未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi

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第10話 移ろいゆく人の心

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 ガラの言いぶりには興味を惹かれた。
 教会の件に関してはガラに気を遣って、あまり聞いたことはなかったが、ガラが、教会の教義を大真面目に信じているのは意外だった。
 いずれにせよガラのような末端の人々にまで教会が掲げる価値観が浸透しているのだから、この世界では、やはり教会の影響力はかなり大きいようだ。

「ところでだ。ひとつ頼みがある」

 影人が教会の件について、もう少し突っ込こもうとしたところで、今度はガラが、話しの流れを変えてきた。

「いつもの仕事はしなくていいから、俺の代わりに娘のところに必要な物を届けに行ってくれないか」
「え……」
 
 予想外のことだっただけにしばらく、無言になってしまった。
 ガラはその様子を見て、影人が逡巡していると思ったらしく、説得を試みてきた。

「お前の懸念もわかる。病気をうつされるのが心配なんだろ? だが、あの子の病気は、前に言ったとおり、たいしたことはない。すぐ治るものなんだ。俺も長い間一緒にいるが、この通りなんともない。それに金も……いつもより余分に出してやる」

 ガラは、どこか媚びたように、こちらの顔色を伺っている。
 その様子は、何やら切羽詰まっているように見えた。
 どうしても、影人に娘のところに行ってもらいたいようだ。

 昨日の襲撃はやはりガラの心にも禍根を残していたのかもしれない。
 たとえ、娘のためとはいえ、門の外に行くリスクをこれ以上は負いたくないということなのだろうか。
 
 とはいえ、この頼みを聞いてもいいものだろうか。
 門の外に行くのは、言うまでもなく影人にとっても危険なことだ。
 しかし、昨日の襲撃の際のことを考えると、思った以上に、自分の身体能力はこの世界では飛び抜けたものらしい。

 だとすれば、またあんなことがあっても、切り抜けられる可能性が高い。
 一人ならば、戦わずに逃げることだってできるのだから。

 それにこの仕事をいつまで続けられるかわからない。
 貰える金は多いにこしたことはない。
 
 頭の中で、様々な打算をする中で、昨日会った少女の顔が脳裏に写った。
 自分でも意外だったが、それが、最終的に影人の心の振り子を動かす決め手となったらしい。
 ガラが行った小細工も案外的を得ていたという訳だ。

 「……わかった。昨日の家に物を届ければいいんだろ。報酬は、昨日と同じ額くれるのか?」
「ああ。その条件でいい。その額を払ってやるよ」

 何食わぬ顔で頷いたが、ガラのこの返答に、影人は、内心かなり驚いた。
 昨日もらった報酬は、いつもの約二倍だ。
 
 この時点で、脅迫文のことは影人の頭の中からほとんど消えていた。
 人間の心は都合がいいもので、状況の変化によって、やろうとしていたことがあっさりと180度変わってしまう。
 
 つまるところ、影人は、脅迫文のことは当面先送りにしようと考えていた。
 脅迫文の事を伝えて、ガラの気が変わっても困る。
 考えてみたら、脅迫があったことを信じてもらえるかどうかもわからない。
 
 それよりも、昨日のようなことがまた起こったら、その時何か行動を起こせばいい。
 今は、報酬が倍になったことを素直に喜んだ方が得策だ。
 そう都合の良い解釈を考え出して、影人は、考えを変えたことを強引に正当化した。
 
 ガラは、「持っていくのはそれだ」と部屋の奥の方に顔をやる。
 その方角に目をやると、床の隅にズタ袋が置かれていた。
 
 近づいて、袋の中を見ると、パンと保存が効きそうないくばくかの食用の穀物類が入っていた。
 一人分と考えると、数日分はありそうだ。

「頼んだぞ。日が落ちる前くらいに、またここに来てくれ。俺もそろそろ行かないとな」

 ガラは、いつもの集金用の布袋を持って、出かける準備をする。

「一人で行くのか?」
「見知った常連客のところにしか今日はいかないからな。一人でも問題ない」
 
 影人はズタ袋を持ち、肩に担いで、ガラと共に家から出る。
 路地から出た大通りはいつもどおりの喧騒だったが、少しだけ様子が違う。
 門の入り口から教会まで続く大通りのちょうど真ん中あたりになりやら人垣ができていた。

 ガラがその様子に気付き、「おい。ちょっと見にいこう」と、興奮したように人垣の方に向かおうとする。
 「おい——」と止める間もなく、ガラはもう走りだしている。
 影人も仕方がなしに、その後に続く。
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