子猫を拾ったはずなんだけど

ぱるゆう

文字の大きさ
17 / 20

美弥

しおりを挟む
「えっ?辞めちゃうの?」と真由美が残念そうに言って、カウンターの向こう側に来た。

相変わらず耳は良いらしい。
「妹が一人で実家の店を切り盛りしてるんです。一人だと子供も産めません」

「そっかぁ、寂しくなるわ」

「房江さんには、まだ内緒にしてくださいね」

「大丈夫、今はコンプライアンスの時代だから」

「フフフッ、そうですね」

「何か食べる?」

「はい」

それから、カラオケも歌い、初めて閉店までいた。

「あら、珍しい」と真由美さんは意味ありげな顔をした。

「たまには」

「美弥ちゃん、今日はもうあがっていいから、若ちゃんを送ってあげて」

「えっ!そんないいですよ」若菜は慌てた。

「初日からこき使うのもねぇ。他のお客さん達にも気に入ってもらえたみたいだから、辞められても困るし」と真由美はもっともらしいことを言った。

若菜と本物の美弥は店を出た。朝日が昇って来ていた。

「お疲れ様、美弥ちゃん」

「明るい所だと恥ずかしい」

「何言ってるんだよ。昔と変わらず可愛いよ」と若菜は気分が良かったので、つい言ってしまった。

「えっ?」美弥は驚いた顔をした。

「あっ!ごめん。今日、もう昨日か。昨日、色んなことがあり過ぎて頭が上手く働かなくて、なんかお世辞とか言えなくて」

「フフフッ、若菜くん、言ってることが逆だよ。私のこと可愛いって言っておいて、お世辞が言えないって、変だよ」懐かしい美弥の笑顔だったが、

「えっ?僕、可愛いなんて言った?」若菜の顔は一気に赤くなった。

「言った。はっきり。ちょっとビックリした。そういうこと言わないタイプだと思ってたから。もしかして、今は女の子に言いまくってるのかしら?」

「そんなことない!全然そう思うことないから」

「じゃあ、私だけ?」

「そうだよ・・・」

「ふ~ん、ありがと。元気出た」

「あれ?そう言えば結婚して、子供いるんじゃ?昔の年賀状で写真が」

一気に美弥の顔が曇った。

「ごめん、詮索するつもりはなかったんだ」また若菜は慌てた。

「旦那がリストラされて。その後、新しい仕事を見つけてきても、すぐに辞めちゃって。だから、ずっと私が働いてたの。それでも育児をしてくれれば、昼間の仕事もできるんだけど、育児も全然ダメで。とうとう家を出てきちゃった」

「子供は?」

「慣れてるから、一人でアパートにいる」

「そうなんだ何歳?」

「5歳の男の子」

「そっか。家まで送るよ」

「えっ!いいよ」

「僕が話したいから」

「そう?」2人は歩き始めた。若菜のアパートとは逆の方だった。

「若菜くん、かっこよくなったね。高校の時もかっこよかったけど。大人の男って感じになった」

「そう?自分では高校から全く成長してない気がするんだけど」

「いきなりいなくなったから、みんなでビックリしたんだよ」

「ごめん。そこまで気が回らなかった。家出同然だったから」

「あの噂のこと?」

「うん、そう。家に迷惑かけたくなくて」

「でも、板前さんやってるんだ?」

「血筋なのかもしれないけど、他のことは何やってもダメで」

「不器用なのは変わってないんだね」

「自分でも嫌になるよ」

「ボクシングは?」

「あれから全然やってないし、見たりもしてない」

「三隅先生、本当に残念がってたわよ」

「本当に悪いことしちゃった。部の皆んなにも」

「みんな、若菜くんが悪いなんて思ってないから」

「そうだと嬉しいけど」

「ここが私のアパート」と美弥が止まった。

若菜が見ると、ドアが少し開いて、男の子が顔を出し、美弥の元に駆けてきた。

「ママ」

「こぉら、ちゃんと寝てたの?」

男の子は頷いて、
「ママが帰ってくる時間だから、目が覚めた」

そこでやっと若菜のことに気づいたらしく、
「誰?」と美弥の後ろに隠れた。

「ママのお友達。とっても強いのよぉ」

「えっ?」と若菜は思って、咄嗟に昔見たヒーローの変身ポーズをした。
「へん~しん」

そして、
「名前は?」男の子に向かって若菜は言った。

「悟史・・・」

「ほら、悟史くんも変身だ!」

悟史は前に出てきて、
「へん~しん!」とポーズを決めた。

若菜は悟史を抱き上げて、高い高いをした。

「ほら、悟史くん。変身したから、こんなに高くジャンプした!」

「キャハハハハッ」と悟史は声を上げた。

「よし、悟史くん、合体だ!」と肩車をした。

「凄~い!合体して、高くなった」と喜ぶ声が聞こえた。

「やっぱり男の人は力があるからいいわね。私なんか抱っこも辛いのに」

「ママより高~い」

「ほら、悟史。お兄ちゃん、疲れちゃうからオシマイ」

「もっとおっ!」

「大丈夫だよ」と若菜は言った。

「子供好きなんだ?」

「ずっと妹の面倒を見てたからね」

「悟史、ご飯にしよ」

「うん!」

若菜は悟史を下ろした。

「お兄ちゃん、またやってくれる?」

「もちろん。約束する。それまでママと仲良くするんだよ」

「うん!」

「若菜くん、ありがとう。気をつけてね」

「うん」と若菜は悟史に手を振った。

悟史も笑顔で手を振りながら、部屋の中に入っていった。

若菜は時間を確認しようとスマホを見た。

「うわっ!」ユリから何回も着信があった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私は秘書?

陽紫葵
恋愛
社内で、好きになってはいけない人を好きになって・・・。 1度は諦めたが、再会して・・・。 ※仕事内容、詳しくはご想像にお任せします。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない

橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。 そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。 1~2万文字の短編予定→中編に変更します。 いつもながらの溺愛執着ものです。

処理中です...