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一学期

フロレアール⑨・馬車

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 どうしてこうなった、とばかりにわたしはジャンヌ個人所有の馬車に乗せられて一路王都での公爵家邸に向かう。居心地の悪さは多分上座から微笑を浮かべるジャンヌのせいじゃなくて、下座でわたしの隣に座る見麗しい女性の凄まじいプレッシャーが要因ね。

 さすがに公爵家お抱えでレディの身の回りの世話をする侍女だけあって上質な布地でしっかりした作りのメイド服を着こなしている。髪を後ろで束ねて眼鏡をかけてややきつめの眼差しをさせる彼女は、正に私が悪女付きとしてデザインしようと目論んだ侍女そのままだった。

「クロード。彼女は学園でお友達になったカトリーヌよ。市民枠で入学した特待生なの」
「お嬢様。不躾ながら一つご質問がございます」
「ああ、どうしてカトリーヌが私とそっくりなのかって? 素敵じゃないの、こんな偶然もあるんだって」
「左様でございますか。申し訳ございませんでした」

 偶然! まさかその一言で容姿が瓜二つなのをごまかすとは思っていなかった。しかもジャンヌ付き侍女は納得した様子でジャンヌに頭を下げる。いや、多分主人がそう言ったのだからって割り切ったんだと思う。

「私はジャンヌお嬢様の侍女を務めておりますクロードと申します。馬車の中で失礼いたしますが、よろしくお願い致します」
「あ、えっと、カトリーヌです。よろしくお願いします」

 そんなわたしなんかに頭を下げないでください! って言おうと思ったけれど何とか思い留まった。
 まだジャンヌが話を切り出していない以上、クロードさんにとってはわたしはジャンヌの学友、そこに貧民とかの身分は関係無い。だから不満を出さずに弁えているんだって無理矢理自分を納得させた。

「カトリーヌ。彼女は私の幼少期から傍で仕えてくれている侍女のクロードよ。今日からカトリーヌの上司になるからしっかり学ぶと良いわ」
「……お嬢様。もしやカトリーヌさんをお連れしているのは公爵家で雇う為ですか?」

 クロードさんはやや眉をひそめて不満を言葉に滲ませる。ジャンヌはそんなクロードさんを不快には思っていないようだ。単なる主従関係とは違って信頼関係が築かれている。今の短いやりとりだけでそれがすぐに分かった。現にジャンヌは彼女との会話を素直に楽しんでいるようね。

「そうよ。お父様にお願いしようと思うの。許してくれないんだったら私のお小遣いからお給料を出しちゃっていいって考えているし」
「無論承知とは思いますが、いくらお嬢様が願った所で当のご本人に適性が無ければ公爵家で召し抱える事は出来ません。公爵家の待遇ならば人手が足りなければ多くの優れたメイドがこぞって募集してくるでしょう」
「カトリーヌは物覚えは良い方だからこれからのクロードの仕込み方次第ね。それにお父様も多分反対なさらないと思うのよ」
「ああ、成程。学園特待生を援助すれば名声が高まるからですか」

 王国では強者が弱者を助ける奉仕の習慣がある。例えば孤児院に援助金を送ったり孤児に働き先を紹介したりもその一環。貴族とは単に民百姓から税を巻き上げて豪華絢爛な生活を送るにあらず。民の上に立ち統治する者の義務として弱きものに手を差し伸べよ、と。

 そして、王立学園という最高峰の学び舎に籍を置く平民への援助もわりとその奉仕の対象になりがちだ。何しろ貴族の子供が大半を占める学園で狭き門を潜った平民は皆優秀だしやる気に満ちている。卒業後は国仕えの文官になったり商人になったりと、国を担うようになっていくかな。

 だから将来有望な市民枠生徒への援助は公言すれば名声に変わっていくわけだ。特に特待生になるぐらい優れた生徒は手を貸す価値はある筈ね。ちなみに『双子座』だと攻略対象者の家がメインヒロインを援助するんだったっけ。
 ただ、オルレアン公爵家ぐらいになると既に十分な名声がある。そこまで積極的に奉仕活動に精を出さなくてもいいのだから、ジャンヌのように家の者が気まぐれを起こすか積極的に自分を売り込む以外無いと思う。

「クロード、まだ屋敷まで時間があるし、悪いんだけれどカトリーヌにある程度待遇面の説明をしてもらえない? どうもそこを気にしているみたいで」
「畏まりました。ではカトリーヌさん、いくつか質問があります。まず――」

 まずクロードさんが質問してきたのはわたしに何が出来るのか、だった。少し裕福な初老の女性の家で奉公した事があります、と答えたら中々良い反応が返ってきた。オールメイドが出来たなら教育次第で普通にハウスメイドとして雇えるって考えたみたい。

 次は住み込みで働くのか、だった。公爵家のお屋敷には使用人専用の宿舎があって、日中少しの間だけ働く者やよほど近い家に住む者以外は住み込みで働いているらしい。公爵邸の場所は家からそう遠くないので通いにしますと答えた。

「日の出前通いと夜寝静まった頃での帰宅になりますよ。王都であっても女性が一人で夜移動するなど襲ってくださいと言わんばかりでしょう。悪い事は言いませんから住み込みで――」
「大丈夫です。勝手知った街ですから逃げるぐらいは出来ます」

 だって住み込みにすると家賃払わないといけないし。数十分程度歩くぐらいだったら問題ないでしょう。ちなみにわたしにはそう言い切れるだけの理由があるんだけれど、今ここでクロードさんに明かすわけにはいかない。
 最も、わたしが生意気にも何の危機意識も無い発言をさせたせいか、クロードさんは顔をしかめて指で額近くを押さえた。「こりゃ駄目だ」的な雰囲気でため息まで漏らしてくる。まあ、雇用側としてはこんな小娘を抱えたくないでしょうね。

「お嬢様、残念ですが……」
「カトリーヌが大丈夫だって言っているでしょう。彼女なら暴漢に襲われずに帰れるし、万一襲われたって逃げられるわよ」
「……成程。そう判断される能力がカトリーヌさんにはある、と。了解しました」

 ところがそんな不満をジャンヌは一蹴した。そうよね、ジャンヌはわたしの能力を知っているでしょうね。まだ誰にも話せていないこの『力』、ジャンヌが送った前回までが『双子座』に沿ったルートだったら見る機会は必ずあった筈だから。

 食事については朝夕付きにして、お給料から差っ引く形にしてもらう。そうすればわたし一人の食い扶持が減ってわたしの家は大助かりになる筈だから。その代わりに出勤時刻が早くなって退勤時刻が遅くなっちゃうけれど、それは覚悟の上だ。

「ああ、気構えているようですけれど、折角学園特待生を雇うんですからカトリーヌさんには勉学も頑張っていただきますので。勉学に支障が出る程の重労働を課すつもりはありませんし、退勤も予習復習に当てる余裕が出るぐらいにはするつもりです」
「ありがとうございます。そうしてもらえると助かります」

 最後は賃金についてだった。召使いを奴隷のように働かせる悪徳貴族もいるって聞いた覚えがあるけれど、さすがに公爵家は正当な給料を払ってくれるみたいだ。と言うか明らかに夜の酒場でウェイトレスするより高い。もしかしたらお母さんの賃金以上かも。

「基本的には早朝日の出前には出勤していただき、朝の奉公からしていただきます。通学は……」
「私と一緒でいいわ。行き先は同じだしいつも私とクロードの二人乗りだもの」
「学園が終わった後はその足でこちらに出勤していただきます。夜は……如何します?」
「私と一緒に勉強すればいいでしょうね。その分働いた事にしちゃいましょう。私が湯浴みに行くぐらいに帰ってもらえばいいんじゃない?」

 随分と長いわね。私の世界だったら間違いなく深夜残業手当と早朝手当が発生する。でもわたし側からしたら帰宅したら身体拭いて寝るだけだし特に文句は無かった。
 にしても、朝から晩までジャンヌと一緒かー。まさかこんな展開になるなんて入学式の時には思いもしなかったかな。もしわたしが前世を思い出さずにジャンヌがやり直していなかったらどうなっていたんだろう? やっぱり『双子座』のどれかしらのルートと同じになったのかな?

「これならよほど失態を犯さない限りは旦那様や家政婦長も同意なさると思います」
「そうならないよう私も同席しようと思っているの。クロードもしてもらえない?」
「万一旦那様自らが面接されるのでしたらご期待に沿えないとあらかじめ申しておきます」
「大丈夫よ、きっと私に関する事だから家政婦長に丸投げでしょうよ」
「ですね」

 馬車は大通りを抜けていよいよ貴族方のお屋敷の並ぶ区画に入っていく。王都での貴族のお屋敷は治安面を理由にある程度密集している。その奥側に建てられたひときわ大きいお屋敷がオルレアン公爵家の王都のお屋敷だ。

「ところでカトリーヌさん。公爵家で務めるにあたり、貴女の適性を調べますので」
「? 適正、ですか?」
「はい」

 クロードさんは頷かれた。
 彼女の説明によると本来その適正は貴族が宿すものなのだけれどごくまれに平民にも発生する場合があるらしい。先祖が貴族だったり天性の才能だったりと理由は様々だけれど、それを眠らせたままにするのは国にとっての大きな痛手だって判断されているらしい。

 だから貴族や国に仕える者は例外なくその調査を受ける義務があるんだとか。
 わたしにとっては出来る限り避けたかったある適性を計る調査を。

「聖霊術もしくは魔導属性に関してですね」
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