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(あの砂糖菓子に何かが混入していたのは確かだわ)

 早朝、目覚めてすぐ、イザベラが思った事はそれだった。
 昨日はデイビッドが彼女の前世の従者ルークだった事やエドウィンに騎士団に入りたいと告白されたり、ゆっくり考える余裕がなく、湯浴みの後そのまま就寝してしまった。
 今スッキリした頭で考えるには、その事だ。
 あれは明らかにデイビッドを狙ったものだった。けれでも毒ではない。単なる睡眠薬と考えるのが妥当だった。
   もしデイビッドが食して倒れた場合、お菓子を持ち込んだイザベラが罰せられる。例え毒ではなく睡眠作用があるだけの薬だったとしてもだ。

(デイビッド殿下ではなく私の排除を狙ったもの。私を目障りだと思う者……)

 イザベラは目を閉じ様々な可能性を探ろうとした。
  
「イザベラ様。起きてらっしゃいますか」

 トントンと扉が叩かれる。
 彼女の思考は中断され、恐らく扉の外で待っているだろう侍女に注意を向ける。

「入ってもいいわ」
「失礼します」

 待っている侍女は一人ではなかった。

「え?どうしたの?」
「殿下が来られます。今すぐご支度を」

  この場合、殿下とはデイビッドの事に決まっていた。

(どうして?)

 侍女が慌ただしく動く中、イザベラは突然の訪問の目的を考えていた。

 ☆
 1時間ほどしてデイビッドが屋敷へ訪ねてきた。
 両親とエドウィンと彼を出迎えた後、彼の要望でイザベラは直ぐにデイビッドを客間に案内した。
 人払いも頼まれ部屋には二人きりだ。

「カタリナ様とルークが実際の人物だったことがわかった」

 デイビッドは開口一番そう言って、イザベラを見つめる。

「どのようにして調べられてたのですか?」

 イザベラは自身の前世がカタリナだと知っているが、証拠となるものを持っていない。記憶のみだ。彼女の言葉を盲信しなかったデイビッドが明言するので、気になってしまった。

「王家に口承で伝わる話で、ルークの希望で記録は残っていないが彼らは二百年前に実在した人物たちだ」
「二百年前……」

 記憶が戻ってから、今の時代と照合したことがなかったので、イザベラはかなり前のことなどと驚く。

「カタリナ様が殺されて、ルークは王になったシモンに復讐した。隣国ーー我が国サンザリアの手引きをし、シモンら王族や貴族を滅亡さて、国自体も解体した。西のサーウェル地方がその名残だ」

 デイビッドは淡々と語る。
 それはルークの記憶をもつ男にしてはあまりにも理性的で、イザベラは落胆してしまった。
 カタリナはルークを信頼していた。いや、それは愛に近かったかもしれない。カタリナは自身が死後、ルークが後を追うことを恐れ、自殺を禁じた。彼女はルークに生きていてほしかった。
 デイビッドの話からルークは自死を選ばず、復讐を選んだようだ。それはルークのカタリナへの愛の証のようでイザベラは嬉しかった。
 しかしそれを語るデイビッドはあまりにも淡白で、ルークの生まれ変わりだと思った事が間違いだったような気がしてきた。

(夢を見ると言っていたけど、カタリナの名前を知っていて、ルークと名乗ったわ。でも、王家で口承で伝えられているなら、名前くらい聞いた事があったかもしれない。やはり殿下はルークの生まれ変わりではないわ。目や髪がとてもルークに似ているけど)

 イザベラはそう判断してしまった。

「そういう事で僕は自分がルークの生まれ変わりだと信じることにした」
「……殿下。おそらく私の勘違いだったのでしょう。殿下はきっとカタリナやルークの名前を聞いて事があり、それを夢にみてしまったのかと」
「なぜ?どうしてイザベラは突然考えを改めた?カタリナ様の名前やルークのことは王太子になるまでは秘密裏にされる。だから、僕は昨日まで知らなかった。兄から聞いたんだ」

(そうかしら?だって、もしデイビッド殿下がルークならこんなに淡々と語れるわけがない!)

 憤慨にも似た気持ちで、イザベラは彼の言葉を聞いていた。

「君の怒りはわかる。だけど、ルークによって復讐はすでに果たされている。兄上はシモンではない。この国はサーウェルとは違うんだ。だから、イザベラ。矛先の違う復讐を考えるのはやめよう。カタリナ様、お怒りはもっともですが、すでに復讐は果たされています。なので怒りをお鎮めになってください」

 顔形は違う。けれども記憶の中のルークの声とデイビッドのそれは一致した。穏やかな瞳はルークそのもの。けれども彼の口からは聞きたくない言葉が放たれる。

「聞きたくないわ。あなたは私の協力はしないつもりなのね。ルーク。見損なったわ!あなたの手など借りなくても私は果たして見せる。王太子をこの手で!」

 王太子チャーリーと憎っくきシモンには共通点が多い。どちらも金髪で顔が恐ろしく整っていた。 
 別人だと理性ではわかっているのだけど、一度火がついた怒りを治めるのは至難の業だった。

「イザベラ!」

 デイビッドが強く彼女の名を呼んだことも、怒りに火を注ぐ形になる。

「殿下。あなたはルークではないわ。私のルークならそんなことは言わない。絶対に!」

 イザベラは立ち上がると扉を開けて駆け出した。
 俄に屋敷が慌ただしくなる。
 彼女はそれを無視して、走り出して、玄関を出て門を抜ける。使用人たちは突然のイザベラの行動に戸惑い動けなかった。

「イザベラ待って!」

 デイビッドの声が聞こえたが、彼女は無視をする。
 このままどこかに消えてしまおうと思った彼女は腕を引かれる。騎士の服をきた男が腕を掴んでいた。見覚えがある。デイビッドの護衛だ。

(なぜ彼が?ああ、デイビッドが命じたのね)

「離して!」

 抵抗する彼女に対して男は何も言わない。それどこから腕を掴んだ別の手で、腰の剣を抜く。

(殺すつもり⁈)

 デイビッドの護衛が自身を殺そうとしている。それはあたかも彼に殺されようとしているようで、絶望的な気持ちになった。

(もしかして、あの砂糖菓子のことも)

 嫌な考えが頭をよぎる。

「何をしようとしている!」

 しかしデイビッドの声が聞こえ、視界が彼の姿でいっぱいになった。その後に血の色が目の前に広がる。

「殿下⁈私はなんてことを!」

 剣を振り下ろした男は自身がしたことが信じらえないようで、イザベラの手を離し、呆然と立ち竦んでいた。血のついた剣は乾いた音を立てて地面に落ちる。

「イザベラ。大丈夫?」
「わ、私は大丈夫です。殿下!」

 背中を深く切られたにも関わらず、彼はイザベラを庇った姿勢で立っていた。
 彼に触れた彼女の手が血に染まり、カタリナの最後の記憶と繋がる。石を投げられ、身体中が傷つき、額から流れた血で視界は真っ赤に染まっていた。その後に強引に跪かされ、首を刎ねられた。
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