4 / 5
第4話 まだいてもいい?
しおりを挟むシオは自分の気持ちの変化についていけなくなっていた。
「え?ユキノちゃん、一人で行かせたの?」
「子供ではないし、魔法を使えるようになったので」
研究室で薬草を調合していると、師匠のサリーが突然訪ねてきた。
サリーはなぜか由喜乃のことが気に入っているようで、何かと彼女のことを聞いてくる。
それは異世界人への興味かもしれない。
そう思いつつ、シオは面倒くさそうに師匠に返事をする。
「悪意をわかっていないわねぇ。本当、シオちゃんは」
「どういう意味ですか」
「別に。仕方ないわ。私が行ってあげる」
「師匠が?なぜ?なんなら僕が行きます」
「あなたは大人しくしていなさい」
師匠にそう言われてしまい、シオは楽しそうに出かける彼の背中を見るしかなかった。
「お帰り。シオくん」
仕事が終わり、家に戻ると由喜乃がすでに帰っていた。
「今日はサリー様に会ったよ。来てもらって助かった」
「何かあったの?」
「ううん。別に。それよりも」
何事もないように流され、シオの心配する気持ちだけが宙に浮く。
それに気が付かない由喜乃は、本を持ってきて、絵を指差した。
どうやら、この指輪が日本、もしくは地球から来たものらしい。
隣町には日帰りで行けない。
でも期待たっぷりの目で見られてしまい、シオは一泊泊まりで由喜乃に同行することになった。
隣町への旅はシオにとっては試練というか、気持ちが乱されるものだった。
馬に相乗りしてドキドキさせられ、食事では天真爛漫さに毒気を抜かれ、同じ部屋に泊まるというのに警戒心なく、爆睡する。
ずっと抱いていたお姉ちゃんの由喜乃像が音を立てて崩れていき、新たな由喜乃像を心に抱くことになった。
★
異世界に来て一か月半が経った。
日本での時間経過は三日くらいだ。
由喜乃はシオの元を離れた。
シオが出張することになって一人で留守番をしていたら、異世界から届いたイヤリングを保持している人から連絡がきたのだ。
彼女はかなり迷った上で、一人で行く選択をした。
場所は近くであり、この国の貴族。
身分のしっかりした者であったので安心していた。
とりあえず何も知らせずで家を空けるのはよくないため、置き手紙だけはして、指定の屋敷へ向かった。
まず応接間に通されて、お茶を出され、警戒心のない由喜乃は飲んでしまった。それは催眠作用のある薬の入ったお茶であり、彼女はそのまま気を失ってしまった。
目覚めると最悪なシチュエーションが目の前に広がっており、自身の迂闊さを恨んだ。
裸に剥かれ、これまた裸の男と対峙。
「君が異世界から来ていることは聞いている。異世界の者は魔力が高い。そうなればその子供は魔力が高い。私は強い魔力を持つ跡取りが欲しいのだ」
最低、最悪。
叫び散らしたいけど、口は布でふさがれて、もごもごするだけ。
魔法も使いたいけど、詠唱できない。
無詠唱魔法なんて、この世界にはなかった。
シオもその師匠のサリーも詠唱しないと魔法は使えないのだ。
そんなこと冷静に考えているうちに、男に組み押さえられた。
(嫌だ!)
「水の精霊よ。我に答えよ。凍てつく氷の吐息!」
声がして、一気に部屋の温度が下がる。
男は氷漬けで動けなくなっていた。
(シオくん!)
「由喜乃!」
彼は由喜乃に駆け寄ると、その体にマントをかける。
そして口から布を取った。
「ありがとう!」
彼女は嬉しさのあまり、何も考えず彼に抱き着き、マントがはらりと落ちた。
「ごめん!」
由喜乃は慌てて拾ったが、すでに遅し。
(痴女か、私は。本当に最悪……)
その夜、シオ、そしてその師匠サリーから彼女はこっぴどく怒られた。
けれども、シオは彼女の覚悟を感じとったのか、必ず日本に帰れるように協力すると約束した。
その日から、シオは積極的に協力し、動いた。
数日後、今度こそ『本物』が見つかった。
そう断定できる理由は、その指輪に、日本人の名前が彫られていたからだ。もちろんローマ字記載で。
この世界に至った経緯はわからない。そもそもシオを呼び寄せた指輪の経緯も不明なのだ。
重要なのは、この指輪が本物で、由喜乃を日本に戻す可能性があるということだった。
こちらの世界に彼女が転移して二か月、日本時間で言えば四日が経過していた。
「由喜乃。事故みたいにこの世界にきちゃったけど、僕はこの奇跡に感謝している。あの時、確かに日本で僕は由喜乃姉ちゃんに救われた。もう一回会いたかったんだ」
日本に帰る前の日、彼は食事をしながらそう語る。
「救ったって、そんなことないよ。あの連れて行かれる時には何もできなかったもの」
「……仕方ないよ。うん」
暗い顔になってシオは頷く。
あれからきっと酷いことがあって、彼はこの世界にきたのだろうと由喜乃には想像できた。
(実の父親と分かっていても止めるべきだったかもしれない。今更だけど。私は何もできなかった)
「由喜乃。そんな顔しないで。僕は今幸せだから」
「本当?」
「うん。まあ、由喜乃が帰っちゃうことは寂しいけどね」
(私も寂しい。だけど、それを言葉にはできない)
彼女が日本に帰りたいって、ずっと願っていて、シオにも無理をさせた。馬鹿みたいに一人で屋敷に行って、危ない目に遭いそうにもなっている。
(それくらい、私は日本に帰りたかったんだ。本当。だけど、今は?)
目の前のシオの目は真っ赤で、今にでも泣きそうだ。
一年前のように、八歳の彼のように。
「由喜乃?」
訝しげに名を呼ばれ、気が付く。
目から涙が溢れて、テーブルにぽたぽたと水滴が落ちていた。
(私が、泣いてる?私。なんで)
「あの時の僕みたいだ」
「うん。そうだね」
(これは悲しいって気持ち。シオくんと離れるのが悲しいって気持ちだ)
「シオくん、私。もうしばらくここにいていいかな」
(ここで日本に帰ったらもやもやした気持ちのままだ。自分の気持ちを確かめたい)
「いいよ!大歓迎!」
シオくんに微笑まれ、嬉しくなってしまった。
6
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
私は、聖女っていう柄じゃない
蝋梅
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。
いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。
20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。
読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる