その破滅エンド、ボツにします!~転生ヒロインはやり直し令嬢をハッピーエンドにしたい~

福留しゅん

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三学期

閑話①・源義深

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 ――これはわたしにとっては記録、私にとっては記憶の話になる。

 ■■■

 ある日の朝、私は目覚まし時計で目を覚ます。

 ケータイのアラーム機能を使えばって後輩に言われているのだけれど、私はあのベルが鳴る感じがたまらないので未だに愛用している。微睡んだ意識で目覚まし時計に手を伸ばすも、二度寝防止で手が届かない位置に置いていた事を思い出した。
 ゆっくりと布団から起き上がった私はトースト二枚を食べて野菜ジュースを飲んで朝食を終える。顔を洗って歯を磨いて寝癖を直して軽くメイクを。クローゼットから取り出したのは昨日のうちにアイロン掛けしたビジネススーツとシャツだ。
 身支度を追えたら鞄と集積所に出す燃えるごみを持ったら出発だ。行ってきます。

 駅までは徒歩で向かう。今日は青空が広がっていて気持ちいい。私と同じように出勤する会社員や電車通学する学生の姿が多く駅へと集まってくる。まだ駅周辺のお店は開いていないし駅前通りは交通量がそんなに多くないから静かなものだ。
 電車は各駅停車を選ぶ。急行に乗って大混雑の中すし詰めなんて拷問だって考えからだ。電車の中で本読んだりスマホ眺めたりするとすぐに乗り物酔いするから、暇つぶしの手段はもっぱら音楽プレイヤーだ。アニソンだったりゲームのサントラばかり聞いているけれどね。

 いつもと同じ車両の同じドアから乗車するとドアの近くでいつものように彼女が笑顔で出迎えてくれた。彼女はまだ大学生気質が残っているのかこちらまで心が和むぐらいの満面の笑顔を浮かべてきた。ただビジネススーツを着た彼女は凛々しさが際立つ。

「あ、先輩。おはようございます」
「おはよ、よっしー」

 よっしーと私が呼んだ彼女は大学時代の後輩で社会人二年目になる。高校時代からの付き合いだからか、彼女がただ先輩と呼ぶ相手は私だけだ。たまに名前で呼んでと言ってみても「先輩は私の唯一無二の先輩ですから先輩呼びなんですよ」と歯を見せて笑っていた。

 わりと混む電車の中で私達は身を寄せ合う。その際私より少し背が低いよっしーはやや上目づかいで私の顔を覗き見てくる。いつだったか「私の顔なんて別に何も面白くないわよ」って言ったんだけれど、「いえ先輩の顔って見ていて全然飽きないですよ」なんて小悪魔的笑いを返された。

「あっれぇ~? おかしいですねえ。わたしちゃんと毎朝会っているのに先輩ったら嬉しくなさそうですよ」
「あー、昨日ちょっと根詰めしすぎて終電で帰ったからね。あまり寝てないんだ」
「駄目ですよ先輩。寝不足は美貌の大敵なんですから。やっぱ一日七、八時間は寝ないと」
「そうしたいのは山々なんだけれどね。時間は有限だし何とかしないとって思うとついつい。大丈夫、連続徹夜するよりは全然行けてるし」

 よっしーは本当に心配そうに私を見つめてくれる。そんな彼女を心配させまいと私は笑いかけながら頭を撫でた。「んもう、子ども扱いしないでください」とは彼女の弁だけれどその反応が面白くてやっているのよね。

「根詰めって、『双子座』は目途が立ったんじゃないんです?」
「原作、アニメ版、小説版、ドラマCD版その他もろもろを網羅した公式設定集の煮詰めをね」
「あれ? 先輩って設定集否定派でしたよね? 語る事は作中でしか語らないって」
「仕方がないよ。チーフプロデューサーが出すって言っているんだから」

 よっしーは嬉しいぐらいに私の作品を愛してくれている。やり込んで感想を言ってくれて、けれど単に称賛だけじゃなくて時には批判もしてくれる。彼女の意見を参考に次の作品に反映させたりもした。私の良き理解者なんだ。

 地下鉄直通電車なのでいつの間にか外の景色は闇に包まれていた。蛍光灯の灯りだけが右から左へと高速で抜けていく。

「……とうとう『双子座』も終わっちゃうんですね」
「そうね。公式設定集を出したらお終いかな」

 どこか寂しげな表情をさせる私の後輩も可愛い。男受けは昔から良い方で何人かボーイフレンドを作った事もあったっけ。けれど何故か破局して一人になるんだ。後輩曰く、「最低でも先輩以上にいい人じゃないとわたしちゃんと吊り合いませんって」だが話半分だな。

 『双子座』の終焉。そう、公式設定集を出してこれまで幅広く展開していた『双子座』に幕を下ろすんだ。ただし決して人気がなくなったから打ち止めするんじゃなくて、いい加減『双子座』依存からの脱却を進めようって前向きな話からになる。

「残念です。もっともっと続いてほしかったんですけれど」
「そうは言っても私も別の作品書きたいし? 引き際は良くしないと」
「もうやり尽くしたって奴ですか。先輩の次の作品も楽しみにしますね」
「ふふん。実はもう次回作、っていうか『双子座』続編の構想は練り始めているのです」
「本当ですか!?」
「ええ、本当ですとも」

 そして今は『双子座』正当な続編にあたる『双子座2』の企画が進められている。世界観の設定だけはそのままに登場人物を一新、ほのかにその存在を匂わす程度に留めるつもりね。人気作の栄光を当てにするつもりは微塵も無いわ。
 現在わたしは主要人物の設定を考えている最中。ただ広げに広げまくった『双子座』の二番煎じを避けなきゃいけないのが悩みどころね。悪役令嬢になる王女殿下とメインヒロインになる伯爵令嬢は大分固まってきた。二人とも参考元があるのは誰にも内緒なんだけど。

「あー、実はあと一つだけやり残した事があるんだ。それはやっておきたいかなーって思う」

 ただ次に歩み出す前に私はやり残した事をやっておきたい。先にもよっしーが語ったように私は作品でこそ何かを語るべきだって考えているから決して公言はしていない。それはよっしーに対しても例外ではない。後輩をあっと驚かせたいんだ。

 『双子座』、私の出世作。テレビゲームから始まったこれは何故か飛ぶように売れて各メディアに展開されていった。その為アンソロジーや外典で各キャラクターの掘り下げも行われたし、ファンディスクでゲーム本編で語られなかった日常も明かされた。もうこれ以上広げられないってぐらいまで広げ切ったとは思っている。
 けれど『双子座』にはたった一つだけ私個人がやり残したシナリオがある。公式設定集を販売した後はそれに着手しようと思っている。プロデューサーから止められていようと私は止まるつもりは無い。絶対に最後の可能性は潰えさせるわけにはいかない。

 ただこの思わせぶりが彼女の興味を惹いたらしい。よっしーは目を輝かせて私に擦り寄ってきた。端正で整った顔をそんなに近づけてくるならキスするぞ。

「何何、何ですか? まだ何かやってくれるんですか? この可愛い後輩ちゃんに教えてくださいよせんぱぁい」
「そんな甘ったるい声させても駄目なものは駄目。大人しくちゃんと製品を買いなさい」
「むう、先輩のケチいじわる」
「酷い言いがかりを聞いた」

 よっしーの最寄駅に着いた。彼女は他の乗客の流れに逆らわずに降車する。「それじゃあまた明日」と手を振りながらお互いに笑顔で通勤を見送る。ここまでは毎日の繰り返し。けれどこの日は違っていて、彼女は人の波に逆らって立ち止まってこちらに振り返ってきた。

「先輩、大好きです」
「うん、私も好きだよ」

 私の後輩は太陽の下で咲き誇る向日葵のような笑顔をさせて、私も自然と笑顔になる。扉が閉まる。発車しても私とよっしーは互いを視線で追っていく。その姿が見えなくなっても私は彼女の方を見つめ続けていた。
 聞く人が聞いたら大誤解を招きそうなやりとり。けれど別に巷で言う百合なんかじゃあない。私にとっては心を許せる友人、それが彼女なんだ。彼女には笑顔のままでいてほしいし悲しんでほしくない。悲しませる奴がいたらどこにでも乗り込んでぶん殴ってやるって決意を抱くぐらいに。

 私はなんて幸せ者なんだろう、こんなにも私を慕う後輩がいてくれて。
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