その破滅エンド、ボツにします!~転生ヒロインはやり直し令嬢をハッピーエンドにしたい~

福留しゅん

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三学期

ヴァントーズ⑤・対創造主

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「あ……えっ……?」

 立ちくらみが起こって自分の頭を押させた。そこでようやく自分の身体が自分の思い通りに動かせるんだって気付いた。
 その次に込み上げてきたのはどうしようもない程の憤りだった。わたしをこのメインヒロインと言う名の監獄に閉じ込めた事、そしてジャンヌに地獄のような繰り返しを味わわせる事。そして何より、全てを自分の筋書き通りに進めようとした彼女に対してだ。

「ソレーヌ、貴女ぁ……!」
「お母様! どうか、どうか私の子に救いを……!」

 怒り心頭でソレーヌに掴みかかろうとして伸ばした手は、その懇願するソレーヌの両手に包まれた。今のソレーヌはかつて果てしなく遠い過去にわたしの前に降臨した彼女そのままで、決して運命の日に現れた奴ではなかった。

「私ではあの方の意志をどうする事も出来ません! お母様にもご自分の世界がありましたのにご迷惑なのは分かっています。ですが、ですが私共を憐れと思ってどうか……!」
「ちょ、ちょっと待って! 一体何が何だか……!」

 それは母親が必死になって愛する自分の子を守ろうとする姿に他ならなかった。
 一体どういう事なの? 本当にソレーヌはジャンヌを助けてほしいって思っている? じゃあジャンヌにやり直させるのは一体何なんだ? それこそ今のソレーヌとあのソレーヌが全く異なる存在でないと考えられない。

「別の、存在?」

 ソレーヌと全く同じ存在、しかし別の登場人物。
 ソレーヌがどうしようもないと諦める相手。
 そして彼女が何を望んでジャンヌに立ち塞がるのか。

 全てが一本の線で繋がり、謎が全て解けていく。

「そう、だったのね……」

 そうか。だから私はわたしと共にここにいるのか。
 ……うん、だとしたら私がみんなに迷惑をかけちゃったのね。
 ジャンヌに、ソレーヌに、そしてわたし自身にも。

「任せてソレーヌ」

 私は泣いて縋るソレーヌの頭を優しくなでた。絶対の自信を込めた笑顔と一緒に。

「悪役令嬢にだってハッピーエンドがあってもいいわよね」

 再び世界は暗転した。瞬きする時間より短かったかもしれない。
 次には辺りを見渡してみたらそこは華やかな舞踏会の会場だった。アルテュールにマリー殿下にヴィクトワール様、ラウールさんにダミアンさんにアルテミシアがいる。そしてシャルルの傍らで怯えるジャンヌも。
 元の景色に戻っている……? わたしが体験した果てしなく長い繰り返しはほんの刹那の出来事だった?

「公爵令嬢ジャンヌ・ドルレアン。貴女にはやらなければいけない事はあるでしょう?」
「ぁ……」
「ただのカトリーヌに対して跪き、赦しを請いなさい。贖罪を経る事でその悪意に染まった魂は浄められるでしょう」

 ソレーヌを姿をした彼女がジャンヌに命じる。ジャンヌは狼狽えるシャルルの手を振り払って、わたしの前に跪いた。

「カトリーヌ様、私は……」
「謝る必要なんて、無い」

 わたしはジャンヌの口元に自分の人差し指を当てた。そしてジャンヌの腕を取って無理矢理立ち上がらせる。わたしを目の当たりにして恐怖で狼狽するジャンヌをわたしは強く抱き締めた。大丈夫、もう安心だと何度も口にしながら。

「これが終わったらもうメインヒロインとか悪役令嬢とか関係無くなるから。ただのジャンヌとカトリーヌになるんだよ。だからもうちょっとだけ待っていて」
「カト、リーヌ……っ」

 陥落寸前だったジャンヌは言葉を発さずにただわたしを抱き締め返した。それはわたしがここに、ジャンヌの傍にいるんだと確かめるように。わたしもジャンヌが愛おしくてつい背中に回す腕に力がこもってしまった。

「そういう茶番はもういいです。まだ謝らないつもりですか? それなら私にも考えがありますよ」
「――それはもう通用しないわよ」

 ソレーヌらしき者は再び指をせわしなく動かしだし、最後に右手小指を下に降ろす動作をさせた。けれど私の動作はそれよりはるか前に完了している。左手の指二本と右手薬指を動かしただけ。私達の二人の動作がもたらした結果は、何も無しだ。
 ここで初めて目の前の存在が微笑みを崩した。

「一体何をしたんですか……?」
「何をって? そちらの真似をして指を動かしただけです」
「とぼけないでください! 一体何をしたのかと聞いているんです!」
「だから、指を動かしてこの世界に命令を下したんでしょう? 私はそれを全消去しただけよ」

 彼女がやったのはとどのつまり世界への命令。その手法は何の事は無い、キーボードで文章を打ち込んだんだ。今なら「王太子シャルルは突如剣を手に取り、新たな命を宿す公爵令嬢ジャンヌの腹部へと突き刺した」か。
 だから私が無効化してやった。彼女が打ち込む命令文を全選択してから消去して。

 『双子座』において創造神ソレーヌの姿をした登場人物は当人以外にもいる。
 それは開発室。『双子座』スタッフが各々キャラクターのアバターを使って全シナリオクリアしたファンヘ最後の感謝の言葉を述べていく。アバターを主要人物にした人もいればモブの町人にした人もいたし、中にはしょうもない小道具にした人もいた。

 創造神ソレーヌのアバターを用いた人物、それは……、

「創造神ソレーヌ……いえ、創造主きらら!」

 ――サブシナリオライター、きららに他ならないわ!

「悪役令嬢が今までの悪意を懺悔してメインヒロインが許す。最後までジャンヌが改心しなかったからこそきららはその展開、つまりソレーヌルートを望んだんでしょうね」
「ッ!? どうしてカトリーヌがそれを!?」
「けれどあいにく創造神の刺客を務めた次回作ヒロインは負けた。悪役令嬢はご覧のとおり作品で一番人気の王太子シャルルと結ばれたわ。これをひっくり返すなんて無粋でしょうよ」
「一体貴女は何だと言うんですか……!?」
「きらら、私の顔を見忘れたの?」

 驚愕するきららに向けて私は不敵な笑みを込めて言い放ってやった。

 断罪イベントを迎えるにあたって『双子座』と違って妊娠しているジャンヌはマタニティドレスを着ている。で、わたしはオルレアン公爵家で用意されたドレスを身に付けている。奇しくも本来悪役令嬢が袖を通す筈だったものと同じ仕立てがされた奴を。

 つまり、今のわたしの外見はジャンヌ・ドルレアンそのもの。
 悪役令嬢の姿をさせた登場人物ならジャンヌやカトリーヌの他にもいるでしょう?

「う、そ。そ、んな……」
「さあ帰りなさい、創造主の世界にね!」

 そう、他ならないこの私、メインシナリオライターのキョーカがね!

 叫んだ私は駆け出した。迫りくる私を目の当たりにした創造主きららはようやく衝撃から立ち直ったらしい。けれど狼狽した彼女は明らかに先ほどまでの余裕を完全に失っていた。彼女の周りに浮かぶのは輝く光球。これは光属性の攻撃魔法か!

「嘘です! 貴女がリーダーだなんて、そんな事は!」
「降臨しなさい創造神ソレーヌ!」

 いくらわたしが闇の担い手であっても創造神ソレーヌから放たれる一撃に耐えられるわけがない。いくらきららみたいに世界を書き換えられるって言っても基本的な能力はただのカトリーヌに過ぎないもの。だからそれ相応の存在を呼び出して防いでもらうだけよ。
 私の頭上に光と共に現れたソレーヌは光の壁を前方に展開してきららが放った幾重もの光波熱線を全て防ぎきった。ソレーヌは自分と同じ姿をさせるきららを強い眼差しで見据え、きららは思わぬ創造神の登場に焦りを募らせる。

「創造神、ソレーヌ……!?」
「お義母様! 年貢の納め時です、お覚悟を!」

 きららの世界改変は私が無効化する。きららの攻撃はソレーヌが防御する。やりとりする間も私はきららとの距離を詰め、とうとう彼女の目の前までたどり着いた。私は手を振り上げる。きららは思わず怯えて目を瞑る。

 会場内に乾いた音が響き渡った。
 私がきららの頬を叩く音が。

 紅色に染まった自分の頬に手を当てて倒れ込むきらら。痛い自分の手を見つめるわたし。
 もう収拾の仕方は決めている。

「ソレーヌ。きららを私の世界に還してあげて」
「はい、お母様」

 きららが次に何かをする前に私はソレーヌに促した。それに応えてソレーヌは指先をきららへと向けて、その足元から光の柱を迸らせた。時間としてはついさっき、けれどわたしにとってははるか昔にきららがアルテミシアを片付けようとした昇天魔法だった。

「ソレーヌっ! 返しなさい、私達のリーダーを……ッ!」
「お義母様、今までお世話になりました。どうかこれからも私共を見守ってください」
「キョーカぁぁぁっ!」

 光に包まれたきららはその奔流の中に姿を消していった。最後に私の名を呼んで、私へと手を伸ばしながら。
 きららを見送ったわたしは次にアルテミシアを見やった。彼女は呆然としながら私達の方を眺めるばかり。その目からは涙をこぼして。
 何が言いたいかは分かっている。けれど私はそれに答えられない。彼女が今までやって来た事は紛れもない事実。それは重く受け止めてもらわなきゃいけない。

「先輩、ですか? 本当に……先輩なんですか?」
「……アルテミシア様。その情報は貴女様にはもう要りません」

 ソレーヌが発生させた光の柱は今度こそアルテミシアを包み込んだ。彼女はきららと違ってこちらに手は伸ばしてこない。代わりに祈るように手を組んでわたしに言葉だけを送り続けた。確約は出来ない。けれどアルテミシアの、私の後輩の願いは叶えてやりたい。そんな気はした。

「先輩、待ってますから! 必ずわたしの、わたし達の所に戻って来てくれるって、ずっと信じてます……!」

 光が収まるとアルテミシアは糸が切れた様にその場に崩れ落ちた。倒れる彼女の体を支えたのは拘束されたアンリ様でも他の攻略対象者でもなく、なんとピエール様だった。彼は皮肉たっぷりに気を失ったアルテミシアに笑いかける。

「ようやく本性を見せたなアルテミシア。シャルルを手玉にとって何をするのかと思ったがまさか一途に慕う者のためだったとはな。身分にも縛られず我を通す根性、実に面白い」

 ピエール様は愛おしそうにアルテミシアに口づけをし、小柄な身体からはあまり想像できない力強さを発揮してお姫様抱っこをした。そしてそのまましっかりとした足取りで会場の出入り口に向けて歩み始めた。あまりに堂々としていて誰も彼を止めようとしなかった。

「ピエール君! アルテミシアをどこに連れて行くつもりなんだ!?」
「何も出来ずに指をくわえていた臆病者は口を閉じていろ。決まっているだろう、連れて帰る」
「そんなの許される筈がないだろう……!」
「ならお前がシャルルに害を成したコイツを守るのか? せいぜい国外に駆け落ちするのが関の山だな。こんな世間知らずの女を全てをかけて愛してやるのも一興とでも言っておこう」

 やっとの思いで引き留めようとしたオリヴィエール先輩の言葉もただの負け惜しみと受け取られたようだ。悔しさを露わにする恋敵を尻目にピエール様は熱い言葉をアルテミシアに送り、そのまま退場していった。

「殿下。宜しかったのです?」
「ピエールの奴めがあれほど自分の全てを捧げる女性を見つけたのは意外だったぞ。あの様子では御三家筆頭の宰相家そのものを敵に回しかねん。今は見送る他無かろう」

 ヴィクトワール様とマリー殿下の会話が今の状況を端的に言い表しているかな。ともあれアルテミシアに関しては後でそれ相応の裁きが下るでしょう。既にアルテミシアを狂わせた不肖の後輩には舞台から降りてもらっている。これ以上の罰はわたしが望むべきじゃない。

 ……さて、じゃあ残った退場すべき人物にお引き取り願おうか。

「じゃあソレーヌ、最後にお願い」
「ですが、それは……」
「ジャンヌ、それからアルテミシアをきららの思い通りにさせない為にわたしに私の記憶を書き加えたんでしょう? ならもう私はいるべきじゃない」

 他ならぬこの私自身にね。

 ソレーヌはどうしてか渋った様子で私から視線を外してきた。ちょっと、私だけを上手く削除するためには創造神ソレーヌの奇蹟が必要なんだけれど? このままわたしと一緒にカトリーヌとして過ごすのも悪くはないけれど、ここからはもう私の手を離れた方がいい。

 ああもう決心が鈍らないうちに早くしなさいよ、とソレーヌに迫ろうとした私の身体を淡い光が通っていく。何かと周囲に視線を滑らせていくと、ジャンヌがこちらに指先を伸ばしていた。
 私を強く見据えた彼女からは乙女心も摩耗も見られない。今の彼女は紛れもなく私が最も見ていたい強さと優雅さを兼ね備えた公爵令嬢だった。

「さようなら創造主キョーカ、だったかしら?」
「ありがとうジャンヌ、この一年はとっても楽しかった! けれどこれだけは言わせて」
「何かしら? 今生の別れに聞いてあげるから」

 お別れの前に最後の一言。ジャンヌがシャルルとこのまま幸せになるのは別にいい。それこそ私の悲願だから。けれど私はこれまでわたしとしても歩んできている。メインシナリオライターではなくてカトリーヌの私からのお願いがあるんだ。

「これからもただのカトリーヌをよろしくお願いします……!」
「……。貴女馬鹿? そんなの言われるまでも無いでしょうよ」

 ええ、そうね。ジャンヌはそれでいい。

 私は自然と笑みをこぼす。ジャンヌもまた笑いかける。
 これから創造主達の想像もつかない幸せな未来に想いを馳せて――。
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