10 / 27
第10話 移ろいゆく人の心
ガラの言いぶりには興味を惹かれた。
教会の件に関してはガラに気を遣って、あまり聞いたことはなかったが、ガラが、教会の教義を大真面目に信じているのは意外だった。
いずれにせよガラのような末端の人々にまで教会が掲げる価値観が浸透しているのだから、この世界では、やはり教会の影響力はかなり大きいようだ。
「ところでだ。ひとつ頼みがある」
影人が教会の件について、もう少し突っ込こもうとしたところで、今度はガラが、話しの流れを変えてきた。
「いつもの仕事はしなくていいから、俺の代わりに娘のところに必要な物を届けに行ってくれないか」
「え……」
予想外のことだっただけにしばらく、無言になってしまった。
ガラはその様子を見て、影人が逡巡していると思ったらしく、説得を試みてきた。
「お前の懸念もわかる。病気をうつされるのが心配なんだろ? だが、あの子の病気は、前に言ったとおり、たいしたことはない。すぐ治るものなんだ。俺も長い間一緒にいるが、この通りなんともない。それに金も……いつもより余分に出してやる」
ガラは、どこか媚びたように、こちらの顔色を伺っている。
その様子は、何やら切羽詰まっているように見えた。
どうしても、影人に娘のところに行ってもらいたいようだ。
昨日の襲撃はやはりガラの心にも禍根を残していたのかもしれない。
たとえ、娘のためとはいえ、門の外に行くリスクをこれ以上は負いたくないということなのだろうか。
とはいえ、この頼みを聞いてもいいものだろうか。
門の外に行くのは、言うまでもなく影人にとっても危険なことだ。
しかし、昨日の襲撃の際のことを考えると、思った以上に、自分の身体能力はこの世界では飛び抜けたものらしい。
だとすれば、またあんなことがあっても、切り抜けられる可能性が高い。
一人ならば、戦わずに逃げることだってできるのだから。
それにこの仕事をいつまで続けられるかわからない。
貰える金は多いにこしたことはない。
頭の中で、様々な打算をする中で、昨日会った少女の顔が脳裏に写った。
自分でも意外だったが、それが、最終的に影人の心の振り子を動かす決め手となったらしい。
ガラが行った小細工も案外的を得ていたという訳だ。
「……わかった。昨日の家に物を届ければいいんだろ。報酬は、昨日と同じ額くれるのか?」
「ああ。その条件でいい。その額を払ってやるよ」
何食わぬ顔で頷いたが、ガラのこの返答に、影人は、内心かなり驚いた。
昨日もらった報酬は、いつもの約二倍だ。
この時点で、脅迫文のことは影人の頭の中からほとんど消えていた。
人間の心は都合がいいもので、状況の変化によって、やろうとしていたことがあっさりと180度変わってしまう。
つまるところ、影人は、脅迫文のことは当面先送りにしようと考えていた。
脅迫文の事を伝えて、ガラの気が変わっても困る。
考えてみたら、脅迫があったことを信じてもらえるかどうかもわからない。
それよりも、昨日のようなことがまた起こったら、その時何か行動を起こせばいい。
今は、報酬が倍になったことを素直に喜んだ方が得策だ。
そう都合の良い解釈を考え出して、影人は、考えを変えたことを強引に正当化した。
ガラは、「持っていくのはそれだ」と部屋の奥の方に顔をやる。
その方角に目をやると、床の隅にズタ袋が置かれていた。
近づいて、袋の中を見ると、パンと保存が効きそうないくばくかの食用の穀物類が入っていた。
一人分と考えると、数日分はありそうだ。
「頼んだぞ。日が落ちる前くらいに、またここに来てくれ。俺もそろそろ行かないとな」
ガラは、いつもの集金用の布袋を持って、出かける準備をする。
「一人で行くのか?」
「見知った常連客のところにしか今日はいかないからな。一人でも問題ない」
影人はズタ袋を持ち、肩に担いで、ガラと共に家から出る。
路地から出た大通りはいつもどおりの喧騒だったが、少しだけ様子が違う。
門の入り口から教会まで続く大通りのちょうど真ん中あたりになりやら人垣ができていた。
ガラがその様子に気付き、「おい。ちょっと見にいこう」と、興奮したように人垣の方に向かおうとする。
「おい——」と止める間もなく、ガラはもう走りだしている。
影人も仕方がなしに、その後に続く。
教会の件に関してはガラに気を遣って、あまり聞いたことはなかったが、ガラが、教会の教義を大真面目に信じているのは意外だった。
いずれにせよガラのような末端の人々にまで教会が掲げる価値観が浸透しているのだから、この世界では、やはり教会の影響力はかなり大きいようだ。
「ところでだ。ひとつ頼みがある」
影人が教会の件について、もう少し突っ込こもうとしたところで、今度はガラが、話しの流れを変えてきた。
「いつもの仕事はしなくていいから、俺の代わりに娘のところに必要な物を届けに行ってくれないか」
「え……」
予想外のことだっただけにしばらく、無言になってしまった。
ガラはその様子を見て、影人が逡巡していると思ったらしく、説得を試みてきた。
「お前の懸念もわかる。病気をうつされるのが心配なんだろ? だが、あの子の病気は、前に言ったとおり、たいしたことはない。すぐ治るものなんだ。俺も長い間一緒にいるが、この通りなんともない。それに金も……いつもより余分に出してやる」
ガラは、どこか媚びたように、こちらの顔色を伺っている。
その様子は、何やら切羽詰まっているように見えた。
どうしても、影人に娘のところに行ってもらいたいようだ。
昨日の襲撃はやはりガラの心にも禍根を残していたのかもしれない。
たとえ、娘のためとはいえ、門の外に行くリスクをこれ以上は負いたくないということなのだろうか。
とはいえ、この頼みを聞いてもいいものだろうか。
門の外に行くのは、言うまでもなく影人にとっても危険なことだ。
しかし、昨日の襲撃の際のことを考えると、思った以上に、自分の身体能力はこの世界では飛び抜けたものらしい。
だとすれば、またあんなことがあっても、切り抜けられる可能性が高い。
一人ならば、戦わずに逃げることだってできるのだから。
それにこの仕事をいつまで続けられるかわからない。
貰える金は多いにこしたことはない。
頭の中で、様々な打算をする中で、昨日会った少女の顔が脳裏に写った。
自分でも意外だったが、それが、最終的に影人の心の振り子を動かす決め手となったらしい。
ガラが行った小細工も案外的を得ていたという訳だ。
「……わかった。昨日の家に物を届ければいいんだろ。報酬は、昨日と同じ額くれるのか?」
「ああ。その条件でいい。その額を払ってやるよ」
何食わぬ顔で頷いたが、ガラのこの返答に、影人は、内心かなり驚いた。
昨日もらった報酬は、いつもの約二倍だ。
この時点で、脅迫文のことは影人の頭の中からほとんど消えていた。
人間の心は都合がいいもので、状況の変化によって、やろうとしていたことがあっさりと180度変わってしまう。
つまるところ、影人は、脅迫文のことは当面先送りにしようと考えていた。
脅迫文の事を伝えて、ガラの気が変わっても困る。
考えてみたら、脅迫があったことを信じてもらえるかどうかもわからない。
それよりも、昨日のようなことがまた起こったら、その時何か行動を起こせばいい。
今は、報酬が倍になったことを素直に喜んだ方が得策だ。
そう都合の良い解釈を考え出して、影人は、考えを変えたことを強引に正当化した。
ガラは、「持っていくのはそれだ」と部屋の奥の方に顔をやる。
その方角に目をやると、床の隅にズタ袋が置かれていた。
近づいて、袋の中を見ると、パンと保存が効きそうないくばくかの食用の穀物類が入っていた。
一人分と考えると、数日分はありそうだ。
「頼んだぞ。日が落ちる前くらいに、またここに来てくれ。俺もそろそろ行かないとな」
ガラは、いつもの集金用の布袋を持って、出かける準備をする。
「一人で行くのか?」
「見知った常連客のところにしか今日はいかないからな。一人でも問題ない」
影人はズタ袋を持ち、肩に担いで、ガラと共に家から出る。
路地から出た大通りはいつもどおりの喧騒だったが、少しだけ様子が違う。
門の入り口から教会まで続く大通りのちょうど真ん中あたりになりやら人垣ができていた。
ガラがその様子に気付き、「おい。ちょっと見にいこう」と、興奮したように人垣の方に向かおうとする。
「おい——」と止める間もなく、ガラはもう走りだしている。
影人も仕方がなしに、その後に続く。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。