
「……ほう?」

 レオンハルトは後の皇帝に仕えるべく常日頃の鍛練を怠らないと噂で聞いている。ならいくら予言の書を読んでからもう特訓しようが二学年も後輩の令嬢が勝てる道理が無い。予言の書に記された物語が予定された因果ならそれを覆す要因があった。そうアーデルハイドは睨んだ。
 仮面を被っていたように表情を変えなかったヴァルプルギスの眉が指摘を受けてわずかに動いた。

「私がヴァルプルギスでなければ何だと言うつもりだ?」
「それを聞いておるのだ。そなたもおそらくは余とジークリット同様に本来なら数か月後に登場する悪役令嬢真打ちだったのだろう?」
「ですからヒロインさんとレオンハルト様との間で固く結ばれた愛の前に散るに相応しい正体があるとわたくし共は考えているんです」
「そこまでお前達に教える義理は無い。お前達がレオンハルトとは何の絡みもないのは分かっている」
「むう、強情だなあ」
「あー、そりゃあ一方的に教えろって迫っても拒絶されるだけでしょう」

 アーデルハイドとジークリットは顔を見合わせた。前者は頬を膨らませて、後者は軽く呆れて頭を手で押さえる。「どうする?」と前者が目くばせを送ると、「必要最低限の情報さえ頂けばいいかと」と後者が潤った唇だけを艶めかしく動かした。

「余は魔王だ。アーデルハイドとは一心同体となっている」
「わたくしは魔女です。ジークリットが前世を思い出しました」
「その程度の情報だったら別に構わない」

 ヴァルプルギスは軽く頷いて、少しの間をおいて口を開いた。

「私は魔竜。ヴァルプルギスを食らい、その全てを受け継いだ」
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