僕の完璧な奥さん

ありま氷炎

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 僕の奥さんはとても美しくて、怖い。

「守くん、この服着てみて。やっぱり似合う。私が思った通り」

 彼女と結婚して、僕はかっこよくなったみたいだ。
 社内で褒められることが増えてきた。

「結婚してよかったですね。男ぶり上がりましたよ」

 みんなはそう褒める。

「守くん、こんなものばっかり食べていたら、太るよ。肌にも悪いし」

 彼女のおかげで僕の肌は綺麗になった。

「本当、横河さん、結婚して変わりましたね。肌がつやつや。幸せそう」

 僕は、幸せそうらしい。

「横河、大丈夫か?」
「あ、絵島。大丈夫」

 みんなが僕を誉めたてて、結婚してよかったという中、彼だけが僕を心配した。

「コンタクトって疲れないか?」
「うん、ちょっとね」
「目が充血してる。外したほうがいいじゃないか?」
「だめだよ。眼鏡は恰好が悪くなるからって」
「誰が言ったんだ。そんなこと」
「僕の奥さん」

 毎日が息苦しい。
 家では奥さんが笑顔で僕を心配して、世話してくれる。
 家に帰ると、洗濯物は綺麗にたたまれていて、アイロンも完璧。ご飯も見た目も味も素晴らしい。部屋もチリ一つない。
 とても理想的な奥さん。それが僕の奥さん。

「横河、今日呑みにいかないか?」
「えっと」
「男同士の付き合いだ。たまにはいいだろう。奥さんもそれぐらい許してくれるだろう?」

 ドキドキながら連絡したら、奥さんは大丈夫だと言ってくれた。
 絵島とのごはんは楽しかった。見た目も、カロリーも気にしないで食べたいものを食べる。美味しいお酒も。

「楽しい」
「そうか。よかったな」
 
 絵島はそう言って笑って、僕は嬉しかった。

 その日から、時たま、僕は絵島と飲んだ。
 楽しかった。
 息苦しさから解放される瞬間。

「……帰りたくないなあ」

 ぼそっとつぶやいてしまって、絵島にぎゅっと抱きしめられた。

「絵島?!」
「別れちまえ。横河。お前、結婚して痩せただろう?笑顔なんて、いつも貼り付けているものだし。幸せか?」

 幸せ。
 僕は、幸せのはず。
 だって、僕の奥さんはとても綺麗で完璧だもん。

「か、帰るよ。ありがとう」

 僕は絵島の腕から逃げると、そのまま店を出た。
 絵島は追っかけてこなかった。
 
「あ、支払いまだだ。明日払おう」

 どんな顔して会えばわからない。だけど、支払いはしなきゃ。
 電車に乗って、最寄りの駅に向かう。
 目を瞑れば、心配そうに僕を見つめる絵島の顔。
 結婚するまで、僕は社内で浮いた存在だった。服もしわしわで髪ももっさり。陰で笑われているのをしっていた。その時は太っていて、肌にも吹き出物があったから。
 だけど、そんな僕に絵島は優しかった。
 美幸さんと結婚して、変わった僕に対しても彼だけが態度を変えなかった。

「幸せか。幸せだよ。きっと」

 だって、僕は影口を叩かれなくなった。
 
「守くん。もう疲れちゃった。別れてくれない?だって、守くん、いつも頷くだけで何考えてるかわからないもの。私が思った通り、守くんは隠れイケメンだったけど、それだけ。もう、面倒になっちゃった」

 僕たちの離婚はあっという間だった。
 再び僕は、社内で嫌われ者になった。
 バツイチだから、扱いはもっとひどくなった。
 知りたくないのに、知り合いから、美幸さんの話がメッセージで送られてくる。
 どうやら再婚したらしい。
 今度は面倒を見なくていいから楽だってみんなにいってるみたいだ。

「辛いな」

 駅近くの踏切。
 飛び込んだら一発で死ねるだろうか。
 カンカンと音が鳴り始め、踏切がおり始める。
 もう、いいか。

「横河!」

 ぐいっと腕を引かれた。
 そこにいたのは絵島だった。
 彼が会社を辞めて以来だから、半年ぶりか。
 最後に彼に会ったのは、あの時。
 支払いもまだで、電話番号も変えられたので、連絡が付けられなかった。

「絵島!なんで、なんでだよ」

 助けてくれたのに、僕は彼を詰ってしまった。
 もう辛かった。
 このまま終わらせたかった。

「横河、ごめん!だけど、俺は君に生きていてほしい」

 翌日、僕は退職届を出した。

「ただいま」
「おかえり」

 僕の家に絵島がいる。
 彼は退職して、実家の喫茶店を継いでいた。
 両親が老いて人手が足りないとかで、僕は彼の手伝いをすることになった。

 片田舎の喫茶店。
 のんびりしていて、僕の知り合いは誰もいない。
 
「食べようぜ」

 絵島と一緒にお昼を食べる。
 ホイップクリームがたくさんのったパンケーキにソーセージにスクランブルエッグ。
 野菜なんて何にもない。
 好きなものばかり。
 嬉しい。

「横河、嬉しそうだな」
「うん」

 心がぽかぽかして、泣きたくなる。
 これが幸せか。
 
 絵島の笑顔が眩しくて、目を逸らしてしまった。

「あ、クリームついてっぞ」

 ぐいっと口元を拭かれた後、絵島はぺろりをクリームが付いた指をなめた。

「き、汚いから」
「汚くないよ。横河のものだから」

 絵島は心臓に悪いことばかり言って、僕をドキドキさせる。
 
「横河、幸せか?」
「うん」

 僕は迷いなく頷いた。

 (おわり)
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