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4 吟遊詩人たち
しおりを挟む「…はじめまして、ロージー。わたしの名前はアマデウス・ロッソです。どうぞよろしく」
にっこり笑うとロージーは驚いたようだった。
小汚い見た目だからわかりにくいが、紛うことなき美形だ。見開いた目の形が良い。そしてホームレスのような出で立ちだが悪臭は漂って来なかった。
落ちない汚れが残っているだけで、ちゃんと服は時々洗っているのかも。髪を梳かす道具を持ってないだけで洗ってはきたのかも。髭は…剃る道具を切らしてるとか?
もしかしたら、精一杯綺麗にしてきたのかも…
そう思った俺は例えちょっと不潔だな~と思っちゃったとしても顔には絶対出さんぞ!と気合を入れて彼に向き直った。
「それではさっそく教えていただきたいです。いいですか?」
「……俺で問題ない、んですか?」
「…うちの者から依頼されて来たのでは?」
もしかして採用じゃなくてまだ面接です! って言われて来たのかな…?
「そうだが…どうせ追い返されると思ってた。まともに雇ってもらったことなんてないから…」
ぼそりと呟くように話したロージーの声には疲労感が滲んでいた。
「それは、身だしなみの問題で?」
「そりゃそうだ。…です。こんな服しかないし…余所者だしな…」
「わたしはもんだいないので、ぜひわたしの音楽教師になってほしいです。あなたは腕のいいぎんゆうしじんだときいています。おれ…わたし、早く楽器が弾けるようになりたいんです!あ…でも実は腕がよくない、となったら…クビにしなきゃいけないかもですが…」
ロージーは信じられないと言わんばかりにぽかんとした顔で10秒ほど固まっていたが、俺が「大丈夫ですか?」と手を振るとハッとして下がり眉になった。少し涙目だ。採用されて喜んでる…んだと思う。
そして息を吸って、きりっと眉を上げて言った。
「腕には自信がある…あります。…それでは、楽譜の読み方は…ご存知ですか?」
お披露目で使われる代表的な楽器は、リュープと呼ばれる小型の弦楽器である。うっすい教本には弾き方の簡単な説明といくつかの曲の楽譜しか載っていなかった。流石にこれだけでは弾けない。
「知ってます!教本は兄のお下がりがあるので。あとは弾き方だけです」
「それでは、初心者に良い簡単な曲を手本に見せるので…」
※※※
「—――――――――…………アマデウスさま、て、天才ですか…?」
「えー?そうだったらうれしいですけどぉ」
デヘヘとだらしなく笑うとロージーは戸惑いと喜びが入り混じったような表情で俺を見ていた。
前世ではマンドリンとバイオリンをほんのちょっとだけどかじったことがあるし、めちゃくちゃイメージトレーニングしていたのもあって飲み込みが早かったようだ。脳みそが大人だし。他の授業でも飲み込みが早いとよく褒められる。学ぶ要領を知ってるんだから早いよそりゃ。
リュープは思ってたより幅広い音が出せる楽器だ。これは早いうちからみっちり練習してリュープマスターになりたいな~ならなくちゃ~絶対なってやる!!!!!と思ってやってるので気合も充分。
演奏技術の習得は急ぎということでとりあえず初日に3時間授業時間を取っていたが、三時間で簡単な曲を二曲大体弾けるようになった。ロージーも近くに控えていた使用人も驚いているので御世辞じゃなくすごかったようだ。
「教え方がよかったんですよ。また来週、よろしくお願いします」
「は…はい!手持ちの楽譜を持って来ます、もっと難易度を上げてもいいかと」
ロージーは不愛想だしぼそぼそ喋るし、教え方が特別上手いとは思わない。
日本の様々な教師に学んだ記憶がある俺の印象としては、日本の優れている方の教師ほどの上手さはないのだ。ロージー以外の家庭教師達もそんなに教えるのが上手いとは思わないので、この世界では普通…くらいかもしれない。
でもロージーには、情熱がある。と思う。
歌も楽器も上手い(歌になればちゃんと大きな声が出る)。音楽に対して真面目に向き合ってきたんだな、と思わせる上手さ。
俺はそういう人に俺の音楽仲間になってほしい。
なので、俺がロージーから教わることがなくなったとしても彼をうちで雇い続ける手はないかなぁ…と考え始めていた。
うちから出た給料でロージーは少しずつ小奇麗になっていった。
緩いウェーブのかかった薄い色の茶髪は梳かされて6:4に分けられ、髭は綺麗に剃られている。少しクマは残っているが灰色の瞳に光も宿っている。初対面だとなんかどんよりしていた。どこかアンニュイな雰囲気のある美青年の出来上がりだ。
やはり身だしなみを整える手段がなかったのだな…
「小奇麗になったらすっかり男前ですね!」と言うと照れたように礼を言われた。
「路上の演奏だけでは食うのにギリギリな上に、師匠が体を悪くしてるから薬が必要で…余所者を雇ってくれるところも見つからないし、このまま野垂れ死ぬしかないのかと思っていたところでした。本当に感謝してます、アマデウス様には頭が上がらねぇ……」
廃墟のような家が並んでいる区画、貧民街。
その中の空き家には誰が住みついても文句は言われないらしく、事情がある様々な人間が彷徨っているのだとか。
ロージーはそこで長い間一緒に旅をしてきた吟遊詩人としての師匠、バドルと滞在していた。
二人とも旅には慣れているし体は頑丈だったのだが、バドルは歳もあって冬にもらった風邪が長引いたという。薬草があっても栄養のある食べ物がなければなかなか治らないものだ。うちは下級とはいえ貴族なので平民から見ればかなり給料が良い。精のつく食べ物も調達出来て、すっかり調子が戻ったという。
風邪は…風邪は馬鹿に出来ないからね…
元気になって身嗜みも整えられるようになった頃に連れてきてもらったが、バドルは70~80歳くらいに見える頭がつるぴかの老人だった。
この世界の人間でも禿げるんだなぁ…まぁ禿げてもかっこいいひとはかっこいいからな…とアホな感想が出てきた。
腰は少し曲がり、細身でしわしわだが笑顔が朗らかな優しそうな爺さんだ。ここまで年寄りになると美形とかそうじゃないとかはさっぱりわからないが、肌は白くて綺麗だしどことなく気品がある。
「この度は弟子を雇って頂き、誠にありがとうございます。このご恩、天に召されるまでけして忘れは致しません」
バドルはゆったりと頭を下げて上げるとハキハキとした良い声で流暢に敬語を使った。
良い声!!!!(重要)
ロージーのように、貴族に仕えたことがない平民は敬語を使い慣れていないものだという。バドルは昔どこかで仕えていたんだろうか。俺のおかげではなくちゃんと働いて甲斐甲斐しく世話をしたロージーの働きの賜物だと思うが、俺が吟遊詩人にめちゃくちゃ会いたかったおかげで二人が良い方向に向かえたんなら、俺も良い気分だ。
後で聞いたが、吟遊詩人が野垂れ死ぬのは珍しいことではないらしい。
ホームレスになるまでには様々な事情があるだろうし、俺にはその人達全員を救うことなんてできやしないが(国の偉い人に訴えれば制度を整えたり出来るのだろうか?それも視野には入れときたいが)、腕のいい歌い手が人知れず失われるのは惜しい。
困窮している歌い手をうまいこと見つけて雇いあげる方法はないだろうか…と俺はぼんやり考え始めた。
色々考えてはいるが、とりあえずまだ考えてるだけである。絵に描いた餅だ。
そんなこんなで、バドルが書き溜めた様々な国の音楽を練習したり、アンヘンに頼み込んで買ってもらった比較的安価な様々な楽器を練習したり。俺が一番得意だったピアノを何とかこちらでも作れないかな~…と画策したり。
お披露目までの二年ほど、俺はロージーとバドルと演奏技術を楽しく磨き続けた。
そうして迎えたお披露目の日。
俺はとんでもなく注目を集めてしまうことになったのである。
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