未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi

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第17話 人という不安定で不確定な存在

「えっ……何で名前を?」

 名前を呼ばれたことに戸惑っていると、その様子を見て、修道女は怪訝な表情を浮かべている。


「あら……ガラの使いで来たのではないの?」

「ガラの? いえ……」

「なんだ。そうだったの? まあ……考えてみれば、まだ期日は先だしね。でもちょうどよかったわ。これから一緒に仕事をしていくのだし。お互い自己紹介をしておいた方がいいでしょう?」

 修道女は勝手に話を勧めていくが、当の影人はまるで話に追いついていけない。

「えっと……あの、あなたは、ガラの仕事のパートナーなのですか?」

「パートナー? そう……ね。まあ……そんな関係かしら。お互い同じ種類の仕事をしている同業者といったところだし」

 修道女が高利貸の仕事を手伝っているのか……。
 そんな矛盾に、思わず首を傾げてしまう。

「腑に落ちない……って顔をしているわね?」

「えっ……いや。まあ……」

 修道女は、抜け目なく、影人の表情の変化を読み取ったようだ。

「どんな組織にも、理想と現実があるでしょ。教会だって例外ではないわ。そういう現実の汚い仕事をするのが、わたしのような女の役目という訳」

 そう言われても、前提となる知識が欠けているから、いまいち要領がつかめない。
 しかし、そんな疑問を考えるよりも先に、修道女が向ける妙な視線に気が散ってしまう。

「それにしても……ふーん……あなたが……ねえ……」

 修道女はおかまいなしに、まるで商品の質を検査するように、上から下まで影人の体をジロジロと見つめてくる。

「あの……何か?」

 その不躾な視線に戸惑っていると、女はようやく視線を元に戻す。

「いえ……頭も腕も立つ用心棒を雇ったって最近会う度に自慢してくるから。どんなものなのかな……と思っていたのだけれど」

 どうやら、たいしたことなさそうね……とその後に続きそうな言い草だ。

「まあ……いいわ。それより、ガラに伝えといて。こないだの件だけど、先方は利率を下げる気はないわ。あと、これはわたしからの助言だけど、先方は、高利貸し風情に足元を見られたと酷く怒っているから、この話は蒸し返さない方がいい……ってこともね」

 修道女は一方的にそう告げると、「それじゃ。今後ともよろしく」と踵を返して、さっさとその場から離れてしまう。
 が……しばらく行った後、修道女は急に立ち止まる。

 修道女が無言でじっと見つめている方に視線を向けると、男が二人いた。
 男たちは、修道女を見ると、何やら会話を交わす。

 そして、こちらにゆっくりとにじりよってくる。
 男たちの手には……それぞれ短剣のようなものが握られている。

 修道女は前を向いたままジリジリと、後ずさりをして、こちらに戻ってくる。
 男たちの顔から表情を読み取ることはできなかったが、何をしようとしているのか、状況を見れば明らかだ。

 どうやら……かなり不味い事態に巻き込まれてしまったようだ。

「……逃げましょう」

 修道女は、影人のところまで戻ってくると、男たちを背にして、走り出す。
 影人もつられて、勢いよく駆け出す。

 それが合図だったかのように、男たちもこちら目掛けて駆け寄ってくる。
 男たちとの距離はまだ十メートルはある。

 前を行く修道女は、その服装の見た目からは意外なほどに、素早い。
 このまま走って、大通りまでたどり着けば、うまいこと逃げ切れるかもしれない。

 曲がりくねった路地を数十メートルほど行ったところで、修道女が何故か急ブレーキをかけて、止まってしまう。

 何故……との想いが脳裏を掠めるが、すぐにその理由はわかった。
 数メートル先を見て、心臓がざわつく。

 商品の木箱やら、肉や野菜の残飯やらが、うず高く積まれていた。
 高さにして二メートル程度だが、両手を広げることがやっとの幅の路地を完全に塞いでしまっている。

 後ろを振り返ると、止まっていた合間に、男たちとの距離は、見る間に縮まり、もう目と鼻の先にいた。

 「やる……しかないわね。わたしの名前は……アニサよ」
 
 この場面で、何故名前なんか……と、思わず顔を歪める。
 修道女は微笑すると「名前も知らない女と一緒に死にたくないでしょう……」と、少し声を震わしながら、物騒なことを口走っている。

 本当に最近は不運続きだ。
 いったい何度目だ。
 こんな抜き差しならない酷い状況に追い込まれてしまったのは。
 
 先ほどから、強烈な不安感が全身を支配し、その感覚は耐え難いものがある。
 こんなことは何度経験しても、決して慣れるものではない。

 もちろん、頭では、理解している。
 自分の強化された能力があれば、切り抜けられる可能性は高いはず……と。

 だが、現実はゲームのように、単純な要因で決まるものではない。
 能力値が高い相手がバトルに勝つ……などというゲームではないのだ。

 リアルな世界……特に人が絡む事柄はすべからく、そんな単純なものではなく驚くほど複雑な要因によって決まる。
  
 だから、どんなに科学が発達しても——人の老化を病気として治すことができるようになっても——未だに景気の先行きの精度は、親のアドバイスと同じくらい当てにはならない。

 要するに……予測は容易に外れる。
 
 いくら身体能力に優れていても、「絶対勝てる」なんてことはないし、「例外」なんていくらでも起こり得る。
 
 そんな不確定なことに、失えば全てが終わる自分の命を安々と掛けられるものか。
 だから出来る限り闘いたくなどないんだ。

 そう……こんな目にあうことだってあるというのに!!

 予想だにせず路地のぬかるみに、足を取られて、地面に倒れ込む時、そんな恨み節の叫びが影人の脳裏を駆け巡った。
 
 地面に倒れて、格好のターゲットになってしまった影人の視界には、勢いよく覆いかぶさってくる男が映っていた……。
 
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