クチナシの薫りは醒めない

ありま氷炎

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第九天 意気地のない俺(勇視点)

意気地なしの俺

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 秀雄(シュウシュン)が自分で夕食を作りたいといったので、俺達はスーパーに寄ってから帰った。彼は手際よく、野菜や肉を切り、中国から持ってきた中華鍋でささっと調理を済ませた。ご飯も早炊きにしたので、ちょうどいいくらいに仕上がる。
「さ、食べましょう」
 テーブルの上に色鮮やかな料理が並ぶ。トマトと卵のオムレツ、獅子唐とピーマンの彩り華やかなチンジャオロース、春菊がたっぷり載ったナスの炒め物……
「すごい。レストランみたいだ」
「そうですか?」
 秀雄(シュウシュン)はちょっと照れながら、俺の向かいに座る。
「そうですよ。すごい」
「ははは。そんなに褒めないでください。おいしくないかもしれませんよ」
「そんなことないですよ。じゃ、俺いただきます!」
 俺はぐるっと鳴き声をあげるお腹の悲鳴に耐えられず、そう言うと料理に手をつけ始めた。
「うまい!」
「ありがとうございます」
「本当、うまいです」
 
 秀雄(シュウシュン)の料理は本当に中華レストランの味を変わらない感じで、おいしかった。俺は喉に詰まらせるくらい、ばくばくと勢いよく食べ、彼はそんな俺を見て笑い声を上げた。
「どうしたんですか?」
 俺はごくごくと冷たいお茶を飲みながら、彼を見る。
「本当、あなたは可愛い人ですね」 
 色気のあるまなざしで見られ、そう言われ、俺はどきっとしてしまう。
 唇は艶々と光り、俺を誘っているように見える。

 やばい俺。

「俺、トイレいってきます」
 俺は気分を変えようとトイレに駆け込む。

 小便を済ませ、洗面所を見ると頬が少し赤らめた俺がいた。
「変態か。俺は」
 俺は冷たい水を出すとばしっと顔にかけた。

「勇(ヨン)。お腹いっぱいになりましたか?」
 トイレから戻ってきた俺に秀雄(シュウシュン)はそう問いかける。上目遣いの瞳が俺を誘っているようで俺はぶるんぶるんと首を横に振る。
 誘ってない、誘ってない。
 俺はそう自分を戒める。
「あ、まだ足りないですか?何か作りましょうか?スープとか?」
 彼はそんな俺を訝しがり首をかしげて俺を見る。
 それがまたすこぶる可愛く俺の胸はどきっとする。
「いえ、足りてます!お腹いっぱいです」
「そうですか。よかった」
 向かいに座りなおした俺に彼が笑いかけた。

 やばい。やばい俺。
 どうしたんだろう。
 秀雄(シュウシュン)の仕草一つ一つに色気を感じてしまい、彼に触れたくなる。
 そしてあの唇にキスをしたくなる。

 変態かよ。俺は!

 俺は自分のそう突っ込みを入れると冷静になるためにお茶を飲む。

「勇(ヨン)、キスしてもいいですか?」
「?!」
 俺は自分の願望を透かされたみたいで、お茶を噴き出しそうになる。
「だめですか?」
 そう聞く秀雄(シュウシュン)の瞳はしっとりと濡れ、長い睫毛は美しい顔に影を作っている。

 俺もキスをしたい。

 そう言うのが恥ずかしくて俺はうつむいて答える。
「……いいですよ」
「ありがとうございます」
 礼なんて必要ないのに。
 むしろ俺が彼に触りたい、キスをしたいと思っていたのに……

 彼はそっと俺に近づく。その双眸がきらりと輝き、俺は少しだけ怖くなった。
「大丈夫ですから」
 俺の気持ちが伝わってか、彼はふわりと俺の頭を撫でる。
「勇(ヨン)、好きです。あなたと一つになりたい」
「!」
「怖いですか?あなたは何も痛い思いすることはないです。私があなたを感じたいのです。体の中で」
「……秀雄(シュウシュン)……」
 何とも表現しがたい感情が支配し、俺は体を強張らせる。
 男同士でセックスをするなんて、想像できなくて、怖かった。
「勇(ヨン)……」
 彼は俺の頬を両手で包むとキスをする。触れるだけのキスは徐々に深みを帯びてきて、舌を絡めとられ、俺はその刺激に快楽を覚えた。
「勇(ヨン)………だめですか?」
 キスの合間に彼が俺に問いかける。その瞳は真摯だ。
「俺……怖いです」
 俺は視線を合わせられず、俯いてしまう。
 どうしようもない恐怖心が生まれていた。
「怖くなんてないです。痛い思いしないです。いいですか?」
「………」
 いいなんて言えない。
 どうしていいかわからない。
「………勇(ヨン)」
 彼がふいにくすっと笑った。
 そしてキスをやめる。
「……シャワー浴びてきます」
 彼はそう言うと立ち上がり、呆然とする俺に背を向けた。

 彼がシャワーを浴びている音が聞こえてきて、俺ははっと我に返る。そして俺はテーブルに広がる皿やグラスらを見て、片づけをしようと思い立った。
 食器をすべて洗い終わり、水切りかごに入れる。結構時間が経ったはずなのに、秀雄(シュウシュン)はまだバスルームから出てこなかった。

 
 ……彼を受け入れる?
 
 ふとそう考え、俺は錫元さんに襲われたときの恐怖を思い出す。足を開かれ、羞恥で死にたくなった。

 怖い。
 あんな思いしたくない。

 でも、秀雄(シュウシュン)は望んでいる。
 
 俺は溜息をつき、居間に座り込む。そして視界にはいった透明な瓶を見つめた。

 白酒……。

 飲んでしまえば、恐怖心が消える。きっと彼の望むように俺は……

 そう思い、俺は体を起こすと白酒の瓶を取った。


「勇(ヨン)……また飲んでますね」
 長いシャワーから出てきた秀雄(シュウシュン)は完全に呆れた声を出した。
「秀雄(シュウシュン)。一緒に飲みましょうよ」
 しかし恐怖心を消し去りたくて思いっきり飲んで、酔っ払ってしまった俺はへへへと笑う。彼のためにグラスを取ろうと腰を上げると、ぐらりとバランスが揺れ、俺は倒れそうになる。
「まったく、あぶなかしいですね。本当に」
 俺を受け止めてくれたのは秀雄(シュウシュン)で、彼は溜息をつくと俺を座らせる。
「もう飲まないでくださいね!」
 そう言って彼は瓶を俺から取り上げる。
「あ、全部飲んでしまったのですか?」
「全部?そうですかあ?」
 頭に花が咲いている俺は、ふにゃっと答える。何杯飲んだか覚えてなかった。気分がただよくて、早く彼に会いたかった。
「明日は完全に記憶がないですね。下手したらまた吐きますか?」
 彼はやれやれという仕草をみせ、白酒の瓶を台所に持っていく。
「水飲んでください。シャワーは明日の朝。ベッドに運びますから」
 グラスの水を注ぎ、彼は俺に差し出す。
 彼は怒っているようで、その双眸はつりあがり、口元はきゅっと閉じられている。
「秀雄(シュウシュン)。俺、今なら怖くないです。だから!」
「はあ。勇(ヨン)。そのために飲んだのですか?まったくしょうがないですね。酔ってるあなたに何もする気は起こりません。明日、後悔されるのが嫌ですから」
 秀雄(シュウシュン)はそう言うと、水を飲み干したのを確認して俺からグラスを取り上げる。
「!」
 そしてひょいと俺をお姫様だっこする。
「ベッドに運びますから」
「秀雄(シュウシュン)!」
 今なら怖くないのに。
 彼の望む関係になってもいいのに。
 酔っ払ってる俺はそう思う。

 しかし彼は堅い表情のまま、俺を寝室に運んだ。

「大人しくて寝てくださいね。あなたに後悔されたくないのです」
 彼は俺をベッドにふわりと降ろすと背を向ける。
「秀雄(シュウシュン)!」 
 側にいて欲しくて馬鹿な俺は彼の腕を掴む。
「勇(ヨン)。離してください。お願いします」
 彼の冷たい声が俺の頭に響く。すると少しだけ冷静な俺は戻ってきて、彼の腕を離した。
「おやすみなさい」
 彼の言葉を同時にパタンと襖が締められる。

 部屋が一気に真っ暗になり、俺はベッドの上で膝を抱え、座り込む。

 馬鹿なことをした。
 酔った勢いで彼を誘った。

 最低だ。

 素面の時には答えられなかったのに。
 
 酔いは醒めてきて、冷静な俺が自分自身をなじっていた。

 秀雄(シュウシュン)、すみません。
 俺は、弱虫です。

 俺はベッドから降りると彼に謝ろうと居間に足を踏み出す。しかし、ぱちんと音がして、居間の電気が不意に消える。

「勇(ヨン)。寝てください。お願いします。今、あなたに会ったら私は歯止めがきかない!」
 秀雄(シュウシュン)の怒声が襖越しにそう聞こえ、俺は足を止める。
 
 ……秀雄(シュウシュン)

 俺は襖の向こう側にいる、彼のことを思う。
 しかし弱虫な俺はベッドに戻ると体を丸め、彼の匂いのする枕に顔をうずめた。

 俺は……勇気がない。

 意気地なしで卑怯な俺は彼のことが好きなのに、こうして彼の香りに包まれ偽りの安らぎを得ようとしていた。

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