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選んだ道
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翌日。
剣崎さんに話したことで、スッキリした。
そう、大好きな剣道を隠岐くんと一緒にやるだけだ。
わたしのことを守ってくれるって言ってくれた。
信じて良いんだよね? 隠岐くん。
わたしは初めて隠岐くんを見た中学関東大会の決勝戦を思い出そうとした。
感動して、鳥肌が立って、涙が自然と出た試合。
でも……あれ? なんでだろう。
隠岐くんの試合や稽古、自分の試合を思い出そうとしているのに、なぜか、ユウ先輩のボクシングが思い浮かんできてしまう……。
初めてユウ先輩が助けてくれた、外堀公園の遊歩道。
チンピラをやっつけてくれた。
その時に拾った一枚の新入部員勧誘のチラシ。
リングで舞うユウ先輩。
なぜか涙が溢れてくる。
わたしがボクシングを始めたのは……。
ユウ先輩の強さと、格好良さに憧れたから。
こんな弱い自分が、少しでもユウ先輩に近づけるよう一緒にボクシングをやりたいと思ったんだ。
でも、また改めて気づかされたのは、自分の弱さだけ。試合に負けて、誰にも見向きもされず、すごすごと逃げ出してきた弱い自分を思い知らされただけ……。
涙を拭うと、強く頭を振る。
わたしは、防具と竹刀を持って今郷館を出た。
体育館のドアの前に立った。
静かだ。
何も音はしない。
わたしは大きく息を吸うと、勢いよくドアを開けた。
目の前に飛び込んできた風景。
ロープで囲まれたリングと、ぶら下がったサンドバッグ。
工学部ボクシング部の人の視線が一斉にわたしに向けられた。
バンテージを巻いている人もいる。
ストレッチをしている人もいる。
ユウ先輩も修斗先輩も結菜ちゃんも、剣崎さん、他の先輩も、いつものメンバーが全員いる。
「玲ちゃん!」
結菜ちゃんが叫ぶ。
部屋に入ったその場で、わたしは膝をついた。
正座をして、そのまま手もつく。
頭を深く垂れて、土下座をした。
「……ごめんなさい。勝手なことをして、みなさんにご心配を掛けてすいませんでした」
涙が床にぽたぽたと落ちる。
一緒に鼻水も垂れてくる。
大きく鼻を啜ると、あのボクシング場特有の匂いが鼻腔を刺激する。
それは、剣道の防具とは違う。ボクシングの匂いだ。
「わたし……」
「…………」
「……わたし……ボクシングを続けたいです」
「…………」
みんなは一言も発しない。凍り付いたような空気が部屋に満ちている。
どんなに惨めったらしくてもいい。情けなくてもいい。
今、心から謝罪をして、みんなの許しを得たい。
そして、ボクシングをやりたい! ボクシングを続けたい!
じゃないと、一生後悔する。
「……またみんなと……みんなと、一緒にボクシングをやりたいです」
言葉が震える。泣き声が混じって普通に喋れない。
頭を垂れていると、視界にボクシングシューズが入った。
「わかってるよ」
わたしの頭に手が置かれる。顔を上げると、ユウ先輩だった。
「……ユウ先輩」
その時だった。わっと歓声が上がったと思うと、ボクシング部のみんなが駆け寄ってきた。
「玲ちゃん! おかえり! よかった!」
結菜ちゃんが抱きついてくる。
「……結菜ちゃん。ごめんね、ごめんね」
「ううん。大丈夫だよ。みんな待っていたんだよ!」
「鮎坂! お前! 心配させんなよ」
修斗先輩がわたしの髪をくちゃくちゃにする。
他の男子たちも、みんな笑っている。
わたし……またみんなとボクシングして良いの?
視界の隅に、剣崎さんの姿を捉えた。
剣崎さんは大きく頷いた。
「早く着替えてこい!」
ユウ先輩がわたしの頭をぽんぽんと叩く。
防具袋と竹刀は近くのコンビニから実家へ宅配便で送った。
また父さんをがっかりさせちゃうな。
でも、剣道がやりたいなんて嘘だ。
自分でもよくわかっていた。ただ逃げたかっただけなんだって。
わたしは、ボクシングをしたいんだ。
剣崎さんに話したことで、スッキリした。
そう、大好きな剣道を隠岐くんと一緒にやるだけだ。
わたしのことを守ってくれるって言ってくれた。
信じて良いんだよね? 隠岐くん。
わたしは初めて隠岐くんを見た中学関東大会の決勝戦を思い出そうとした。
感動して、鳥肌が立って、涙が自然と出た試合。
でも……あれ? なんでだろう。
隠岐くんの試合や稽古、自分の試合を思い出そうとしているのに、なぜか、ユウ先輩のボクシングが思い浮かんできてしまう……。
初めてユウ先輩が助けてくれた、外堀公園の遊歩道。
チンピラをやっつけてくれた。
その時に拾った一枚の新入部員勧誘のチラシ。
リングで舞うユウ先輩。
なぜか涙が溢れてくる。
わたしがボクシングを始めたのは……。
ユウ先輩の強さと、格好良さに憧れたから。
こんな弱い自分が、少しでもユウ先輩に近づけるよう一緒にボクシングをやりたいと思ったんだ。
でも、また改めて気づかされたのは、自分の弱さだけ。試合に負けて、誰にも見向きもされず、すごすごと逃げ出してきた弱い自分を思い知らされただけ……。
涙を拭うと、強く頭を振る。
わたしは、防具と竹刀を持って今郷館を出た。
体育館のドアの前に立った。
静かだ。
何も音はしない。
わたしは大きく息を吸うと、勢いよくドアを開けた。
目の前に飛び込んできた風景。
ロープで囲まれたリングと、ぶら下がったサンドバッグ。
工学部ボクシング部の人の視線が一斉にわたしに向けられた。
バンテージを巻いている人もいる。
ストレッチをしている人もいる。
ユウ先輩も修斗先輩も結菜ちゃんも、剣崎さん、他の先輩も、いつものメンバーが全員いる。
「玲ちゃん!」
結菜ちゃんが叫ぶ。
部屋に入ったその場で、わたしは膝をついた。
正座をして、そのまま手もつく。
頭を深く垂れて、土下座をした。
「……ごめんなさい。勝手なことをして、みなさんにご心配を掛けてすいませんでした」
涙が床にぽたぽたと落ちる。
一緒に鼻水も垂れてくる。
大きく鼻を啜ると、あのボクシング場特有の匂いが鼻腔を刺激する。
それは、剣道の防具とは違う。ボクシングの匂いだ。
「わたし……」
「…………」
「……わたし……ボクシングを続けたいです」
「…………」
みんなは一言も発しない。凍り付いたような空気が部屋に満ちている。
どんなに惨めったらしくてもいい。情けなくてもいい。
今、心から謝罪をして、みんなの許しを得たい。
そして、ボクシングをやりたい! ボクシングを続けたい!
じゃないと、一生後悔する。
「……またみんなと……みんなと、一緒にボクシングをやりたいです」
言葉が震える。泣き声が混じって普通に喋れない。
頭を垂れていると、視界にボクシングシューズが入った。
「わかってるよ」
わたしの頭に手が置かれる。顔を上げると、ユウ先輩だった。
「……ユウ先輩」
その時だった。わっと歓声が上がったと思うと、ボクシング部のみんなが駆け寄ってきた。
「玲ちゃん! おかえり! よかった!」
結菜ちゃんが抱きついてくる。
「……結菜ちゃん。ごめんね、ごめんね」
「ううん。大丈夫だよ。みんな待っていたんだよ!」
「鮎坂! お前! 心配させんなよ」
修斗先輩がわたしの髪をくちゃくちゃにする。
他の男子たちも、みんな笑っている。
わたし……またみんなとボクシングして良いの?
視界の隅に、剣崎さんの姿を捉えた。
剣崎さんは大きく頷いた。
「早く着替えてこい!」
ユウ先輩がわたしの頭をぽんぽんと叩く。
防具袋と竹刀は近くのコンビニから実家へ宅配便で送った。
また父さんをがっかりさせちゃうな。
でも、剣道がやりたいなんて嘘だ。
自分でもよくわかっていた。ただ逃げたかっただけなんだって。
わたしは、ボクシングをしたいんだ。
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