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第12話 不自然で魅惑的な少女
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ガラの娘の家までの道のりは、順調だった。
門の外で単独で行動するということに対して、不安と緊張を覚えるだろうと影人は予測していた。
だが、そういった感情は意外にも湧き上がってこなかった。
おそらくそれよりも、先ほどの見世物が影人の心に与えた衝撃の方が大きかったからだろう。
街道を歩いている途中、影人の頭の中を占めていたのは、観衆のあの嬉々とした顔だった。
あの群衆たちの顔を思い出す度に、街道で野盗たちに襲われるのではという心配など些細なことに思えるほど言いようのない不安感に襲われてしまう。
ガラも彼らと同類なのだ。
そんな思いに苛まされていると、昨日はあれほど長いと思っていた行程も、あっさりと踏破していた。
いつのまにか街道から離れた遠くの方に昨日のボロ家が視界に入っていた。
街道から外れて、藪の中に入った段階でようやく目の前のことに意識が向くようになったのか、影人の脳裏にある疑問が生じた。
影人一人が家にたずねてきて、あの少女は驚かないだろうか。
昨日初めてみた男が何の前触れもなく隠れ住んでいる家に来たら、かなり警戒するのではないだろうか。
そんな当たり前のことに今さらながら気付き、藪を掻き分けて進む中、どうしたものかと考えをめぐらせる。
野盗と間違えられて、逃げられたり、抵抗されたりしたら、それこそ困ってしまう。
むろん自分の素性を証明するような都合の良い代物は当然身につけていない。
結局、考えあぐねて、出した答えは、何のひねりもない単純なものだった。
影人は、藪から這い出て、家の前にたどり着くと、一呼吸置いた。
「あの……突然すいません。昨日お父様と一緒にいたものですが、お父様から頼まれて、物を届けにきたのですが」
と、家の前で大声を張り上げる。
しばらく待ってみるが、家の中からは何の反応もなく、あたりは虫と鳥の鳴き声しか聞こえない。
もう一度、声を出そうと思っていたところで、ガタついた玄関の扉が開き、中から少女が出てきた。
一瞬、昨日の少女と別人かと見間違えてしまうところだった。
昨日と服装がまるで違う。
先ほどの評議員ほどではないが、模様が描かれた色鮮やかな服を着ていて、肌もやけに露出している。
街で歩いている女性を見る限りでは、その服装は、基本的に肌の露出を必要最小限にとどめている。
そして、長く着られれば良いという実用重視で、色という色もないに等しい地味なものがほとんどだ。
いつも街で目にする女性の格好との違いに驚いて目をしばたたかせていると、少女の方から話しかけてきた。
「影人様ですね? お待ちしておりました。今日はこんなところまで、わざわざお越し頂きありがとうございます」
少女はうやうやしく、影人にお辞儀をする。
本当に別人ではないのかと影人は今一度マジマジと少女を見つめてしまった。
それほど、服装はもちろんのこと、少女が醸し出す雰囲気も異なっていた。
非常に明るく、快活な印象を受ける。
ガラの背中に隠れて、疑り深くこちらを見ていた少女と同一とはとても思えない。
それに……昨日の地味な服装の時でも、外見の美しさは見て取れたが、艶やかな服装に着飾り、表情豊かに微笑んでいると、余計にその美貌が際立って見える。
「えっと、は、はい。影人といいます。ガラ……いえお父様から頼まれまして」
少女は、影人の失礼ともとれる不躾な視線にも、不快な表情を一切見せずに、慣れた様子で、微笑を浮かべている。
「父からうかがっております。どうぞ中に」
少女は、たっぷりと相手に自分を鑑賞する時間を与えるかのように、しばらく間を置いた。
そして、先ほどと同じようにやけに畏まった言葉を話し、影人を家の中へと招き入れる。
言葉だけはなく、その振る舞いもやけに仰々しい。少女から視線を外して、室内を見渡すと、昨日と同じように、大半はホコリまみれだったが、様子が少し異なっていた。
部屋の隅に横になっていた椅子や机が、動かされていて、中央にしっかりとセッティングされている。
少女は、「どうぞお座りください」と椅子の方に片手を広げる。
影人は、「あ……はい」と案内されるがままに、椅子に座る。
影人が席に着くと、少女も、対面の椅子に座る。
テーブルの大きさは、せいぜい縦横一メートル程度なので、少女との距離はかなり近い。
この距離で、顔を向き合わせたままでいるのは、ずいぶんと気恥ずかしいものがある。
「あの……これが持ってきたものですので」と、背負っていたズタ袋をテーブルに置く。
「ありがとうございます。ではこれを——父に渡してください」
少女が、テーブルの隅にある布切れのようなものを影人に渡す。
貰った布切れを見てみると、文字と記号が刻印されている。
なるほど……受領の証か。
つまり、影人が、荷物をちゃんと運び届けたかどうかの証明書になるという訳だ。
確かにそういう証がなければ、仕事をしっかりと行ったのかどうか確認のしようがない。
影人が、街で酒を飲んで、何食わぬ顔で、日暮れにガラの下に来て、仕事をしたとうそぶいても、それが本当か嘘かはわからない。
ともあれ、これで、仕事の半分は終わった。
日が高いうちにさっさと街に戻ってしまおう。
「——では。これで失礼します」
布切れを手に取り、席を立とうとする。
「ちょ、ちょっと待って……お待ちください」
影人の行動は少女にとって予想外だったのか、慌てた様子で、引き止める。
門の外で単独で行動するということに対して、不安と緊張を覚えるだろうと影人は予測していた。
だが、そういった感情は意外にも湧き上がってこなかった。
おそらくそれよりも、先ほどの見世物が影人の心に与えた衝撃の方が大きかったからだろう。
街道を歩いている途中、影人の頭の中を占めていたのは、観衆のあの嬉々とした顔だった。
あの群衆たちの顔を思い出す度に、街道で野盗たちに襲われるのではという心配など些細なことに思えるほど言いようのない不安感に襲われてしまう。
ガラも彼らと同類なのだ。
そんな思いに苛まされていると、昨日はあれほど長いと思っていた行程も、あっさりと踏破していた。
いつのまにか街道から離れた遠くの方に昨日のボロ家が視界に入っていた。
街道から外れて、藪の中に入った段階でようやく目の前のことに意識が向くようになったのか、影人の脳裏にある疑問が生じた。
影人一人が家にたずねてきて、あの少女は驚かないだろうか。
昨日初めてみた男が何の前触れもなく隠れ住んでいる家に来たら、かなり警戒するのではないだろうか。
そんな当たり前のことに今さらながら気付き、藪を掻き分けて進む中、どうしたものかと考えをめぐらせる。
野盗と間違えられて、逃げられたり、抵抗されたりしたら、それこそ困ってしまう。
むろん自分の素性を証明するような都合の良い代物は当然身につけていない。
結局、考えあぐねて、出した答えは、何のひねりもない単純なものだった。
影人は、藪から這い出て、家の前にたどり着くと、一呼吸置いた。
「あの……突然すいません。昨日お父様と一緒にいたものですが、お父様から頼まれて、物を届けにきたのですが」
と、家の前で大声を張り上げる。
しばらく待ってみるが、家の中からは何の反応もなく、あたりは虫と鳥の鳴き声しか聞こえない。
もう一度、声を出そうと思っていたところで、ガタついた玄関の扉が開き、中から少女が出てきた。
一瞬、昨日の少女と別人かと見間違えてしまうところだった。
昨日と服装がまるで違う。
先ほどの評議員ほどではないが、模様が描かれた色鮮やかな服を着ていて、肌もやけに露出している。
街で歩いている女性を見る限りでは、その服装は、基本的に肌の露出を必要最小限にとどめている。
そして、長く着られれば良いという実用重視で、色という色もないに等しい地味なものがほとんどだ。
いつも街で目にする女性の格好との違いに驚いて目をしばたたかせていると、少女の方から話しかけてきた。
「影人様ですね? お待ちしておりました。今日はこんなところまで、わざわざお越し頂きありがとうございます」
少女はうやうやしく、影人にお辞儀をする。
本当に別人ではないのかと影人は今一度マジマジと少女を見つめてしまった。
それほど、服装はもちろんのこと、少女が醸し出す雰囲気も異なっていた。
非常に明るく、快活な印象を受ける。
ガラの背中に隠れて、疑り深くこちらを見ていた少女と同一とはとても思えない。
それに……昨日の地味な服装の時でも、外見の美しさは見て取れたが、艶やかな服装に着飾り、表情豊かに微笑んでいると、余計にその美貌が際立って見える。
「えっと、は、はい。影人といいます。ガラ……いえお父様から頼まれまして」
少女は、影人の失礼ともとれる不躾な視線にも、不快な表情を一切見せずに、慣れた様子で、微笑を浮かべている。
「父からうかがっております。どうぞ中に」
少女は、たっぷりと相手に自分を鑑賞する時間を与えるかのように、しばらく間を置いた。
そして、先ほどと同じようにやけに畏まった言葉を話し、影人を家の中へと招き入れる。
言葉だけはなく、その振る舞いもやけに仰々しい。少女から視線を外して、室内を見渡すと、昨日と同じように、大半はホコリまみれだったが、様子が少し異なっていた。
部屋の隅に横になっていた椅子や机が、動かされていて、中央にしっかりとセッティングされている。
少女は、「どうぞお座りください」と椅子の方に片手を広げる。
影人は、「あ……はい」と案内されるがままに、椅子に座る。
影人が席に着くと、少女も、対面の椅子に座る。
テーブルの大きさは、せいぜい縦横一メートル程度なので、少女との距離はかなり近い。
この距離で、顔を向き合わせたままでいるのは、ずいぶんと気恥ずかしいものがある。
「あの……これが持ってきたものですので」と、背負っていたズタ袋をテーブルに置く。
「ありがとうございます。ではこれを——父に渡してください」
少女が、テーブルの隅にある布切れのようなものを影人に渡す。
貰った布切れを見てみると、文字と記号が刻印されている。
なるほど……受領の証か。
つまり、影人が、荷物をちゃんと運び届けたかどうかの証明書になるという訳だ。
確かにそういう証がなければ、仕事をしっかりと行ったのかどうか確認のしようがない。
影人が、街で酒を飲んで、何食わぬ顔で、日暮れにガラの下に来て、仕事をしたとうそぶいても、それが本当か嘘かはわからない。
ともあれ、これで、仕事の半分は終わった。
日が高いうちにさっさと街に戻ってしまおう。
「——では。これで失礼します」
布切れを手に取り、席を立とうとする。
「ちょ、ちょっと待って……お待ちください」
影人の行動は少女にとって予想外だったのか、慌てた様子で、引き止める。
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