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第26話 都市の異変
ガラはすぐに見つけることができた。
修道院の敷地で、何もせずに座り込んでいる人間は、病人くらいしかいないが、彼らは今やみな建物の中に入っている。
だから、庭で、頭を抱えて、座り込んでいて、ましてや、遠目からでもわかるほど鬱々とした雰囲気を纏っている者はすぐに目についた。
そして、それが、ガラだった。
すぐ近くにまで来ても、ガラはこちらの様子に気付いていなかった。
眼窩は窪み、目は虚ろなままだ。
たった数時間で病人になってしまったかのような変わりようだ。
どうみても、ガラの状態は、異常だった。
大声で話しかけると、ようやくノロノロと顔を向けるが、まるでこちらのことは視界に入ってはいないようだ。
すぐに顔をもとに戻し、焦点の合わない目で遠くを見て、「どうすればいい……」と、ぼやいている。
このままじゃラチがあかない。
上体をかがめて、ガラの正面に立ち、体を強く揺さぶる。
「おい! ガラ! しっかりしろ! 何があったっていうんだよ!」
「あの住民たちな……知っている奴らなんだ。俺の家のすぐ近くに住んでたんだよ。アイツラが死病になっていたなんて………タリは……俺は……」
ガラは、ようやく絞り出すような声で、訥々と話し始めた。
そして、こちらと視線を合わせる——確かに目は合ったはずなのだが、合った気がまるでしない。
生気がないのか、はたまた心は別のところを見ているからなのだろうか。
ガラは、何かに気付いたのか、急に素っ頓狂な声を上げて、しがみついてきた。
「なあ? お前見に行ってくれよ! 娘のところに! 大丈夫なはずだ! 絶対あいつは! なあそうだろ! 頼むよ!!」
掴まれた両肩はズキズキと傷んだ。
それほど目一杯の力が込められていた。
こちらを見る目はすがるような眼差しだった。
たとえ、何も根拠がなくても、娘は大丈夫、心配ないと誰かに言ってもらいたいのだろう。
ガラの精神は明らかに追い詰められていた。
「少し、落ち着けよ。見に行ってくるから……娘さんの状態を確認してくるから。それから今後のことを考えればいい」
「あ……ああ。いや……そうだ。そうだな……俺は……大丈夫……寄進もしてるんだ……」
「娘さんのところに行ってくるから、お前はアニサさんの手伝いをしてくれ。こんなところで、ぼけっとしててもしょうがないだろう」
なんともない素振りを見せるために、できるだけ自然な顔を作って、ガラの肩を叩く。
ガラは、「ああ……」としきりに何度も頷いた後、トボトボとアニサがいる隔離小屋に歩いていく。
その後姿を見送りながら、顔は徐々にこわばってきた。
少しでもガラを落ち着かせようと、弾みで安請負をしてしまった。
だが、タリの様子を見に行って、それでいったいどうすればいいのか。
タリがあの住民たちと同じように死病に感染していたとしたら、どうすればいい。
ガラにはああいったが、実際のところタリが死病に感染している可能性は高いのではないだろうか。
街からあんなに離れた朽ちた空き家に彼女を隠していたのは、そもそもガラ自身もそのことに薄々気づいていたからではないのか。
それに、初めて合った時のタリの突拍子もない振る舞いも、自分には先がないと考えていて、自暴自棄になった上でのことなら、説明がつく。
つまり、タリ自身も自分が死病にかかっていることに気付いているのではないか。
暗い気分を少しでも紛らわせようと、空を見上げる。
日は大分傾き、少し肌寒いくらいだった。
今の季節——といってもこの世界ではこの季節しかまだ経験はないが——は日が落ちると、めっきりと寒くなる。
出発するのなら、早い方がいい。
少女の……タリの顔が脳裏に浮かぶ。
どんな表情をして、彼女と向き合えばよいのかわからない。
街を取り囲む壁を目印に門へと向かう途中、街全体がいつもと違う空気に覆われていることに気づいた。
住民たちの陰気な目はいつもにも増して、鋭くなっていた。
そして、口ぐちに何かを話し合い、家族以外の人間に対しては、誰彼構わず警戒しているように見える。
壁の周囲にはりつくように林立している貧民街——先ほどの騒動があった場所だ——では、その傾向が特に強かった。
貧民街を横目にして、各種の店が立ち並んでいる通りを見るが、どこも静まりかえっていた。
食料品店のやかましい呼び込みの声も、冶金業者の職人が金属を打ち鳴らす音も聞こえない。
なめし加工業者が集まっている通りも、今日は大した匂いがしない。
この通りは、いつもは、動物の皮をなめす際の薬剤の影響なのか、口呼吸をしなければ歩けないほどの異臭を放っているのだ。
まだ日が落ちていないにも関わらず、肉屋やパン屋といった食料品店から織物業者や皮革業者といった加工業者まで、ありとあらゆる商店が早々と店じまいをしている。
いつもは教会の前で日が落ちるまでたむろしている物乞いまでもが、姿を消している。
よく見ると、いつも外部に広く解放している教会も、その門扉が頑丈に閉められていた。
通りに面している店の入り口は全て、鎧戸が締められていて、外部からの侵入を拒むように厳重に閉鎖されていた。
当然、通りを歩く者はほとんどいない。
たまに衛兵に出くわすくらいだ。
遠方の街から交易でやってきた商人の集団は、閑散としている街の様子を見て、困惑気味の顔を浮かべていた。
修道院の敷地で、何もせずに座り込んでいる人間は、病人くらいしかいないが、彼らは今やみな建物の中に入っている。
だから、庭で、頭を抱えて、座り込んでいて、ましてや、遠目からでもわかるほど鬱々とした雰囲気を纏っている者はすぐに目についた。
そして、それが、ガラだった。
すぐ近くにまで来ても、ガラはこちらの様子に気付いていなかった。
眼窩は窪み、目は虚ろなままだ。
たった数時間で病人になってしまったかのような変わりようだ。
どうみても、ガラの状態は、異常だった。
大声で話しかけると、ようやくノロノロと顔を向けるが、まるでこちらのことは視界に入ってはいないようだ。
すぐに顔をもとに戻し、焦点の合わない目で遠くを見て、「どうすればいい……」と、ぼやいている。
このままじゃラチがあかない。
上体をかがめて、ガラの正面に立ち、体を強く揺さぶる。
「おい! ガラ! しっかりしろ! 何があったっていうんだよ!」
「あの住民たちな……知っている奴らなんだ。俺の家のすぐ近くに住んでたんだよ。アイツラが死病になっていたなんて………タリは……俺は……」
ガラは、ようやく絞り出すような声で、訥々と話し始めた。
そして、こちらと視線を合わせる——確かに目は合ったはずなのだが、合った気がまるでしない。
生気がないのか、はたまた心は別のところを見ているからなのだろうか。
ガラは、何かに気付いたのか、急に素っ頓狂な声を上げて、しがみついてきた。
「なあ? お前見に行ってくれよ! 娘のところに! 大丈夫なはずだ! 絶対あいつは! なあそうだろ! 頼むよ!!」
掴まれた両肩はズキズキと傷んだ。
それほど目一杯の力が込められていた。
こちらを見る目はすがるような眼差しだった。
たとえ、何も根拠がなくても、娘は大丈夫、心配ないと誰かに言ってもらいたいのだろう。
ガラの精神は明らかに追い詰められていた。
「少し、落ち着けよ。見に行ってくるから……娘さんの状態を確認してくるから。それから今後のことを考えればいい」
「あ……ああ。いや……そうだ。そうだな……俺は……大丈夫……寄進もしてるんだ……」
「娘さんのところに行ってくるから、お前はアニサさんの手伝いをしてくれ。こんなところで、ぼけっとしててもしょうがないだろう」
なんともない素振りを見せるために、できるだけ自然な顔を作って、ガラの肩を叩く。
ガラは、「ああ……」としきりに何度も頷いた後、トボトボとアニサがいる隔離小屋に歩いていく。
その後姿を見送りながら、顔は徐々にこわばってきた。
少しでもガラを落ち着かせようと、弾みで安請負をしてしまった。
だが、タリの様子を見に行って、それでいったいどうすればいいのか。
タリがあの住民たちと同じように死病に感染していたとしたら、どうすればいい。
ガラにはああいったが、実際のところタリが死病に感染している可能性は高いのではないだろうか。
街からあんなに離れた朽ちた空き家に彼女を隠していたのは、そもそもガラ自身もそのことに薄々気づいていたからではないのか。
それに、初めて合った時のタリの突拍子もない振る舞いも、自分には先がないと考えていて、自暴自棄になった上でのことなら、説明がつく。
つまり、タリ自身も自分が死病にかかっていることに気付いているのではないか。
暗い気分を少しでも紛らわせようと、空を見上げる。
日は大分傾き、少し肌寒いくらいだった。
今の季節——といってもこの世界ではこの季節しかまだ経験はないが——は日が落ちると、めっきりと寒くなる。
出発するのなら、早い方がいい。
少女の……タリの顔が脳裏に浮かぶ。
どんな表情をして、彼女と向き合えばよいのかわからない。
街を取り囲む壁を目印に門へと向かう途中、街全体がいつもと違う空気に覆われていることに気づいた。
住民たちの陰気な目はいつもにも増して、鋭くなっていた。
そして、口ぐちに何かを話し合い、家族以外の人間に対しては、誰彼構わず警戒しているように見える。
壁の周囲にはりつくように林立している貧民街——先ほどの騒動があった場所だ——では、その傾向が特に強かった。
貧民街を横目にして、各種の店が立ち並んでいる通りを見るが、どこも静まりかえっていた。
食料品店のやかましい呼び込みの声も、冶金業者の職人が金属を打ち鳴らす音も聞こえない。
なめし加工業者が集まっている通りも、今日は大した匂いがしない。
この通りは、いつもは、動物の皮をなめす際の薬剤の影響なのか、口呼吸をしなければ歩けないほどの異臭を放っているのだ。
まだ日が落ちていないにも関わらず、肉屋やパン屋といった食料品店から織物業者や皮革業者といった加工業者まで、ありとあらゆる商店が早々と店じまいをしている。
いつもは教会の前で日が落ちるまでたむろしている物乞いまでもが、姿を消している。
よく見ると、いつも外部に広く解放している教会も、その門扉が頑丈に閉められていた。
通りに面している店の入り口は全て、鎧戸が締められていて、外部からの侵入を拒むように厳重に閉鎖されていた。
当然、通りを歩く者はほとんどいない。
たまに衛兵に出くわすくらいだ。
遠方の街から交易でやってきた商人の集団は、閑散としている街の様子を見て、困惑気味の顔を浮かべていた。
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