クチナシの薫りは醒めない

第十一天 我可爱的人ー私の可愛い人（秀雄視点）

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「ほっとしました。本当に！」
　そう言ったのは部署で一番若い女性の三木本（サン・ム・ベン）だ。いわゆる日本人の可愛い女性を代表する容姿で、私の苦手なタイプだ。どちらかというと主任のような堅い女性の方が話しやすい。
「私も正直ほっとしました。実田くんもそうでしょ？」
　次にそう言葉を発したのは谷口（グ・コウ）で、三木本（サン・ム・ベン）と同じタイプだがすこし地味な感じだ。二人は息が合うらしくよくくだらない話をしているのを見る。
　なぜかお昼はこの二人に誘われ、勇（ヨン）と私は一緒に昼食を取っていた。日本でいう洋食と言われる西洋の料理は私が苦手とするもの。スパゲティなど、あの麺の歯ごたえが嫌いで、食べる気がしない。
　唯一食べられるのがピザで、私はそれを注文した。
「実田くん。王さんが錫元さんを殴ったって聞いて飛んで帰って来たもんね。愛の力よね」
「あ、愛？！」
　二人がうっとりしてそう言い、勇（ヨン）が顔をひきつらせる。

　……この二人はどういう思考なのだろうか？
　私はいつもそう思う。
　気がつけば二人は私と彼のネタで盛り上がっている。ばれているとは思えないのだが、どうも二人はそう決めつけているらしい。

「王さんにもあの時の実田くんの顔見せたかったわ。本当、よかったわね。実田くん！」
　そうして、二人は私達がほとんど話さないのにべらべらと話を続け、昼食は終了した。


「本当、なんだか疲れましたね」
　トイレで手を洗いながら、勇（ヨン）は溜息をつく。
　カフェの前で用事があるという二人で別れ、会社に戻った。トイレに行きたいという勇（ヨン）について、トイレに来ていた。
　私は洗面所の前で手を洗い、彼が終わるのを待つ。隣に立つ彼を鏡越しにみて、なんだか急に彼にキスをしたくなった。
「秀雄（シュウシュン）！」　
　衝動に勝てず、軽く頬にキスしたら、案の定顔を真っ赤にして怒られた。
「すみません」　
　そんなこと思っていないのに、私はそう謝る。すると彼は魚虎のように口を膨らませたが、納得したようだった。


　どうして彼が好きなのだろうか？
　それは何度も考えたことだ。
　
　ゲイではない彼、子供のような彼、今まで好きになったタイプとはまったく違う彼。
　私は激しく愛される恋愛を好む。
　それは私の性格に起因しているもので、彼は私の恋愛対象外のはずだった。

　でも一緒に暮らしてみて、彼の優しさ、素直さに触れ、好きになってしまった。それは善樹（シャンシュ）への気持ちをいつしか超え、私の失恋の痛みを癒した。


「疲れていませんか？」
　午後3時過ぎ、工場見学を終えて、帰路に着く。報告書を書く必要があるからと車で会社に戻っていた。
　私が黙っているのを疲れのせいだと思ったらしい、彼がそう尋ねる。
　その声は限りなく穏やかで、私のその声を聞くだけで癒されるようだ。
「いいえ。ちょっと考えことをしていて」
「……そうですか……」
　勇（ヨン）はそう返事すると、再び運転に集中し始める。

　彼は今、何を思っているのだろう。
　私を抱き、何を思っているのだろう。

『ウォアイ、ニィ』
　ぎこちない発音でそう言われた『我爱你』はまだ私の心の中に残っている。

　彼の気持ちは本当だろう。
　あれだけ、拒否していた体の関係を、受け入れたのだから。
　そうさせたのは私、卑怯な私。

　偶発とはいえ、彼に無理やり、その道を選ばせた。