魔王と魔女と魔竜は悪役令嬢になりたい

福留しゅん

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部活⑤・魔王達は生徒会一同と対峙する

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 アーデルハイドは質素な木製の椅子に優雅に腰を掛けると、腰の革袋から筆記具一式を取り出して紙にペンを羽根ペンを走らせた。そして一通り書き終えると紙を窓辺にかざしてインクを乾かした後にゾフィーへと差し出した。

「即席だが紹介状をしたためた。これを帝都のベルンシュタイン邸に持って行くとよい」
「アーデルハイドさん、無駄に大袈裟な感じに書き綴っていましたが、意味はあったのですか?」
「その方が格好いいからだ!」
「あーはいはい左様でございますね」

 ゾフィーは畏れながら紹介状を手にして文章に目を走らせた。そして綺麗に折り畳んだ後、親の形見でも扱うように大事に両手で胸に抱え込んだ。

「この家は引き払って使用人寮に移り住むが良かろう。何、そなたへの賃金だけで十分家族を養っていけるであろう」
「何から何までありがとうございます、我が主」

 ゾフィーは涙を一滴流しながら恭しく頭を垂れた。貴族令嬢のする見栄えのある優雅な会釈ではなかったものの、淀みの無い慣れた仕草だった。常日頃頭を下げねばならない環境に置かれていたか、とアーデルハイドは想像を膨らませたものの、無粋だとすぐさま打ち切る。
 それより、と彼女はゾフィーの顔をじっくりと眺める。喉元まで出てきているのに引っかかったままの不快感に眉間にしわを寄せつつ。急に顔を近づけてきたアーデルハイドにゾフィーは驚きを露わにして思わず身を退く。

「ところで……そなたの顔にはどうも見覚えがあるのだが、どこかで会ったか?」
「い、いえ。あたしには心当たりがありません」
「なあジークリットよ。そなたには覚えがないか?」
「うーん、言われてみれば確かにどなたかに似ているような気がしなくも……」

 アーデルハイドもジークリットも学園では必要以上に交流を深めておらず、所謂取り巻きの令嬢も作っていない。ジークリットはマクシミリアン一筋でその他は眼中に無し。アーデルハイドもアンネローゼが友人と他愛ない話で盛り上がる光景を遠巻きに眺める程度。

「まあ良い。そのうち思い出すであろう」

 ゾフィーが誰かを思い起こさせるのは確信があったがその先には結びつかないままだった。もどかしさに多少苛立つものの、アーデルハイドは棚上げする事にした。適当な所での割り切りが重要だろうとの彼女の考えにもとづく。

「ではゾフィーよ、邪魔をした。近いうちにまた会おうぞ」
「畏まりました、我が主」

 三人の悪役令嬢達はゾフィー弟に案内されて去っていった。賑やかで華やかだった空間は再び静けさと貧しさに支配される。ゾフィーは母の命の恩人の姿が見えなくなってもしばらくの間頭を垂れつづけた。

 ■■■

「ジークリットよ。この辺りはそなたの庭ではないのか?」
「わたくしが育った地区はもっと奥、旧市街地の外れですよ。この辺りはとても近所とは呼べません」
「そんなものか。帝都と一口に言えど広大なのだな」

 ゾフィー達の家を後にしたアーデルハイド達はゾフィー弟の案内で貧民街の中を進んでいく。
 狭く入り組んだ裏路地を進むものだから方向感覚は既に失われており、まだ空に輝く太陽だけが頼りだった。最初の方は目新しさに心弾ませていたアーデルハイドだったが、次第に飽きてきたのか表情を曇らせていく。

「それよりわたくしは貴方様に一つお伺いしたい事がございます」
「えっ? 俺に?」

 急に話を振られたゾフィー弟は自分を指差しながら振り返った。ジークリットは微笑を浮かべながら頷く。そんな仕草一つにも艶やかさを感じたゾフィー弟は彼女を直視できずに照れながら視線を逸らす。
 そんな初心な彼を惑わすかのようにジークリットは少し身を寄せた。ただ当のジークリットがゾフィー弟を見つめる眼差しは真剣だった。

「瘴気、という単語に心当たりは?」
「い、いや……初めて聞いた。ソレ一体何なんだよ?」
「ではお姉さんが不穏な空気を発するようになったのはいつ頃です?」
「不穏な空気とか言われたって分からねえし」
「あーそうですねえ。何か変わった様子はありませんでした?」
「変わったって……そう言えば姉ちゃん、兄ちゃんの話を嫌うんだよな」

 兄、と言われてアーデルハイドはヴァルプルギスと顔を見合わせた。ゾフィーの家は軽く案内された程度だったが、そう広くなかった家屋の間取りは把握出来ている。台所の皿や私物等、ゾフィー弟を超える年齢の男子が生活を送っているようにはとても見えなかった。

「お兄さんは今ご不在なんでしょうか?」
「……しばらく前に貴族サマが養子にって連れてった。って言っても俺が全然覚えてないぐらい小さな時だったらしいんだけどさ」
「妙だな。将来有望な平民を養子に迎え入れるのはそう珍しくないが、それなら相応の援助を貰っている筈だ。あれほど生活に困窮しているのは何故だ?」
「知らねえよ。本当に兄ちゃんがいるかも信じられねえし、大方俺達の事なんて忘れてるんじゃねえのか?」

 十分あり得る話だったが、三人共それを正直に口にするほど無情ではなかった。アーデルハイドはゾフィーを雇い入れた後に家の者に調べさせるかと漠然と考える。如何なる理由でゾフィー達家族を見捨てているのか、自分がそれを確かめたくなったから。

 そんな欲動は、思わぬ形で叶えられる事となる。

「アーデルハイドさん。そろそろ生徒会ご一行様とご対面出来ますよ」

 もう何度目かになるかも覚えが無い程裏路地を曲がりくねった後、ジークリットは懐から取り出した手鏡に目を移す。そしてなおもゾフィー弟の案内で突き進もうとしていたアーデルハイドの袖を摘まんで軽く引っ張った。

「む、そうか。ではヒロインめが貧民街への施し安を口にしたら乱入するとしよう」
「それでも構いませんが、わたくしはヒロインさんが何か言い出す前に先手を打ってこちらの考えを披露した方がよろしいかと愚考いたしますが」
「成程、一理あるな。ヴァルプルギスはどう考える?」
「絶好の機会を伺いたい気持ちは分かるが、要はヒロインの企みを挫ければいいのだろう? ならそれ程状況に拘る必要は無いと思うが」

 ジークリットはアーデルハイドに軽く微笑みかける。ヴァルプルギスは彼女に静かに頷く。アーデルハイドは胸を叩いてから背筋を正し、堂々とした佇まいで歩み始めた。その様子はさながら王者の行進のような威厳を醸し出していた。

 三人は裏路地から表通りへと姿を現す。それは表通りを視察していた一行に立ちはだかる形となった。彼女達を見て歩みを止めた十人もの集団は見知った格好をしている。すなわち、学園生徒会の制服を着込み、各々が役職名が記された腕章を身に付けて。

「これはこれは、こんな辺鄙な所で会うとは奇遇だな皆の衆」

 そんな一同に向けてアーデルハイドは白々しく言ってのけた。

「よおアデル。今日はいい天気だし絶好の散歩日和だな」
「昔住んでたからってこの辺りをうろつくのはあまり褒められないなジーク」
「ヴァルプルギス、貴女とここでお会い出来るとは思いませんでした」

 三人の悪役令嬢の襲来を歓迎したのはそれぞれの婚約者たるルードヴィヒ、マクシミリアン、レオンハルトの三人だけ。アンネローゼは「今度は何面白い事をしてくれるのかしら?」と静観の構え。ユリアーナは嫌悪感を一瞬だけ露わにしたがすぐさま取り澄ます。

 そして、招かれざる者の登場に不快感を隠そうともしなかった者が二人ほど。男子の方は別に視界の邪魔になっていないにも関わらず大袈裟に前髪をかきあげ、女子の方は小馬鹿にするように鼻で哂いつつ扇で口元を隠す。

「ベルンシュタイン嬢。殿下を振り回すだけならず今度は我々の邪魔立てか?」
「全く、これだから礼儀作法のなってない田舎者は嫌いよ」
「デニス。ご令嬢方に失礼ですよ」
「おいターニャ。俺の婚約者だぞ」

 二人の露骨な態度にレオンハルトとルードヴィヒが苦言を呈するが、二人は改めるどころか悪役令嬢達を庇い立てする三人へ非難の目を向けた。

「レオンハルト、貴様が強く言わないから我々学園生の品格が疑われるんだ」
「殿下もいずれはこの神聖帝国を統治するお方なのですから、婚約者の我儘が身を滅ぼすかもと少しは想像力を働かせてくれませんか?」

 五人の間で視線が交わり火花が散る。生徒会一同とあまり関わりを持っていなかったジークリットは意外な物を見たとばかりに苦笑を浮かべる。
 そんな中、アーデルハイドはデニスとターニャと呼ばれた生徒会役員の顔を拝んでようやく先程から頭の中で漂っていた霞が晴れた。思わず感嘆の声を漏らして一同の視線を集めてしまうぐらいに。何でもないようアーデルハイドはごまかしつつ、ヴァルプルギスへと顔を寄せる。

「ヴァルプルギスよ。ルードヴィヒ達に食って掛かった生徒会役員の男女だが、見覚えはないか?」
「ああ。どうやらアーデルハイドが抱いていたのは単なる既視感ではなかったようだな」

 ターニャとデニスの容姿には似た特徴が随所に見られ、並んでいるとさながら本当の兄妹だとも思えた。だがそれ以上に、ターニャの顔や身体つき、そして髪質など多くの点が類似していたのだ。他ならぬ、先ほど出会った少女のゾフィーに。

「ターニャとゾフィーは姉妹なのか?」
「彼女の家に庶子がいると聞いた覚えは無い」
「それにデニスもゾフィーに似ている気がするのだが?」
「彼の家は代々優秀な子を養子として歴史を紡いでいる。彼自身は平民での筈だ」

 単なる偶然か、それとも神のいたずらか。
 何気なかったゾフィーとの出会いが思わぬ形で結び付こうとしていた。
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