山の駄菓子屋さん

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山の駄菓子屋さん

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 駄菓子屋さんの扉がいきおいよく開いて、きつねの子がピョンとお店に入ってきました。
 きつねの子は口にくわえていたアケビの蔓で編んだかごを床に置くと、後足で立ち上がりました。
「すがちゃん、こんにちは!」
 ぶるん、と体をふるわせると金色の柔らかい毛から氷のかけらが落ちました。
「こんな雪の荒れた日にわざわざ来たの!?」
 すがちゃんは、桔梗で染めた着物に素早くたすきをかけると、手ぬぐいを持ってきて、きつねの体を拭いてあげました。
 すがちゃんが近くによると、ほんのり涼やかなのは、すがちゃんが雪女だからです。高い山のうえで駄菓子屋さんをしています。長い髪を頭のうえで一つに結んでいます。動くたびに髪からはサラサラと粉雪が散ります。
 すがちゃんお手製のお菓子が並ぶお店には、ふだんならウサギや熊や鹿のこどもたちがいてにぎやかなのに、今日は誰もいません。
「店じまいしなくてよかったわ。きょうはコン吉、ひとり? このみちゃんは?」
「……妹は風邪ひいて、寝てるんだ」
 コン吉が、うつむくとヒゲと大きな三角の耳もいっしょにうなだれました。
「ノドがはれてお熱がさがらなくて、すがちゃんのアイスキャンディーが食べたいってべそをかくんだ」
 コン吉は自分のしっぽを胸にぎゅっと抱いてしょんぼりしています。
「まあ、それでわざわざきたの!」
 すがちゃんは、お店の中の壁ぎわに置かれた漆塗りの桐の唐櫃からびつを開けました。
 櫃の中には凍ったアイスキャンディーがたくさん入っています。
「どの味がいいのかな? 木苺、アケビ、山ブドウ、それともコケモモ?」
 すがちゃん特製のアイスキャンディーはどれも美味しいのです。
「山ぶどうをください」
 コン吉は元気よくお願いすると籠の中からビカピカに光るドングリを一つかみ出して、すがちゃんに渡しました。
 すがちゃんはコン吉の籠に蕗の葉で包んだ山ぶどう味のアイスキャンディーを二本入れました。
「すがちゃん、ぼくひとつぶんしかドングリがないよ」
「これは、私からのお見舞い。それから」
 すがちゃんはお店の棚から、桑の実のゼリーとクルミのビスケット、それからモチキビのお団子も籠に詰め込みました。
 みんな、このみちゃんの好きなものばかりです。
「こんなに? ……ありがとう、すがちゃん」
 コン吉は目をキラキラさせてお礼を言いました。
「はやく帰ったほうがいいわね、だれかにおともをお願いしなきゃ」
「ぼく、だいじょうぶ。じゃあね、ありがとうすがちゃん」
 コン吉は籠をくわえて、横殴りの雪の中へ踊り出て、斜面を駆けくだりあっというまに見えなくなりました。
「だいじょうぶって言われても心配ね」
 すがちゃんは唇に指をあてると、ヒュウと甲高い指笛をいちど鳴らしました。

 コン吉は、雪の中をはずむようにして走っていきました。それでも籠の中のアイスキャンディーとお菓子を落とさないように、気を付けています。
 斜面を下ると、雪がやみました。
 カチカチに凍った雪がザラメのような氷になり、輝く丘を下りました。
 雪が残る野原には、鮮やかな緑が見え始めました。小さな黄色い花が咲いています。蝶や羽虫が飛んでいます。
 山を下ると、ますます日差しが強くなっていきます。コン吉のいえのある森が見えてきました。
 空の高いところで、鷹の啼く声が響きました。狩りでしょうか。どこかに野ネズミやウサギがいるのかもしれません。
 森からは蝉の声がしてきました。山ゼミがせわしなく鳴いているのです。
 まわりの気温はどんどん上がっていきます。
「アイスキャンディーがとけちゃうよ」
 コン吉は小川を飛び越えようとして、なにか柔らかいものを踏んづけました。
 ひゅん、と風を切る音がして、コン吉の行く手にかま首をもたげたヘビが現れました。
 踏んづけたのは、ヘビの背中だったのです。
 コン吉はぴょん、と後ろに飛びのきました。ヘビは赤い舌をぺろぺろとさせながら、ぎろりとコン吉をにらみました。
 マムシです。小川で涼もうとしたところを運悪く邪魔してしまったのでしょう。
 慌てて動いたら、足にかみつかれそうです。籠から紫色の水がしたたりました。
「とけちゃう!」
 コン吉は泣きそうになりました。このままではせっかくのアイスキャンディーがとけてしまいます。
 マムシはなおも、コン吉を見つめたまま首をゆらゆらとゆすります。かっと口を開けたかと思うと、コン吉めがけて跳んできました。
 きゃあ!
 籠をくわえたコン吉はよろめきました。もうだめ! そう思ったとき、鷹の声がしたかとおもうと、コン吉とマムシの間に割り込むように急降下してまた急上昇しました。
 コン吉とマムシは思わず空をみあげました。
 鷹が、長くきらめく白いリボンをくわえてゆうゆうと羽ばたいています。
 マムシは天敵の登場に今さら驚いたのか、やぶの中へと身をかくしました。
 ポカンと見あげるコン吉のまえに、鷹がふわりと舞い降り、口からリボンを落としました。
 リボンはよくよく見ると、手をつないだ雪ん子でした。それはずうっと遠くの空、すがちゃんのいる山のうえの雪雲から、細い蜘蛛の糸のようにつながっていました。
 白い三角ぼうしをかぶった雪ん子たちは、コン吉のかごの周りをクルクルクルとなんべんも回りました。
 またたくまに籠は冷やされ、凍っていきます。さっきまでとけそうだった、アイスキャンディーも元のように固まりました。
「わあ、これならとけないね、ありがとう!」
 コン吉がほっとすると、雪ん子たちは嬉しそうに両手をふりました。そしてもう一度手をつなぐと、そのはしを鷹がくわえ翼のひとふりで、空へと帰ってきました。

 コン吉は家へと急ぎました。
 森にヒグラシの合唱が響きます。もう日が暮れそうです。
 おうちの前に誰かいます。
「ただいま!」
「コン吉!」
 外にいたおとうさんとおかあさんが、コン吉のところへ駆けつけました。
「どこに行ってた! みんな心配してさがしてたんだぞ」
 おとうさんがコン吉を叱りつけました。コン吉は籠をくわえたままで、ちょこんとすわり頭を下げました。
「ごめんなさい、すがちゃんのところまで行って来たの」
「まあ、あんな高いところまで?」
「アイスキャンディー、買ってきたよ このみにたべさせて」
 おかあさんもおとうさんも、あきれ顔になりましたが、ふたりでコン吉をぎゅっと抱きしめました。

 買ってきたアイスキャンディーに、妹のこのみがどれほど喜んだことか。
 雪ん子たちのおかげでアイスキャンディーは夜まで少しもとけませんでした。コン吉とこのみは、ほたるをみながら山ぶどうのアイスキャンディーを食べました。
 ハリキリすぎた雪ん子たちのおかげで、他のお菓子もカチンコチンに凍っていましたけどね。

 すがちゃんの駄菓子屋さんは夏でも雪の降る高い山のうえで、年中無休で営業中です。
 
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