一日一編

馬東 糸

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020112【色彩と気球船】

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 カーテンの隙間から見える青色から、天気が良いのが分かった。布団から出て開けてみると、ちょうど大きな気球船が目の前を通るところだった。
 気球船には一切色が無かった。モノクロという訳ではなく、考え得る全ての色が無かった。若しくは、認識が出来ていないのだろうか。また、こんなに低空で飛行して大丈夫なのかとも思われたが、考えても仕方がないので身支度を整える事にした。
 私はクローゼットから白のワンピースを選び取り、着替えを済ませ外に出た。特にあてがあるわけでは無かったが、空の色が濃かったため気分が良かった。
 外は影も出来ないほど晴れ晴れとしているが、決して暑いわけではなく絶好の散歩日和だ。
 私は馴染みの古書店に行くことにした。
 そこは白髪の店主が一日中座っており、店外まで本で溢れているような個人でやっている店舗だ。また、中に入っても状況は変わらず本棚で圧迫された通路を歩かなければならない。店内は棚の上にまで置かれた本の山のせいか、常に薄暗かった。
 どの本を手に取ってみても日焼けしており、セピア色をしている。
 そんな窮屈な空間が妙に心地よく、時々足を運んだ。
 古書店を出て、しばらく住宅街を歩いているといつのまにか知らない道に出てしまい、ついには迷ってしまった。
 ふとある一軒家に目が止まった。洋風の邸宅で、広い庭のある家だ。
 しかし、ただ一点、隣接する家と明らかに異なる箇所がある。庭に生えている薔薇などの様々な種類の草花に色が無かった。
 不思議がって門の前で足を止めていると、奥にいたのか庭先から一人の女性が出てきた。女性は白いワンピースを着ている。見たところまだ三十代くらいの年齢だと思われた。
 自分が不審者ではなく、道に迷ってしまった旨を説明しようとする前に女性が口を開いた。
「ちょうど今から庭でお茶にしようと思っていたの。時間があれば良ければあなたもどうかしら。そこでゆっくり話は聞くわ」
 そう言われたので、この希望を逃すまいと招かれるまま、庭先の椅子に座った。不思議な事にやはり色は無い。
「どうぞ、そこで育ててるカモミールで作った自家製のハーブティと焼いたクッキーよ」
 席に着くなりそう言って女性は置いた。
 一口飲むが味はしなかった。
 クッキーもかじってみたがやはり味はない。
「美味しい?」
 女性は微笑みながら聞く。
「美味しいです。ありがとうございます」
 その後も女性は沢山の事を話した。旦那さんが海外へ単身赴任に行っているため、家を任されていること、趣味は園芸で沢山の草花を育てていること、明日には念願の旦那さんが戻ってくることなどだ。
 私は時間もあったため、話をずっと聞いていた。いつ道の事を聞こうかとタイミングを伺っていた。一通り話が終わったと思われ、女性が初めて自分のカップに指をかけたため、私が口を開けようとしたその時だった。
「見てあれ、こっち来るのかしら」
 カップを持ちながら、反対の手で私の後ろを指差した。
 振り向くと、家から見た気球船がこちらに向かってくるのが見えた。相変わらず低空飛行であり、このままこちらへ来ると高さのあるこの邸宅にぶつかることが予想された。
「こっちに来ますね。おそらく、もうそんなに急激に方向転換は出来ないと思います」
 女性は途中まで上げていたカップを口元に戻した。
 船はその間も徐々に迫ってきた。
 女性は静かにカップをテーブルに起き、クッキーに手を伸ばした。
「逃げないんですか」
 私は尋ねる。
「何故?」
「このままじゃぶつかりますよ。もうあと数秒で」
「何が問題なのか分からないわ。むしろ都合が良いわ」
 気球船が建物に触れた瞬間だった。
 その瞬間、ぱちんと弾け、中から絵の具のようなある程度粘性があると見受けられる色とりどりの液体が溢れた。
 真下にいた私たちもその滝のような彩りの濁流に飲み込まれた。
 私は目を閉じていた。
 そして激しい音が止んだ頃、ゆっくりと目を開けた。
 すると、自分が居たところは先ほどまでとは打って変わって色彩豊かな草花が溢れる庭てあることに気が付いた。
 周囲はハーブティの心地よい香りで満ちていた。
 ただし、そこに先ほどまで会話をしていた女性の姿は無かった。
 窓から家の中を覗いても、庭の奥を見てもやはり女性の姿は無かった。
 私はひとり涙を流しながら、もう道に迷うこともなく帰ることが出来たのだった。
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