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二学期
ブリュメール⑩・引き継ぎ→帰宅
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「帰る前に繁華街に戻って何か買い食いでもする?」
「帰る事が前提ですか。私は別に構いませんが、もうオルレアン公爵令嬢方を放置して構わないのですか?」
「うん。もう私なんかが後押ししなくても大丈夫だから」
悪役令嬢と王太子様だった二人、ジャンヌとシャルルが抱き合う光景をいつまでも眺めていたい気持ちに駆られたものの、これ以上は出歯亀よね。わたしは二人に幸あれと祈りつつ撤収しようとアルテュールの肩を叩いて踵を返した。
いつの間にかわたし達のすぐ後ろにはクロードさんが佇んでいて、深刻な面持ちをさせていた。いや繁華街の一件でどこかでジャンヌを警護しているのは分かっていたけれど、せめて背後に回るなら一声かけてほしい。心臓に悪いよ。
「まさかマッシリアでお二人が愛を確かめ合っていたとは……気付けなかっただなんて一生の不覚です」
「寝具の乱れ具合で分かったりはしなかったんです?」
「いえ、そのような痕跡はどこにも。私がお嬢様を起こしに向かった頃には王太子殿下はいらっしゃらなかったですし」
「ジャンヌは隠ぺい工作も完璧にしていたのですね」
夏の静養の際ジャンヌに同行していたクロードさんが知らなかったとは驚きだった。この調子だと王家お付きのメイド達や王家の方々も把握していないっぽいな。そこまでひた隠しにしておいてわたしに口を滑らせた王太子殿下はどれだけ有頂天になっていらっしゃったのやら。
「王太子殿下はお嬢様をお守りくださると仰っていますが、事は深刻です。すぐにでも旦那様にご報告して何らかの対策を講じていただかねば……最悪お嬢様が罪に問われてしまいます」
「既にお母様は察していたので何らかの形で動いていただけると思いますよ」
「エルマントルド奥様が!? なんという……。私はお嬢様のおそばに仕えていながらこの体たらく。私はお嬢様の侍女失格です……!」
「いえっ、わたしもジャンヌが子を宿しているなんて全く気付きませんでしたから……!」
今にも刃物で自決しそうなほど悔やむクロードさんを何とかフォローする。クロードさんもまだ若いし未婚だしで経験値で言うとお母様はおろか繰り返しているジャンヌにだって遠く及ばない。気分が思わしくないのかと気遣えてもそれがつわりだなんて連想する方が難しいと思う。
それに、多分クロードさんが動かなくても当人達があの様子だと善は急げとばかりに報告と事情説明に回っていくような気がするのよね。結婚前に事に及んだ二人に対して国王王妃両陛下や旦那様が寛大な判断をしてくれればいいのだけれど。こればかりは祈るしかない。
「ところでカトリーヌさん。帰るのでしたら彼女に引き継ぎをお願いします」
「引き継ぎ? ジャンヌをつけ回す行為に引き継ぎも何も……」
「違います。お嬢様の背後をお守りする普段は私が担当している配置です」
「嗚呼。ってやっぱりわたしは頭数に加えられていたんですね」
クロードさんが軽く上げた手で合図を送ると、どこからとなくオルレアン家指定のメイド服を着た少女が降りてきた。ええ降りてきましたよ、私世界で言う忍者みたいに。わたしと同年代ぐらいで、しかし肩周りや腕、脚の肉付きが良い。よほど鍛えているんだろう。
まだ幼さを残した顔立ちの少女は流暢な仕草でわたしへお辞儀をする。……はて、知らない顔ね。もうオルレアン邸に務めて半年以上になるから顔を合わせていない同僚はいないと断言出来る。新たに雇ったならメイド一同に紹介があってもいいのだけれど。
「お初にお目にかかります、カトリーヌ様。私はリュリュと申します。以後よろしくお願い申し上げます」
自己紹介されても心当たりがない。お母様付きの侍女なマダム・ドロテーと違ってリュリュの立ち位置ならオルレアン家メイドの一員として設定していてもおかしくないのに。とするとわたしやジャンヌの行動の変化が影響を及ぼして登場した人物なんだろうか?
「初めまして。わたしはカトリーヌと言います。よろしくお願いします」
「リュリュは公爵家の方に付き従い、身の回りの世話を行う侍女にするべく新たに雇われました。カトリーヌさんには色々とご迷惑をかけるでしょうが、どうか可愛がってあげてください」
「分かりました。何かあれば声をかけてください。微力ながら力になりますので」
「畏まりました。ご指導ご鞭撻のほどお願いします」
ううむ、オルレアン家での立場は同じメイドなのだからいくらわたしの方が先輩であってもそんな畏まる必要無いのに。そもそも今公爵家の女性陣には既に一人ないしは二人は侍女が与えられているのに更に増やすのか。研修期間が終わったら誰の世話をするんだろう?
まあ今からあれこれ考えても仕方がないので一先ず棚上げだ。わたしは繁華街に付いてからここまでのジャンヌの動向を簡潔にリュリュに説明する。リュリュが現状の把握に努めている間にクロードさんはわたしやアルテュール様に会釈をして姿を消した。元の配置に戻ったらしい。
「以上ですが他に何か聞きたい事はありますでしょうか?」
「いえ、ございません。それではただ今より引き継ぎいたします」
「お先に失礼いたします。お疲れ様でした」
「はい。お疲れ様でした」
わたしとリュリュ二人して一礼して、わたしは憩いの場出口に向けて歩みだす。特に何も促さなくてもアルテュールはわたしに並んで同行してくる。繁華街に戻ったわたし達は回り切れなかったお店を回りながら先ほど来た道を逆走していった。
「先ほどとは違って閉まっている店舗もあるようですが?」
「昼は食堂として開けていても夜は料理店とか酒場に切り替えて営んでいるお店もあるから」
「成程、需要に応じて変えているのですか。では今の時間帯は丁度準備中だと」
「そうなるね」
朝にジャンヌ達を待ち構えていた場所まで戻ってきた頃には空は茜色に染まり始めていた。この時期になると日没も早くなるなあ。わたしの収穫はアルテュールに贈ってもらった靴以外は花輪の冠等の装飾品が何点かか。衣服は買っていない。だって今あるので十分だもの。
「王太子殿下、素敵だったね」
「素敵?」
「だって女性の魅力だけじゃあなくて我儘も苦悩も全部欲しいって言っていたもの。自分の全部を受け止めてくれる殿方はやっぱり心強いし嬉しいよ」
「そうでしょうか? 男なら守ると誓った女性の全てが愛おしいと思うものだと思いますが」
二人してジャンヌとシャルルのやりとりの感想を語り合いながら帰路に付く。行きと同じく徒歩なのだけれど、段々と共用する時間の終わりが近づいてきているって思うと寂しさを感じてしまう。もっと長く続けばいいのに、と思う反面次への楽しみも湧いてくるので、正直複雑だ。
程なくわたしの家の前に着いた。アルテュールは持っていてくれていたわたしのブーツを玄関の内側に置いてくれた。本来の目的はあの二人が上手くやれるかを確かめたかったのだけれど、それにアルテュールを付き合わせてしまって若干申し訳なく思う。
「いえ。私はカトリーヌと一緒の時間を過ごせてとても楽しかったですよ」
「今度は尾行抜きにして純粋に二人きりで遊ぼうよ」
「そうですね。正直オルレアン公爵令嬢方を気にかけるカトリーヌを見ているのは辛いものがあります」
「今日は楽しかった。ありがとう」
わたしは深々と一礼してから玄関の戸を開けようとアルテュールに背を向けようとして、その前に左手を取られた。声もかけられなかったから多少驚きつつ振り返ると、どうも無意識の行動だったみたいでアルテュールも驚いた表情をさせていた。
「あの、アルテュール?」
「あ、いえ。すみません。……カトリーヌ、つかぬ事をお伺いしますが、指輪をどう思われます?」
「指輪って……婚約指輪?」
先ほどのやりとりに感化されたのか、アルテュールはわたしの左手に視線を落としてくる。
そりゃあわたしだって女の子だもの。指輪を送られるのはこの上なく嬉しいでしょう。ちなみに別に宝飾品である必要は無くて鉄細工でも構わないから一般市民にもその風習は定着している。逆に結婚指輪はまだ広まり切っていないくて一部貴族の慣習になっているかな。
素直に憧れているって答えたらアルテュールはわたしの左手を両手で包み込んできた。次の瞬間、左指に違和感と僅かな圧迫感を感じて思わず反応させてしまったのだけれど彼の手がわたしを逃さない。程なく、上側を包んでいた彼の手が離された。
「シャルル殿下には先を越されましたがやはり譲れません。これが私の意志表示です」
わたしの左手薬指には指輪がはめられていた。
それはわたしの指だけでなくわたしの心にまではまってきそうだった。
「帰る事が前提ですか。私は別に構いませんが、もうオルレアン公爵令嬢方を放置して構わないのですか?」
「うん。もう私なんかが後押ししなくても大丈夫だから」
悪役令嬢と王太子様だった二人、ジャンヌとシャルルが抱き合う光景をいつまでも眺めていたい気持ちに駆られたものの、これ以上は出歯亀よね。わたしは二人に幸あれと祈りつつ撤収しようとアルテュールの肩を叩いて踵を返した。
いつの間にかわたし達のすぐ後ろにはクロードさんが佇んでいて、深刻な面持ちをさせていた。いや繁華街の一件でどこかでジャンヌを警護しているのは分かっていたけれど、せめて背後に回るなら一声かけてほしい。心臓に悪いよ。
「まさかマッシリアでお二人が愛を確かめ合っていたとは……気付けなかっただなんて一生の不覚です」
「寝具の乱れ具合で分かったりはしなかったんです?」
「いえ、そのような痕跡はどこにも。私がお嬢様を起こしに向かった頃には王太子殿下はいらっしゃらなかったですし」
「ジャンヌは隠ぺい工作も完璧にしていたのですね」
夏の静養の際ジャンヌに同行していたクロードさんが知らなかったとは驚きだった。この調子だと王家お付きのメイド達や王家の方々も把握していないっぽいな。そこまでひた隠しにしておいてわたしに口を滑らせた王太子殿下はどれだけ有頂天になっていらっしゃったのやら。
「王太子殿下はお嬢様をお守りくださると仰っていますが、事は深刻です。すぐにでも旦那様にご報告して何らかの対策を講じていただかねば……最悪お嬢様が罪に問われてしまいます」
「既にお母様は察していたので何らかの形で動いていただけると思いますよ」
「エルマントルド奥様が!? なんという……。私はお嬢様のおそばに仕えていながらこの体たらく。私はお嬢様の侍女失格です……!」
「いえっ、わたしもジャンヌが子を宿しているなんて全く気付きませんでしたから……!」
今にも刃物で自決しそうなほど悔やむクロードさんを何とかフォローする。クロードさんもまだ若いし未婚だしで経験値で言うとお母様はおろか繰り返しているジャンヌにだって遠く及ばない。気分が思わしくないのかと気遣えてもそれがつわりだなんて連想する方が難しいと思う。
それに、多分クロードさんが動かなくても当人達があの様子だと善は急げとばかりに報告と事情説明に回っていくような気がするのよね。結婚前に事に及んだ二人に対して国王王妃両陛下や旦那様が寛大な判断をしてくれればいいのだけれど。こればかりは祈るしかない。
「ところでカトリーヌさん。帰るのでしたら彼女に引き継ぎをお願いします」
「引き継ぎ? ジャンヌをつけ回す行為に引き継ぎも何も……」
「違います。お嬢様の背後をお守りする普段は私が担当している配置です」
「嗚呼。ってやっぱりわたしは頭数に加えられていたんですね」
クロードさんが軽く上げた手で合図を送ると、どこからとなくオルレアン家指定のメイド服を着た少女が降りてきた。ええ降りてきましたよ、私世界で言う忍者みたいに。わたしと同年代ぐらいで、しかし肩周りや腕、脚の肉付きが良い。よほど鍛えているんだろう。
まだ幼さを残した顔立ちの少女は流暢な仕草でわたしへお辞儀をする。……はて、知らない顔ね。もうオルレアン邸に務めて半年以上になるから顔を合わせていない同僚はいないと断言出来る。新たに雇ったならメイド一同に紹介があってもいいのだけれど。
「お初にお目にかかります、カトリーヌ様。私はリュリュと申します。以後よろしくお願い申し上げます」
自己紹介されても心当たりがない。お母様付きの侍女なマダム・ドロテーと違ってリュリュの立ち位置ならオルレアン家メイドの一員として設定していてもおかしくないのに。とするとわたしやジャンヌの行動の変化が影響を及ぼして登場した人物なんだろうか?
「初めまして。わたしはカトリーヌと言います。よろしくお願いします」
「リュリュは公爵家の方に付き従い、身の回りの世話を行う侍女にするべく新たに雇われました。カトリーヌさんには色々とご迷惑をかけるでしょうが、どうか可愛がってあげてください」
「分かりました。何かあれば声をかけてください。微力ながら力になりますので」
「畏まりました。ご指導ご鞭撻のほどお願いします」
ううむ、オルレアン家での立場は同じメイドなのだからいくらわたしの方が先輩であってもそんな畏まる必要無いのに。そもそも今公爵家の女性陣には既に一人ないしは二人は侍女が与えられているのに更に増やすのか。研修期間が終わったら誰の世話をするんだろう?
まあ今からあれこれ考えても仕方がないので一先ず棚上げだ。わたしは繁華街に付いてからここまでのジャンヌの動向を簡潔にリュリュに説明する。リュリュが現状の把握に努めている間にクロードさんはわたしやアルテュール様に会釈をして姿を消した。元の配置に戻ったらしい。
「以上ですが他に何か聞きたい事はありますでしょうか?」
「いえ、ございません。それではただ今より引き継ぎいたします」
「お先に失礼いたします。お疲れ様でした」
「はい。お疲れ様でした」
わたしとリュリュ二人して一礼して、わたしは憩いの場出口に向けて歩みだす。特に何も促さなくてもアルテュールはわたしに並んで同行してくる。繁華街に戻ったわたし達は回り切れなかったお店を回りながら先ほど来た道を逆走していった。
「先ほどとは違って閉まっている店舗もあるようですが?」
「昼は食堂として開けていても夜は料理店とか酒場に切り替えて営んでいるお店もあるから」
「成程、需要に応じて変えているのですか。では今の時間帯は丁度準備中だと」
「そうなるね」
朝にジャンヌ達を待ち構えていた場所まで戻ってきた頃には空は茜色に染まり始めていた。この時期になると日没も早くなるなあ。わたしの収穫はアルテュールに贈ってもらった靴以外は花輪の冠等の装飾品が何点かか。衣服は買っていない。だって今あるので十分だもの。
「王太子殿下、素敵だったね」
「素敵?」
「だって女性の魅力だけじゃあなくて我儘も苦悩も全部欲しいって言っていたもの。自分の全部を受け止めてくれる殿方はやっぱり心強いし嬉しいよ」
「そうでしょうか? 男なら守ると誓った女性の全てが愛おしいと思うものだと思いますが」
二人してジャンヌとシャルルのやりとりの感想を語り合いながら帰路に付く。行きと同じく徒歩なのだけれど、段々と共用する時間の終わりが近づいてきているって思うと寂しさを感じてしまう。もっと長く続けばいいのに、と思う反面次への楽しみも湧いてくるので、正直複雑だ。
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「いえ。私はカトリーヌと一緒の時間を過ごせてとても楽しかったですよ」
「今度は尾行抜きにして純粋に二人きりで遊ぼうよ」
「そうですね。正直オルレアン公爵令嬢方を気にかけるカトリーヌを見ているのは辛いものがあります」
「今日は楽しかった。ありがとう」
わたしは深々と一礼してから玄関の戸を開けようとアルテュールに背を向けようとして、その前に左手を取られた。声もかけられなかったから多少驚きつつ振り返ると、どうも無意識の行動だったみたいでアルテュールも驚いた表情をさせていた。
「あの、アルテュール?」
「あ、いえ。すみません。……カトリーヌ、つかぬ事をお伺いしますが、指輪をどう思われます?」
「指輪って……婚約指輪?」
先ほどのやりとりに感化されたのか、アルテュールはわたしの左手に視線を落としてくる。
そりゃあわたしだって女の子だもの。指輪を送られるのはこの上なく嬉しいでしょう。ちなみに別に宝飾品である必要は無くて鉄細工でも構わないから一般市民にもその風習は定着している。逆に結婚指輪はまだ広まり切っていないくて一部貴族の慣習になっているかな。
素直に憧れているって答えたらアルテュールはわたしの左手を両手で包み込んできた。次の瞬間、左指に違和感と僅かな圧迫感を感じて思わず反応させてしまったのだけれど彼の手がわたしを逃さない。程なく、上側を包んでいた彼の手が離された。
「シャルル殿下には先を越されましたがやはり譲れません。これが私の意志表示です」
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