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第二章【冒険者と復讐者】

第二章1【Cランク冒険者】

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「━━、さて、今日はどの依頼を受けようかな」

 ヴァイグルの冒険者ギルドにて、一人の男性冒険者が掲示板を眺め、どの依頼を選択しようか悩んでいる。
 その男は、茶色い髪の毛に綺麗な青い瞳をしており、端正な顔だちをしている。装備は整っており、その落ち着きから、彼が初心者冒険者ではないことは誰が見ても明らかだ。

「今日はルカもアイリスもいなくて独りだし、これにするか」

 そんな男は、依頼からDランクの依頼を選択し、受付に持って行く。

「あ、トビアスさん、こんにちは。今日も依頼ですか?」

「こんにちは、アカリさん。はい、今日はこの採取依頼を受けようかと」

「トビアスさんが、魔の森での採取依頼をやるなんて珍しいですね。あれ、今日は独りですか?」

「はい、彼女達は本日、別件でして」

 ギルドの受付員であるアカリと話す冒険者、トビアスは軽く雑談を終えて、受付を去る。

「おう!トビじゃねーか!今日こそは一杯やらねーか?」

「はは、悪いね、トーマス。今日の夜はもう別件があるんだ」

「あ、トビさん!この前は装備に関しての助言、ありがとうございました!おかげで最近調子が良い感じです」

「お礼なんていらないよ、ライム。困った時はお互い様だよ」

 ギルド内で多くの知り合いに声をかけられながら、トビことトビアス・エルゴンは依頼に向かった。



 ━ ━ ━ ━ ━



「採取とはいえ、魔物にも注意しないとな」

 トビは現在、森内を散策していた。依頼の採取対象はとあるキノコであり、魔力回復薬には欠かせない素材だ。

 キノコは木の根元で育つため、見逃さないように注意しなければいけないが、足下ばかりを注意して、魔物や盗賊に奇襲を仕掛けられないように警戒をしなければいけない。

 加えてここは、

「魔の森か、」

 ここ魔の森は以前、エストの森と呼ばれていた森だったらしい。だが今から約半年前、神歴353年の冬に起きた「エストの虐殺」以降は、魔の森と呼ばれるのが定着したそうだ。その理由は、

魔族イフトが、潜伏している可能性が高い」

 エストの虐殺を引き起こした魔族と魔物は、あれから発見されず、今でもこの森の中のどこかに潜んでいるのではないかと言われている。
 そのため、この森での依頼難易度も半年前に比べると上昇したのだった。

「お、あった。しかも結構育ってるじゃないか」

 森を探索していると、早速目的のキノコを発見した。幸運なことにかなり密集して育っていた為、もう一本キノコが育っている木を見つければ、早々にヴァイグルに帰還することができそうだ。

「もう少し奥に行けば、見つかるかな?」

 キノコを求め、森の奥に進んで行く。奥に進むのならば、より一層の警戒が必要だ。いつ、どこで敵に奇襲されるか分からない。

「エストの虐殺、か」

 数カ月前に王都から商業都市ヴァイグルに活動拠点を動かしたトビは、詳しいことは知らないが、エストの虐殺というのは相当に酷い事件だったらしく、王都にまで事件についての情報が届いたほどだ。

 王都では具体的な情報は手に入らなかったが、この魔の森の近くにあった、エスト村と呼ばれていた村が、魔族と魔物に襲撃されたというのはトビも知っていた。
 生存者も殆どいなかったらしいが、

「お、今日は運が良いな」

 周囲を警戒しながら歩いていると、キノコを見つけた。あれらを採取すれば、依頼達成に必要な量には達するはずだ。採取依頼は運が悪いと、数時間も森の中を探索しなければならない時もある。
 そう考えると、早々に2本目の木も見つけられたのは幸運と言えるだろう。

「これだと、今日は時間が余るな」

 事前に見積もっていた時間に比べ、早く採取が完了した。今日の午後は時間がありそうだ。装備の手入れだけでなく、魔法の訓練などにも時間をさけるかもしれない。とルカとアイリスも早めに合流をして━━、

「!!!」

 キノコを採取していたら背後に気配を感じ取り、剣を抜きその場から離脱。魔力を高める。
 
 魔物か盗賊か、それとも、

「魔族だけは、勘弁してほしいんだけどな」

 もしここで魔族と遭遇するのであれば、それこそ覚悟を決めなければいけない。自分一人しかいないため、仲間に危険が及ぶ心配はないが、戦闘は免れないだろう。
 それこそ、死を覚悟するほどの。

「警戒は、最大限に」

 高めた魔力を使い、風魔法を全身に纏う。これならば、

「!!!」

 瞬間、矢が飛んできた。一瞬反応が遅れたが、問題ない。弓矢に対しての対策はしてある。
 飛んできた弓矢は、纏っていた風魔法によって軌道をずらされ後ろの木に突き刺さる。矢の飛んできた位置から射手が潜んでいるのは、

「そこか!」

「っ!」

 取り出した短剣を素早く、茂みの中に投げ込むと声がする。恐らく命中はした。このまま周囲を警戒しながら距離を詰める。

「死ね!!!」

 茂みの中から男が二人飛び出してきた。それぞれ剣と斧を装備している。1対2の状況で突っ込むのは危険だ。ここは魔法を放ち、距離を取る。

「ちっ!風魔法を使う剣士か。まさか弓矢すら弾かれるとはな」

「だが、相手は独りだ、問題ない。逃げられる前にここで殺すぞ」

 更に男が2人茂みから出てくる。これは良くない状況だ。魔族ではなく、人族メンヒの盗賊だったのは不幸中の幸いだが、

「4対1か」

 四方を囲まれた。このままでは逃走は困難だ。戦うにしては数的に分が悪い。仲間がいればどうにかなるが、今は独りだ。さてどうするか。

「しかも君達、お尋ね者の盗賊だな?」

「ははは、諦めて金目の物を全部置いていけば、命だけは助けてやるぞ?」

 彼らの顔と装備に付けている印には見覚えがあった。確かギルドが手配書を貼っていたはずだ。認定ランクはC。これは厄介だ。

「そんな事言われて、信じると思う?」

「まあ、お前が何をしようと関係ねぇ、命乞いをしようと殺させてもらうぜ!」

「そりゃ、そうだよ……ね!!!」

 完全に囲まれる前に各個撃破するしか打開策はない。
 一番近くにいた盗賊めがけて、短剣を投げ込み距離を詰める。

「くそっ!」

 短剣は弾かれたが、隙は作った。このまま剣を叩きこむ。これで後3人。

「なっ!?お、お前ら行くぞ!!!」

 対応が遅れた残りの3人が一斉に襲い掛かってくる。ここは、

「くらえっ!」

 風魔法を地面に叩き込み、砂を巻き上げ盗賊達の視界を潰す。そして再び接近。

「うわぁ!」

 反応が遅れた斧を持っていた盗賊を剣で突き刺す。これで残り2人。だが、ここで問題が起きた。剣を抜く前に、残りの盗賊が攻撃を仕掛けてきたため、剣を抜くことができなかった。

「へへっ、武器が無くなっちまえばこっちのもんだ」

「この野郎、ぶち殺してやる!」

 剣を失ってしまったので、こちらにある攻撃手段は短剣数本と魔法のみだ。自分の魔法は基本的に相手を倒せるほど強力ではなく、手段はあるが、魔力を高めなければ使えない。

「くそっ、魔力制御をもっと訓練しとくべきだったな」

 いつもは仲間がいるので、時間を稼げたが、こうなってはかなり厳しい。相手の攻撃を躱しながら何とか隙を見て、剣を回収するしかない。若しくは逃げるかだ。あの剣も愛用していたが、背に腹は代えられない。

「いくぞ、おらぁ!」

 叫びながら、突進してくる盗賊。何とか剣を躱して短剣で斬りかかるが躱された。短剣も残りが少ない。やはり剣を━、

 肩に鋭い痛みが走った。見ると矢が刺さっている。一体どこから、

「はぁ、はぁ、この野郎、殺してやる」

 あいつは最初に短剣を当てた射手。まだ倒れていなかったのか。しかも矢じりには毒が塗られていたみたいだ。身体が痺れて動けない。これは本当にまずい。

かしら、俺に、こいつを殺させてくれよ。この野郎、短剣を投げてきやがった」

「はっ、いいだろう好きにしろ」

「くそっ」

 まさか盗賊達が回復薬などの装備もしっかり所持しているのは想定外だ。これがCランク認定されてる盗賊達か。

「おら!死ねぇ!!!」

 なんとかしないと、

「━━、は?」

「お、おい!!!」

 変な声が聞こえ、盗賊がそちらを振り返り焦っている。一体何が、

「なんだ、お前!!!くそっ!!!」

「……!!!」

 他の盗賊達の方を振り返ると一人の盗賊は剣で腹を斬られ、力を失って倒れている。もう一人の盗賊に誰かが斬りかかっているが、あれは、

「はぁ、はぁ、誰だ?」

 見たことのない冒険者だった。ヴァイグルには既に数ヶ月滞在しているが、一度も見たことのない冒険者。フード付きのローブを被っていて顔を確認することができないが、実力はかなりのものだ。盗賊の一人を圧倒している。

「ぐぁっ!」

 その冒険者は、そのまま盗賊の首を刎ね、こちらに背を向け、その場に佇んでいる。
 これで盗賊はあと一人のはず。あの弓の射手はどこへ。

 いた、残った盗賊は茂みから弓矢の狙いを定めている。まずいこのままでは、

「っ!よ、けっ!」

 駄目だ、毒のせいで叫べない。危険を知らせなければいけないのに。あの冒険者は完全に油断している。矢が放たれ、一直線に冒険者に向かっていく。背後から弓を放たれては、避けれるはずがない。

「死ね!!!はっは━━え?」

「……」

 どういうことだ。完全に死角の背後から放たれた矢を、その冒険者は身体をその場から動かさずに躱したのか。いや違う、矢がそれたのだ。自分が事前に短剣で負傷をさせてたことによって、手元が狂ったのだろう。

 そしてその冒険者は、すぐさま短剣を盗賊に放ち、反撃。短剣は盗賊の首に命中し、そのまま盗賊は倒れ、息絶えた。

「……」

 この距離で短剣を投げ、首に命中させるのはまだ分かる。あの冒険者は相当な実力者だ。だが、あの瞬間に盗賊が矢を外すことなどがあるのだろうか。自分は魔法で矢に対応できる。
 
 あの冒険者は魔法を使っていた気配はない。だとすると本当に盗賊の失敗。もしくは、加護のような力が、

「おい、使え」

「!!…あ、あぁ」

 何時の間にかこちらに歩み寄っていた冒険者がこちらの前に解毒薬と回復薬を投げる。それらを飲み、しびれが取れた。これで身体を動かせそうだ。

「助かったよ、ありがとう」

「そうか」

 声を聴いて分かったが、男性だ。しかも自分と殆ど年齢が変わらない程に若い冒険者。
 先程の戦いぶりを見るにかなり経験を積んでいるし、実力も自分と同じかそれ以上で、Cランクは間違いなくあるだろう。

「君が来なかったら、僕は間違いなく、彼らに殺されていた。君は僕の命の恩人だ。感謝させてくれ!」

「……気にするな」

「あ、あぁ」

 物凄く不愛想だが、助けてくれた辺り、悪い人ではないのだろう。なぜ今まで一度もギルドで見たことが無いのか不思議だが、そこは今は気にしないでおこう。取り敢えず、何かお礼をせねば。

「僕の名前はトビアス・エルゴン。トビって呼んでくれ」

「……」

 こちらの自己紹介を無視して、盗賊達の死体を漁っている冒険者。これには困った。彼はとても無口なようだ。せめて名前だけでも知っておかないとお礼ができない。

「あの、君の名前は?」

「……」

「……すまない、無理に言わなくてもいいんだ。申し訳なかったね」

 相手が嫌なのに、無理して聞くのは間違っている。

「そ、それじゃあ、僕はヴァイグルに戻るよ。もしまた会ったら、その時はよろしく」

 ここは指名手配されていた盗賊の討伐をギルドに報告するため、一旦ヴァイグルに戻るしかない。

「……おい」

「っ!なんだい?」

 不意に声をかけられた。向こうから声をかけてくることは予想してなかったので驚いてしまったが、しっかり対応しないと相手に失礼だ。

「盗賊の、討伐報告に行くのか?」

「彼らはギルドに手配されていたからね」

「報奨金は、山分けにしろ。俺はお前を助けた」

 どうやら彼は盗賊討伐の報奨金が欲しいみたいだ。正直こちらからしても、渡す気はあったのだが、どうしようか困っていたところだ。だから彼から言ってきてくれたのは助かる。

 それに、これはチャンスだ。

「もちろん!君には助けられた。でもギルドに討伐報告をする時は、討伐に関わった冒険者を必ず報告しなければいけない決まりがある」

「お前が、一人で討伐したことにすればいい」

「それはできない!ギルドに間違った評価をされるのも困る。それに嘘に気付かれた時、僕は君の事を報告しなければならない。それは君とっても面倒だろう?」

「……」

 さあ、どうだ。これで折れて名前を言ってくれるだろうか。正直、嘘に気付かれることは彼が報告しなければ起こりえないことだが、彼は周りとの関わりを避けているように思える。
 少々強引な手になってしまったが、こちらとしても命の恩人の名前を聞けずにヴァイグルに帰るのはごめんだ。

「……はぁ」

 やばい、もしかしたら彼の機嫌を損ねてしまっただろうか。強引な理屈を通そうとしてしまった自覚はある。だとしたらここは謝罪を、

「━━だ」

「え?」

「シュウ、俺の名前だ」


 ━ ━ ━ ━ ━

第二章開始です。

一応捕捉。本来、1対1で戦っていればトビも盗賊達に勝てる程の実力者です。
なので、彼がシュウの実力を「実力も自分と同じかそれ以上」と思ったのは間違いではありません。

トビからすると、仲間がいない状態で5人相手なのが普通に運が悪い。
ちなみに仮に彼の冒険者仲間がいた場合、3対5で多少は苦戦しますが、普通に勝てます。す。
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