染まりやすい君へ

秋月流弥

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染まりやすい君へ

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 ある秋の日の通学路で遭遇した友人がTシャツ姿で登校していたので声をかけた。

「よお染井そめい。どうしたんだそのTシャツ」

 俺に声をかけられた高校の友人の染井は振り返り、にっこり笑って片手を挙げた。

「あ、町田まちだ。おはよう。いいだろこれ」

 見せびらかすのは着ているTシャツ。

「いいもなにも、今秋だろ。しかも十一月。よく半袖Tシャツ一枚で登校するな」
「ゴミ捨て場に捨ててあったからさ。拾って着るしかないじゃん」
「いや、ナチュラルに捨てられてたもの着るなよ。なに考えてんのお前」
「ほら俺サッカー部だろ。部活後のあと汗ビシャビシャじゃん。冷えて風邪ひくの嫌だし、とにかく着替えたくて、そこでタイムリーに帰り道のゴミ捨て場で見つけたわけじゃん」

「知らねぇよ」

 さも自然の流れのようにゴミ捨て場に投棄されたブツを己のものにする友人に俺は戦慄した。

「ラッキーってその場で拾ったTシャツに着替えて家に帰ってそのまま疲れて部屋のベッドで寝落ちしちゃってさ。泥のようにぐっすりと」
 それこそ風邪ひくだろというツッコミを入れると話が滞るのでツッコまないとする。

「そんでここからがビックリなんだよ!」
「何だよ」
「じゃじゃーん」

 染井が自分の着ているTシャツを見せびらかすようにつまんだ。

「? べつにただの青いTシャツだろ」

「聞いて驚け。このTシャツ色が変わるんだよ! 着てる間に勝手に。拾った時は茶色だったんだ。ところが朝起きたら赤色に変わってた! そんで学校行く途中お前と会ってまた青色にまた変わったんだ! 凄くないか!?」
「んなバカな」

 色が勝手にコロコロ変わる衣服なんて聞いたことがない。
 染井はドヤ顔を浮かべながらさらに続ける。

「しかもある事に気づいた。このTシャツは着た人の気分によって変化する。赤色は怒り、青色は悲しみ、喜びは黄色みたいに。実際今朝おかんとケンカしてた時Tシャツの色が赤かった。Tシャツが俺の気持ちの色に染まってくれるんだ」

「気分によって色が? そんな話信じられるかよ」
「信じろよ! 面白いからお前に一番に話してやったのに!」

 怒る染井の服を見ると俺は驚いた。
 彼の着たTシャツはいつの間にか朱色になっていた。朱色のあたりやや怒りっぽい。

「すげぇ。マジで気持ちとシンクロしてるのか」

「これで信じただろ?」
「目の前で見たらね。信じるよ」
「よし」
 怒りの静まった染井のTシャツは再び青色に戻っていた。
「しかし、なんでまた青色に戻るんだ」
「……」
 染井、俺といる時ブルーな気持ちだったのか。
 俺は地味に傷ついた。


「ていうかお前今日も着てるけどちゃんと洗濯してるのか?」
 染井が変わったTシャツを拾って一週間。
 今日も通学路で染井は例のTシャツを着て登校していた。
「いくら気に入ってるからってたまには制服着てこいよ。普通に校則違反だぞ」

「脱げない」
「は?」
「脱げないんだ着たときからこのTシャツ」
 脱がせようと咄嗟に服をまくりあげる。
「イヤぁぁぁああ町田さんのスケベ~!」
「Tシャツ桃色に染めてんじゃねぇ! 何だそのTシャツヤベーやつじゃんか呪いかよ! 脱げ! とにかくすぐ!!」
「ピッタリフィットで脱げないんだって! ほら俺最近筋トレ凄い頑張ってたじゃん!」
「知らねーッ!」

 結局脱げなかった。
 諦めて登校した。
「染井。なぜ制服を着てこないんだ」
「脱げないからです。一生Tシャツで生きていく覚悟です」
「えぇ~怖」
 授業中幾度か教師たちから同じ質問を受けていた。
 こんな感じで教師をあしらい、生徒からTシャツについてツッコミを入れられることも少なくなり、染井のあだ名が“ミスターTシャツ男”に定着してきた頃、事件は起きた。


 四時限目の書道の時間。
 染井の隣の席の男子生徒が墨汁を盛大にひっくり返した。
 隣の染井は盛大に墨汁を浴び、彼の着たTシャツは余白なく漆黒に染められた。

「テメェェェェッ!!」
「ひぃぃいい!」

 途端に染井の治安が悪くなった。

「どうしてくれんじゃいワレ!! Tシャツ真っ黒じゃねぇかァ! どう落とし前つけてくれんじゃあああ!?」
「ひょええごめんよぉぉ……」

 どうやら漆黒の色はドス黒い気持ちの時らしい。
(ていうか墨汁かかってから態度急変しなかったかこいつ?)
 もはや墨汁の黒か感情の黒か区別がつかなかった。
「ウオオオオッ!」
「ひいぃぃ」
 黒いTシャツの染井は荒ぶり暴走状態になった。
「ちょ、染井、落ち着け」
「うがあああ」

 からまれる男子生徒を他のクラスメイトに託し、俺はガラの悪くなった染井を廊下へ引っ張り出した。
 水道の前に彼を立たせる。
「落ち着け染井。こんなの汚れを落とせば綺麗になるって」
「うがががが!」
 漂白剤があったので水道に置かれたバケツに漂白剤を入れ漂白液を作る。
「あ、そうだ。脱げないんだっけ」
 少々手荒だが。
 俺は染井に向けてバケツの中身を振りかけた。

 バッシャーーンッ!

 漂白液でビシャビシャに濡れた染井はピタリと大人しくなった。

「……」
「染井?」

 染井は真顔だった。

 簡単な顔文字のように染井の顔は点と線のようなパーツになっている。
「……」
 真っ白になったTシャツと共に染井も何かが抜け落ちたような顔をしていた。

 ていうか。
 表情から大切なものが抜け落ちたようだった。

「……」
「染井?」
「ウン」
「だ、大丈夫か」
「ダイジョウブダヨ」
 絶対大丈夫じゃない。

『お昼の放送の時間でーす』

 軽快なチャイムと音楽が上のスピーカーから降ってきた。
「え!? もうお昼?」
 真顔の染井と俺が無言の対峙が続き、いつしか四時限目は終わっていたらしい。
 昼食時に流れるお昼の放送委員ののんびりした声が校内に響き渡る。

『今日の放送はちょっと遅めの秋の怖~い怪談です。皆は今、巷で流行りのこんな噂知ってますか? 持ち主を操りコントロールする“寄生型エイリアン”についてお届けします』

 放送委員は届いたお便りを嬉々として読み上げる。

『ペンネーム・グレイさんからのお便りです』


“皆さんは寄生型エイリアンを知っていますか?  

 ……宿主に憑りつき、最後は自分が宿主の身体をのっとってしまうというアレです。

 その寄生型エイリアンが最近巷で増加してるとか。

 しかもそのエイリアン、寄生の範囲が広いです。

 その人自身を器にするだけでなく媒介・・して持ち主を操ることが出来るんです。

 エイリアンは物に化けて持ち主になる人を探しています。

 例えば、エイリアンがTシャツ型なら、そのTシャツを着た人の心をのっとるとか……

 ちなみに私の友人はTシャツ型エイリアンに寄生されました……”


『これは怖い。怖いですね~』

 きゃーっと怖がる読み手の放送委員は楽しそう。
『ちなみにのっとられたご友人、グレイさんが漂白剤をぶっかけたら大人しくなったとか。しかしその後色落ちしたように表情が乏しくなったそうです。これは無事だったのか……?』
「……」
『しかしその辺に落ちたTシャツを着る人がいるのでしょうか? 皆さんも落ちてる衣服や物を拾って自分のものにしないように! それでは明日の放送でごきげんよう~』

「……」
「……」

 俺は勘違いしていた。
 染井も勘違いしていたんだ。

 彼の着る“それ”は気分によってTシャツの色が染まるのではなく、Tシャツの色が変わる色で着た者がコントロールされてたってこと。
 寄生型エイリアンによって。

 漂白してしまった。

「……」
 教室に戻ると教室内はおつやのようなムードに包まれていた。
 たぶん昼の放送を聞いて全員思う節があったのだろう。
(いろいろと)真っ白になった染井を連れて帰還した俺を見たクラスの連中はうつむき気味に「おお……」「ど、どんまい」と力ない声で俺たちを励ましてくれた。


 午後一番の授業は美術だった。
 イーゼルに立てられたキャンバス前に真無言で座っている染井。
 キャンバスも染井も真っ白だった。

「あれ生きてるのか」
 エイリアンと共に感情ごと漂白されてしまった彼を見て不安に呟く者あり。
「かわいそう染井くん……」
 憐憫の目を向けるものあり(ごめんなさいだがそもそも悪いのはエイリアンだ)。
 もはやどちらがデッサン人形かわからないくらい動かなくなった友人を見て切ない気持ちになった。

「つーかエイリアンやっつけたんでしょ。なら万々歳じゃん」
 どっかの空気読めないクラスメイトの美術部員の男子生徒が言った。
「これ見て言えるか? エイリアンと共に染井の感情まで消失しちまったんだぜ」
「それ思ったんだけどさー」

 美術部員はにゅにゅっと自身のパレットに絵の具のチューブを絞り出す。
 筆にとり、そのまま真っ白な染井のTシャツにぺたりと塗る。

「なにしてんの!?」

「いや、だったらもう一度色を追加してやればいいかと」
「はあ?」
「だから俺たちで染井に感情吹き込んでやればいいじゃん。こうやって、いろんな絵の具でTシャツを染めてやるんだよ」

 桃色の絵の具をぺとりと真っ白なTシャツに一閃。

 ぱあっ。
 染井の表情が変わった。

「あ! なんか気色悪い表情になった!」
「恍惚のサーモンピンクってところだな」
「すごい! 染井に感情が芽生えた」

 俺たちのやり取りを見るとクラスの生徒たちがどわどわと絵の具のついた筆を持って染井に集まった。
「俺も塗る! 俺も染井に感情吹き込みたい」
「超レインボーにしてやろうぜ」
「私も染井に謙虚の心を染みこませたい」
「美術部員の本気……見せたげるわ」

 Tシャツはみるみるカラフルになっていった。

 染井の表情は数秒おきに七変化(百変化?)を起こし、最後にカッと目を見開くと、

「あれ?  俺はいったい」

『染井ーっ!!』

 元の侵略される前の友人に戻ったのだった。


 その後染井はTシャツも脱げるようになった。
「また着てるのかそれ」
「だってお気に入りなんだもん」
「こりねぇヤツ」
 相変わらず例のTシャツを着こなす染井だったが、もうTシャツの色は変化しない。
 彼が着ているのはただの漂白された白いTシャツだった。

 不思議なことに、あの日皆にカラフルにされたTシャツは染井の自我が戻ると共に色が消えてしまった。
 着ていた染井の方に色という感情が宿ったのだろうか。

(俺たちの優しさが染井の心を染め上げた……なんて)

 しかし染井には若干変化があった。
 それは染井が情緒豊かになったところだ。
 時々急に物思いにふけたり黄昏たり妙に感傷的になったりする。
 美術部の連中がマゼンタやコバルトブルー、カーマインとやたら配色にこだわった影響だ。

「お、紅葉きれい」
 道沿いに揺れる銀杏並木の葉を拾い染井は言った。
「季節と共に色も染まる。俺たちも若く青い色からいずれ酸いも甘いも噛み締めた渋い色へと染まっていくのだろうか……良い」

 何かとポエミーな染井。
 叙情的な詩を詠む癖のついた彼に俺は「はいはい」と適当に返事をした。

「そうだ町田。今度紅葉狩りに行かないか」
「もう色が変わる系のはちょっと……」

 黄色に染まる秋の通学路で。
 俺は肩に落ちた銀杏の葉をそっとはらった。

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