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第一章【プロローグ:旅立ち】

第一章21【行ってきます】

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 エスト村が?魔物の大群に、襲われた?

「待て、一旦落ち着け。詳しい状況を説明するんだ」

 叫ぶキョウに、冷静にギルドマスターのアンさんが尋ねる。何が起こっているのか。
 
 アンさんに言われキョウは冷静に喋り始める。

「お、俺は、見ての通り行商人をやってるんだ。そ、それで、仕事を終えて、エスト村に帰ろうとしたら!」

 震えながら喋り続けるキョウだが、また徐々に声が大きくなっていく。未だに理解できない。だがエスト村には父さんも母さんもいる。村長に守衛のジャンも。それに今日は、ミラだって、

「む、村が燃えてたんだよ!!!それに魔物も沢山いたし、何よりも、遠くから見てもはっきり分かった!!!あれは魔族イフトだった!!!」

「魔族だと!?」

「そうだよ!!!俺も襲われたけど、今日は冒険者を雇ってた。あいつらが足止めしてくれて、ここまで来たけど、皆殺された!!!頼む!助けてくれ!!!このままじゃ村が!!!」

「━━━!!!」

「まて!!!独りでは危険だ!!!」

 駄目だ、もう耐えられなかった。状況は理解したつもりだ。だったら、早く助けに行かないと。いくら父さん達が強くても、大量の魔物と魔族に対応しきれるかは分からない。それに━━、



 * * * * *



 外は既に暗くなっていた。それでも雪が少し積もり、月光を反射していて少し明るい。道はしっかりと見えていた。こんな夜でさえ、走って村にはたどり着けるだろう。

 ミラと何度も通った道だ。彼女が何度も自分が馬車に乗りたくないことを気にかけてくれて、依頼後に疲労したまま、笑いながら話して帰った道だ。
 父さんとも一緒に帰って、ヒスイを見つけた道だ。忘れるものか。

「━━、頼む、無事でいてくれ」

 戦闘でボロボロになった身体だが、今は構っている余裕がなかった。回復薬を走りながら飲み、無理矢理走り続ける。後でこの身体がどうなってもいい、皆を助けられるんだったら、どんな痛みだって背負ってやる。だから、今だけは、

「━━、大丈夫だ」

 大丈夫だ。皆、無事でいるはずだ。自分の到着が遅くても、皆は強い。きっと耐えてくれている。そこに自分が到着して。皆で力を合わせれば魔族になんか負けない。皆を助けられる。だって俺は、英雄になるんだから。

「ミラ、待ってろ!」

 ミラに今すぐあって、今日会ったことを話したい。「俺はCランクの魔物を倒したんだ!」と胸を張って言いたい。それに、ランクアップだって。ミラに自慢できる。父さん、母さん、フランおばさんにだって褒められる。流石は俺達の自慢の息子だって。褒めてほしい。ヒスイとだって昨日、家族になったばかりだ。まだ全然一緒に遊んでないじゃないか。

「っ!見えた!」

 エスト村が見えてきた。夜なのにとても明るい。ここからでもはっきりと分かる。キョウが言っていた通りだ。

 それでも信じたくなかった。もしかしたら、あいつの見間違いなんじゃないかって。だって、キョウは自分の事を嫌っているから。少しくらい、質の悪い冗談を、言うかも、知れないじゃないか。

 だから、信じない。信じたくない。きっとまだ、誰かがいる。村が燃えてたって、皆が、死んだわけじゃない。
 誰かがいるに決まってる。きっと誰かが待ってて━━━━、

「はぁ、はぁ、はぁ、皆は、どこだ」 

 エスト村に到着した。静かだ。異様なまでに静かだ。炎が、家が燃える音以外に何も聞こえない。

「はぁ、はぁ、だれかぁぁぁーーーー!!!!!いないのかぁぁぁーーー!!!!!」

 力の限り叫んだ声が、空へと吸い込まれて消えていく。

 そんははずはない。こんなことありえない。あっていいはずがない。認められるわけがない。

 だって、返事がないってことは。

「……うそだろ」

 もうだめだ、両足に力が━━━入らない、



 * * * * *



「━━━━━━」

 ただそこに力なく座り、眼前に広がる炎を眺めていた。

 空から降る雪が積もり、一面に銀世界が広がっている。
 本来なら炎と雪、赤と白のコントラストを楽しむ心を自分は持っていたはずだ。
 
 それでも、そんなのを楽しむ心は今はない。自分の心が動かない。今目の前に広がる炎を雪を、そして何より灰を受け入れられない自分がいるのを強く感じる。

 身体が動かない。ボロボロに傷ついているから動かないのではない。現実を受け入れようとしない心が身体を動かさない。

 こんなはずではなかった。自分は冒険者になってから、完璧とは言えないが、順調な道のりを歩んでいるつもりだった。冒険者ランクだって、今日の依頼で1つどころか2つ飛ばして、彼女のランクさえも予定だったのだ。

『お前の騎士になって、お前を一生守ってやる』

 あの時、交わした言葉が、あの時は、どんなに過酷な世界の理不尽でさえ、吹き飛ばすことが出来たであろう約束の言葉。それが今となっては心を蝕む呪いの言葉となっていた。

 英雄になると約束した。それは彼女の為だけじゃない。それは彼との約束。

『僕ね、いや、僕達は、英雄になりたい』『俺達は絶対に死なない。ミラは俺が守るから』『頑張って私を守ってね。未来の英雄さん』

 英雄とは一体何だったのか。英雄とは、どんな苦難をも乗り越え、皆を救う存在ではないのか。少なくとも自分は、そう信じてきた。そうなろうと今まで努力をしてきたつもりだ。 
 周りに恨まれようとも、悪魔だと蔑まれながらも、自分自身が信じる英雄への道を歩んできた。その結果が、自分が英雄になりたいと言った結果がこれなのか。

 お前にはなにも守れない。そう目の前で燃える炎が語りかけてきている気がする。

「うるさい!!!うるさい!!!うるさい!!!」

 炎に向かって叫ぶが返事は帰ってこず、炎は呪詛のように自分に囁き続ける。

『っ!お前だ!お前のせいだ!!!お前がいたから!!!』

 お前には守れない、父親、母親、幼馴染、おばさん、村の皆。約束なんて無意味だ。現実を見ようとしない子供の絵空事。お前は弱い。お前のせいで皆殺された。お前が悪魔だから。呪われた存在だから。お前は騎士になれない。お前は英雄になれない。

「━━━━━━!!!!!」

 声にならない叫び声が、誰もいない空に向かって響き渡る。星空は綺麗だった。星空は変わらない。騎士になると、一生守ると約束したあの日と変わらず、星々が綺麗に輝いている。

 見えるもの、聞こえるもの、肌に感じるもの。全てが自分の夢を、存在を否定しているようだった。



 * * * * *



 どのくらい、ここに座っていただろうか。もう、それすらも分からない。

 炎は燃え尽きた。呪いのような言葉はもう聞こえないはずだ。

 それでも、頭の中で響き続ける。お前は誰も救えないと。

 何かが足元に擦り寄っている。猫だった。黒が混じった真っ白な毛に緑色の瞳をした猫。

「━━、ヒスイ、お前は、無事だったんだな」

 座り込んでいたシュウは立ち上がり、ヒスイを抱きながら、村の中を歩いていく。
 多くのものが瞳に入る。魔物の死体だけじゃない。自分の事を悪魔だと、呪われた存在だと言い続けた村人達もだ。

 ある者は燃え尽き、ある者は腹を喰い破られ、ある者は砕かれた頭から色んなものが飛び出している。

 シュウは歩き続ける。自分の帰るべき場所だった所へと。

「……ただいま、父さん、母さん、フランおばさん、ミラ」

 もはや原型すらない程に燃え尽きた自分の家に入る。

「ランクアップのお祝い、したかったな」

 両親は、ミラは、フランおばさんは、自分の為に一体何を用意してくれていたのだろうか。

「……うん、大丈夫だよ、皆」

 シュウは家を出る。これは旅立ちだ。英雄でも騎士でも無い、新たな夢。

「俺は大丈夫だから。皆の仇は、俺が討つから。だから、心配しないで」

『いってらっしゃい』

「うん、行ってきます」

 皆の声が、聞こえた気がした。




 ━ ━ ━ ━ ━ ━
これで第一章という名のプロローグが終了となります。
ありがとうございました。

幕間と番外編を挟んだ後、第二章開始となります。
ご期待頂けたら幸いです。
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