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第8話 現代人が異世界の生活に耐えられるはずがない
幸いにも、そこから街に戻るまでは、特段のトラブルはなかったし、門が閉鎖される夜までには入り口に辿り着くことができた。
街の門がまだ開いているのを確認した時には、おもわず安堵のため息が出てしまった。
ガラもこれまで終始無言だったが、門の中に入ると、安心したのか、口の滑りがだいぶよくなる。
「これから酒場に……といきたいとこだが、お前は飲まないんだよな。まあ、俺も帳簿の整理もしないといけないしな。ここらで解散するか。それと……」
ガラがズタ袋から、乱雑に硬貨を何枚か取り出し、手渡してきた。
いつもより枚数が多い。
が、どの硬貨がどれくらいの価値があるのかすぐには判断ができないため、今日の報酬がいつもと比べてどれくらい多いのかは判断できない。
ガラは、影人の顔を見ながら、ニヤリと笑い、「今日のお前はこれくらいの報酬をもらって当然の働きをしたからな」としたり顔を浮かべている。
どうやら、ガラの言を信じるならば、いつもよりはかなり多いらしい。
借家に戻ったら、もらった銅貨、銀貨の種類でも確認してみるか。
この街では、何種類もの硬貨が流通していて、しかも、その時々の情勢の変化で、価値も目まぐるしく変わるから、把握するのは難しい。
「それじゃ——」と背を向けて、別れようとすると、ガラが呼び止めてきた。
「あ、ちょっと……待て。今日は助かった。本当にな……」
振り返ると、ガラは見たことがないほど神妙な面持ちをしていた。
「そ、そうか……」
ガラが言葉にして、感謝を伝えているのだから、どうやら今日の一件は、相当ガラの琴線に触れることができたらしい。
ただ、予想外のことに、どう返せばよいのかわからず、ただ気のない返答をするしかなかった。
なんとなく気恥ずかしくなり、「じゃ……また明日」と足早にその場から離れる。
大通りを抜けて、居住している借家へと向かう。
日はすっかり落ちて、あたりは、夜の帳が下りている。
大通り沿いは酒場や店が立ち並んでいるから、夜でもその周りは、まばらだが人通りはある。
しかし、そんな大通りですら、影人の感覚からすれば、圧倒的に暗い。
店の中から漏れる僅かな光が近くの道を照らすのみで、そこから外れれば、月明かりくらいしか光源はない。
何度か夜に街を歩いたことはあるが、それでもこの漆黒にはなかなか慣れない。
この暗闇の中にいると、歩く速さは、自然と早くなる。
ましてや今日は、あんなことがあったばかりだから、いつにもまして、スピードは早くなる。
影人が住む家は、街の中心部から少し離れた区画にある。
住んでいる一帯の区画は、ガラいわく、「お前みたいな流れ者が、あんなとこに住んでたらあっという間に金が無くなるぞ」というほど値が張るエリアらしい。
本当のところは、もう少し安宿に居を構えるべきなのだろうが、一度そういったところに泊まった時に酷い目にあったため——1泊だけといえども耐えられる衛生環境ではなかった——に、今のところを定宿としている。
大通りから、何度か角を曲がり、影人の家の前へとたどり着く。
家の外観は、住んでいる影人ですら、なかなか見分けがつかないほど周囲の建物と似通っている。
建物に個性を持たせることはここでは、過剰な贅沢なのだろう。
玄関の扉を開けて、階段を登り、借りている二階の部屋へと向かう。
家の中も真っ暗闇だが、このころになると、目が闇に慣れてきて、急勾配の階段もなんなく昇れる。
短い廊下の奥にある部屋のドアノブを回し、部屋に入る。
使い古したベッドが一つあり、部屋の面積のほとんどを占める。
その他の家具といえるものはない。
当然、洗面所やトイレといったようなものはない。
見慣れた暗く狭い部屋に入り、ベッドに座る。
これが、今の影人の現実の生活なのだ。
以前暮らしていた政府管理の部屋に「無個性でつまらない」と不満を垂れていた頃の自分に見せてやりたい。
こんな部屋に住んでいても、ガラが言う通りに、今の影人の収支は、常にカツカツの状態だ。
週払いのこの家の家賃だけで、唯一の収入源たるガラからもらう報酬の8割ほどはなくなってしまう。
残りの2割をあのバカみたいに硬いパン代に回せば、それですっからかんだ。
唯一救いなのが、こんな不摂生極まる生活をしても、意外にも体調を崩さないことだ。
以前は不満の種だった政府が影人の身体に施した医療システムの性能に感謝しなければらならない……ということだろう。
影人の体を駆け巡る常在のナノ医療システムは、国民全てが無料で受けることができる。
それ故にかなり廉価で必要最低限のスペックのシステムだと一般的には評価されている。
実際のところ富裕層で、政府支給の医療システムを導入している人間はいない。
政府関連の仕事に従事している人間でも公表していないだけで、間違いなくもっとマシなシステムを体内に入れているだろう。
影人のように働くことができずに、政府の支給する最低限の金で生活するしかない人々——といってもそうした人々が国民の大半だが——ににとっては不満はあれどこの政府支給の医療システムで妥協するよりなかった。
当然、影人もこの体内の医療システムには不満だらけであった。
が……そのおかげで、病気にもならず、強化された身体能力は、この世界では、十分過ぎるほどの性能を発揮している。
さらに言えば、家、食料、健康、娯楽、それらが全て揃っていた前の生活が酷く懐かしい。
もっとも、当時は、そんな生活に不満を感じていたのだが。
昔を回想しても、状況は一向に改善しないのはわかっているが、それでもこの世界で街中を歩く度に、食事をする度に、部屋に戻る度に、過去の生活を追い求めてしまう。
そして、今の生活において、極めつけに不幸なのは、常に感じるこの不快な思いを任意に変えることができないことだ。
脳にアクセスして、感情操作をすることなど当然この世界ではできない。
だから、原始的な方法で感情をコントロールしかない。
少しでも気分を紛らわそうと、ガラからもらった硬貨を小さな布袋から取り出して、ベッドの上に広げる。
頭の中の知識を整理して、四苦八苦しながら、暗算を行い、硬貨の価値を計算する。
なるほど、たしかにガラが言ったとおり、いつもの報酬のおよそ二倍程度はあるようだ。
頭をいじめたかいもあり、金の力は、ほんの一瞬、影人の気分をわずかに向上させた。
そのままベッドの上に寝転がる。
この余韻を利用して、早く寝てしまいたかった。
この世界に来てからは、安眠できたためしがない。
突然、ガタ……と、物音がした。
一階の入り口の方からだ。嫌な予感がした。
この建物には他にも住民はいるが、こんな夜中に帰ってくることなど滅多にない。
床がきしむ音が続き、その音は徐々に近づいてくる。
街の門がまだ開いているのを確認した時には、おもわず安堵のため息が出てしまった。
ガラもこれまで終始無言だったが、門の中に入ると、安心したのか、口の滑りがだいぶよくなる。
「これから酒場に……といきたいとこだが、お前は飲まないんだよな。まあ、俺も帳簿の整理もしないといけないしな。ここらで解散するか。それと……」
ガラがズタ袋から、乱雑に硬貨を何枚か取り出し、手渡してきた。
いつもより枚数が多い。
が、どの硬貨がどれくらいの価値があるのかすぐには判断ができないため、今日の報酬がいつもと比べてどれくらい多いのかは判断できない。
ガラは、影人の顔を見ながら、ニヤリと笑い、「今日のお前はこれくらいの報酬をもらって当然の働きをしたからな」としたり顔を浮かべている。
どうやら、ガラの言を信じるならば、いつもよりはかなり多いらしい。
借家に戻ったら、もらった銅貨、銀貨の種類でも確認してみるか。
この街では、何種類もの硬貨が流通していて、しかも、その時々の情勢の変化で、価値も目まぐるしく変わるから、把握するのは難しい。
「それじゃ——」と背を向けて、別れようとすると、ガラが呼び止めてきた。
「あ、ちょっと……待て。今日は助かった。本当にな……」
振り返ると、ガラは見たことがないほど神妙な面持ちをしていた。
「そ、そうか……」
ガラが言葉にして、感謝を伝えているのだから、どうやら今日の一件は、相当ガラの琴線に触れることができたらしい。
ただ、予想外のことに、どう返せばよいのかわからず、ただ気のない返答をするしかなかった。
なんとなく気恥ずかしくなり、「じゃ……また明日」と足早にその場から離れる。
大通りを抜けて、居住している借家へと向かう。
日はすっかり落ちて、あたりは、夜の帳が下りている。
大通り沿いは酒場や店が立ち並んでいるから、夜でもその周りは、まばらだが人通りはある。
しかし、そんな大通りですら、影人の感覚からすれば、圧倒的に暗い。
店の中から漏れる僅かな光が近くの道を照らすのみで、そこから外れれば、月明かりくらいしか光源はない。
何度か夜に街を歩いたことはあるが、それでもこの漆黒にはなかなか慣れない。
この暗闇の中にいると、歩く速さは、自然と早くなる。
ましてや今日は、あんなことがあったばかりだから、いつにもまして、スピードは早くなる。
影人が住む家は、街の中心部から少し離れた区画にある。
住んでいる一帯の区画は、ガラいわく、「お前みたいな流れ者が、あんなとこに住んでたらあっという間に金が無くなるぞ」というほど値が張るエリアらしい。
本当のところは、もう少し安宿に居を構えるべきなのだろうが、一度そういったところに泊まった時に酷い目にあったため——1泊だけといえども耐えられる衛生環境ではなかった——に、今のところを定宿としている。
大通りから、何度か角を曲がり、影人の家の前へとたどり着く。
家の外観は、住んでいる影人ですら、なかなか見分けがつかないほど周囲の建物と似通っている。
建物に個性を持たせることはここでは、過剰な贅沢なのだろう。
玄関の扉を開けて、階段を登り、借りている二階の部屋へと向かう。
家の中も真っ暗闇だが、このころになると、目が闇に慣れてきて、急勾配の階段もなんなく昇れる。
短い廊下の奥にある部屋のドアノブを回し、部屋に入る。
使い古したベッドが一つあり、部屋の面積のほとんどを占める。
その他の家具といえるものはない。
当然、洗面所やトイレといったようなものはない。
見慣れた暗く狭い部屋に入り、ベッドに座る。
これが、今の影人の現実の生活なのだ。
以前暮らしていた政府管理の部屋に「無個性でつまらない」と不満を垂れていた頃の自分に見せてやりたい。
こんな部屋に住んでいても、ガラが言う通りに、今の影人の収支は、常にカツカツの状態だ。
週払いのこの家の家賃だけで、唯一の収入源たるガラからもらう報酬の8割ほどはなくなってしまう。
残りの2割をあのバカみたいに硬いパン代に回せば、それですっからかんだ。
唯一救いなのが、こんな不摂生極まる生活をしても、意外にも体調を崩さないことだ。
以前は不満の種だった政府が影人の身体に施した医療システムの性能に感謝しなければらならない……ということだろう。
影人の体を駆け巡る常在のナノ医療システムは、国民全てが無料で受けることができる。
それ故にかなり廉価で必要最低限のスペックのシステムだと一般的には評価されている。
実際のところ富裕層で、政府支給の医療システムを導入している人間はいない。
政府関連の仕事に従事している人間でも公表していないだけで、間違いなくもっとマシなシステムを体内に入れているだろう。
影人のように働くことができずに、政府の支給する最低限の金で生活するしかない人々——といってもそうした人々が国民の大半だが——ににとっては不満はあれどこの政府支給の医療システムで妥協するよりなかった。
当然、影人もこの体内の医療システムには不満だらけであった。
が……そのおかげで、病気にもならず、強化された身体能力は、この世界では、十分過ぎるほどの性能を発揮している。
さらに言えば、家、食料、健康、娯楽、それらが全て揃っていた前の生活が酷く懐かしい。
もっとも、当時は、そんな生活に不満を感じていたのだが。
昔を回想しても、状況は一向に改善しないのはわかっているが、それでもこの世界で街中を歩く度に、食事をする度に、部屋に戻る度に、過去の生活を追い求めてしまう。
そして、今の生活において、極めつけに不幸なのは、常に感じるこの不快な思いを任意に変えることができないことだ。
脳にアクセスして、感情操作をすることなど当然この世界ではできない。
だから、原始的な方法で感情をコントロールしかない。
少しでも気分を紛らわそうと、ガラからもらった硬貨を小さな布袋から取り出して、ベッドの上に広げる。
頭の中の知識を整理して、四苦八苦しながら、暗算を行い、硬貨の価値を計算する。
なるほど、たしかにガラが言ったとおり、いつもの報酬のおよそ二倍程度はあるようだ。
頭をいじめたかいもあり、金の力は、ほんの一瞬、影人の気分をわずかに向上させた。
そのままベッドの上に寝転がる。
この余韻を利用して、早く寝てしまいたかった。
この世界に来てからは、安眠できたためしがない。
突然、ガタ……と、物音がした。
一階の入り口の方からだ。嫌な予感がした。
この建物には他にも住民はいるが、こんな夜中に帰ってくることなど滅多にない。
床がきしむ音が続き、その音は徐々に近づいてくる。
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