114 / 118
三学期
ヴァントーズ⑤・対創造主
しおりを挟む
「あ……えっ……?」
立ちくらみが起こって自分の頭を押させた。そこでようやく自分の身体が自分の思い通りに動かせるんだって気付いた。
その次に込み上げてきたのはどうしようもない程の憤りだった。わたしをこのメインヒロインと言う名の監獄に閉じ込めた事、そしてジャンヌに地獄のような繰り返しを味わわせる事。そして何より、全てを自分の筋書き通りに進めようとした彼女に対してだ。
「ソレーヌ、貴女ぁ……!」
「お母様! どうか、どうか私の子に救いを……!」
怒り心頭でソレーヌに掴みかかろうとして伸ばした手は、その懇願するソレーヌの両手に包まれた。今のソレーヌはかつて果てしなく遠い過去にわたしの前に降臨した彼女そのままで、決して運命の日に現れた奴ではなかった。
「私ではあの方の意志をどうする事も出来ません! お母様にもご自分の世界がありましたのにご迷惑なのは分かっています。ですが、ですが私共を憐れと思ってどうか……!」
「ちょ、ちょっと待って! 一体何が何だか……!」
それは母親が必死になって愛する自分の子を守ろうとする姿に他ならなかった。
一体どういう事なの? 本当にソレーヌはジャンヌを助けてほしいって思っている? じゃあジャンヌにやり直させるのは一体何なんだ? それこそ今のソレーヌとあのソレーヌが全く異なる存在でないと考えられない。
「別の、存在?」
ソレーヌと全く同じ存在、しかし別の登場人物。
ソレーヌがどうしようもないと諦める相手。
そして彼女が何を望んでジャンヌに立ち塞がるのか。
全てが一本の線で繋がり、謎が全て解けていく。
「そう、だったのね……」
そうか。だから私はわたしと共にここにいるのか。
……うん、だとしたら私がみんなに迷惑をかけちゃったのね。
ジャンヌに、ソレーヌに、そしてわたし自身にも。
「任せてソレーヌ」
私は泣いて縋るソレーヌの頭を優しくなでた。絶対の自信を込めた笑顔と一緒に。
「悪役令嬢にだってハッピーエンドがあってもいいわよね」
再び世界は暗転した。瞬きする時間より短かったかもしれない。
次には辺りを見渡してみたらそこは華やかな舞踏会の会場だった。アルテュールにマリー殿下にヴィクトワール様、ラウールさんにダミアンさんにアルテミシアがいる。そしてシャルルの傍らで怯えるジャンヌも。
元の景色に戻っている……? わたしが体験した果てしなく長い繰り返しはほんの刹那の出来事だった?
「公爵令嬢ジャンヌ・ドルレアン。貴女にはやらなければいけない事はあるでしょう?」
「ぁ……」
「ただのカトリーヌに対して跪き、赦しを請いなさい。贖罪を経る事でその悪意に染まった魂は浄められるでしょう」
ソレーヌを姿をした彼女がジャンヌに命じる。ジャンヌは狼狽えるシャルルの手を振り払って、わたしの前に跪いた。
「カトリーヌ様、私は……」
「謝る必要なんて、無い」
わたしはジャンヌの口元に自分の人差し指を当てた。そしてジャンヌの腕を取って無理矢理立ち上がらせる。わたしを目の当たりにして恐怖で狼狽するジャンヌをわたしは強く抱き締めた。大丈夫、もう安心だと何度も口にしながら。
「これが終わったらもうメインヒロインとか悪役令嬢とか関係無くなるから。ただのジャンヌとカトリーヌになるんだよ。だからもうちょっとだけ待っていて」
「カト、リーヌ……っ」
陥落寸前だったジャンヌは言葉を発さずにただわたしを抱き締め返した。それはわたしがここに、ジャンヌの傍にいるんだと確かめるように。わたしもジャンヌが愛おしくてつい背中に回す腕に力がこもってしまった。
「そういう茶番はもういいです。まだ謝らないつもりですか? それなら私にも考えがありますよ」
「――それはもう通用しないわよ」
ソレーヌらしき者は再び指をせわしなく動かしだし、最後に右手小指を下に降ろす動作をさせた。けれど私の動作はそれよりはるか前に完了している。左手の指二本と右手薬指を動かしただけ。私達の二人の動作がもたらした結果は、何も無しだ。
ここで初めて目の前の存在が微笑みを崩した。
「一体何をしたんですか……?」
「何をって? そちらの真似をして指を動かしただけです」
「とぼけないでください! 一体何をしたのかと聞いているんです!」
「だから、指を動かしてこの世界に命令を下したんでしょう? 私はそれを全消去しただけよ」
彼女がやったのはとどのつまり世界への命令。その手法は何の事は無い、キーボードで文章を打ち込んだんだ。今なら「王太子シャルルは突如剣を手に取り、新たな命を宿す公爵令嬢ジャンヌの腹部へと突き刺した」か。
だから私が無効化してやった。彼女が打ち込む命令文を全選択してから消去して。
『双子座』において創造神ソレーヌの姿をした登場人物は当人以外にもいる。
それは開発室。『双子座』スタッフが各々キャラクターのアバターを使って全シナリオクリアしたファンヘ最後の感謝の言葉を述べていく。アバターを主要人物にした人もいればモブの町人にした人もいたし、中にはしょうもない小道具にした人もいた。
創造神ソレーヌのアバターを用いた人物、それは……、
「創造神ソレーヌ……いえ、創造主きらら!」
――サブシナリオライター、きららに他ならないわ!
「悪役令嬢が今までの悪意を懺悔してメインヒロインが許す。最後までジャンヌが改心しなかったからこそきららはその展開、つまりソレーヌルートを望んだんでしょうね」
「ッ!? どうしてカトリーヌがそれを!?」
「けれどあいにく創造神の刺客を務めた次回作ヒロインは負けた。悪役令嬢はご覧のとおり作品で一番人気の王太子シャルルと結ばれたわ。これをひっくり返すなんて無粋でしょうよ」
「一体貴女は何だと言うんですか……!?」
「きらら、私の顔を見忘れたの?」
驚愕するきららに向けて私は不敵な笑みを込めて言い放ってやった。
断罪イベントを迎えるにあたって『双子座』と違って妊娠しているジャンヌはマタニティドレスを着ている。で、わたしはオルレアン公爵家で用意されたドレスを身に付けている。奇しくも本来悪役令嬢が袖を通す筈だったものと同じ仕立てがされた奴を。
つまり、今のわたしの外見はジャンヌ・ドルレアンそのもの。
悪役令嬢の姿をさせた登場人物ならジャンヌやカトリーヌの他にもいるでしょう?
「う、そ。そ、んな……」
「さあ帰りなさい、創造主の世界にね!」
そう、他ならないこの私、メインシナリオライターのキョーカがね!
叫んだ私は駆け出した。迫りくる私を目の当たりにした創造主きららはようやく衝撃から立ち直ったらしい。けれど狼狽した彼女は明らかに先ほどまでの余裕を完全に失っていた。彼女の周りに浮かぶのは輝く光球。これは光属性の攻撃魔法か!
「嘘です! 貴女がリーダーだなんて、そんな事は!」
「降臨しなさい創造神ソレーヌ!」
いくらわたしが闇の担い手であっても創造神ソレーヌから放たれる一撃に耐えられるわけがない。いくらきららみたいに世界を書き換えられるって言っても基本的な能力はただのカトリーヌに過ぎないもの。だからそれ相応の存在を呼び出して防いでもらうだけよ。
私の頭上に光と共に現れたソレーヌは光の壁を前方に展開してきららが放った幾重もの光波熱線を全て防ぎきった。ソレーヌは自分と同じ姿をさせるきららを強い眼差しで見据え、きららは思わぬ創造神の登場に焦りを募らせる。
「創造神、ソレーヌ……!?」
「お義母様! 年貢の納め時です、お覚悟を!」
きららの世界改変は私が無効化する。きららの攻撃はソレーヌが防御する。やりとりする間も私はきららとの距離を詰め、とうとう彼女の目の前までたどり着いた。私は手を振り上げる。きららは思わず怯えて目を瞑る。
会場内に乾いた音が響き渡った。
私がきららの頬を叩く音が。
紅色に染まった自分の頬に手を当てて倒れ込むきらら。痛い自分の手を見つめるわたし。
もう収拾の仕方は決めている。
「ソレーヌ。きららを私の世界に還してあげて」
「はい、お母様」
きららが次に何かをする前に私はソレーヌに促した。それに応えてソレーヌは指先をきららへと向けて、その足元から光の柱を迸らせた。時間としてはついさっき、けれどわたしにとってははるか昔にきららがアルテミシアを片付けようとした昇天魔法だった。
「ソレーヌっ! 返しなさい、私達のリーダーを……ッ!」
「お義母様、今までお世話になりました。どうかこれからも私共を見守ってください」
「キョーカぁぁぁっ!」
光に包まれたきららはその奔流の中に姿を消していった。最後に私の名を呼んで、私へと手を伸ばしながら。
きららを見送ったわたしは次にアルテミシアを見やった。彼女は呆然としながら私達の方を眺めるばかり。その目からは涙をこぼして。
何が言いたいかは分かっている。けれど私はそれに答えられない。彼女が今までやって来た事は紛れもない事実。それは重く受け止めてもらわなきゃいけない。
「先輩、ですか? 本当に……先輩なんですか?」
「……アルテミシア様。その情報は貴女様にはもう要りません」
ソレーヌが発生させた光の柱は今度こそアルテミシアを包み込んだ。彼女はきららと違ってこちらに手は伸ばしてこない。代わりに祈るように手を組んでわたしに言葉だけを送り続けた。確約は出来ない。けれどアルテミシアの、私の後輩の願いは叶えてやりたい。そんな気はした。
「先輩、待ってますから! 必ずわたしの、わたし達の所に戻って来てくれるって、ずっと信じてます……!」
光が収まるとアルテミシアは糸が切れた様にその場に崩れ落ちた。倒れる彼女の体を支えたのは拘束されたアンリ様でも他の攻略対象者でもなく、なんとピエール様だった。彼は皮肉たっぷりに気を失ったアルテミシアに笑いかける。
「ようやく本性を見せたなアルテミシア。シャルルを手玉にとって何をするのかと思ったがまさか一途に慕う者のためだったとはな。身分にも縛られず我を通す根性、実に面白い」
ピエール様は愛おしそうにアルテミシアに口づけをし、小柄な身体からはあまり想像できない力強さを発揮してお姫様抱っこをした。そしてそのまましっかりとした足取りで会場の出入り口に向けて歩み始めた。あまりに堂々としていて誰も彼を止めようとしなかった。
「ピエール君! アルテミシアをどこに連れて行くつもりなんだ!?」
「何も出来ずに指をくわえていた臆病者は口を閉じていろ。決まっているだろう、連れて帰る」
「そんなの許される筈がないだろう……!」
「ならお前がシャルルに害を成したコイツを守るのか? せいぜい国外に駆け落ちするのが関の山だな。こんな世間知らずの女を全てをかけて愛してやるのも一興とでも言っておこう」
やっとの思いで引き留めようとしたオリヴィエール先輩の言葉もただの負け惜しみと受け取られたようだ。悔しさを露わにする恋敵を尻目にピエール様は熱い言葉をアルテミシアに送り、そのまま退場していった。
「殿下。宜しかったのです?」
「ピエールの奴めがあれほど自分の全てを捧げる女性を見つけたのは意外だったぞ。あの様子では御三家筆頭の宰相家そのものを敵に回しかねん。今は見送る他無かろう」
ヴィクトワール様とマリー殿下の会話が今の状況を端的に言い表しているかな。ともあれアルテミシアに関しては後でそれ相応の裁きが下るでしょう。既にアルテミシアを狂わせた不肖の後輩には舞台から降りてもらっている。これ以上の罰はわたしが望むべきじゃない。
……さて、じゃあ残った退場すべき人物にお引き取り願おうか。
「じゃあソレーヌ、最後にお願い」
「ですが、それは……」
「ジャンヌ、それからアルテミシアをきららの思い通りにさせない為にわたしに私の記憶を書き加えたんでしょう? ならもう私はいるべきじゃない」
他ならぬこの私自身にね。
ソレーヌはどうしてか渋った様子で私から視線を外してきた。ちょっと、私だけを上手く削除するためには創造神ソレーヌの奇蹟が必要なんだけれど? このままわたしと一緒にカトリーヌとして過ごすのも悪くはないけれど、ここからはもう私の手を離れた方がいい。
ああもう決心が鈍らないうちに早くしなさいよ、とソレーヌに迫ろうとした私の身体を淡い光が通っていく。何かと周囲に視線を滑らせていくと、ジャンヌがこちらに指先を伸ばしていた。
私を強く見据えた彼女からは乙女心も摩耗も見られない。今の彼女は紛れもなく私が最も見ていたい強さと優雅さを兼ね備えた公爵令嬢だった。
「さようなら創造主キョーカ、だったかしら?」
「ありがとうジャンヌ、この一年はとっても楽しかった! けれどこれだけは言わせて」
「何かしら? 今生の別れに聞いてあげるから」
お別れの前に最後の一言。ジャンヌがシャルルとこのまま幸せになるのは別にいい。それこそ私の悲願だから。けれど私はこれまでわたしとしても歩んできている。メインシナリオライターではなくてカトリーヌの私からのお願いがあるんだ。
「これからもただのカトリーヌをよろしくお願いします……!」
「……。貴女馬鹿? そんなの言われるまでも無いでしょうよ」
ええ、そうね。ジャンヌはそれでいい。
私は自然と笑みをこぼす。ジャンヌもまた笑いかける。
これから創造主達の想像もつかない幸せな未来に想いを馳せて――。
立ちくらみが起こって自分の頭を押させた。そこでようやく自分の身体が自分の思い通りに動かせるんだって気付いた。
その次に込み上げてきたのはどうしようもない程の憤りだった。わたしをこのメインヒロインと言う名の監獄に閉じ込めた事、そしてジャンヌに地獄のような繰り返しを味わわせる事。そして何より、全てを自分の筋書き通りに進めようとした彼女に対してだ。
「ソレーヌ、貴女ぁ……!」
「お母様! どうか、どうか私の子に救いを……!」
怒り心頭でソレーヌに掴みかかろうとして伸ばした手は、その懇願するソレーヌの両手に包まれた。今のソレーヌはかつて果てしなく遠い過去にわたしの前に降臨した彼女そのままで、決して運命の日に現れた奴ではなかった。
「私ではあの方の意志をどうする事も出来ません! お母様にもご自分の世界がありましたのにご迷惑なのは分かっています。ですが、ですが私共を憐れと思ってどうか……!」
「ちょ、ちょっと待って! 一体何が何だか……!」
それは母親が必死になって愛する自分の子を守ろうとする姿に他ならなかった。
一体どういう事なの? 本当にソレーヌはジャンヌを助けてほしいって思っている? じゃあジャンヌにやり直させるのは一体何なんだ? それこそ今のソレーヌとあのソレーヌが全く異なる存在でないと考えられない。
「別の、存在?」
ソレーヌと全く同じ存在、しかし別の登場人物。
ソレーヌがどうしようもないと諦める相手。
そして彼女が何を望んでジャンヌに立ち塞がるのか。
全てが一本の線で繋がり、謎が全て解けていく。
「そう、だったのね……」
そうか。だから私はわたしと共にここにいるのか。
……うん、だとしたら私がみんなに迷惑をかけちゃったのね。
ジャンヌに、ソレーヌに、そしてわたし自身にも。
「任せてソレーヌ」
私は泣いて縋るソレーヌの頭を優しくなでた。絶対の自信を込めた笑顔と一緒に。
「悪役令嬢にだってハッピーエンドがあってもいいわよね」
再び世界は暗転した。瞬きする時間より短かったかもしれない。
次には辺りを見渡してみたらそこは華やかな舞踏会の会場だった。アルテュールにマリー殿下にヴィクトワール様、ラウールさんにダミアンさんにアルテミシアがいる。そしてシャルルの傍らで怯えるジャンヌも。
元の景色に戻っている……? わたしが体験した果てしなく長い繰り返しはほんの刹那の出来事だった?
「公爵令嬢ジャンヌ・ドルレアン。貴女にはやらなければいけない事はあるでしょう?」
「ぁ……」
「ただのカトリーヌに対して跪き、赦しを請いなさい。贖罪を経る事でその悪意に染まった魂は浄められるでしょう」
ソレーヌを姿をした彼女がジャンヌに命じる。ジャンヌは狼狽えるシャルルの手を振り払って、わたしの前に跪いた。
「カトリーヌ様、私は……」
「謝る必要なんて、無い」
わたしはジャンヌの口元に自分の人差し指を当てた。そしてジャンヌの腕を取って無理矢理立ち上がらせる。わたしを目の当たりにして恐怖で狼狽するジャンヌをわたしは強く抱き締めた。大丈夫、もう安心だと何度も口にしながら。
「これが終わったらもうメインヒロインとか悪役令嬢とか関係無くなるから。ただのジャンヌとカトリーヌになるんだよ。だからもうちょっとだけ待っていて」
「カト、リーヌ……っ」
陥落寸前だったジャンヌは言葉を発さずにただわたしを抱き締め返した。それはわたしがここに、ジャンヌの傍にいるんだと確かめるように。わたしもジャンヌが愛おしくてつい背中に回す腕に力がこもってしまった。
「そういう茶番はもういいです。まだ謝らないつもりですか? それなら私にも考えがありますよ」
「――それはもう通用しないわよ」
ソレーヌらしき者は再び指をせわしなく動かしだし、最後に右手小指を下に降ろす動作をさせた。けれど私の動作はそれよりはるか前に完了している。左手の指二本と右手薬指を動かしただけ。私達の二人の動作がもたらした結果は、何も無しだ。
ここで初めて目の前の存在が微笑みを崩した。
「一体何をしたんですか……?」
「何をって? そちらの真似をして指を動かしただけです」
「とぼけないでください! 一体何をしたのかと聞いているんです!」
「だから、指を動かしてこの世界に命令を下したんでしょう? 私はそれを全消去しただけよ」
彼女がやったのはとどのつまり世界への命令。その手法は何の事は無い、キーボードで文章を打ち込んだんだ。今なら「王太子シャルルは突如剣を手に取り、新たな命を宿す公爵令嬢ジャンヌの腹部へと突き刺した」か。
だから私が無効化してやった。彼女が打ち込む命令文を全選択してから消去して。
『双子座』において創造神ソレーヌの姿をした登場人物は当人以外にもいる。
それは開発室。『双子座』スタッフが各々キャラクターのアバターを使って全シナリオクリアしたファンヘ最後の感謝の言葉を述べていく。アバターを主要人物にした人もいればモブの町人にした人もいたし、中にはしょうもない小道具にした人もいた。
創造神ソレーヌのアバターを用いた人物、それは……、
「創造神ソレーヌ……いえ、創造主きらら!」
――サブシナリオライター、きららに他ならないわ!
「悪役令嬢が今までの悪意を懺悔してメインヒロインが許す。最後までジャンヌが改心しなかったからこそきららはその展開、つまりソレーヌルートを望んだんでしょうね」
「ッ!? どうしてカトリーヌがそれを!?」
「けれどあいにく創造神の刺客を務めた次回作ヒロインは負けた。悪役令嬢はご覧のとおり作品で一番人気の王太子シャルルと結ばれたわ。これをひっくり返すなんて無粋でしょうよ」
「一体貴女は何だと言うんですか……!?」
「きらら、私の顔を見忘れたの?」
驚愕するきららに向けて私は不敵な笑みを込めて言い放ってやった。
断罪イベントを迎えるにあたって『双子座』と違って妊娠しているジャンヌはマタニティドレスを着ている。で、わたしはオルレアン公爵家で用意されたドレスを身に付けている。奇しくも本来悪役令嬢が袖を通す筈だったものと同じ仕立てがされた奴を。
つまり、今のわたしの外見はジャンヌ・ドルレアンそのもの。
悪役令嬢の姿をさせた登場人物ならジャンヌやカトリーヌの他にもいるでしょう?
「う、そ。そ、んな……」
「さあ帰りなさい、創造主の世界にね!」
そう、他ならないこの私、メインシナリオライターのキョーカがね!
叫んだ私は駆け出した。迫りくる私を目の当たりにした創造主きららはようやく衝撃から立ち直ったらしい。けれど狼狽した彼女は明らかに先ほどまでの余裕を完全に失っていた。彼女の周りに浮かぶのは輝く光球。これは光属性の攻撃魔法か!
「嘘です! 貴女がリーダーだなんて、そんな事は!」
「降臨しなさい創造神ソレーヌ!」
いくらわたしが闇の担い手であっても創造神ソレーヌから放たれる一撃に耐えられるわけがない。いくらきららみたいに世界を書き換えられるって言っても基本的な能力はただのカトリーヌに過ぎないもの。だからそれ相応の存在を呼び出して防いでもらうだけよ。
私の頭上に光と共に現れたソレーヌは光の壁を前方に展開してきららが放った幾重もの光波熱線を全て防ぎきった。ソレーヌは自分と同じ姿をさせるきららを強い眼差しで見据え、きららは思わぬ創造神の登場に焦りを募らせる。
「創造神、ソレーヌ……!?」
「お義母様! 年貢の納め時です、お覚悟を!」
きららの世界改変は私が無効化する。きららの攻撃はソレーヌが防御する。やりとりする間も私はきららとの距離を詰め、とうとう彼女の目の前までたどり着いた。私は手を振り上げる。きららは思わず怯えて目を瞑る。
会場内に乾いた音が響き渡った。
私がきららの頬を叩く音が。
紅色に染まった自分の頬に手を当てて倒れ込むきらら。痛い自分の手を見つめるわたし。
もう収拾の仕方は決めている。
「ソレーヌ。きららを私の世界に還してあげて」
「はい、お母様」
きららが次に何かをする前に私はソレーヌに促した。それに応えてソレーヌは指先をきららへと向けて、その足元から光の柱を迸らせた。時間としてはついさっき、けれどわたしにとってははるか昔にきららがアルテミシアを片付けようとした昇天魔法だった。
「ソレーヌっ! 返しなさい、私達のリーダーを……ッ!」
「お義母様、今までお世話になりました。どうかこれからも私共を見守ってください」
「キョーカぁぁぁっ!」
光に包まれたきららはその奔流の中に姿を消していった。最後に私の名を呼んで、私へと手を伸ばしながら。
きららを見送ったわたしは次にアルテミシアを見やった。彼女は呆然としながら私達の方を眺めるばかり。その目からは涙をこぼして。
何が言いたいかは分かっている。けれど私はそれに答えられない。彼女が今までやって来た事は紛れもない事実。それは重く受け止めてもらわなきゃいけない。
「先輩、ですか? 本当に……先輩なんですか?」
「……アルテミシア様。その情報は貴女様にはもう要りません」
ソレーヌが発生させた光の柱は今度こそアルテミシアを包み込んだ。彼女はきららと違ってこちらに手は伸ばしてこない。代わりに祈るように手を組んでわたしに言葉だけを送り続けた。確約は出来ない。けれどアルテミシアの、私の後輩の願いは叶えてやりたい。そんな気はした。
「先輩、待ってますから! 必ずわたしの、わたし達の所に戻って来てくれるって、ずっと信じてます……!」
光が収まるとアルテミシアは糸が切れた様にその場に崩れ落ちた。倒れる彼女の体を支えたのは拘束されたアンリ様でも他の攻略対象者でもなく、なんとピエール様だった。彼は皮肉たっぷりに気を失ったアルテミシアに笑いかける。
「ようやく本性を見せたなアルテミシア。シャルルを手玉にとって何をするのかと思ったがまさか一途に慕う者のためだったとはな。身分にも縛られず我を通す根性、実に面白い」
ピエール様は愛おしそうにアルテミシアに口づけをし、小柄な身体からはあまり想像できない力強さを発揮してお姫様抱っこをした。そしてそのまましっかりとした足取りで会場の出入り口に向けて歩み始めた。あまりに堂々としていて誰も彼を止めようとしなかった。
「ピエール君! アルテミシアをどこに連れて行くつもりなんだ!?」
「何も出来ずに指をくわえていた臆病者は口を閉じていろ。決まっているだろう、連れて帰る」
「そんなの許される筈がないだろう……!」
「ならお前がシャルルに害を成したコイツを守るのか? せいぜい国外に駆け落ちするのが関の山だな。こんな世間知らずの女を全てをかけて愛してやるのも一興とでも言っておこう」
やっとの思いで引き留めようとしたオリヴィエール先輩の言葉もただの負け惜しみと受け取られたようだ。悔しさを露わにする恋敵を尻目にピエール様は熱い言葉をアルテミシアに送り、そのまま退場していった。
「殿下。宜しかったのです?」
「ピエールの奴めがあれほど自分の全てを捧げる女性を見つけたのは意外だったぞ。あの様子では御三家筆頭の宰相家そのものを敵に回しかねん。今は見送る他無かろう」
ヴィクトワール様とマリー殿下の会話が今の状況を端的に言い表しているかな。ともあれアルテミシアに関しては後でそれ相応の裁きが下るでしょう。既にアルテミシアを狂わせた不肖の後輩には舞台から降りてもらっている。これ以上の罰はわたしが望むべきじゃない。
……さて、じゃあ残った退場すべき人物にお引き取り願おうか。
「じゃあソレーヌ、最後にお願い」
「ですが、それは……」
「ジャンヌ、それからアルテミシアをきららの思い通りにさせない為にわたしに私の記憶を書き加えたんでしょう? ならもう私はいるべきじゃない」
他ならぬこの私自身にね。
ソレーヌはどうしてか渋った様子で私から視線を外してきた。ちょっと、私だけを上手く削除するためには創造神ソレーヌの奇蹟が必要なんだけれど? このままわたしと一緒にカトリーヌとして過ごすのも悪くはないけれど、ここからはもう私の手を離れた方がいい。
ああもう決心が鈍らないうちに早くしなさいよ、とソレーヌに迫ろうとした私の身体を淡い光が通っていく。何かと周囲に視線を滑らせていくと、ジャンヌがこちらに指先を伸ばしていた。
私を強く見据えた彼女からは乙女心も摩耗も見られない。今の彼女は紛れもなく私が最も見ていたい強さと優雅さを兼ね備えた公爵令嬢だった。
「さようなら創造主キョーカ、だったかしら?」
「ありがとうジャンヌ、この一年はとっても楽しかった! けれどこれだけは言わせて」
「何かしら? 今生の別れに聞いてあげるから」
お別れの前に最後の一言。ジャンヌがシャルルとこのまま幸せになるのは別にいい。それこそ私の悲願だから。けれど私はこれまでわたしとしても歩んできている。メインシナリオライターではなくてカトリーヌの私からのお願いがあるんだ。
「これからもただのカトリーヌをよろしくお願いします……!」
「……。貴女馬鹿? そんなの言われるまでも無いでしょうよ」
ええ、そうね。ジャンヌはそれでいい。
私は自然と笑みをこぼす。ジャンヌもまた笑いかける。
これから創造主達の想像もつかない幸せな未来に想いを馳せて――。
22
あなたにおすすめの小説
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
【完結】ゲーム序盤に殺されるモブに転生したのに、黒幕と契約結婚することになりました〜ここまで愛が重いのは聞いていない〜
紅城えりす☆VTuber
恋愛
激甘、重すぎる溺愛ストーリー!
主人公は推理ゲームの序盤に殺される悪徳令嬢シータに転生してしまうが――。
「黒幕の侯爵は悪徳貴族しか狙わないじゃない。つまり、清く正しく生きていれば殺されないでしょ!」
本人は全く気にしていなかった。
そのままシータは、前世知識を駆使しながら令嬢ライフをエンジョイすることを決意。
しかし、主人公を待っていたのは、シータを政略結婚の道具としか考えていない両親と暮らす地獄と呼ぶべき生活だった。
ある日シータは舞踏会にて、黒幕であるセシル侯爵と遭遇。
「一つゲームをしましょう。もし、貴方が勝てばご褒美をあげます」
さらに、その『ご褒美』とは彼と『契約結婚』をすることで――。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
もし「続きが読みたい!」「スカッとした」「面白い!」と思って頂けたエピソードがありましたら、♥コメントで反応していただけると嬉しいです。
読者様から頂いた反応は、今後の執筆活動にて参考にさせていただきます。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる