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③《最終話》

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 次の日の学校を休み、優治は一日中ベッドの上で横になっていた。
 このままだと自分は悪魔に殺される。
 ついこの間まで死にたいと思っていたのに、今は殺されずに済む方法を考えている。
「人生って何があるのか分からないな」
 自嘲気味に笑った。

「良い人生は送れたかな?」

 登校途中の通学路で悪魔が話しかけてきた。

「そろそろいい余生が送れたんじゃないかと思ってね。回収しにきたのさ」
「回収ってのは貯金箱じゃなくて僕の魂をだろ?」
「驚いた!  知ってて俺から逃げない人間がいるなんて。話が早い。じゃあ代償をいただくとしようか」
「ああ。その前に今まで貯めた貯金を使わせてもらう」
「なんだって?」
 それを聞き悪魔は眉をひそめる。
 それを無視して優治は叫んだ。

「貯金箱を解放する!!  “嫌悪”の貯金を“すべて”ここにいる悪魔”に!!」

 貯金箱が弾けた。
 禍禍しい色をした霧が周囲一帯を包みだす。
「なんだと!?  お前は“愛”を貯金したはずじゃ」
「それはお前を欺くための嘘だ」

 霧はどんどん広がり、霧を吸い込んだ周囲の人間たちが悪魔に向けて襲いかかってきた。
 悪魔は人間たちの渦に呑み込まれる。

「なぜだ!  なぜッ!」
 悪魔は優治が愛を貯金したと思いこんでいたが逆だ。
 優治は自分に向けられる嫌悪を貯金した。
 優治は嫌悪を貯金することで人並みに愛されただけだ。
 それを悪魔は愛されるために貯金を使用と思いこんだ。

「そもそも僕には貯金するほどの愛があるわけない。お前が間抜けで助かったよ」

「この裏切り者がァッ!!」

 悪魔は完全に渦に呑み込まれた。


***


 翌日。
 学校に登校すると優治は廊下を通りかかったクラスメイトに挨拶した。
「お、おはよう!」
「うわ、びっくりした前田か。おはよう」
 優治に声をかけられたクラスメイトは戸惑いながらも挨拶を返してくれた。
「おはようございます」
「おはよう。お、前田髪切ったんだな。すっきりしていいじゃないか」
 教師がにこやかに新しい髪型を称賛してくれた。
 優治は長かった前髪を切り、進んで人と関わるようにしていた。関わるっていっても挨拶や会釈だけだけれど。
 自分でも卑屈になってたことがわかった。殻に閉じ籠って自分の可能性をなくしていたのは自分だった。
 今は少しだけだけど、優治の生活は貯金箱を貰う前と変わりつつある。

 悪魔が消え去っても塵積貯金箱は消えなかった。
 もう代償を求めてくる悪魔はいないとわかりつつも、優治は貯金箱を使用していない。優治はもう自分の力で前へ進める。
「やっぱり貯金箱はお金を貯めるものだよな」
 そうだ、今日おばあちゃんの家に遊びに行こう。
 今度こそ学校が楽しいと心から言える。


***


 前田優治の隣の家で、老婆が貯金箱を眺めていた。

 貯金箱を持つ手はしわくちゃで皮は摘まめそうなほどたるんでいる。
 老婆は貯金箱に向けて言った。

「“時間”の貯金を“すべて”“私に”!」

 貯金箱から光が溢れ、老婆を包み込み、その姿はみるみるうちに若い女性の外見になった。

「邪魔な悪魔を片付いてせいせいしたわ。これで魂を取り立てられる心配もない」
 女性は真っ白な傷ひとつない手の甲を長い指で撫でた。
「あの悪魔、人間の外見なんて区別がつかないからって手に傷なんてつけやがって」
 傷なんて時間が経過すれば塞がるものなのに。
 間抜けな奴。
 だから女性は老婆の姿にまで時間を貯金して傷を再生した。
 目印さえ消えれば悪魔は追ってこない。あとは預けた貯金をおろして元の姿に戻ればいい。
 それでも悪魔の存在は邪魔だった。

「あの坊やには感謝しないとね」
 老婆だった女性はちゃんちゃんこを脱ぎ捨て派手なワンピースに着替えた。
「さて、今度は何を貯金しようかしら」
 ご利用は計画的に。
    唄うように女性は言うとハイヒールを弾ませ玄関を出た。

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