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第十八回 楊志の受難
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都で復職を夢見ていた楊志(ようし)だが、その決定権を持つものが高俅と知り早速会見を求めた。
しかし腐敗している朝廷とあって、何をやるにも賄賂賄賂。方々へとりなしを頼み金をばら撒き、やっと高俅との会見の約束を取り付けた時には王倫に渡された路銀も含めて全ての所持金を失う状態となってしまっていた。
それでも復職さえすればと希望を抱く楊志に対して現実は無情にも牙を剥く。
「他の八人と同じくすぐに出頭すれば良かったものを、官位を捨てて逐電(ちくでん)した者が何を言うか。あの大赦(たいしゃ)(恩赦の一種)は貴様の様な者に出されたのではない。捕まえてやらないだけ有難く思え」
と、高俅に一蹴(いっしゅう)されてしまったのである。士官の望みを絶たれた楊志にはさらに不運がふりかかり、都を離れる路銀を得る為に街中で家宝の名剣(林冲と打ち合っても刃こぼれしなかった)を泣く泣く売りに出そうとした所、今度は街の鼻つまみ者ごろつきの牛二(ぎゅうじ)に因縁をつけられてしまった。弱り目に祟り目とはこの事である。
「ほれ、俺を斬れるものなら斬ってみろよ。この口だけ男が。やはり紛い物か!」
切れ味を売りにする楊志に対し、安く買った包丁を突き付け挑発を繰り返すこの男に彼の自尊心は傷つけられた。とうとう怒りが最高潮に達し牛二に向かい名剣を振り上げたその時!
「その剣買った!」
遠巻きに見ている野次馬(やじうま)の中から一人の男が進み出てくる。
「買うぞ、買いますぞ!」
「あっ!」
男の顔を見て驚く声を上げようとした楊志だったが、男はそれに被せて声を上げながら寄ってきた。
「いやぁ遠巻きに見ても良い剣だとは思ったが、近くでみるとますます良い剣だ!」
楊志に言葉を発せさせず男はまくしたてる。
「しかし私は今あまり手持ちがありません。そこで」
男は背中の荷物を地面に降ろして口を開き牛二と楊志に中身が見えるようにした。
「とりあえずこの一千貫で残りは家まで取りに来て頂くというのはどうでしょう。……そうですね。家までの用心棒代も出しますぞ?」
周囲に聞こえる様に言っているので野次馬も騒ぎ出す。
「い、一千貫だって!?」
「だけじゃない。まだ追加を出すと言ってるぞ?」
「あの剣、余程凄いものなのか?」
「あの男も凄い富豪なのかな」
「妾(めかけ)でいいから囲ってもらえないかしら」
皆の関心が楊志と買い手の男に集まった。だがそうなると当然恥をかく男がいる。そう、牛二だ。
「やいやい! こいつは俺と話していたんだ。横から出てきて邪魔をするな!」
「売る売らないはこの方が決める事でしょう。貴方が私以上の金額を出すなら諦めますが」
野次馬から文字通り野次が飛んできた。
「三十文の包丁を自慢する男にゃ無理にきまってらぁ!」
鼻つまみ者なので嫌っている者は多い。皆その一声で一斉に笑う。
「だ、誰だ今言いやがったのは!」
今度は野次馬に喧嘩を売り始める牛二。楊志はその滑稽(こっけい)な姿を見て怒りが収まった。
「では行きましょう。ご案内します」
男は楊志を連れ出そうとする。気付いた牛二はその前に立ち塞がり啖呵(たんか)をきった。
「こっちの話はまだ終わっちゃいねぇ!」
「やれやれ。私は時間が惜しいのです。売買の話はつきましたし、用心棒にもなってもらった。貴方との接点はもうないでしょう。行きましょう『先生』」
男は牛二を無視して歩みだす。とうとう牛二の怒りが頂点に達した。
「う、が、こ、この野郎ぉ!」
「きゃああああ!」
顔を真っ赤にして包丁を振りかざした牛二が男に飛びかかる! まるで猛牛となった勢いに野次馬からも悲鳴が上がった!
キン! バキッ! ドスッ! ズザザァ!
それはあまりに一瞬の事で見ていた者達は誰も理解ができずその場が静寂に包まれる。楊志だ。楊志が瞬時に剣で包丁をきり落とし、そのまま拳と蹴りを叩き込んだのだった。
牛二は吹っ飛び、地面に転がり気絶している。やがて理解が追いついた者から楊志に向けて喝采(かっさい)があがった。
「す、すげえぞあんた! スカッとしたよ!」
「どうせなら息の根を止めてくれても良かったのに!」
楊志は思わず少し照れる。
「さすが先生。早速見事な仕事です。では行きますか」
ただ一人、その男だけはこうなる事が分かっていたのか平然としたまま言った。
「ええ、そうしましょう。しかしちゃんと説明お願いしますよ? 『宋万』殿」
楊志は宋万に答える。そのまま二人は喝采を浴びながらその場を離れるのだった。
しかし腐敗している朝廷とあって、何をやるにも賄賂賄賂。方々へとりなしを頼み金をばら撒き、やっと高俅との会見の約束を取り付けた時には王倫に渡された路銀も含めて全ての所持金を失う状態となってしまっていた。
それでも復職さえすればと希望を抱く楊志に対して現実は無情にも牙を剥く。
「他の八人と同じくすぐに出頭すれば良かったものを、官位を捨てて逐電(ちくでん)した者が何を言うか。あの大赦(たいしゃ)(恩赦の一種)は貴様の様な者に出されたのではない。捕まえてやらないだけ有難く思え」
と、高俅に一蹴(いっしゅう)されてしまったのである。士官の望みを絶たれた楊志にはさらに不運がふりかかり、都を離れる路銀を得る為に街中で家宝の名剣(林冲と打ち合っても刃こぼれしなかった)を泣く泣く売りに出そうとした所、今度は街の鼻つまみ者ごろつきの牛二(ぎゅうじ)に因縁をつけられてしまった。弱り目に祟り目とはこの事である。
「ほれ、俺を斬れるものなら斬ってみろよ。この口だけ男が。やはり紛い物か!」
切れ味を売りにする楊志に対し、安く買った包丁を突き付け挑発を繰り返すこの男に彼の自尊心は傷つけられた。とうとう怒りが最高潮に達し牛二に向かい名剣を振り上げたその時!
「その剣買った!」
遠巻きに見ている野次馬(やじうま)の中から一人の男が進み出てくる。
「買うぞ、買いますぞ!」
「あっ!」
男の顔を見て驚く声を上げようとした楊志だったが、男はそれに被せて声を上げながら寄ってきた。
「いやぁ遠巻きに見ても良い剣だとは思ったが、近くでみるとますます良い剣だ!」
楊志に言葉を発せさせず男はまくしたてる。
「しかし私は今あまり手持ちがありません。そこで」
男は背中の荷物を地面に降ろして口を開き牛二と楊志に中身が見えるようにした。
「とりあえずこの一千貫で残りは家まで取りに来て頂くというのはどうでしょう。……そうですね。家までの用心棒代も出しますぞ?」
周囲に聞こえる様に言っているので野次馬も騒ぎ出す。
「い、一千貫だって!?」
「だけじゃない。まだ追加を出すと言ってるぞ?」
「あの剣、余程凄いものなのか?」
「あの男も凄い富豪なのかな」
「妾(めかけ)でいいから囲ってもらえないかしら」
皆の関心が楊志と買い手の男に集まった。だがそうなると当然恥をかく男がいる。そう、牛二だ。
「やいやい! こいつは俺と話していたんだ。横から出てきて邪魔をするな!」
「売る売らないはこの方が決める事でしょう。貴方が私以上の金額を出すなら諦めますが」
野次馬から文字通り野次が飛んできた。
「三十文の包丁を自慢する男にゃ無理にきまってらぁ!」
鼻つまみ者なので嫌っている者は多い。皆その一声で一斉に笑う。
「だ、誰だ今言いやがったのは!」
今度は野次馬に喧嘩を売り始める牛二。楊志はその滑稽(こっけい)な姿を見て怒りが収まった。
「では行きましょう。ご案内します」
男は楊志を連れ出そうとする。気付いた牛二はその前に立ち塞がり啖呵(たんか)をきった。
「こっちの話はまだ終わっちゃいねぇ!」
「やれやれ。私は時間が惜しいのです。売買の話はつきましたし、用心棒にもなってもらった。貴方との接点はもうないでしょう。行きましょう『先生』」
男は牛二を無視して歩みだす。とうとう牛二の怒りが頂点に達した。
「う、が、こ、この野郎ぉ!」
「きゃああああ!」
顔を真っ赤にして包丁を振りかざした牛二が男に飛びかかる! まるで猛牛となった勢いに野次馬からも悲鳴が上がった!
キン! バキッ! ドスッ! ズザザァ!
それはあまりに一瞬の事で見ていた者達は誰も理解ができずその場が静寂に包まれる。楊志だ。楊志が瞬時に剣で包丁をきり落とし、そのまま拳と蹴りを叩き込んだのだった。
牛二は吹っ飛び、地面に転がり気絶している。やがて理解が追いついた者から楊志に向けて喝采(かっさい)があがった。
「す、すげえぞあんた! スカッとしたよ!」
「どうせなら息の根を止めてくれても良かったのに!」
楊志は思わず少し照れる。
「さすが先生。早速見事な仕事です。では行きますか」
ただ一人、その男だけはこうなる事が分かっていたのか平然としたまま言った。
「ええ、そうしましょう。しかしちゃんと説明お願いしますよ? 『宋万』殿」
楊志は宋万に答える。そのまま二人は喝采を浴びながらその場を離れるのだった。
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