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二十話『螺旋の先の暗闇』
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「優香といいます。突然ナンパのように声をかけられたので、びっくりしましたけど、正直嬉しかったです。ぜひ、ご都合の良い時に誘ってください」
興奮してテンションの高いアキは、私の顔に鼻息をかけてくる。鼻毛を見せながら、得意げにスマホを見せてくれた。
鼻息荒すぎでしょ。それにしても上手くいったんだ。ようやくお節介も終わった。アキの顔を見ていると私まで心臓が高ぶってくる。
そうかと思えば、頭を抱えながらスマホとにらめっこして、返信を何度も書いては消す慌ただしいアキを見ていると、可愛らしくて笑ってしまう。
彼がメールを打つ度に、スマホのカエルのキーホルダーがプラプラ揺れている。
「やったよ! 君のおかげで、デートすることになった。今ならなんでも出来る気がする! 本当にありがとう」
彼は思わず私に抱きつこうとしてくる。それはちょっと。彼の腕を振り払う。
「おめでとう! 私ができるのはここまでだよ。あとは自分の力で優香さんのハートを掴み取るんだよ。仕事も頑張らないと。教師の仕事だけが全てじゃないから。君はなんだってできるはずだよ」
私の話も聞かずに、「やったあー」と、言わんばかりに一人で両手を空に向けてバンザイし出す始末。通りすがりの人達はこの人、危ない人だと、白い目で見ていた。
恋すると視野が狭くなるっていうけど、まさにその通りなのかもしれない。傍から見るからそう見えるだけであって、当事者なら私も同じように何も見えないある種の病気にかかるのかも。不治の病っていうし……。
恋は盲目で1回患ってしまえば、それを治療するための特効薬なんてものはない。なんてね。
「明日はこないだのラーメン屋に決めてるんだ。君と行って楽しかったから」
「そう」
そんなこと言わないでよ。
「水族館デートは臭いからもういいや。イルカのショーも見たけど琴音が餌を貰って演技しているのを見るのは可哀想で苦手とか言うから、僕も……」
「そっか」
私のことはもういいのよ。しっかりしてよ。
彼は優香さんとのデートについて想像をふくらませてるけど、私との思い出ばかり話してくる。うんざりだよ。私のことは忘れて、本命と楽しくやりなさい。
何故か寂しい気持ちになってくる。この気持ちに踏ん切りをつけるために、スマホを開いて、見られないようにアキの電話番号を消した。
――これでいい……。もう二度とかけることは無いのだから。
「聞いてる?」
「聞いてるよ。今日で私達もお別れだね。男女の友情なんてありえないから。今までありがとう。もう私たち会わないようにしようよ」
私のアパートの前で、車が停る。
「もう、僕たち終わり?」
「知り合い以上友達未満なのだから、始まってもないし、終わりとかないんじゃない? それじゃあね」
これ以上彼といる意味もない。私はさっさと車から降りようとした。
「玄関まで送ってくよ。最後だし送らせて」
「え? まあしょうがないわね」
彼がポケットにスマホをしまおうとすると、紐が切れて、翠のカエルのキーホルダーが地面に落ちた。
「あ! 縁起わるっ」
「そういうの気にするタイプなんだ! どこにでもあるキーホルダーでしょ。これって」
「いや。恥ずかしい話、これは大切な宝物なんだ。本当は二個でひとつなんだけど、あげちゃったんだよね。小さなガールフレンドに」
「なにそれ……。なにさ。僕は昔、プレイボーイでした。みたいなの。似合わないし」
ん? 私の過去の記憶に似てる。
「僕の初恋は奈良公園。動物好きの子でやたらと写真を撮ってた子がいたんだけど、置いてけぼりをくらってて。チャンスとばかりに話しかけた」
「ふーん。それがこんな大人になってしまったというわけなんだね」
――なんでこのタイミングなのよ。聞きたくなかった。アキがあの時の……。
遅いよ。数年前に出会えていたら、運命ってあったのかもしれない。でも、こんな私が、小説やドラマの主人公みたいにハッピーエンドになるわけないか。
「そうなんだ……今までありがとうね」
「ん。なんで、琴音が涙ぐむの。本当にありがとう。君のおかげで前を向いて生きていける」
私はどんな顔をしているのだろう。彼の瞳は満点の星空に輝く星のように煌めき眩しかった。
子供の頃から性格変わってない。相変わらずじゃない。
「いい? あなたは親切すぎるから、優しさの安売りばかりしてたらダメだからね」
私はそれだけ言って、手を小さく振り、アパートのドアノブに手をかけ、彼は笑って手を振り返してくれた。
ガチャりとドアが閉まると同時に、玄関で我慢してた気持ちが身体の中で爆発してしまう。口元を手で覆い隠すと、ドアにもたれかかって座り込む。思いが一気に爆発する。
夢に見ていた。小学生の頃、出会った変な男子。私は彼のせいで酷い目に合わされたけど、でも彼も私のことを大切にして、最後はみんなの元へ返してくれた。
そんな夢をこれまで何回も何回も見てきた。まさかそれがアキだなんて……。世間は狭いとはいうけど、奈良の人がなんで愛知県にいるの……。神様っ。神様なんてもの信じてないけど、もしいるとするなら、最後に合わせてくれて感謝してます……。
私のバカっ。元気な時にアキと出会いたかった。胸の辺りがズキズキ痛い。視界がぼやけてきて私はゆっくりとトイレへと向かう。
ドアを開けてかがむと目の前が真っ白になり、胃の奥の酸っぱいものや鉄のような味がするものを吐き出した。
疲れた。このままだとまずい。電話で彼に助けを呼ぼうにも、もう何も出来ない。呼べるわけない。
――番号消した……
何とかカーペットの上を這うようにして、ベランダの窓を開けたところで、意識を失ってしまった。
☆
暖かい温もりが、私の手に伝わる。湿っていてどこか懐かしい。けたたましいサイレンの音と身体を揺らす軋むベッドの音。
瞼を開けると、ぼんやりと周りが見えてきた。誰の顔だろう。
なんで? 心配そうなアキの顔が目の前にあり、驚く。まさか私っ、救急車に乗せられている?
「あー、目が開きました! 良かったぁああああ」
「もうすぐ病院に着きますから。大丈夫ですよ! 家族の方もみえますし、安心してください」
肩をポンポンするのは救急救命士だろうか? 家族ではないんだよ……。 さては、嘘ついたな……。
「アキっ……ごめんなさい」
それだけ言うとまた螺旋状の目眩が襲いかかり、私は静寂の暗闇に吸い込まれていく。
興奮してテンションの高いアキは、私の顔に鼻息をかけてくる。鼻毛を見せながら、得意げにスマホを見せてくれた。
鼻息荒すぎでしょ。それにしても上手くいったんだ。ようやくお節介も終わった。アキの顔を見ていると私まで心臓が高ぶってくる。
そうかと思えば、頭を抱えながらスマホとにらめっこして、返信を何度も書いては消す慌ただしいアキを見ていると、可愛らしくて笑ってしまう。
彼がメールを打つ度に、スマホのカエルのキーホルダーがプラプラ揺れている。
「やったよ! 君のおかげで、デートすることになった。今ならなんでも出来る気がする! 本当にありがとう」
彼は思わず私に抱きつこうとしてくる。それはちょっと。彼の腕を振り払う。
「おめでとう! 私ができるのはここまでだよ。あとは自分の力で優香さんのハートを掴み取るんだよ。仕事も頑張らないと。教師の仕事だけが全てじゃないから。君はなんだってできるはずだよ」
私の話も聞かずに、「やったあー」と、言わんばかりに一人で両手を空に向けてバンザイし出す始末。通りすがりの人達はこの人、危ない人だと、白い目で見ていた。
恋すると視野が狭くなるっていうけど、まさにその通りなのかもしれない。傍から見るからそう見えるだけであって、当事者なら私も同じように何も見えないある種の病気にかかるのかも。不治の病っていうし……。
恋は盲目で1回患ってしまえば、それを治療するための特効薬なんてものはない。なんてね。
「明日はこないだのラーメン屋に決めてるんだ。君と行って楽しかったから」
「そう」
そんなこと言わないでよ。
「水族館デートは臭いからもういいや。イルカのショーも見たけど琴音が餌を貰って演技しているのを見るのは可哀想で苦手とか言うから、僕も……」
「そっか」
私のことはもういいのよ。しっかりしてよ。
彼は優香さんとのデートについて想像をふくらませてるけど、私との思い出ばかり話してくる。うんざりだよ。私のことは忘れて、本命と楽しくやりなさい。
何故か寂しい気持ちになってくる。この気持ちに踏ん切りをつけるために、スマホを開いて、見られないようにアキの電話番号を消した。
――これでいい……。もう二度とかけることは無いのだから。
「聞いてる?」
「聞いてるよ。今日で私達もお別れだね。男女の友情なんてありえないから。今までありがとう。もう私たち会わないようにしようよ」
私のアパートの前で、車が停る。
「もう、僕たち終わり?」
「知り合い以上友達未満なのだから、始まってもないし、終わりとかないんじゃない? それじゃあね」
これ以上彼といる意味もない。私はさっさと車から降りようとした。
「玄関まで送ってくよ。最後だし送らせて」
「え? まあしょうがないわね」
彼がポケットにスマホをしまおうとすると、紐が切れて、翠のカエルのキーホルダーが地面に落ちた。
「あ! 縁起わるっ」
「そういうの気にするタイプなんだ! どこにでもあるキーホルダーでしょ。これって」
「いや。恥ずかしい話、これは大切な宝物なんだ。本当は二個でひとつなんだけど、あげちゃったんだよね。小さなガールフレンドに」
「なにそれ……。なにさ。僕は昔、プレイボーイでした。みたいなの。似合わないし」
ん? 私の過去の記憶に似てる。
「僕の初恋は奈良公園。動物好きの子でやたらと写真を撮ってた子がいたんだけど、置いてけぼりをくらってて。チャンスとばかりに話しかけた」
「ふーん。それがこんな大人になってしまったというわけなんだね」
――なんでこのタイミングなのよ。聞きたくなかった。アキがあの時の……。
遅いよ。数年前に出会えていたら、運命ってあったのかもしれない。でも、こんな私が、小説やドラマの主人公みたいにハッピーエンドになるわけないか。
「そうなんだ……今までありがとうね」
「ん。なんで、琴音が涙ぐむの。本当にありがとう。君のおかげで前を向いて生きていける」
私はどんな顔をしているのだろう。彼の瞳は満点の星空に輝く星のように煌めき眩しかった。
子供の頃から性格変わってない。相変わらずじゃない。
「いい? あなたは親切すぎるから、優しさの安売りばかりしてたらダメだからね」
私はそれだけ言って、手を小さく振り、アパートのドアノブに手をかけ、彼は笑って手を振り返してくれた。
ガチャりとドアが閉まると同時に、玄関で我慢してた気持ちが身体の中で爆発してしまう。口元を手で覆い隠すと、ドアにもたれかかって座り込む。思いが一気に爆発する。
夢に見ていた。小学生の頃、出会った変な男子。私は彼のせいで酷い目に合わされたけど、でも彼も私のことを大切にして、最後はみんなの元へ返してくれた。
そんな夢をこれまで何回も何回も見てきた。まさかそれがアキだなんて……。世間は狭いとはいうけど、奈良の人がなんで愛知県にいるの……。神様っ。神様なんてもの信じてないけど、もしいるとするなら、最後に合わせてくれて感謝してます……。
私のバカっ。元気な時にアキと出会いたかった。胸の辺りがズキズキ痛い。視界がぼやけてきて私はゆっくりとトイレへと向かう。
ドアを開けてかがむと目の前が真っ白になり、胃の奥の酸っぱいものや鉄のような味がするものを吐き出した。
疲れた。このままだとまずい。電話で彼に助けを呼ぼうにも、もう何も出来ない。呼べるわけない。
――番号消した……
何とかカーペットの上を這うようにして、ベランダの窓を開けたところで、意識を失ってしまった。
☆
暖かい温もりが、私の手に伝わる。湿っていてどこか懐かしい。けたたましいサイレンの音と身体を揺らす軋むベッドの音。
瞼を開けると、ぼんやりと周りが見えてきた。誰の顔だろう。
なんで? 心配そうなアキの顔が目の前にあり、驚く。まさか私っ、救急車に乗せられている?
「あー、目が開きました! 良かったぁああああ」
「もうすぐ病院に着きますから。大丈夫ですよ! 家族の方もみえますし、安心してください」
肩をポンポンするのは救急救命士だろうか? 家族ではないんだよ……。 さては、嘘ついたな……。
「アキっ……ごめんなさい」
それだけ言うとまた螺旋状の目眩が襲いかかり、私は静寂の暗闇に吸い込まれていく。
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